アップルの教育革命は地主の革命、高くて手が届かない

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アップルの教育革命は地主の革命、高くて手が届かない

アップルが本日発表した教育革命は、まさにこれからの教育のあるべき姿を示す充実の内容でしたね! もう何十年も前からみんなが思い描いていた未来。それがハリー・ポッターの魔法みたいにキター! という感じ。これでみんなの学び方、考え方、生き方も様変わりしますね。

だけど今日の今だから思い起こしておかなきゃならないのだけど、これに手が届くのって僕らの中でもほんのひと握り...残りのみんなは使いたくても手が届かないのです。

良い話も出ましたよ、沢山。インタラクティブ教科書が15ドル、これはとんでもなく安い。普通は新品で100ドル、状態のいい中古でその半額しますからね。アップルが採用した新機能(特にフラッシュカードが瞬時に出てくる機能、あれなんてあったら僕も化学楽勝だったのに)も古臭いハイライト機能やマルチカラーのポストイット(付箋)より全然すばらしくて、これが改善であることは異論の余地なし、です。

まさしく教育現場における最高の進歩、パラダイムシフト! ただしそれは端末を買えれば、の話です。

iPadはあれだけの内容であの値段は安い、と前に書いたことあるんですが、まあ、あれはお金に余裕のある人がYouTube観たりメール送ったりSwordやSworceryを何時間も何時間も遊ぶサブの端末として買うなら、確かに安い買い物だよねって意味。いくらiBooksが安くてもiPadないと読めないんじゃ結局高くついちゃうんですよね。

ベストケースシナリオは例えば...「教育委員会が生徒全員にiPad買ってくれる夢のような学区に住むティーン」。これだったら全部無料! 最高! ...なのだけど学校向けに割引き価格が適用されても結局生徒一人ひとりにタブレット支給するのにかかる何億円というお金は、納税者が納めた教育予算から削り取られるわけですよ。先生の給与(それじゃなくても薄給で問題になってる)、教室で使う他の教材、給食など諸々の経費から。お金は天から降ってきませんものね。そのぶんのお金は、どっか他から削られるのです。

これ1台あれば4年間(アメリカの高校は所により4年制)卒業まで全授業がカバーできる、iPadがそんなスタンドアローン端末ならそれも良いでしょう。 それがそうじゃない。全然そうじゃない。

スタンドアローン? 学期末の20ページのレポートをiPadでカタカタ叩く自分を想像してみてくださいよ...ちょいとムリなんじゃ‥.。で、生徒全員に「こりゃ70ドルのワイヤレスキーボード買わなきゃダメだね」って伝える先生の気持ちを想像してみてください。あーあとそうだ...ずっとバックパックの中だから40ドルの風呂の蓋(Smart Cover)も買わなきゃならないしね。それにアップルがいくらクラウドをプッシュしてもiPadはラップトップあった方がやっぱりいいし...こうした周辺機器・ラップトップまで含めたら結構な出費...これ全部誰かが払わなきゃならないんです、生徒か学校か知らないけど。

iPadひとつで教科書というものが全部人生から消える。それだったら買う価値ある、かもしれません。でも、そうじゃない。そんな状況には程遠いのが現状です。アップルはアメリカの教科書大手3社を提携先として確保しましたが、現時点の品揃えはお世辞にも豊富とは言えません。要するに今すぐ(もしかしてずっと先まで)微積やAP(大学レベル)物理の漬物石みたいな教科書が全米生徒のバックパックから消えることはないのです。

「でも1冊15ドルだよ? アップルの計画では、その教科書代も各生徒からじゃなく学校から出るかもって話じゃないの。それで浮くお金だけでも買う価値あると思わない?」

という議論も成り立ちますよね。まあ、仰る通りです、出版社がマネー嫌いなら...。ところがどっこい出版社も売ってなんぼの企業です。この業域における出版社のビジネスモデル(儲け方)はハッキリしてます。今のように5~10年に1回、改訂版の教科書を100ドルで売る代わりに、毎年改訂版の教科書を15ドルで売る、そしたら元取れますわね。まさかiBookを毎年毎年下級生に渡すわけじゃなし(訳註:アメリカでは教科書がボロボロになるまで毎年、上級生の使った教科書を学校が回収して下級生にリサイクルしています。本が傷まないように布製のカバーをかけて)...というか、それはできないって決まりだし。

あと考えなきゃならないのが、iPad版教科書のサイズ。紙の教科書と大差ないし、 デジタルのストレージも相当必要です。 App Storeに今日出た8種類の教科書は1冊平均1.5GB。1年分の授業で使う教科書を入れたら16GB iPadなんてすぐ満杯です。つまり学校か生徒はもっと高い32GB版のiPadを買わなきゃならない。それか外付けストレージのオプションにかかるお金は生徒の負担ということに...なんだか懐がキューッと痛んできた...。

それやこれや考えると、まさに「教育革命(ただし地主階級に限る)」なのです。しかもピークに達するのに今後何年かかるかわからない波を追っかけるお金の余裕なんて、学校にはないし。副教材ツールに何百万ドルも費やす、これは言うなれば遠い未来の地平線を「今ここ」にあるものと錯覚してるようなものですよ。

...と、うじゃうじゃ書いてきましたが、ひとつハッキリさせておきたいのは、これが未来だ、ということ。それは異論を挟む余地もないことです。今日見た通りのことが教室で今後起こるでしょう。iPadがもっとうんと安くなって、紙の教科書みたいにデジタル教科書も簡単に人に回せるようになって、全教科の先生が何種類かある教科書の中からひとつ選べるぐらいの品揃えになった暁には、きっとああなる。

でも今はまだ「新しいもの」と「人と違うもの」にはお金がかかる、ということを肝に銘じておかないと。あれって僕らの大多数は高くて手が届かないんです。

BRIAN BARRETT(原文/satomi)