テクノロジーといえば、私たちの暮らしと切っても切り離せない存在です。多くの人はとくに意識することなく、スマートフォンやPC、時計やテレビといったテクノロジーの結晶に囲まれて暮らしています。
とはいえ、マシンと人間は別のもの。身体の一部と言えるほど人間に寄りそうには、テクノロジーはまだちょっと遠い存在かもしれません。
ところがいま、ソニーはこのテクノロジーと人間との距離を限りなく近づけるという課題にチャレンジしています。ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)では、人間の可能性を広げることを目指して、さまざまな研究が行われているのだとか。
その成果のひとつが、先日11月5日に渋谷で開催された「渋谷シティゲーム」にてお披露目された最新の義足です。
より軽く、より早く。人間の100%以上を引き出す脚を目指して

ほんのちょっと前まで、義手や義足といえば、身体的なハンディキャップを持つ人たちをサポートするツール、というのが一般的な認識でした。
しかし、昨今の義肢には先端技術が「これでもか!」というほど詰め込まれ、見た目もサイバー感あふれるイカしたデザインの物が珍しくありません。義肢はもはや、人体とテクノロジーを融合した成果物といっても過言じゃないのです。
ソニーCSLの遠藤謙さんが開発した「Xiborg Genesis」は、ランナーが短距離をより速く走れるようになることだけを考えてデザインされた、競技用の義足。カーボン繊維強化プラスチック製のバネは、筋肉のように力を生み出すことはできません。しかし、太ももや胴体の筋力をバネで増幅でき、なにより生身の脚より圧倒的に軽いというメリットがあります。
「今後この義足に適したフォームの研究が進めば、生身の人間の記録を超えることは難しくない」とは、遠藤さんの弁。
すでに、走り幅跳びで世界メダリストを凌駕する記録を打ち立てたマルクス・レーム選手の例もありますし、短距離走もまた越えられない壁でないのかもしれません。

渋谷芸術祭のいち企画として、渋谷ファイヤー通りで行なわれた「渋谷シティゲーム」では、世界トップクラスの義足ランナーを招き、60m走の世界記録越えに挑戦しました。

現在、健常者の選手による60m走の世界記録は、モーリス・グリーン選手が1998年と2001年に記録した6.39秒。果たして、 新記録が生まれたのでしょうか?
大勢の観客が沿道で見守る中、トップでゴールテープを切ったリチャード・ブラウン選手が7.14秒を叩き出し、渋谷の街を盛り上げました。世界記録まで、あと0.75秒。惜しい!
ともあれ、今回のレースはテレビでしか見る機会のないトップアスリートの力走を直接見られる貴重な場であったほか、義足のポテンシャルを世に知らしめるいい機会となったはず。
人間の足の動きをエミュレートする「ロボット義足」

ソニーCSLと遠藤さんが取り組むのは、競技用義足だけではありません。
5年前から開発を続けてきたというロボット義足は、歩行を支える補助具というより、まさに人間の脚をテクノロジーで再現したような1足。見た目がSF映画のプロップやガジェットのようで、とにかくカッコイイ!
名前の通り、自律して動く一種のロボットで、内部に備えたセンサーが歩く際にかかる負荷や角度を検知し、ひざや足首のモーターがそれに合わせた動作を作り出すというしくみです。
人が自分の足で歩く際には、とくに意識していなくても、地面を蹴った力を反動として活用しています。そのために足首はとても微細な動きをしていて、従来の義足でこれを再現するのは難しいとされてきました。
その点、このロボット義足は意思を持っているかのように足首が動くので、従来の義足よりも楽に歩けるだけでなく、周囲にも義足を着けていることを感じさせない、自然な動きを実現できているのだそうです。「補助具」というより、もはや「人体の一部」といえますね。
今までの義足もアップデート

また、競技用義足やロボット義足で得られたバイオメカニクスのノウハウは、今までの義足にも応用できます。おもに途上国での利用を想定したこれらの義足の1足あたりのコストは3000円程度ですが、きちんと膝が曲がるなど、より生身の足に近い動きができるようになっています。
安価なだけでなく、現地の工場で量産できるよう、材料に樹脂を使うなど、ビジネスモデルから入念に設計されているのもポイント。ハンディキャップを抱える貧困層のすべての人々に義足が行き渡るなら、これほど素晴らしいことはありませんね。
アイデアとテクノロジーによって、人々の可能性が広がっていく。それがロボット義足の醍醐味なのかもしれませんね。
変わり行くテクノロジーと人間の関係
「テクノロジーと人間の融合」と聞くと、身体に機械を埋め込むなど、ちょっとおっかない想像をしがちですが、よくよく考えてみれば、私たちの生活はすでにテクノロジーと一体化しているのでは、と思う瞬間は少なくありません。
なぜなら、誰もがスマホさえ手にすれば、遠くの誰かに連絡することも、正確な時間や場所を知ることもできます。ネットワークで検索し、クラウドにスケジュールやメモを保存することで、生身の脳を越える知識や記憶力も手にしました。つまり、テクノロジーの発展は、そのまま人間のポテンシャルを引き上げることに繋がっているんですね。
ロボット義足の進化も、そうした未来への入口と言えるでしょう。この先の世界でどのような体験が待っているのか、楽しみです!
Image: Sony Japan | Shibuya City Games
Source: Sony Japan | Shibuya City Games
(友清哲)