眠れない猿が5匹...。
中国科学院研究班が体内時計の遺伝子をちょん切った猿の細胞からクローンをつくったら、5頭とも体内時計がない状態で生まれ、世界初の快挙!と喜び勇んで発表、海外でややドン引きされています。
作出されたのは写真のオナガザル科マカク。ピンポイントで疾患を植えつけてクローンを培養するほうが、結果的に生体実験用に使われる猿の数を減らせるし、世界の猿が救われるんだからね!というのが研究班の説明なのですが…。
クローン猿のつくり方
1)CRISPR/Cas9(簡単&迅速な遺伝子改変技術。最近は問題も表面化)でドナー猿のDNAを改変し、時計遺伝子「BMAL-1(ビーマルワン)」をノックアウト。
2)まともに眠れない猿が半年で5頭誕生。
3)うち一番睡眠障害の強い猿をドナーに選び、体細胞から核を取り出して卵に植え付けてクローン猿5頭を作出。
こうして生まれた疾患モデルのクローンは5匹とも「不安障害、うつ病、不眠、統合失調症」(プレスリリース)の病態を忠実に受け継いでいました。成果は2本の論文にまとめ、National Science Reviewで公開中です(1、2)。
未来の動物実験はこれ一択?
論文をまとめた中科院神経科学研究所 張洪鈞 研究員は「遺伝子異常の病気(脳疾患、がんなど)の治療研究に役立てたい」と声明で語っています。何度生成しても同じクローンなら個体差がないため、疾患モデルとしてこれほど理想的なものはなく、病原と治療の特定も短期で行なえるというわけですね。
ミシガン州立大学のJose Cibelli教授(動物バイオテクノロジーが専門)に話を聞いてみたら、「ヒト以外の霊長類の遺伝子をオフにできることを実証し、影響を観察し、コピーまで生成したのだから無関心でいられるわけがない」と語り、コピーが複数あれば確かに病原と治療の道筋はピンポイントで特定できると評価する一方で、「ヒトの利益につながると見るのは早計。猿の行動観察が先決だ」と慎重な姿勢も。ただ、この分野の研究としては重要な一歩前進だし、中国が進んでいる道以外にあまりオプションは残されていないのではないか、と語っていました。
倫理的にアウトな4つの理由
バイオの今日的課題(動物の権利、クローン、遺伝子操作)が全部盛りの研究だけにネガティブな反応もあります。生命倫理のガイドラインの発行で世界をリードする米ヘイスティングスセンターのCarolyn Neuhaus研究員も、「うわわわ、やってしまわれた」と思ったそうですよ?
問題点を次のように整理してくれました。
1)「どう見ても動物を道具扱いしている」。不安障害、うつ、「統合失調症的な行動」の発現を成果として発表している点。
2)実験で成否を確かめたい科学的理論や治療法が示されず、単に行動を司る要の遺伝子を改変したら個体に何が起こるか見てみたかったからやったとしか思えない点。パソコンの謎な名前のシステムフォルダーを見て、「削除したらどうなるかわかるんじゃね?」というノリで削除しちゃあかんのと同じ。
3)猿がいくらヒトに似ていても、BMAL-1遺伝子をちょん切って同じ症状がヒトに発現するとは言い切れない点。
4)現実のヒトのDNAははるかに複雑で多様なので、単一クローンのオナガザルに効くものがヒトにはさっぱり効かない、ということも十分あり得る。DNAが完ぺきに一致するクローンという点が逆にアダになる可能性。
遺伝子操作を全部否定するわけではないけれど、「(この研究に関しては)動物の負担が信じられないほど高いので、自分が倫理審査委員会委員だったら絶対許可をためらってしまう内容です。この種の研究は、実験手法と成果についてのかなり突っ込んだ質問にも答えられる用意がないと提案は通りません」と語っていました。これについて張研究員にコメントを求めましたが、回答はまだ届いていません。入り次第、アプデしますね。
害 < 益
ゲノム編集技術による免疫不全霊長類の作出に成功したのは2009年の日本が最初。使ったのはマーモセットで、ニホンザルではできなかったような研究が行なえるということで期待がかかっています。研究第一人者の方々がその説明をしたら、天皇陛下はマーモセットの和名までスラスラ言って圧倒したのだそうですよ?
中国は1年前にクローン猿誕生を発表(今回の研究でも一部は残留組)。CRISPRで最初のデザイナーベビーを世に出した賀建奎(フー・ジェンクイ)准教授に関しては、さすがの中国政府も「倫理審査書類をねつ造し、私利私欲のために働いた違法行為である」と厳しい姿勢で臨んでいます。
学会でも人間の遺伝子操作の倫理はずっとホットトピックだし、ケース・バイ・ケースで認めてもいいのではないかという意見もありますけど、害に勝る益が明確に示されなければ社会には認めてもらえません。今回のクローン猿はその辺りの基本要件があいまいなままの見切り発車と海外では受け止められているようです。