そもそも砂漠じゃないんです。
ここは北緯60度線上の北アメリカ大陸。雪が降り積もるカナダ北西部ユーコンに、世界一ちいさな砂漠があります。
その名はカークロス砂漠。どのぐらいちいさいかというと、

たしかにこぢんまり。
幅は最大でも600メートル、面積はたったの2.59平方キロメートル。でも、東京ドーム計算機で換算すると、55.39492個分。広いの? 狭いの?また、カナダの北のほう?まわりに森も川もあるじゃん?という不思議な立地。
でも、BBC Travelが報告によると、一歩足を踏み入れると、そこにはほかに例を見ない希少な生態系が息づいているそうです。

看板に偽りあり
さんざん砂漠といっておきながらも、カークロス砂漠は厳密にいうと砂丘なのだとか。砂漠にしてはウェットすぎるのがその理由。カークロス砂漠の年間降水量は250から500ミリメートルで、半乾燥(ステップ)地帯に分類されるそうです。
あえて砂漠と呼ばれるのは、水こそあるものの植物がほとんど定着せず、一見不毛の大地のように見えるからでしょうか。南西から吹き上げる強風が近くの湖から絶えず砂塵を運んでくるので、植物もおちおち根を下ろせません。
砂も積もるし、雪も積もります。砂と雪の珍しいコンビネーションに刺激を求めるアウトドア好きが集い、冬はスキー、スノボ、そり、クロスカントリー、夏はハイキング、四輪バイク、サンドサーフィン、サンドボーディング…とあらゆるアドベンチャースポーツのメッカに。
その一方で、カークロス砂漠でしか見られない貴重な生物が何種類も発見されているそうで、学者が集う自然科学のメッカでもあります。
レアな生き物の宝庫
カークロス砂漠には、絶滅が心配されているスゲ属の植物(Baikal Sedge:和名不明)や、ユーコンルピナス、北極アスターなどが吹きすさぶ強風と砂埃に耐えながらひっそりと生きています。

それらの植物を目当てに集まってくるのが、立派なツノを持ったドールシープという野生の羊の一種や、シロイワヤギ、シカなどの有蹄類。
また、これまで新種の蛾が5種発見されているほか、ヤドリバエなど砂丘にしか棲息しない珍しい昆虫の宝庫なのだそうです。まだまだ未知の生物が生息している可能性があり、さかんに調査が進められています。
どのようにできたか
カークロス砂漠の調査は生物学の分野に留まりません。多くの地質学者もカークロス砂漠のなりたちを調査してきました。その一人、ユーコン地質調査所所属のパンニャ・リポスキーさんによれば、カークロス砂漠は氷河と風と水が一万年かけて作り上げた他の例を見ない地形なのだそうです。
11,000から24,000年ほど前、ユーコンを含むカナダ北部は分厚い氷河に覆われていました。氷河の厚さは1キロメートル。とてつもない重さで大地にのしかかっていましたが、やがて気候が緩むとともに少しずつ溶けはじめ、南に後退していきました。その際、まるでブルドーザーのように地形をえぐり取ったので、カークロスのまわりには深い谷がいくつもできました。

谷は氷河が溶けた水で満たされ、湖だらけに。ところが氷河がなくなると水域が下がり、比較的浅い谷は干上がってしまいました。そこに南西からの猛烈な風が砂を巻き上げ、吹き溜まりとなった場所にカークロス砂漠ができたとリポスキーさんはBBC Travelに説明しています。
地球を占める陸地の3分の1は砂漠だといわれています。本来はサハラ砂漠やゴビ砂漠など、途方に暮れるような広さ、暑さ、ドライさを想像する過酷な環境なのですが、カークロス砂漠はおそらく10分以内で渡り切れちゃうコンパクトさながらに見どころ満載です。
ぜひ一度は行ってみたいと魅かれつつも、カークロス砂漠の知名度が上がるにつれて観光客も増え、せっかくの希少な生態系に影響が出ると心配されているそうで…。これもまた、カークロス砂漠が抱える矛盾のひとつです。

Image: Shutterstock (1, 2, 3, 4), Google Maps
Source: BBC Travel, Environment Yukon (PDF)
(山田ちとら)