フル3DCGアニメ全盛期の今、時代の流れに逆らうように手間暇かけてコツコツと忍耐強くストップモーション・アニメーション映画を作り続けるスタジオ・ライカの待望の最新作『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』(以下『クボ』)がついに日本で公開されます。
私はマレーシアで一足もふた足も早く鑑賞しましたが、目の前で起こっていることが現実(プラクティカル)なのか虚構(VFX)なのかか区別がつかず、オープニングシーケンスからエンドクレジットまで、狐につままれたような気持ちになり混乱と興奮と感動の嵐!
日本人振付師を呼んで研究したという盆踊りや、膨大なリサーチを経て再現した圧倒的な「日本っぽさ」は、キャラクターの話す英語に強い違和感を覚えてしまうほど。『日本昔ばなし』やNHKの人形劇、大河ドラマや侍映画、時にはジブリ映画にも似た部分があり、「これが海外の人たちによる作品なのか」と幾度となく驚かされました。
今回はそんな日本へのラブレター映画『KUBO』でアニメーションスーパーバイザーを務めたブラッド・シフ氏にインタビューしてきました。
ライカ・スタジオの拘りや、意外だった日本文化とストップモーション・アニメーションの共通点、少し前に話題になった「アジア人は表情が乏しい」問題に関しても聞くことができましたよ!
ブラッド・シフ:MTVの「セレブリティ・デスマッチ」「The PJs and Gary & Mike(原題)」をはじめ、数々のテレビ番組で経験を積んだのち、2001年に「The PJs and Gary & Mike(原題)」でエミー賞のアニメーション特別貢献賞を受賞する。またアニメ製作以外にも、任天堂、FOX、サムスングループ等のCMも手掛ける。その他の作品として、『ティム・バートンのコープス ブライド』(05)、『パラノーマン ブライス・ホローの謎』(12)、『ファンタスティック Mr.FOX』(09)などがある。
──本作は海のシーンから始まり、クボの家、町、洞窟、船、海中と背景が何度も変わりますね。海や船といったVFXにしか見えないような背景を途方もない時間をかけて実際に作っているようですが、反対にVFXで再現した背景もあるのでしょうか?
ブラッド・シフ(以下、シフ):実は背景はVFXでつくったものが多いですね。ライカのストップモーション・アニメーションはCGとストップモーション・アニメーションのハイブリッドで、パペットのメインのキャラクター達が直接触れる船や洞穴といった背景は全て実際につくっているのです。
しかしストップモーション・アニメーションはテーブルサイズの場所で作業するのでどうしても限界があります。なのでテクノロジーやVFXを積極的に受け入れることによって、より壮大な世界観を作り上げました。 ただ、今回であれば、水や海、空、遠景の山々、遠くに見える船がCGですが、その船ですら実際に僕たちがつくった船から情報を得て、それを元にCGでつくっています。

そしてCGの水は、この作品の世界観に合う水の表現を見つけるまで、僕らが無数のテストを行なってから作ったものです。それから、水が左右に動く表現はプラクティカルでも再現できるのですが、渦を巻くといった有機的な動きは難しいのでVFXで表現しました。
ライカの作品では、たとえCGで作られているものだとしても、実際にプラクティカルで作ったものをベースにCGにしています。なので水がCGだとしても、それは実際の海をリファレンスにつくっているわけではないのです。
──少し前に、ハリウッドのキャスティング・プロデューサーが「アジア人は表情が乏しい(asians weren’t expressive)と発言して物議(*)を醸しました。表情が乏しいかは別として、日本人は表情の作り方が西洋人のそれとは少し違うと思います。『クボ』は表情に力を入れていますが、日本人をアニメーションする上で気をつけたことはありますか。

シフ:物腰の部分は注意深く作りましたが、表情に関しては表現幅を狭めたくありませんでした。西洋の観客であれ、東洋の観客であれ感じて欲しい、伝わってほしいのは気持ちです。
僕個人は別にアジア人が西洋人よりも表情が乏しいとか表現力が無いなんてことはバカバカしいと思っています。やはり気持ちというのは普遍的で、その気持ちをどう繊細に表現するかに気をつけました。 あと、やはりアニメーション作品ですから、誇張して見せることもあります。ライカでは、アジア人だからどう、ということは考えもしませんでしたよ。
*原作で登場人物がアジア人であってもハリウッドで映画化される際に白人が起用される「ホワイトウォッシュ」が問題になった際、社会学者ナンシー・ワング・ユエンの著書『Reel Inequality: Hollywood Actors and Racism』の中の匿名キャスティングディレクターの発言が引用された。内容は「さまざまな人と仕事をしているけど、アジア人を配役するのは難しい。ほとんどのキャスティングディレクターがアジア系俳優は表情が乏しいと感じている」というもの。これを受けてアジア系アメリカ人が中心となってTwitterにハリウッドで活躍する表情豊かなアジア人俳優の写真を掲載する運動が行われた。
──クボは三味線で折り紙を自在に操りますが、折り紙の鳥や、鳥から変身した蚊などもストップモーション・アニメーションで再現しているのでしょうか?
シフ:クボが村で三味線を弾きながら「月の帝」の話を聞かせているシーンがありましたが、その時の折り紙は全てその場に物体があり、それらを実際に動かしています。大体の形でそれが何を意味しているのかを理解してもらうことを心がけました。
また鳥のシーン、骨のシーン、巨大骸骨のシーン、雪原のクワガタとのシーンはプラクティカルで作ったものをVFXチームに渡してデジタルでモデリングしています。
──激しいアクションが登場していましたが、パペットでアクションシーンを再現する上で何か特別な工夫はしましたか。
シフ:観客にとってバトルシーンをリアルに感じてもらうことが重要でした。そのためには、パペットがバトルの最中に傷つくことも必要と考えました。
アクションに関しては、マーヴェル映画のスタントなどで活躍しているアーロン・トニーさんというハリウッドのマーシャルアーツ・スタントマンに絵コンテを見てもらい、どんなアクションにすればいいのか、実際に動いてもらってそれをリファレンス用に録画しました。日本刀の正しい使い方を知ることもできたし、見ていて最高でした。

──舞台裏のタイムラプス映像を見ると、ひとりのアニメーターが人形を動かしつつ撮影しているようにみえます。アニメーターはプレビズを見ながら、与えられたシーンのカメラ設定からアニメーション付けまでを行なうのでしょうか。
シフ:実は自分たちはそんなにプレビズを使わないんです。今回だと、村とか複雑なシーンだけですね。 通常、ひとりひとりのアニメーターが自分の担当するカットの責任を負います。登場人物が1人だろうと8人だろうと、そのカットの担当者はひとりです。
今回、クボは28体、クワガタは20体、サルは24体作っています。彼らは多くのシーンに登場することもあり、アニメーターは35人いました。20人のアニメーターがクボのシーンを同時に撮っているということもありえました。
──折り紙ハンゾウはライカ最小、巨大ガイコツはライカ最大、と今回は2体もライカ初パペットが登場していますが、最も苦労した部分をお聞かせください。
シフ:巨大骸骨は、胴体が250kgで高さは4.9mもあります。1人の人間では簡単に動かせないのでその方法を考えなくてはいけませんでした。
最終的に、胸をフライトシミュレーターやパークのライドのようなものの上に乗せて、それをジョイスティックのようなもので遠隔操作しながらアニメーターが少しずつ角度つけたりアングルを変えたりしました。

ただ、腕と頭は手で動かしています。腕ひとつが35kgで、ワイヤーが滑車についており、逆側には砂袋が付いています。普段小さなパペットを動かすことに慣れているので、こんなに大きいものだとどれだけどう動かせばいいのか、コツを掴むまでに時間がかかりました。改めてストップモーション・アニメーションを1から学ぶような感じでしたね。
小さなハンゾウは、どこかに乗せるだとかの引き絵用に使いました。アニメーターがピンセットを使って頭や腕を動かしましたが、表現という意味では限界があるので、寄り絵の時は7倍の大きさのハンゾウを作って、細かいニュアンスを表現しました。
──そんな大掛かりな巨大骸骨のシーンでもアニメーターは基本的にひとりですか?
シフ:ええ、アニメーターはひとりです。ただ、準備には4~6人必要でした。猿を口元に持って行くのであれば、滑車をその場所まで持っていかなければいきません。何か掴もうと振り返るにしても、それ用にセットアップが必要になります。カットからカットへのポジションの準備にはかなり時間を要しました。場合によっては数日かかることもありました。しかしアニメーターはひとりなので、準備が終わればあとは黙々と骸骨と2人きりで作業していくことになります。

──生粋の日本人でも言葉に表すことが難しい「わびさび」ですが、スタッフの間でこの概念を共通認識にする上での苦労はありましたか?
シフ:「わびさび」がなんであるかというのを深く理解するのは確かに難しいですね。
ストップモーション・アニメーションというのは不完全だからこそ美しいアートです。CGは少し作ってセーブして、また少し作ってセーブしてと完璧を追求することができますが、ストップモーション・アニメーションではそうはいきません。手づけなのでどうしても不完全なところが出てきてしまいます。洋服がうまい形に落ちないなんてこともありますが、そういう不完全さの中に存在する美は、「わびさび」と共通しているのではないかと思います。
──物語が進むに連れて仲間ができていくところや、月の帝が孫を連れていこうとする部分は、日本の昔話と似てるように感じました。実際に参考にしたのでしょうか?
シフ:だと思います。もともとのアイディアは以前ライカでキャラクターデザインをしていたシャノン(・ティンドル)という人から来ています。その人は日本の昔話に精通していて、巨大骸骨もガシャドクロ(*)から来ているんですよ。
*戦死や野垂れ死にしたなど、埋葬されずに悲惨な死を遂げたものたちの魂が集まって形成された巨大骸骨の形をした日本の妖怪。

インタビューの終わりに、実際に撮影に使ったクボパペットを動かして見せてくれました。
人形の魂は目に宿ると言われるので、ちょっとしたニュアンスは目やまぶたを動かすことで再現しているそうです。
目は同じでも口元を変えると、全く違う表情になります。眉と口のパーツが外れるようになっているため、その境目がくっきりと見えてしまいますが、これは後で消すのだそうです。その作業だけでも大変そう…。

ちなみに、口のパーツが8,000、眉のパーツが8,000くらいで、組み合わせの可能性としては約4000万通り(公式によると4800万通り)とのこと。果たして実際の人間がそれだけの表情を出せるのかと疑問に思ってしまうほどの数です。
筆者的に新たな発見だったのが、表情の微調整にデザインカッターが使われているということ。確かに、まぶたを少しだけ出したい、眼球を少しだけ動かしたいといった微妙な調節に最適ですね。
「If you must blink, do it now.(瞬きするなら今だよ)」というナレーションで始まる『クボ』は、そのセリフの通り、オープニングからエンドクレジットまで瞬きするのも惜しいくらいイリュージョンの連続。
技術とストーリー、2段階の驚きが用意されているので、1回目は技術にフォーカス、2回目は物語と細部にフォーカスで2回劇場鑑賞するのがオススメですよ。
映画『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』は11月18日(土)に公開です。
Photo: K.Yoshioka(ギズモード・ジャパン)
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Source: 映画『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』公式サイト
(中川真知子)