ヒト胚のゲノム編集、どう使う?有り無しの線引きが少しずつ具体的に

ヒト胚のゲノム編集、どう使う?有り無しの線引きが少しずつ具体的に

何が良くて、何はダメなのか。

米科学アカデミーは先日、ヒト胚の遺伝情報の改変「ゲノム編集」を一部の遺伝性の疾患の予防目的に限り、将来的には認めると提言しました。今すぐ臨床実験を始めるといった話ではないとはいえ、ゲノム編集は遺伝子を簡単かつ正確に切り貼りできる技術CRISPR/Cas9登場してから急速に発展している分野です。

すでに中国イギリスではヒト受精卵のゲノム編集を行なう実験は開始されており(受精卵を子宮に戻すということはしていません)、アメリカでもここ数年専門家の間で議論が行なわれてきました。その結果、1つのマイルストーンとして出されたのが今回の提言書です。

方針は、「合理的な代替案がまったくない」という条件の下、「重病や重い障害」を引き起こすことがわかっている遺伝子を赤ん坊が引き継ぐことを防ぐための編集のみに限って認める、という内容になっています。

この文面だけを読めばなるほど、そこに線を引けば異論は少なそう、という結論になっているのですが、専門家たちは危機感を持ってこの提言を捉えているようです。カリフォルニアでこの問題に取り組む非営利組織「Center for Genetics and Society」のエグゼクティブ・ディレクターMarcy Darnovskyさんは、New York Timesに対して次のコメントを出しています。

これによって、ゲノム編集プランを提供する不妊治療クリニックが、「お子さんの人生をベストな形で始められる」と広告できるようになってしまう。(ゲノム編集によって”疾患”や”障害”が取り除かれるということが)本当の意味で子どもにとって利益があることだろうと、それとも周りが主観的に利益があると決めたことだろうと関係なく、こういった治療はすでに(社会的に)有利な地位に立っている人々に偏って与えられるだろう。

これだけ読むと少し分かり辛いですが、彼の指摘には重要なポイントが2つ、含まれています。

格差社会におけるゲノム編集というパンドラの箱

確かに、もし自分の子どもに重病や重度の障害が遺伝されることを防げるなら有り難い...と思う親は多いでしょう。しかしこういったゲノム編集は少なくとも何年間かは高額な治療として、一部の裕福な家庭だけが受けられる物になるはずです。そうすると裕福な家庭だけに偏って、重病や重度の障害を遺伝情報から削っていけるという事態が起きるわけです。

しかもこれは当人だけに限った問題ではなく、その子どもにも恩恵が引き継がれます。ゲノム編集によって社会が抱えている経済的な格差問題が生物学的な格差問題へと深刻化する可能性があると。

ゲノム編集が必要な”疾患”や”重病”の定義の曖昧さ

また今回の提言で「重病や重い障害」と、その”重さ”が強調されているのは重要です。今回のガイドラインではハンチントン病やテイ=サックス病、βサラセミアといった珍しく、かつ症状の重いものが挙げられています。しかし一度治療が実用化されはじめると「この病気/障害もゲノム編集対象として認められるべきだ」という声が挙がるのは確実でしょう。

適応範囲が無制限に拡大されてしまうと、その先にデザイナーベビーが存在しているのは明らかです。かと言って厳しく限定できるような具体的な線引をするのも難しいと。

CBSは提言書の主著者であるR. Alta Charoさん(ウィスコンシン大学マディソン校、生命倫理学者)の次のコメントを引用しています。

ルールを強制するような力を持った惑星政府が存在していない、という点も肝心です。

冗談のように聞こえますが、これが現実です。専門家が結論に至ってから全世界的に研究を始める、ということは不可能なわけです。

前述の通り、中国はどんどんと実験を進めており、ヨーロッパの多くの国はヒト胚のゲノム編集を禁止している一方で、イギリスは不妊や流産の治療を念頭としたヒト受精卵の研究を開始しています。

提言書の発表にあたり、Charoさんも繰り返し「臨床実験が行なわれるべきか、どのように行なわれるべきか、ということに関して判断がなされる前に大衆を巻き込んだ議論を持つことが必要不可欠だ。その議論は今、行なわれないといけない」と発言しています(via New York Times)。

1つの正解としてガイドラインを提出したというよりは、専門家と民間を巻き込んだ議論の土台となることの意味合いが強いのでしょう。

日本ではどうでしょうか。毎日新聞によれば、国の生命倫理専門調査会は、一部の難病研究や基礎的研究にゲノム編集を認める場合があるが、遺伝情報を操作した受精卵を母体に戻すことは認めない、との見解が出されています。ではどのような研究なら認められるのか、という条件については協議中とのことです。

top image: 18percentgrey/Shutterstock
source: New York Times, CBS, 毎日新聞, BBC

(塚本 紺)

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