イギリスの人気小説『荊の城』を原案に、自らの意志を通そうとする女性たちによる復讐と同性愛を、妥協のない濡れ場と衝撃的な展開を織り交ぜて描く、エロティック百合サスペンス映画『お嬢さん』。
今回は成人指定映画ながらも世界中で大ヒットしている本作を手がけた、パク・チャヌク監督にお話を伺いました。
エモーションの爆発するストーリーテリングとアクションで世界中を驚かせた『オールドボーイ』、 主演にミア・ワシコウスカを迎えてハリウッドデビューを果たした『イノセント・ガーデン』などの過去作とはまた一味違う、ユーモラスでかわいらしい魅力もある『お嬢さん』に込められた思いなどについて語っていただいています。
なお、本編のネタバレが含まれているので、くれぐれもご注意ください。あくまでも個人的な意見ですが、騙し合いが鍵なので、いっさい何も知らずに作品を一度観てから、この記事を読むことをオススメします。

――本作では美しく強い女性たちが自分たちの力で抑圧から脱して、アイデンティティーを解放していく姿が描かれています。監督の過去作にも、戦う女性は登場していますが、彼女たちに魅力を感じるようになったきっかけはなんでしょうか?
パク・チャヌク(以下、チャヌク):以前撮った『JSA』という映画には原作の小説があり、そこでは男性の将校が描かれていたのですが、映画にするにあたって、私はその人物を女性の捜査官へ変えました。理由としては、韓国には家父長的なところが残っており、ましてや軍隊で女性の捜査官が捜査をするとなると、かなり排他的な状況になるのではないかと思ったからです。女性の捜査官がそのような状況で仕事をしていくというのは本当に難しくて、大変なことだと思いますが、女性が困難を突破していく姿がとてもドラマチックだと感じました。それ以来、映画の中に強い女性の主人公を登場させるのがとても好きになったんです。
そして、私はいつも抑圧と抑圧されている状況の中で戦う女性が魅力的だと思っています。私には娘がいるのですが、実際に娘を育ててみて、彼女が子どもから成熟した大人になっていく姿を見て、より一層そういう思いが強くなりました。一方で、一番魅力がないと感じるのは従順な女性です。私が魅力的だと感じるのは、とても賢明で、戦う女性です。


――本作でも監督が得意とする復讐が描かれていますが、これまでの作品に比べて非常に明るい内容になっていることに何か理由はあるのでしょうか?
チャヌク:原作の小説(サラ・ウォーターズの『荊の城』)を読んでいるときからすでに考えていたことがありました。『荊の城』は本当に上手く書かれている小説で、キャラクターの描写もすばらしいです。ただ一読者としては、あまりにも前半の内容が良すぎたので、お願いだからこのふたりがお互いの本当の気持ちを率直に伝えて、ふたりでひとつになって男たちをやり込めて、楽しく最後はどこかへ行ってほしいと読んでいるときに思いました。最後は楽しいセックスで終わって、ふたりで楽しい場所へ向かってほしいと願いながら読んでいたんです。なので、今回の映画で描かれているクライマックスは読んでいるときから想像していました。それは絶対に映画のラストはそうしようという思いというよりは、そんな風に小説が終わってほしいなと思っていたんです。
そして読み終えたところ、もちろんサラ・ウォーターズには彼女なりの立派な考えがあって、小説では別の着地をしているわけですが、私としてはやっぱりふたりには幸せになってほしいという思いがあったので、前半を読んでいたときに感じたことをそのまま採用しました。
――サスペンスの積み重なりとどんでん返しの連続が印象的ですが、サスペンスを最後の最後まで引っ張る上で気をつけた点はなんでしょうか?
チャヌク:情報を上手く隠すこと、情報をどれくらい出すのか?のさじ加減にこだわりました。情報を隠すことのよって生じる緊張感もありますし、登場人物は知らないんだけど、観客だけは知っている緊張感というのもあったかと思います。まるでゲームをするかのように、情報の出し方については考えました。たとえば、伯爵が薬の入ったワインを飲むシーンでは、薬が何滴入っているかによってどういう効果があるのか?を観客は知っているものの、薬をちょっと入れたところで画面は切り替わってしまうので、実際は何滴入っているのかはわかりません。そのため、伯爵は飲むのか? そして飲んだ場合どうなってしまうのか?というサスペンスが生まれます。そこでも、情報の出し方を工夫するようにしました。
――全編を通して緊張感のある作品ですが、一方で笑えるシーンもたくさん入っています。監督の過去作にも笑える描写は多々ありましたが、映画を作る上でユーモアを大事にしているのはなぜでしょうか?
チャヌク:私は広い意味で「ジャンル的な映画」を撮っている人間ですが、基本的には人生を映画で描きたい、人間を正確に描くことが大切な目標になっています。なので、常にどうしたら典型的な人物ではなく、そして単純な描写を避けられるか?ということを考えているんです。人間というのは複雑な存在なので、単純な描写とか典型的な人物というのはありえないと思います。そこで大事になってくるのがユーモアです。到底笑えそうもない悲劇的な状況の中、あるいはとても恐怖におののいている瞬間でも、人はきっと笑うことができます。それくらい人は複雑なものだということを、ユーモアを通して見せられると考えているんです。私は同じユーモアはといっても、予想できない状況の中で沸き起こる笑いを大事にしています。なので、コメディーの棚に置いてあるような、最初からコメディーです、これは誰が見ても笑います、といった映画は作れない気がしますね。


――ぎょっとするような単語も含め、日本語が頻繁に飛び交う作品ですが、日本語という言語を扱う上で注意した点はなんでしょうか?
チャヌク:基本的には貴族が使う日本語、古い言葉遣い、あと朗読のシーンがあるので文語体といったところには気をつけました。かっこつけて読むようなシーンでは、気取って読んでいるんだけども、恥ずかしい単語を入れることで観客へ衝撃を与えるということにもこだわっています。同じような言葉でも極道が口にするのと、礼儀正しい、美しい貴族が口にするのとでは全然違いますからね。――和洋折衷な建物はどのようなイメージを目指して作ったのでしょうか? モデルになっている建物はあるのでしょうか?
チャヌク:朝鮮が背景となっているので、もちろん朝鮮式の建物でも良かったですし、親日派、日本に憧れていて日本人になりたいと思っている人物の家だと考えると、逆に日本式の建物でも良かったのですが、いろいろと織り交ぜたのには理由があります。映画の中では具体的には表現していないんですが、美術監督と私が構想したのは、まずスッキが朝ごはんを食べたりしていた、使用人の住居がありますよね? あそこは朝鮮式の建物になっています。あれは上月(チョ・ジヌン)と佐々木(召使いの女性)が初めて住んだ家です。当初はふたりで住んでいましたからね。
ただ、上月は日本人になりたいと思っていた親日派の朝鮮人なので、後に洋館と和館を作ってそこへ移り住み、朝鮮式の建物は使用人に渡したという設定を考えました。それは自分のもともとのアイデンティティーを軽蔑して、強いものに巻かれるという親日派の人たちの心理を表現しているものでもあります。
あと当時の朝鮮では、西洋文明が入ってきたことは入ってきたんですが、日本を通して日本の文化とともに入ってきたので、暴力的に移植されたようなイメージがあるんです。韓国の近代性の出発というのは伝統を軽蔑することから始まって、強制的に、あるいは暴力的に西洋の文化と日本の文化を受け入れることになったので、自発的に受け入れてきたわけではありませんでした。そういったことも、西洋の建物と東洋の建物を並べることによって表現できるのではないかと思ったんです。


――『オールドボーイ』以来のタコが印象的な作品だと感じたのですが、監督にとってタコは何か特別な意味のある存在なのでしょうか?
チャヌク:同じタコといっても種類が違うので、名前も違うんですね。『オールドボーイ』のタコは「ナッチ」で、『お嬢さん』のタコは「ムノ」と言います。なので、自分としてはつながりがあるということはまったく思っていなくて、個々に意味があります。『オールドボーイ』ではずっと監禁されていた影響から、主人公が生きたものを食べたい、生命の食感を味わいたいと思いを抱えていたので、タコを食べているという設定にしました。『お嬢さん』に関しては、葛飾北斎の有名な春画があったので、そこから取り入れました。あの春画の想像力が衝撃的だったんです。見ているだけでもタコの触感が伝わってくるような気がしましたし、鳥肌が立つような、グロテスクな、気持ち悪い印象が良かったと思います。
子どものころの秀子が地下室で何かを見てしまい、衝撃を受けるという設定なので、それを見てしまったがために逃げる気さえ失ってしまうという存在、よく見ると塀もそこまで高くないので、そこを飛び越える勇気さえ奪ってしまった存在。彼女が見たその存在とはいったい何だったのか?と逆から考えました。同時に、観客が「そうだよなあ、逃げられないよなあ……」と納得してくれるものとは?と考えて、巨大なタコにつながっていったんです。秀子は子どものころからさんざん春画は見てきているんですけど、実際に本物の巨大なタコを見たら、逃げる気すら失せてしまったんじゃないかと思います。
韓国ではフェミニストの方々が本作に関して、秀子が伯爵に強姦されそうになるシーンがあったから、最後は伯爵がタコに強姦されるべきで、そのシーンが入っていないことだけが残念だと言っていたんですが、私としてはさすがにそこまでやるつもりはなかったです(笑)。

映画『お嬢さん』は3月3日(金)、TOHOシネマズシャンテ他ロードショー。
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Photo: ギズモード・ジャパン編集部
source: お嬢さん, YouTube
(スタナー松井)