自分の身体で遺伝子実験を行なう「バイオハッカー」たちを規制するべきなのか
Image: Josiah Zayner/The Odin

自分の身体で遺伝子実験を行なう「バイオハッカー」たちを規制するべきなのか

遺伝子編集技術CRISPRがここ数年ニュースを騒がせています。「遺伝子編集技術によって不治の病などの治療法が開発されるかも...!」と多くの人が期待をしています。もちろんこういった技術には慎重な検査が繰り返され安全性をしっかりと確認することが求められています。しかし、「時間がかかる正式なプロセスは待ってられない」とばかりに遺伝子編集の人体実験を自分の身体でDIYしてしまう人が少しずつ現れてきているんです。

そうです、自分の身体で遺伝子編集の実験です。もはやSFの世界の話ですよね...。

昨年秋には、元NASA科学者であり「バイオハッカー」として知られるJosiah Zaynerが筋肉の成長を促す遺伝子を講義中に自分の体に注射、その様子を大学のFacebookでストリーミング配信して大きなニュースとなりました。

Josiahは自身の会社The Odinから遺伝子編集技術CRISPRキットを一般人向けに販売しています。このビデオの中では、「なぜ我々はCRISPRを自分の身体に使わないのか? 何が理由でそれを止めるべきなのか?」という議論を聴衆としています。

(自分の身体でこういった実験を行なうことに対して)人々は「オフターゲット効果(目的とは違った影響を与えてしまうこと)が起きたらどうするんだ」と批判するけれども、サンフランシスコで屋外に出て歩くだけで遺伝子に影響を与えるものを吸い込むし、タバコなんて吸うことだってゲノムに影響がある。タバコのゲノムに対する影響なんてすごく大きくて全く新しい臓器/腫瘍を生み出してしまうくらいだ。それに対するFDAの規制はどうなってるの?

そして続いて、27歳のソフトウェアエンジニアが、プロトタイプの遺伝子HIV治療と呼ぶものを自身に注射する様子がFacebookでライブ配信されました。彼はカメラに向かって「誰も止めることはできない。こういった物を規制することはできないんだ」と宣言して、自分の身体に注射しています。

そうなんです、バイオハッカーと呼ばれる人々は実際に登場してきているんです。こういった試みは、少なくとも現時点のアメリカの規制から逃れられています。というのも担当の機関である食品医薬品局(FDA)の仕事には、自分自身を対象とした行為を取り締まることは含まれていないからです。そしてここに議論が生まれているわけです。規制は、行なわれるべきなのか?

生命倫理学者であるEleonore Pauwelsさんが「Scientific American」に寄稿した文章ではまさにこの問題について語られています。彼女はWilson Centerにおいて一般人による生体実験の台頭を何年も調査してきた、科学政策の専門家です。一般人による生体実験とは言っても、多くの場合は地域の研究所でのキノコの栽培や、植物の遺伝子実験などがメインだったそうですが、今後、人間の遺伝子実験がどれほど大きなムーブメントとなるのかはまだ不明瞭です。

自分のアイデアやノウハウを元に、実際に新しい人造生体を生み出す方法を次の世代が学習することで、事態はこれまでに前例の無いようなレベルに進む可能性を持っている。我々の細胞は、ソフトウェア工学におけるアルゴリズムのような知的デザインの素材となった。

専門家であるPauwelsさんも、今は大きな転換期であると指摘しています。DIY実験がこうやってオンラインで注目を集めることで、バイオハッカーたちは影の存在ではなくなりつつあります。

ではどうやって規制/対応すべきか、について彼女は次のように述べています。

「状況の発展に常に規制を適応させる、という形で対応することで健康関連の研究に安全かつ責任ある形で一般人が参加できるようサポートすることもできる一方で、今誕生しつつあるこういったイノベーターたちのコミュニティを地下へと隠れさせたり、完全に駆除してしまうこともできます」。彼女自身は、前者であるべきだと書いています。

規制が一切かかっていない、過激な実験を広めてしまうのではなく、一般人、患者、倫理学者、規制団体がそれぞれ関わってシステムについて検討しデザインすることができるプラットフォームを作り上げていくことが良いだろう、と彼女は言います。現状の規制スタイルをひたすら維持しようと固執するのではなく、責任と促進を共にサポートするような形を目指すべきだ、と。

研究者自身による実験が全て禁止になることを防ぐには関係者をちゃんと巻き込む必要があるというわけですね。リスク評価を行なうためのしっかりとした仕組みを作らないと、臨床実験の行なわれていない遺伝子治療にまつわるリスクと利益の複雑なトレードオフを個人個人が判断することになってしまいます。

このような考えを持っているのはPauwels氏だけではありません。上記の2つの公開実験が行なわれた後、FDAは厳しい警告の声明をバイオハッカーたちに向けて出しています。DIYの遺伝子治療は行なうべきではなく、リスクがあり、それを行なうための道具を売ることは違法だ、と述べています。

バイオハッカーたちが自分自身を傷つけることを許すべきかどうか、という問題以外にもこの新しい現象はいろいろな命題を抱えています。例えば遺伝子治療に関してそれほど知識を持っていない人が、バイオハッカーたちが行なった過激な実験を真似してしまうこともあり得るわけです。実際に数ヶ月前に米Gizmodoが報道したように、ガン治療を患者が自分で開発しようとした事例は既に出てきています。「そのような場合、患者たちは誤った期待や希望を持ってしまうことになる」とPauwels氏は言います。

自分自身で実験してみる、と言うのは科学における長い伝統でもあります。彼女はそれを終わらせた方が良いと主張しているわけではありません。フォーマルでない場所で行なわれる科学実験に、フォーマルな様式を少し取り込んだ方が良いのではないか、というのが彼女の意見なのです。確かに抱えているリスクを考えると説得力のある意見です。

そして、これまでの当局の規制の歴史を考慮すると、何らかの対応を早い段階で組み込んでいかないと、「実験はすべて禁止」というシンプルな結論に早急に達してしまう可能性が高いのでしょう。

アメリカ全土に存在している小さな研究施設の類は法律によって決められていなくてもアカデミックな規制や産業的な規制、安全に関わるプロトコルなどを遵守しているところがほとんどだとのこと。こういった場所に必要なのは「これはやっちゃダメ」という全体的な禁止ではなく、専門家たちの知識を持って作り上げられたガイドラインだと。Pauwels氏は次のように述べています。

この新しい運動が生み出しているエネルギーを損なうことなく、リスクを適切に管理することができれば、関係者全てにメリットがあるプロセスが生み出せるかもしれない。

もちろん、言うのは易し、ですが「リスクがある!全て禁止!」とすぐに結論を出してしまうのではなく「リスクを管理しながら最大限社会が活用するにはどうしたらいいか?」と根気よく考える態度は色々な社会問題にも通じますね...。


Image: Josiah Zayner/The Odin
Source: Scientific American

Kristen V. Brown - Gizmodo US[原文
(塚本 紺)

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