ウィリアム・H・ゲイツ3世、通称ビル・ゲイツは、未来を見通すことにおいて誰よりも早い...というわけではありませんでした。
でも彼は、いったん獲物に狙いを定めると、その先見性と信念、そして頑固なまでの粘り強さを武器に突き進んでいきました。そのようにして彼はビジョナリーと呼ばれるようになったのです。
ビル・ゲイツのかつてのパートナー、ポール・アレンがその回顧録で述べていますが、「マイクロプロセッサの登場によって一般の人もコンピューターを使うようになる」と気づいたのはゲイツとアレンが最初ではありません。たとえばインテルの創業者ゴードン・ムーアなどは、1960年代からその可能性について考えていたのです。
でも1974年、ゲイツはアレンから雑誌に掲載されたIntel 8080の広告を見せられた瞬間、今が行動すべき時だと判断しました。つまりIntel 8080こそ、BASICのようなプログラミング言語を動かすだけのパワーを持つ初めてのマイクロプロセッサだと考えたのです。
当時19歳だったゲイツは、Intel 8080を搭載した最初のコンピューターAltairの開発者のエド・ロバーツに連絡を取りました。そして、Intel 8080に搭載できるバージョンのBASICができていると伝えたのです。
でもそれはハッタリでした。
ゲイツはハーバード大を休学して、アレンともう一人のプログラマー、モンテ・ダビドフとともに休む間もなく開発に没頭し、Altair用BASICを完成させました。
その2年後、マイクロコンピューティング産業がようやく立ち上がろうとする頃、ゲイツは当時としては支持されにくい主張を発表しました。それは「ソフトウェアには価値があり、それを作り出した者には対価が支払われるべきだ」というものです。
彼が1976年2月に発表した「ホビイストへの公開状」には、このように書かれています。
ホビイストの方の多くが気づいているように、そのほとんどの人たちはソフトウェアを盗んでいます。ハードウェアにお金が支払われるのは当然でも、ソフトウェアは仲間と共有するものだと考えているのです。それを作った人に対価が支払われようが支払われまいが、誰が知るかと。
これは公正なことでしょうか? (略)これは、良いソフトウェアが書かれるためには障害になります。プロとしての仕事を無償でできる人なんて、どこにいるでしょうか? どんなホビイストが、3人で1年かかるプログラミングやバグ出しやドキュメント作成やソフトウェアの配布を無償でできるでしょうか? (略)もっと言えば、みなさんのしていることは窃盗です。
コンピューターソフトウェアが何千億ドルの巨大産業になった現代からすれば、上記の考え方は常識的だと思えます。でも当時は、ソフトウェアがコンピューターを進化させると考える人が圧倒的に少なかった時代です。実際、米国の最高裁がソフトウェアに特許が与えられると明確に示したのは1981年でした。(ちなみに、反対側の主張は「ソフトウェアは数学的アルゴリズムの集合体なので、誰かが所有することはできない」というものでした。)
それからほぼ20年後、マイクロソフトは世界的な力を持ち、ゲイツはインターネットの重要性に気づくのが遅かったとして大きな批判を浴びました。
彼が1994年に書いた著書『The Road Ahead』(日本語訳『ビル・ゲイツ未来を語る』)は、実際出版された時には1995年11月になっていました。その中でのインターネットやワールドワイドウェブへの言及は数回にとどまり、しかもそれは「情報スーパーハイウェイ」のサブセットとしての扱いでした。
でも、ゲイツは素早く軌道修正しました。その本が出版されてから1ヵ月後、彼はマイクロソフトの従業員向けに「The Internet Tidal Wave(インターネットの潮流)」(ここにPDFファイルがあります)とする内部メモを作成しました。
それからさらに16年経った今、そのメモを読み返してみると、あまりに当たっていることが多くて驚いてしまいます。その内容とは、以下のようなものです。
もしマイクロソフトが、これらすべてのアイデアについて1995年の時点で実行に移していたら、どうなっていたことでしょう? 広告収入ベースのMSNには投資せず、マイクロソフトがグーグル的な存在になっていたかもしれません。そしてスマートフォンやSkypeも、マイクロソフトが作り出していたのかもしれません。・インターネットがコンピューティングを支配:「インターネットはIBM PCが1981年に発表されて以来の大きな進歩だ。それはGUIよりも重要だ。」
・オープンなWebがAOLやMSNのようなサービスを駆逐:「オンラインサービスビジネスとインターネットビジネスは融合した。(略)すべてのオンラインサービスは単に付加価値の付いたインターネット上の場所のひとつとなるだろう。」
・広告収入ベースの無料コンテンツが勝利するが、厳しいビジネスになる:「ブランドネームや質の高さによって無料コンテンツと差別化する余地はあるものの、これは簡単ではなく、また広告収入を得るためには大きな圧力となるだろう。(略)ある特定の分野において質、深さ、価格の面でリーダーとなろうとすることは、現在のCD-ROM市場よりもさらに厳しいだろう。各カテゴリーにおいて、ナンバー1または2になるか、撤退するかを判断しなくてはならないだろう。」
・安価なポータブルWebブラウジングデバイスがWindows・Intelの脅威に:「インターネット愛好家が議論している恐るべき可能性のひとつに、彼らが結集してPCよりずっと安価で、Webブラウジングには十分な何かを作り出すのを検討していることがある。ゴードン・ベルたちはこの件に関してIntelにアプローチし、Intelが低コストなデバイスには見向きもしないと判断した。そのため今はGeneral Magicまたは他のOSと非Intelのチップの組み合わせが最善だと考え始めたようだ。
・マイクロソフトは検索をもっと改善すべきだった:「特に注目されているのがYahoo!のようなサイトで、彼らはWebサイトのテーマのカタログと検索機能を提供している。(略)すごいのは、Web上で情報を見つける方が、マイクロソフトの社内ネットワークよりも簡単なことだ。(略)(我々の製品は)現在、テキストのインデクシングをクエリーとしてサポートしていないが、それは大問題だ。戦略がまとまったときには、社内で作るのが良いか、どの程度まで外部のVerityのような企業と協力すべきかといった判断をしたい。
・ピア・トゥ・ピアのコミュニケーションが重要に:「最終的にはユーザーはインターネット上でつながりたい人やサービスの名前を見つけられるようになるだろう。また、電話を一時的にポイント・トゥ・ポイントのリルートすることも自動的に行われるようになるだろう。」
とはいえ、間違った「予言」もあります。たとえばQOS(Quality of service)の保証やオンラインバーチャルリアリティはまだ実現されていません。
またもちろん、メモの他の部分に書かれていたことで、実行されたものもあります。たとえばInternet ExplorerのWindowsへの統合などです。
が、それによって反トラスト法違反として司法省から提訴され、その戦いのためにゲイツは相当に疲弊してしまいました。彼は自分のように経済・社会に貢献した人間に対して政府が与える仕打ちを、最後まで理解しませんでした。そして2000年、スティーブ・バルマーにマイクロソフトCEOの立場を譲りました。
その後のゲイツは、ただ引退するのではなく、さらに大きなチャレンジに取り組んでいます。ビル&メリンダ・ゲイツ財団を設立し、世界の病気や貧困といった問題に取り組んでいます。その挑戦が、彼がビジネスにおいて収めたのと同じような成功につながるかどうかはわかりません。でもゲイツは、マイクロソフトを25年間率いてきたのと同じようなビジョンと粘り強さで、これからもその活動に取り組んでいくことでしょう。
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Matt Rosoff - Business Insider(原文/miho)