クリエイティブツールのど真ん中を独走するアドビ。彼らが作るAI「Adobe Sensei」の野望は、意外なほど現場主義だった

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  • author 山本勇磨
クリエイティブツールのど真ん中を独走するアドビ。彼らが作るAI「Adobe Sensei」の野望は、意外なほど現場主義だった
Image: Adobe Creative Station

クリエイティブって何だろう?と、もう一度考えさせられました。

せんせー、AIってなに?」という、入門記事から始まった今回のAI(人工知能)特集。奇しくも、この特集でとりあげる人工知能に、「先生」と名前をついたものがありました。

クリエイター向けソフトウェアを手がけるアドビが開発しているのは、「Adobe Sensei」という人工知能のプラットフォーム。Senseiは日本語の「先生」を意味し、先生とは常に学び続ける「」であることに由来しているんだそう。

その馴染みやすい名前からも、2016年に発表されたときにはTwitterでも話題になり、Adobe Senseiという“イノベーティブな何か”がじわじわ波及してくるような感覚は、すでに皆さん感じているのではないでしょうか?

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Photo: 稲垣謙一

今回は、株式会社THE GUILD代表でUI/UXデザイナーの深津貴之さん(左)と、Adobe Creative Cloudのエバンジェリスト・仲尾毅さん(右)のお二人に、Adobe Senseiについて話をうかがいました。

現場でデザイナーとしてクリエイティブに従事している深津さん、そしてAdobe Senseiを育てる立場の仲尾さんの両方向から、アドビの人工知能とは一体どんなものなのか? そして、人工知能が介在する「クリエイター」と「仕事」の未来について、まるっと意見を伺ってきました。

そもそもAdobe Senseiとは?

お二人の話の前に、まずはAdobe Senseiのおさらいから。

「アドビのAI、あるいはマシンラーニングのプラットフォームのことをAdobe Senseiと呼んでいます」と語るのはエバンジェリストの仲尾さん。Adobe Senseiという単体のソフトがあるわけではなく、Senseiはあくまでも人工知能のプラットフォームです。

アドビには、PhotoshopやIllustratorなどからなる「Creative Cloud」と、マーケティングツールの「Experience Cloud」、文書のやりとりをスマートにする「Document Cloud」の3つのクラウドサービスがあります。これら3つすべてのもとで動くマシンラーニングの学習システムや、各ツールの人工知能の部分を担う枠組みがAdobe Senseiの正体。

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Image: Adobe Photoshop/YouTube

たとえば、すでに使えるAdobe Senseiベースの機能といえば、最新版Photoshop CCの「被写体を選択」というツール。これまでは「クイック選択ツール」で被写体のエッジに沿ってマウスを動かしていたのが、1クリックでAdobe Senseiが被写体を理解し、自動で選択してくれます。

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Image: Adobe Creative Station

また去年11月に、完全にクラウドベースになった新しいLightroom CCでは、写真加工の自動最適化が1クリックで行なえるSensei機能を搭載。これはプロが編集した数万点の写真と比較することで実現しています。

他にもシンプルなインターフェースで3Dデザインができる「Dimension CC」で、2Dの背景のなかに3Dオブジェクトを自然に配置してくれるなど、既存のソフトウェアのいち機能としていろんなSenseiツールが用意されています。

ではこれからのAdobe Senseiはどうなっていくのでしょうか? ここからはお二人に話を伺った内容です。

Adobe Senseiの顔になるかもしれない有望株「クリエイティブ・グラフ」

──深津さんは去年のAdobe MAX 2017に参加されましたが、キーノートで発表された新技術で気になったのは何ですか?

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Photo: 稲垣謙一
株式会社THE GUILD代表・UI/UXデザイナー・深津貴之さん

深津貴之さん(以下、深津):やはり「クリエイティブ・グラフ」です。実際にいつ出るのか、わからない技術ですが。

──クリエイティブ・グラフはTwitterで話題になりましたよね。あれはどのソフトウェアで実装される予定なのでしょう?

仲尾毅さん(以下、仲尾):実装先はまだわかりません。少し整理をすると、クリエティブ・グラフはAdobe MAX 2017の初日のキーノートで披露されたAdobe Senseiのコンセプトです。ですので、すでに稼働できる状況であったり、こういう風に実装される、というわけではなく、アイデアとして発表されたものなんですね。

Twitterで話題になった、ジャーナリストの林信行さんによるクリエイティブ・グラフの解説動画がこちら。



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Image: AdobeCreativeStation/YouTube
クリエイティブ・グラフの発表は10:03から


クリエイティブ・グラフ──レイヤーごとに別パターンの構成を簡単に試すことができる仕組み。たとえば、上の画像はポスターに写っている「顔」のレイヤーをクリエイティブ・グラフで選択しているところ。Adobe Senseiによって、ポスターの女性を別の写真に変えたバージョンがすぐに試せる。

仲尾:一方、2日目の「Sneaks(スニーク)」という、研究開発中のプロジェクトをチラ見せするセッションで発表された新技術は、プロトタイプですがすべて動きます。2017年は11個発表され、それぞれアドビの社員が作っています。

──この中で深津さんがピンときた機能はどれでしょうか?

深津:基本はどれも工数を減らすツールなので、ピンときたというより、作業が楽になるものが多い印象です。一番ピンときたのは、キャラクターのタッチトーンを再現するこれ(下画像)ですね。これは、工数の話ではなかなか実現できないレベルで手業が必要なので、この中ではインパクトが大きいですよね。

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Image: Adobe Creative Cloud/YouTube


Puppetron(パペットロン)──絵のタッチや質感を、そっくりそのまま別人で再現してしまうツール。Sneaksでは、書き出したものを「Character Animator CC」で動かすところまでデモを行なった。

Adobe Senseiの本質は「無駄な作業を減らすこと」

──私は、今のAIには2種類あると思っています。ひとつは人の作業の工数を抜本的に減らすAI。もうひとつは先ほどのPuppetronのような、工数のレベルでは解決できない問題、すなわち、人が解決できない問題を解決するAIです。Adobe Senseiはどちらを目指しているのでしょうか?

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Photo: 稲垣謙一
Adobe Creative Cloudエバンジェリスト・仲尾毅さん

仲尾:昨年のAdobe MAXで強く打ち出していたのは、Adobe Senseiによってクリエイターの時間を作ることなんですね。たとえば被写体を切り抜くという作業は、切り抜いた結果って誰でも頭の中で想像できるじゃないですか? そんなことにクリエイターは時間を使って欲しくないということです。誰でも想像できることはAdobe Senseiにやってもらって、クリエイターには次のことを考えて欲しいということですね。

クリエイターにとって一番大事なのは、発想したものが、可能な限りゼロに近い時間で画面上に反映されて、周りのコンセンサス(合意)が取れることです。この時間をいかに早くしていくかが今後の課題です。

──クリエイティブ・グラフはその時間を極端に減らす例だと思うのですが、実際に手を動かす方にとって、クリエイティブ・グラフの恩恵はどんなところにありますか?

深津:単純に(アイデアを)100パターン試せるっていうところです。工数が減るというよりは、たくさんのパターンを試せるということがメリットですよね。

仲尾:ひとつのパターンを増やすのに時間がかかっていたら、次のオプションなんて検討できないわけですよね。

──なるほど、Adobe Senseiとクリエイティブ・グラフでいろんなパターンを当たって、その中から最適なものを弾きだせるようになると。

深津:そういうことですね。普段は寝ずにいろんなパターンを作っていたところが、寝る時間をとってもパターンを試せるようになるっていう話です(笑)。

仲尾:制作のなかで、流れてしまっているアイデアってたくさん発生していると私は思っていて。それは作業に入ってしまうからで、その作業がなかったいろんなアイデアが試せる良さがあると思います。

「頭のなかの絵」は人工知能で描けるようになるか?

──頭の中で思い描いた絵だったり映像がそのまま画面に出力されるのは、1つ人間の夢だったりもします。たとえば、頭の中で思い描いた理想の「馬の絵」をそのまま、人工知能によって再現することは可能だと思いますか?

深津:それは不可能ではないでしょうか? 理想の馬と言っても、99%の人は馬の形状がどんなものかすら覚えていません。理想の馬をイメージできていない脳を具現化しても、かえってしょうもないものが出てくると思います。関節の形さえ定かでない馬の絵が出てくると思いますよ…。

仲尾:絵を描く人はそれなりに「描こう」という意識で、ものを正しく観察できていますからね。

人工知能が介入するクリエイティブ業界の未来は明るいか?

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Photo: 稲垣謙一

──Adobe Senseiのみならず、クリエイティブの業界に人工知能が入っていくのは今後の自然の流れだと思います。そうなれば、クリエイターの仕事はどう変わると思いますか?

深津:考える仕事や時間が相対的に増えるんじゃないかなと思います。考える時間が増えると、観察したり分析したりする時間が増えるので、成功する打率があがるんじゃないでしょうか。

──やはりクリエイティブの現場で使う人工知能は、人の単純作業を減らして、空いた時間を他のクリエイティビティに活用するという性質が強いんですね。

仲尾:そもそも、今あるツールも人の作業量を減らす目的で生まれましたよね。簡単に丸や四角が描けて、それらが簡単に合成できるようになったり。僕たちが提供しているCreative Cloudのツールをとっても、作業の効率化という部分が重要であって。

深津:本質的に我々クリエイターは、たとえばポスターであれば、いかにこの映画に行きたくなるように作るか、この映画がどう魅力的なのか考えたりするのにリソースを使うべきであって、毛穴を潰すために制作時間の70%を使うのは無駄なんですよね。現状、人工知能はその作業をなくしてくれるという話です。

──現実問題、そういう作業は多いと?

深津:多いと思います。

──「AIによって仕事がなくなる」というのはAI全般でのバズワードになっていますが、クリエイターの仕事にあてはめると、これはどうなると思いますか?

深津:人工知能をすごく雑に表現してしまえば、定規とかコンパスとか、そういう道具のすごく性能のいいものにすぎません。なので、ちゃんと“デザイン”をしている人にとっては、定規やコンパスが増えた程度の話で、仕事はなくならないと思います。むしろ定規やコンパスで仕事がなくなるような「フリーハンドで正円が書けます」みたいな能力しかない人は、AIに関係なくそのうち居なくなってしまうはずです

なので、人工知能によってクリエイターの仕事がなくなる、みたいな話は気にしなくてもいいと思います。

仲尾:被写体を切り抜く仕事、いわゆるオペレーターがやっている仕事はクリエイターではないってことに気づく瞬間だと思います。クリエイティブって何だろう?っていうことを再考するタイミングなんだと思います。

深津:オペレーターの人がオペレーターのまま50年やっていきたいのなら、仕事はなくなると思いますけど、Adobe Senseiや人工知能は、オペレーターからディレクターに職種チェンジするチャンスをくれるツールです。そのときに掴みに行かない人はしょうがないかと思います。

──AIが台頭してきたときに、次に人間がしないといけない努力ってのが、そういうところなんですかね?

深津:そうですね。人間がしないといけないことは、(AIが行なった行為を)選ぶことと、それに対して責任をとること。この2つが究極的には残るんじゃないでしょうか。そして、意思決定する精度は、最後まで人間が訓練しないといけないことだと思います。


Photo: 稲垣謙一
Image: Adobe Creative Station(1, 2, 3), YouTube(1, 2, 3
Source: Twitter

(山本勇磨)

いつかの未来じゃなく2018年のいま、AIが私たちに何をしてくれているのか、いまのAIを見てみましょう。

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