3週目:Google
「Don't be evil」が消えたGoogle
「Don't be evil(悪をなさない)」というモットーはもともと、本人に無断で行動を追跡したりするドットコム時代のネットの王様商売への当てつけから生まれた社是です。創業以来ずっと行動規範の巻頭に記され、未来永劫消えることのないウェブの良心、矜持、灯台と思われていましたが、昨年5月、親会社Alphabetの行動規範からごっそり消え、「20年もたなかったね」と言われています。
3ワードの呪縛が解けた後のGoogleは何かが吹っ切れたかのように大胆です。
誰も使わないSNSとして一世を風靡したGoogle+(10月に閉鎖発表)は、利用最大50万人のメールアドレス、職業、性別、年齢がネットのプログラミングUI経由で社外のアプリ438社にダダ漏れになる穴があることが発覚したにもかかわらず、「ザッカーバーグみたいに国会に呼ばれる」、「どうせ誰も見てないし」と自らに言い聞かせ、こっそり塞いで揉み消していたことが後日発覚しています。
中国市場向けに検閲付き検索エンジンの開発に乗り出したり、国防総省のAI開発に技術協力する契約に抗議して社員が集団辞任したり、 セクハラ辞任の某幹部のゴールデンパラシュートに抗議して社員2万人がウォークしたり、携帯の履歴をOFFにしても追跡したり、MasterCardとこっそりタッグ組んでカード利用履歴を大枚はたいて買って広告に使ったり(いま翻訳して初めて知った。いくらAmazonにリテール握られて焦ってるからって、実店舗の買い物履歴を裏で買うなんて…ひゃ~)。
それも今週でさようなら~♬
エンジニアのDhruv Mehrotra君が作ってくれたVPNを使えば、携帯もPCもスマート機器も、Googleの息のかかった8,699,648件のIPアドレスとは一切データのやりとりはなし!です。
海馬がGoogleのような拒否反応
しかしこれは正直、かなり堪えました。使えるぶん、抜かれるデータも多いというトレードオフですよね。いつもあまりにも頼りすぎていて「Google断ち」と考えるだけでパニック障害ですよ。脳みそ開けると海馬がGoogleになっているのかもしれない...。
・1日の予定チェックは、Googleカレンダー
・ネットは、Google Chrome
・メールは仕事もプライベートも、Gmail
・検索は、Google
・記事の下書き、半分書きかけのゾンビ小説、家計簿は、Google Docs
・地図検索は、Google Maps
これだけの依存度なのにGoogle断ちって、実は2時間もあれば終わるんです。Dhruv君のVPNで完全断ちなので、代わりのサービスを探す作業ですね。
まずブラウザのブクマは全部Firefoxに移植。デフォの検索エンジンもDuckDuckGoに変えました。GoogleはAppleに年間90億ドル(約1兆円弱)を払ってデフォにしてもらってるらしい…ちょっともったいないけど。DuckDuckGoも広告ベースですが検索の追跡はしていません。地図はApple MapsとMapQuestのアプリを入れました。Apple Mapも昔ほど悪くないって話だし、MapQuestは90年代以来です。まだ生きてたんですね~。そういえば昔は地図印刷して持ち歩いていたなあ~なつかし~。
カレンダーはAppleにして、メールアドレスはProtonMail(仕事用)とRiseup.net(個人用)で取得。Gmailには自動転送を設定しました。指が勝手にGoogleとGmailとGoogle Mapsに寄っていくので、iPhoneにフォルダーを用意して全部収監しました。自分はこの3つとInstagram、Words With Friendsがヘビロテ5大アプリなので…。
Gmailアカウントを閉鎖するのはやめました。メアドを乗っ取られるのが心配(記事公開後グーグルの人から「Gmailはメアドリサイクルしないからその心配はない」って連絡がきたので杞憂だった)だし、文書も連絡先もログもためこみ過ぎてて迂闊には消せません。こんなに山のようにデータがあれば、返信候補がピタッと出てくるGmailの機能も、できるの当たり前だよね。
Googleを断つとネットが90年代のように遅くなる

さて問題はGoogle以外の「Googleの息のかかったサービス」です。これは表からはわからない。だから、やってみるまで影響はまったく読めない、という手探りでした。
で、実際やってみてどうなったか。インターネットそのものがモサ~ッと遅くなったんです!!!
(動画で見られます。2:55~)初日。Firefoxでタブを開くと、Googleのサーバーにピン送ったきり読み込みが止まってしまうタブが多いのなんの。AirbnbもGoogleがないと写真が1枚も表示されません。NY TimesはGoogleアナリティクス、広告、決済、ニュース、Double-Clickトラッカーなどなど読み込もうとして失敗して止まります。10:00AMを回る頃にはGoogleサーバー呼び出し回数がすでに1万回を超えてました。
「~を読み込もうとしています」っていうメッセージが次から次へと出てきて、90年代に初めてインターネット使ったときのこと思い出しましたよ。ダイヤルアップ接続で。サイトが開くまで本読んで待ってたなーって。とにかくどのサイトも自社コンテンツより先にGoogle様のトラッカー、広告、アナリティクスという3種の神器を召喚しないと、何も表示されないんですね。

ほんの数時間使っただけで、前の週のFacebook呼び出し回数15,000回/週を軽く超えてしまって、けっきょく1週間で100,000回ちょっとでした。Amazonの293,000回に比べたら少ないけど。Googleはとにかくトラッカー、広告、情報で呼び出されまくりであることがわかりました。
フォント自体が読み込めない
Google断ちの週はずっとどのサイトも遅くて、これはGoogle Fontsを使ってるサイトが多いこととも関連があることがわかりました。これまではGoogleのフォント(無料のオープンソースとして2010年にリリース)をGoogleのサーバーからダウンロードしてブラウザにキャッシュして、それでサイトを表示してたんですよ。パソコンに保存されていないフォントも素早く呼び出せるのが利点なんですけど、Googleにアクセスできないとそれも使えません。

これだけ追跡魔なGoogle。まさかフォントもトラッキングで使ってないよね…と不安になりましたが、それはないみたい。「いろいろやばいことやってるGoogleも、これだけはクリーン」とDhruv君は言ってました。
車も呼べない
朝は早めに家を出ました。でもUberも使えないし、Lyftもだめです。どっちもGoogle Mapsをカーナビに使ってるので、 目的地が打ち込めないの! タクシーも拾えず、けっきょくバスに乗って、会議に遅刻してしまいました。
地図はほぼGoogle独占です。各種調査でも全世界の消費者の最大77%がナビでGoogle Maps使ってるらしい…。サイトやアプリのナビでGoogle MapsのAPIを導入している企業も全体の9割近くにのぼります(iDataLabs、Stackshare、BuiltWith調べ)。

なんたってGoogleをずっと目の敵にしているYelpですら地図はGoogleですからねぇ...(iPhoneアプリはAppleの使ってるけど)。Googleをボロカスに言う異世界の旗振り役であらせられるYelp政策部門ヘッドのLuther Loweさんをして「ほかにいいのがないので仕方なく金払ってる」と言わしめるGoogle様なのでした。
Googleがなぜこんなに広まったのかというと、Maps APIをずっと無料か格安で公開していたからです。こうして充分体力差をつけたうえで、去年大幅値上げを発表、ウェブデベロッパーがみなパニックに陥りました。もうその頃には「競合より何光年も先をいっていて」乗り換えなんてムリ、絶対ムリというところまできていたのです。「悪をなさない」と初々しく産声をあげたときにはこういうのも悪に入っていた気がするんですが、青いだけだったのか...。
久々にMapQuestを使ってみたら渋滞に巻き込まれて大変で、そりゃそうだ、みんな車の位置情報をリアルタイムで送ってるのはGoogleなんだから、と。
スマートホーム崩壊
AmazonもAWSでウェブを牛耳る闇将軍ですが、Googleも競合のサービスにぐいぐい食い込んでいて、これがないと何も動きません。特に困ったのが、家です。理由をDhruv君はこう解説してくれました。
「スマートホーム端末のほうから1時間おきにGoogleにピン送ってネット接続状態を確かめてるんです。どの開発元も1企業のアップタイムでネット接続状態確かめればいいやって考えてる。ネットは権力を分散するっていうネット創生期の話とあまりにもかけ離れていて笑っちゃいますよね」
アプリ崩壊
Google断ちで使えなくなるアプリはLyft、Uberのほかにも山ほどあって、Spotifyもだめ(楽曲ホストがGoogle Cloud)でした。
Google断ちのAndroidを使ってる人に取材
「Googleの監視が最近ますます心配」で「Google断ちのAndroid」を使ってるイエール大学ロースクール講師のSean O’Brienさんに電話でそのつくり方を取材してみました。
Androidといえば今や携帯市場の約80%を独占するOSで、Googleはそれと抱き合わせでGoogleアプリを広めまくってます。IEと抱き合わせでWindowsを売りまくったかつてのMicrosoftのように。でもこれって独禁法に引っかかるので、昨年夏にはEUが過去最高額の制裁金50億ドル(約5470億円)を支払うよう命じ、その影響で今は携帯メーカーさんたちがGoogleのアプリやサービスに使用料を払ってたりします。
こういうのが嫌で、O'BrienさんはAndroid端末にカスタムのOSをインストールしてGoogle断ちしました。「Google断ちが一番簡単なのはなぜかGoogle端末で、NexusとPixelだった」そうでして、正確には「OSはGoogleやめたけど、端末はGoogle製」というなんとも中途半端なGoogle断ちAndroidを使ってます。残念ながら実験では使えません。
O’Brienさんはプライバシー運動の人なので、監視で使われる技術全般が不安材料ですけど、筆頭はやはりGoogleだといいます。
「Googleはデータ収集の規模とサイズにおいて最大の脅威。しかもデータ処理能力がすごい。Google支配のエコシステムから逃げられるなら逃げたほうがいいし、無理なら、使うアプリは1、2個に控えたほうがいい。僕みたいにプライバシー保護の運動してる人間だって完ぺきには断てないんだから」
仕事もできない
そこを断つのがこの実験なわけですが、困ったのは仕事ですね。目に見えないGoogleの魔手はこんなところにも広がっていて、Gizmodoのブログ入稿画面もずっとGoogleでログインしてたので入れなくなってしまいました。Google断ちの様子を自分で撮って映像プロデューサーのMyra Iqbalに送ろうとしたら、Dropboxも使えません。
なんでかなと思って、トップページのソースコードを開いてみたら、表からはわからないけど、Google、Googleのオンパレードで、アクセスしているのが人間かどうかを確認するところまでGoogle使ってるんですよ。GoogleブロックしてるとDropboxに人間じゃないと思われて、それでアクセスできないことがわかりました。
南アフリカの取材が必要なネタが1個あって、建物をストビューで見ようとしたんだけど、それもできなくて、仕事はひとまず棚上げに。本当に昔言った通りに全世界をマッピングしてしまってて、Googleがないと目が半分つぶれたような気分です。本当によくもまあ、こんなに便利なものを作ってこれたもんだなあ、って今さらながら感心します。
お金がかかる
ほかのサービスはお金もかかります。今週は1週間なのでフリートライアルで無料だけど、ProtonMailも500 MBを超えると有料です。Gmailだとこの14倍まで無料ですからねぇ…。データ分散型のプライバシー重視のサービスは、個人情報を広告に使えないので、広告収入がないぶん、どうしても有料になっちゃうんです。
もっと困るもの
もっと痛いのはGoogleが当たり前にできることが、ほかはできないこと。DuckDuckGoで検索はできますが、Googleほどピタッときません。Gmailはフライト情報のメールが入ると、Googleカレンダーに自動的に保存を促したりしますけど、ああいう神業もほかはできないし。それって個人情報とバーターしてまで使いたいもの? 大体の人はイエスと言わざるをえないぐらい優れている、ということなんでしょう。
1週間断った感想
ウェブはGoogleの蜘蛛の巣だって改めて思い知らされました。Google以外のものはAmazonが掌握している今日び。この2社はどちらも辛いです。
Googleはスマートシティ構想「Sidewalk Labs」なんてのまで打ち出してリアルの街までトラッカーに変えようとしています。ウェブの足取りだけじゃなく、リアルの足取りも追える時代になったら、もうDhruv君も自分もGoogle断ちなんて実験自体できなくなります。