動物学者によると「共食いは自然の摂理」。カニバリズムは動物界では珍しくなかった

動物学者によると「共食いは自然の摂理」。カニバリズムは動物界では珍しくなかった

もうずいぶん昔のことです。

都内某所、某駅近くの雑居ビル2階にその店はありました。車窓から眺めただけで、実際行ったことはありませんでしたが、線路に面した窓ガラスに色あせた大きな文字で「ひゅうまんステーキ」と書いてあったのを今でもはっきりと覚えています。

なんでわざわざ人肉を連想させるような店名に決めたのかは謎ですが、その怖さゆえに根強く記憶に残ったのはたしかです。

カニバリズム――人肉嗜食、または共食い――は現代社会において究極のタブーかもしれません。それでも、禁忌であるからこそ人々の好奇心を惹きつけてやまず、ホラー映画の殿堂『羊たちの沈黙』から最近ではティーン・カニバル映画『ロウ』にいたるまで、しばしば見る者を戦慄させるテーマとして扱われてきました。

同様に、カニバリズムに惹かれた科学者もいました。もともとは吸血コウモリについて研究していたアメリカ自然史博物館研究員のBill Schutt博士は、吸血動物と同じように忌み嫌われているカニバリズムを研究対象として魅力的に感じたとThe Washington Postのインタビューに対して答えています。そして、世界中からカニバリズムの事例を集め、共食いの実態を科学的に調査して「Cannibalism: A Perfectly Natural History(訳:カニバリズムは自然に起こる――動物学の観点から)」という本をまとめました。動物学者の観点から科学的にカニバリズムの仕組みを解説した内容で、動物・ヒトともにおぞましく感じてしまうような事例がたくさん紹介されています。同じ親に生まれた子供同士の共食い、他人同士の共食い、親が子を食べる例、子が親を食べる例、つがい同士の共食い、などなど……。

そして、比較的最近まで少数の動物のみに見られる異常な行動と考えられていたカニバリズムが、実は数百にのぼる種に見られることをつきとめました。さらに、共食いの頻度は動物の種類によって異なり、同じ種のなかでも置かれた環境によって違うことがわかったそうです。たとえば、ある地域になんらかの理由で種が繁殖しすぎて人口過密になった場合、カニバリズムが起こりやすくなるというわけです。

Discover Magazineに掲載されたSchutt博士の記事によれば、そもそもカニバリズムについての研究を始めたのはカリフォルニア大学サンタクルーズ校の生態学者であるLaurel Fox教授で、1975年にカニバリズムの多くは環境に適応するための手段だと発表しました。また、1980年にはカリフォルニア大学デービス校所属の生態学者、Gary Polis教授が無脊椎動物におけるカニバリズムの法則をまとめました。

カニバリズムの法則:

体が未発達な幼体(卵をふくむ)ほど食われる。
メスのほうがよく食らう。
栄養状態が低下するとカニバリズムの頻度が上がる。
人口過密度が上がるとカニバリズムの頻度が上がる。

このようなPolis教授の研究結果を踏まえて、Schutt博士はさらにその法則がすべての分類階級における動物に適用できると考えました。そして、今回の研究を通じてカニバリズムは多くの機能を持っていることも発見しました。いままで動物は捕獲されたストレスにより共食いすると考えられていましたが(たとえばザリガニ)、そうではなくて、共食いがなんらかのメリットをもたらすから自然に起こるのだと、The New York Timesに掲載された自身の記事で力説しています。さらには、食われる側にもメリットがあるのだとも。

お子さまランチ?

それでは、Schutt博士が執筆したThe New York Timesの記事になぞらえて、自然界におけるカニバリズムの事例を見ていきましょう。

まずは幼体が食糧となるケースですが、サンゴやハマグリなど二枚貝の種類は産卵無精卵を食糧として提供する種がいるそうで、なかには受精卵よりも多い数の無精卵を同時に産みつけて、生まれたばかりの我が子たちにエサとして与えるのだとか。

ここまではまだいいんですが、もっと露骨に生存競争が激しいのはスキアシガエル科のオタマジャクシで、食糧が乏しいと兄弟同士で共食いするのだそうです。さらにショッキングなのはシロワニ(Carcharias taurus)と呼ばれるサメの一種。母親サメには子宮がふたつあり、それぞれに受精された時期が異なる卵が複数個入ります。当然、早く受精した卵が先に孵化して育ちますが、そのうちお腹をすかして自分より小さな妹弟たちを食べてしまうそうです。最後に生き残るのはそれぞれの子宮に一匹ずつ。食べないかぎり、生き残れません。

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このシロワニも自分より小さい妹弟たちを食べて生き残ったのでしょう
(image: Valeri Potapova / Shutterstock)

次に、メスがオスを喰らうケースを見てみましょう。

クモカマキリは交尾の際に、メスがオスを食べてしまうことがあるのはよく知られています。この性的共食いは、人間から見たらなんとも恐ろしくて悲しい習性ですが、実は生まれてくる子供に栄養を与えて自分の子孫を繁栄させる狙いがあるのだそうです。実に犠牲的な父親愛ですね。

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クモの共喰い
(image: woe hendrik husin / Shutterstock)

自分の子孫の繁栄のためによその子を食べてしまう動物もいます。ライオンのオスは、死闘の果てに2-3年の周期で「プライド」と呼ばれる群れのリーダーになり、そのプライドに属するすべてのメスと交尾を行いますが、新しいリーダーに取って代わられた場合、前のリーダーの子供たちはすべて新しいリーダーによってかみ殺され、食べられてしまいます。自分のDNAを残せると同時に、子供を殺されたメスはすぐさま繁殖期に入るというメリットがあるのだそうです。

ライオンとは真逆のケースに、ガケジグモの一種(Amaurobius ferox)のメスは自分のを子供に食わせます。まず卵から子グモが孵ると、母グモは無精卵を産み、食糧として与えます。2、3日後に食糧が尽きると、今度は子グモたちを自分の体に呼び寄せ、生きたまま生贄になるそうです…。来世で生まれ変わりたくない種ですね。

「救命ボート作戦」

カニバリズムの法則のひとつに、栄養状態が低下するとカニバリズムの頻度が上がることが指摘されています。先ほどのシロワニのように、お腹が空いてほかに食べる物がなかったら、同じ巣に生まれた兄弟であろうと、まだ生まれてもいない胎仔であろうと関係なく、栄養源と見なされてしまうのです。

鳥類でもこのような事例は多く見られるそうで、とくにサギやハゲタカなどは同じ母鳥から異なる時期に受精された卵が時間差で孵るそうです。最初に孵化したヒナはエサを独占できるので強く、大きく育ちます。長男(か長女)以降の兄弟は、どうしても生存競争に不利な立場におかれます。それでもエサが豊富にあればなんとか巣立つのでしょうが、たとえば環境の悪化によりエサが十分に確保できなかった場合、大きなヒナに食い殺されてしまうそうです。種の存続の観点からすると、一羽でも立派に育ったほうが、巣が全滅するよりもメリットが大きいのですね…。きびしいです。

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サギのヒナたち。強くないと、生き残れない…
(image: asharkyu / Shutterstock)

「救命ボート作戦」なのかははっきりしませんが、近年、なんとホッキョクグマの共食いも目撃されているそうです。

【閲覧注意】こちらはホッキョクグマがホッキョクグマの赤ちゃんを食べている画像です。人間のせいで地球温暖化が進み、北極の氷が解けてホッキョクグマの生態が脅かされてしまったからでしょうか…。意外な側面を知ってしまった以上、もう二度と無邪気な気持ちで動物園のシロクマと向き合えません。

動物だけじゃない

ちなみに、「救命ボート作戦」を使うのは動物だけではありません。そもそもこのフレーズは、悪天候により船が難破してしまったときに、船の乗組員が命をつなぐために仲間を殺して食べてしまうというサバイバル実践法に基づくそうです。じつは、人間もかつては現代社会が正視するに堪えないぐらい残虐に思える行為と頻度でカニバリズムを行なってきました。Schutt博士はヒトの共食いを大きく3つに分類しており、①葬祭にまつわるカニバリズム(funerary cannibalism)、②医療にまつわるカニバリズム(medical cannibalism)、③調理にまつわるカニバリズム(culinary cannibalism)を挙げています。

ヒトの共食いを研究するなかで、Schutt博士はカニバリズムがもたらす弊害についても明らかにしています。たとえば、ニューギニア島に暮らすフォレ族は、亡くなった親族を弔うために死人の脳やほかの臓器を儀式的に食していたそうですが、それが理由でクールー病という狂牛病に似た神経変性疾患にかかり、絶滅の危機にさらされたそうです。同じ種の生物を食べることで、その種特有の病理をはびこらせてしまうリスクが、カニバリズムには隠されているのです。

自然界においてもうひとつ確認されたカニバリズムのリスクは、包括適応度を弱めることだそうです。種の進化の可能性を自ら狭める危険性を犯してでも、今なおカニバリズムが多く見られるのは、上記のようなデメリットを上回るメリットがあるからにほかならないとSchutt博士は書いています。

さらに、Schutt博士は人間にとってもカニバリズムという行為にデメリットを上回るメリットがあるかどうか、疑問を投げかけています。もし、仮にも、共食いをしたほうが得だとしたら、人間もいつか生存のためにカニバリズムという手段を選択する日が来るのでしょうか?

Schutt博士は、最後にこのような言葉でしめくくっています。

人口は増え続ける一方で、資源は減少し続けている。砂漠は広がり続けている。そして、人と人とのつながりを維持している社会規範は、私たちが今まで思っていたよりもはるかにもろいことがわかってきている。もしかすると、現代の私たちには考えられもしないはずのカニバリズムという行為が、そんなに遠くない昔に横行していたことをしっかりと覚えておくべきかもしれない

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image: LitDenis / Shutterstock.com, Valeri Potapova / Shutterstock.com, woe hendrik husin / Shutterstock.com, asharkyu / Shutterstock.com
source: The New York Times, The Washington Post, Discover Magazine
reference: Amazon, Wikipedia, 日本蜘蛛学会

(山田ちとら)

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