現実は小説よりおもしろくなる。「ソードアート・オンライン ザ・ビギニング」を現代の魔法使い落合陽一さんが体験

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    現実は小説よりおもしろくなる。「ソードアート・オンライン ザ・ビギニング」を現代の魔法使い落合陽一さんが体験

    2016年、ついに人類は「ソードアート・オンライン」の世界に飛び込みます。

    IBM✕ソードアート・オンラインによって生まれた「ソードアート・オンライン ザ・ビギニング Sponsored by IBM」は、作中で描かれるVRMMORPGの世界を再現し、アルファテスターが体験できるイベント。

    視覚と聴覚のみに作用できるテスト用マシンとはいえ、あの「ナーヴギア」も用意されているとのことで胸が熱くなったみなさんも多いのでは?

    3/18〜20に都内某所で行なわれるイベントを前に、その世界を一足早く体験していただいたのは、現代の魔法使いことメディアアーティストで筑波大学助教の落合陽一さん。SAOはもちろん、カルチャーやVRテクノロジーにも詳しい落合さんの目に、「ソードアート・オンライン ザ・ビギニング Sponsored by IBM」はどう写ったのでしょうか?

    ***

    「川原礫先生に憧れて小説を書くか、ゲームを作るか」

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    ギズモード編集部(以下ギズ):「ソードアート・オンライン ザ・ビギニング Sponsored by IBM」、体験されていかがでしたか?

    落合陽一さん(以下落合):驚きました。そのままソードアート・オンライン(SAO)のゲームですね! VRってコンテンツがちゃんとしてないとただ没入してるだけなんですけど、コンテンツがおもしろいとやっぱりおもしろい。ぼくはこのコンテンツに対して、全力で愛しかないからね(笑)

    ギズ:落合さんはSAOの作品には思い入れがあるんでしょうか?

    落合:SAO大好きなんですよ。アニメも見たし、小説も持ってますし。ぼくは中学生のときに「.hack(ドットハック)」を見て、高校生から大学生のときにSAOを読んだ世代なので、すごく懐かしい感じがしました。こういうゲーム小説って、たしか1994年の「クリス・クロス」のあたりが最初ですよね。あれもVR世界の中からログアウトできなくなるという話で、そのあとドットハックがきて、SAOブームがきました。歴史が数年おきに繰り返しているんですよ。

    ギズ:2000年代初頭の小説、アニメ、オンラインゲームときて、2016年はついにVRという形をとりましたね。

    落合:SAOの次にくる作品は、小説で流行るのか、あるいはここから先は紙の上で実現するんじゃなくて、地面の上で実現するのかな? そういう時代なのかもしれないですよね。川原礫先生に憧れて小説を書くのか、実際にゲーム作っちゃうのか。そこが分岐点になる時代だと思いますね。

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    ギズ:今回の「ソードアート・オンライン ザ・ビギニング Sponsored by IBM」の体験自体はどうでしたか?

    落合:すごく、いいです。現状のVRのリミテーションを知ってる側からすると、既存のハードウェアの組み合わせの中では、努力されている感じが伝わってきました。操作のフレーム落ちがほとんどないのが印象的でしたね。重そうな処理をしているのに、両手を前へ出すとちゃんとガードができたり。カメラのセンシングだとあんまり上手くいかないことが多いじゃないですか。あと、足のセンサー(※その場で足踏みするとVR中では前進する)って自作なんですか?

    スタッフ:自作です。

    落合:なるほど。やっぱり「仮想世界の中でいかにして歩くか」はトレンドの課題なんですね。日本の家は狭いですから(実際に歩き回るのは難しい)。

    最近のVR研究では「仮想世界で歩き回っても現実のものにぶつからないためにはどうしたらいいか」みたいな論文がよく出ていて、「視点が自然に回転して無意識のうちに壁を避けられるように、仮想世界のほうを回転させる」なんかがよくある手法です。たしかにその研究のニーズはあるなあと、これを体験してみて改めて思いましたね。

    「人類の脳みそを全部コンピュータに繋いだらおもしろいに決まってるんですよ」

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    ギズ:落合さんって、SAOゲームデザイナーの茅場晶彦さんにちょっと共鳴する部分があるのかなあって想像したんですけど…

    落合:いやー茅場さんの価値観には共感しますね。というか茅場さんに共感しない人間なんていないですよ、理系男子で(笑)。みんな彼みたいな人間になりたくて生きてるんじゃないですか。テンションの高い理系男子は、この世界や人類をどうやってアップデートするか、価値観を進化させるかみたいなことしか考えていないですから。

    ギズ:どういう部分に共感しますか?

    落合:人類の脳みそを全部コンピューターに繋いだらおもしろいに決まってるんですよ。インターネット社会になっていくと、俺たちの身体とインターネットが交わるのって都市構造の中だけじゃないですか、グーグルマップがいい例ですよね。他はだいたい人間の知的処理のとこだけ取り出してるから、ターゲットが身体じゃないんですが。

    ギズ:わたしたちはもうほとんどグーグルマップの上を走っているようなんだけれども、その意識はまだ現実の道路に向いている状態ですね。

    落合:それが、もし意識のレベルでインターネット側に行ってしまった体験をすると、本当にどっちが現実かわからなくなってきますよ。見分けがつかないという意味ではなくて、生活の基盤がどっちにあるのかがわからなくなるということです。そうなるとヴァーチャルリアリティーだったか、現実だったかっていうのは特に関係がなくなると思うんですよね。

    ギズ:人間が、現実で英会話を習うのと、VRゲーム内で課金してレベルアップするのどちらをとるか、についてはどうなっていくと思いますか?

    落合:それってすごいおもしろい話ですよ。みなさんLINEのスタンプって躊躇なく買いますよね。あれは現実にちょっと影響するデジタルガジェットで、スタンプを手にいれると自分の表現力が拡張した気になるから買っちゃうんだと思うんです。ファッションとかと同じですよね。

    あの感じがVR上に実装されたら、そして、ユーザーが多いコミュニケーションの場だったらならば、まあすぐ買っちゃいますよね。現実の店舗で買えば1,000円で実際の服が買えるのに、VR上のデザイナーズブランドの服をいくらで買うのか。今の課金は単純に快適にゲームをやりたいからなのかもしれないけど、単に「こういうふうに見られたいからお金を払う」という話になってきたらおもしろいですよね。それはいつごろになるんだろう…。

    でも最近、ウェブ上の実体のないものを昔よりはだいぶ買いますよね。それが何によって担保されているかといえば、生活の一部に組み込まれているからです。今の若い人ってLINEを使ってる時間が長いと思うんですよね。VRも、例えばプレイ時間1,000時間とかの人もいるだろうし、そしたら課金するよね。

    ギズ:自分の人生は現実がメインなのか、VRゲームの世界なのか…。

    落合:ええ、わからなくなると思いますよ。だってなんのために生きているかってその人の現実から言えば、「VRゲームのために生きている」ですから。むしろ、現実のほうがゲーム的になる気もしますよね。例えば「ゲームをログアウトして、ハンバーガーショップでバーガーにチーズを挟み続けると、1時間に1,000ギルもらえる」みたいな。それを使って服とか買ってVRの世界で生きようって発想は幸せなんだと思いますね。それをむなしいととらえるのは私欲的だよね。そこは良い悪いとか上下の問題じゃなく、価値観なんです。

    小説だと、今の現実世界に即したリアリティにするために、ギアを外すと「死ぬ」ってオプションをつけるけど、現実にVRが普及したらそんなオプションなくてもみんなどっぷりだと思うなぁ。だって、みんな電車の中でスマホゲーム必死でやってるじゃないですか。やめても死なないのに。

    「現実が小説よりおもしろくなる」…N対Nの幸せな世界

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    ギズ:「現実とVR世界を区別しないで生きていく」人間ってどういうふうに変わるんでしょうか?

    落合:そういう価値観の中で生きていくと、俺たちはやがて現実がつまらなくなっていくんです。人工知能の父、マービン・ミンスキーも生前そんなこと言ってましたよね。「向こうのほうが楽しいに決まってるじゃん」って。でも、向こうでそういうことばかりやってると、「現実側にもVRみたいなこと起こしたい」って思うようになってきて、例えば空中に絵を出したりもの動かしたりしたくなるんじゃないでしょうか。

    あと10年スパンくらいで、俺たちきっと現実のほうが物足りなくなってくるんですよね。「なんで現実っていうのは、ただ仕事があってこんなに物足りないのか」みたいな論調はきっと出てくると思います。それを改善するにはどうしたらいいのかっていうのと、あとVRっぽい現実を作るにはどうしたらいいかを考えなきゃいけない。

    最近、うちの研究室の考え方のキーは、俺たちは「データ人類」とどうやって共存できるのかです。例えばソードアート・オンラインの世界に行ってしまった10万人くらいの人がいる、もしくは他のゲームに行ってしまった10万人、それらを足していって1000万人くらい日本にそういう人口がいたとして、その人たちがたまに「データなんだけど、いる」っていうフィジカルな都市があってもいいですよね。

    仮想世界に行ってしまった人が、現実世界でちょっとコミュニケーション取りたくなることはおそらくいっぱいあるので、その人たちの存在感をどうやって現実に出していくかっていう研究を最近やっています。例えば、データ人類しか通わない学校があったっていいわけですよ。行くと、今回のコグニティブ・コンピューティングの「コグ」みたいなものが周りに浮いていてコミュニケーションはとれる。でもその人たちの身体は、一度は脱構築されてVR空間に存在しているんです。彼らは普通に授業を受けてるつもりなんだけど、現実にいる人たちには光の点にしか見えない、みたいな世界観です。それを作るにはプラズマ描画やフィールドの研究がいる。

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    そうなったときに、われわれはたぶん人工知能と人間の区別もつかなければ、10分前に遊んでた人と自分の区別もつかなくなってくるはず。そして(人間は)時間的な連続性をきっと失うだろうなと思います。「きみ、この前こう言ってたでしょ」って言われて、「それぼくかぼくのボットかどっちかわかんないです」。「オンラインで一緒にゲームやったでしょ」って言われて、「いやーあいつはね、実は1週間前のプレイデータなんだよ」とかね。でもそれでいい、みんな違ってみんないい。社会はコンピュータが支えるから回っていく、むしろ回るようにしないといけないんですよ。

    たいていのオンライン系のゲームは制約によって、そこを縛るんですよ。今回の 「ソードアート・オンライン ザ・ビギニング Sponsored by IBM」はそれがないので、よりサイバーですよ。つまり、あれは同時につけている人が出てきてるわけじゃない、というのも可能なわけです。後ろのモブキャラみたいな人たちは、じつはちょっと前にプレイしていた人かもしれない。

    そうなってくると、現実が小説よりもおもしろくなる可能性はもちろんあって、そこがすごくいいと思います。つまり、小説は物語を破綻させるとまずいから全員が全員そこにいて、同じ時間を共有しているっていう設定で動いているけど、そうじゃないかもしれないわけですよ、現実でやってたら。多様な分岐が世界にはあって、そのひとつひとつの分岐を全員が全員同じだと思いながら違う分岐を生きているみたいな、そういったこともたぶん可能ですよね。それは個人の心に優しい世界だと思います。

    ギズ:全員がそれとは気づかないで、それぞれ自分だけの主観の世界を生きている。

    落合:そういうような世界って、きっと幸せだからいいと思うんですよね。

    ギズ:そういうふうにVRの世界がひとりひとりの「現実」になっていくとしたら、これまでになかったまったく新しい世界もできそうですね。

    落合:VRにしかないものなんて、いっぱい作れるからね。右目で見ると丸に見えるけど、左目で見ると三角形に見えるものとか。黒い光とかが存在していてもいいですよね。そういうものは、現実にはなかった身体的な驚きを実現すると思います。

    ギズ:ひとつのVRにできたら、それはもう宇宙空間に存在することと同義ですよね。

    落合新しい宇宙を作るってことですからね。個人の主観宇宙っていっぱいあってもいいですよね。これけっこう快適だと思うんだよね。僕、「天元突破グレンラガン」ってアニメが好きで、最後のほうで全員が違う宇宙に飛ばされるって話があるんですよね。本当は娘と一緒に過ごしたかった人、本当は成り上がりたかった人とか、それぞれぜんぜん違う夢が発生するような宇宙なんです。

    VR空間ってきっとそういう世界観になっていくんですよ。まあ、それと現実とのギャップや、あるいは現実を諦めるか諦めないかの話はどちらでもいいんです。諦める人も、諦めない人もどちらもいていい。その価値観って、人が人に優しくなれるかってとこだと思いますね。「人はこうあるべきだ」みたいな倫理ってないはずなんです。「人はこうあるようにしてほしい」っていうのはコンピューターがさりげなく人間を誘導してくれればよくて。そんな優しい世界なんだと思いますよ。

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    VR元年と言われる2016年に、VRとその先の世界で生きていく人間のあり方について語ってくださった落合さん。「ソードアート・オンライン ザ・ビギニング Sponsored by IBM」では、初めて体験する人とは思えない手際の良さで敵を倒していたのが印象的でした。

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    「ソードアート・オンライン ザ・ビギニング Sponsored by IBM」のイベントの模様については、今後もレポートしますのでお楽しみに。

    source: ソードアート・オンライン ザ・ビギニング Sponsored by IBM

    (斎藤真琴)