【閲覧注意】害虫格差は経済格差。殺虫剤が効かない虫と戦う21世紀のハンターたち

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【閲覧注意】害虫格差は経済格差。殺虫剤が効かない虫と戦う21世紀のハンターたち
Image: Shutterstock

【注意】本記事にはキツめの虫画像が含まれています。

バルサンで全滅ってのは、難しいみたい。

トコジラミ(bed bug)、日本では「南京虫」なんて言ったりもするみたいですが、実物を見たことなんかないし、何か昔の存在…と思っている人も多いんじゃないでしょうか? それが最近、米国などで大発生して問題になっているそうです。

その手の虫がわき出て手に負えなくなったらまずは殺虫剤、が生活の知恵だと思っていたのですが、今の害虫は殺虫剤が効かなくなりつつあるらしいのです。そして害虫駆除が難しくなるにつれ、貧しい人ほど害虫に悩まされ、その影響で心身に支障をきたしてしまったりすることもあります。

そんな現状をなんとかすべく、トコジラミやゴキブリの大群に立ち向かいつつ、弱い立場の人には敬意を持って支援する、天使みたいな研究者たちがいます。米GizmodoのEd Cara記者が、体を張って長文ルポしてますので、以下をぜひ。


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駆逐されたと思ったら、21世紀にゾンビのごとく大復活したトコジラミ(bed bug)。写真は幼虫から成虫までいろんな段階のものが、血を吸った直後でパンパンなところ。
Image: Jeff Camaratti/Getty Images (Gizmodo)

トコジラミの交尾は、自然界でもっとも残酷な行為のひとつだと思われますが、それを間近で見る機会はあまりありません。

でも僕は今年5月、ノースカロライナ州立大学(以下NCSU)のDepartment of Entomology and Plant Pathology(昆虫学・植物病理学部門)で、研究員のSaveer Ahmedさんがシャーレ上での出会いをセッティングするのを見ていました。ケシ粒ほどの大きさで、メスよりやや細長いトコジラミのオスは、ゆっくりとメスに向かっていき、僕からはベアハッグをかけているように見えました。でも彼はそのとき、彼女の腹部にとがった生殖器を突き刺し、そこに精子を注入しようとしていたのです。

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メス(左上)と2匹のオス、横にある白っぽいのは抜け殻。
Photo: Jeff Camaratti/Getty Images (Gizmodo)

それは僕にとって、NCSU見学の1日の素敵な始まりでした。NCSUの都市昆虫学者、30歳のZachary DeVriesさんとその仲間たちが僕を案内してくれました。

DeVriesさんはNCSUで駆け出しの研究者からポスドク研究員となり、その間人々の家に生息する害虫、特にトコジラミ(Cimex lectularius)とチャバネゴキブリ(Blattella germanica)にフォーカスした研究をしてきました。具体的には、トコジラミが化学兵器にほとんど駆逐されてからどうやって適応したのかとか、バルサン的なもの(「くん煙殺虫剤」というらしいです)がいかにゴキブリに歯が立たないかといった研究です。彼は来年度からはケンタッキー大学に移り、新たに自分の研究室を持って研究を続けようとしています。

「僕がトコジラミやゴキブリといった、多くの人を不快にする害虫の研究に駆り立てられるのは、それが深刻な問題をもたらすことを知っているからです」DeVriesさんは電話でこう語りました。

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Zachary DeVriesさん。
Image: Jeff Camaratti/Getty Images -Gizmodo US

DeVriesさんのような都市昆虫学者の研究は、華々しくはないかもしれませんが、おかげでこれら害虫のものすごいしぶとさがはっきりわかります。彼らの研究はまた、貧しい人ほど害虫駆除が難しく、そのせいで目に見えない重荷を負ってしまっていることも明らかにしています。害虫駆除にも格差があるんです。そしてDeVriesさんたちは、恵まれない人が害虫駆除に支援を受けられる世界を作るべく努力することで、その格差を狭めたいと考えています。

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NCSUのゴキブリは水も食べ物も十分に与えられてます。
Image: Jeff Camaratti/Getty Images -Gizmodo US

トコジラミとゴキブリ、それぞれの食卓風景

ノースカロライナに向かう中で、僕にはある不安がよぎりました。友人や同僚が多分善意で指摘してくれたことですが、もしトコジラミを持ち帰ってしまったら…? でもDeVriesさんは、そんな心配しなくていいよと言ってくれました。

「これまで、トコジラミを家に連れ帰ってしまった人はひとりもいません。一番大事なのは、とにかく慎重であることです」彼は僕の訪問前にこう太鼓判を押しました。

研究室に着くと、僕にはなんでDeVriesさんが落ち着いていられるのかがわかりました。夜のあいだ、トコジラミの狩りスキルは素晴らしいものです。彼らには人間の体臭や人間が吐き出す二酸化炭素に対する強い嗅覚暗い色(≒より安全そうな場所)を見つけられる視覚があります。フェロモンを出して、他の虫に良い居場所を知らせることもできます。でも僕がシャーレの中で見た虫たちは食事を終えたばかりで、かわいそうなくらいに動きが鈍く、つるつるしたシャーレの壁を乗り越える元気はとてもありませんでした。

一方、チャバネゴキブリはもっとすばしこいのですが、万一彼らが脱走してもそれほどリスクはありません。トコジラミは人間の血を吸いますが、ゴキブリは人間が残す食べ物を食べるだけです。ゴキブリの場合、巣箱の周りにワセリンを塗っておけば脱出を防げます。彼らはトコジラミより、というか昆虫界の中でももっとも恋愛に関して気前が良く、オスがメスを誘うときには彼の腺から糖分を出してプレゼントしたり、もしメスが彼を受け入れれば産卵に必要な栄養を与えたりします。

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NCSUの都市昆虫学研究室のトップ、Coby Schal教授。
Image: Jeff Camaratti/Getty Images -Gizmodo US

それでも僕は、Devriesさんたちが虫に餌を与える飼育室に案内してもらってからも、一定の距離を保っていました。数十年前には、研究者自身が虫の餌となって血を吸わせていたそうです。つまり、ただトコジラミの巣箱を持ち上げて、あとは吸われるがままになっていたんです。

でも今そんなことをする人はいない、とDeVriesさんは言います。NCSUのチームは、数千匹のトコジラミを養うために毎月1リットルのウサギの血を使っているそうです。ウシでは栄養が足りず、ニワトリの血は高価過ぎるので、ウサギに落ち着いているんだとか。ちなみに将来的にはブラッドバンクの人間の血を使うべく検討中だそうですが、そのためにはトコジラミを飼うこと以上にたくさんの規制を乗り越えなくてはいけないそうです。

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NCSUの研究員、Rick Santangeloさんがトコジラミの餌やりを見せてくれました。
Image: Jeff Camaratti/Getty Images -Gizmodo US

食事の時間中、飼育室はほぼ真っ暗にされ、トコジラミのリアルな食事体験に近づけるように赤いライトだけが点灯されます。

食事となる血液を収める容器は、人肌に温めたお湯が循環している器具(上写真の右側、ガラス製の心臓みたいな器具です)に取り付けられています。次にトコジラミの入った筒(写真左下の茶色い筒。金属のようなフンのにおいがかすかに漂います)が、お湯の器具のすぐ下に置かれます。

容器へと血液が落とされると、トコジラミたちはそのそばにはい上がっていきます。ここで大事なのは、筒の上部とお湯の器具の間に、植物の接ぎ木によく使われる特殊な薄いテープが貼ってあることです。そのテープが人間の皮膚の代わりとなり、そこにトコジラミがストローのような口を突き刺して、甘い血を吸うのです。以前はニセ皮膚として、テープでなくコンドームを使っていたこともあるそうです。

DeVriesさんいわく、こういう舞台装置がないと、トコジラミは目の前に置かれた血でも吸おうとしないそうです。

トコジラミは数週間、成長段階や気候によっては1年間も、血を吸わずに生きることができます(完全な成虫で、そこそこ寒い環境が一番長生きできます)。でもトコジラミは、人間がランチ抜きの長い1日の後に「ハンバーガー食べたい…!」とか思うのと同じように、お腹が空けば血を渇望するようになります。

僕が朝一番に見たトコジラミの動きはのろのろでしたが、食事をしていない集団に息を吐きかけたところ、アコーディオンみたいに折りたたまれた紙の飼育箱(トコジラミたちが折り目にたくさん隠れてる)からものすごい勢いではい上がってきて、僕は心底ぞっとしてしまいました。僕の息が食事を知らせるベルとなって「人間ですよ〜」という呼びかけになってたんですね。その後、血でパンパンになった真っ赤なトコジラミの集団を見たときも同じくらい衝撃でした。

それに対しゴキブリは、水のボトルと乾燥ペットフードをときどき巣箱に投げ込むだけでよく、気楽そうでした。

「正直、ほんとに甘やかしてるとは思います。ここまで豪華にする必要はないんです」DeVriesさんは言います。そのとき僕らは、いろんな種類のゴキブリを飼育している部屋にいました。そこには、巨大で有名なマダガスカルゴキブリもいました。

DeVriesさんのチームは、趣味でトコジラミとかゴキブリを飼っているわけじゃありません。世界のあちこちから、ときには違う時代からも、いろんな種類の害虫を運び込んでいるのは、実験のためなんです。

違う時代の害虫ってどういうことかというと、おもにある研究者のおかげで昔のの害虫のあり方がわかるんです。軍の昆虫学者だったHarold Harlanさんは、あるトコジラミの血統を1970年代からずっと隔離した状態で飼育していました。当時のトコジラミは、どんな殺虫剤でも簡単に殺せていました。そして2000年代になってトコジラミが復活したとき、Harlanさんは彼のトコジラミを他の研究者に分け与えました。今、NCSUでも他の研究機関でも、実験のときはこの「Harold Harlan」または「Fort Dix」系統と、現代の野生の種の両方を使って比較しています。それからNCSUにいる虫の一部も、研究チームがこれまで訪問した家に実際に寄生していた害虫を元に繁殖させたものです。

研究室見学の次は、実地見学です。研究チームは研究協力者の許可を取り、僕を一般家庭でのゴキブリ採集に同行させてくれました。

ゴキブリたくさんの家庭訪問

うようよ」という言葉しか思い浮かびませんでした。

DeVriesさんと、リサーチスペシャリストのRick Santangeloさんが、あるアパートメントの一室で、ゴキブリの巣窟になっていることが疑われる冷蔵庫を壁から引きはがしたときです。まさに、彼らの読みどおりでした。

アーモンド大のゴキブリが冷蔵庫の裏から波のようにあふれ出し、その波は僕らの靴の下にまで及びました。同時に、鼻を突く臭気もあふれてきました。チャバネゴキブリというのは特にうるさい害虫ということじゃないですが、そこまでたくさんいると、その触覚やら足やらがぶつかり合うカサカサカサカサという音が家中いっぱいになりました。DeVriesさんにとっても、ここまでの大発生は今まで間近に見た中でも最大でした。

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冷蔵庫の裏は水も食料も豊富で、ゴキブリのホットスポットになりがちです。このレベルまでになるのは珍しいとのことですが。
Image: Ed Cara - Gizmodo US

でもDeVriesさんやSantangeloさんのリアクションからは、そのひどさが感じられませんでした。キッチンの光を避けるように走り回るゴキブリから逃れるべく、僕はガス台に飛び乗りたかったんですが、なんとか耐えていました。でもDeVriesさんたちは楽しそうにジョークを言いながら、サンプルにするゴキブリを掃除機で吸い取り、家のあちこちに毒餌を置いていきました。彼らは家の住人に、この部屋に入ってもいいですか?と聞いたり、ゴキブリ退治の進捗状況を報告したりしていました。

「この手の仕事は、やっていれば見慣れてきますよ」僕の恐怖の表情に気づいたDeVriesさんは言いました。

僕はニューヨークのブルックリンの真ん中の貧しい家で育ったので、ゴキブリとは顔見知りです(幸いトコジラミはルームメイトじゃありませんでした)。でも僕が大きくなって、実家も僕自身も家の環境が改善してきて、ゴキブリは遠い記憶に変わっていきました。

ゴキブリ側が努力しなかったわけじゃないのですが、リソースがあれば、僕にとっても家族にとっても、退治するのはより簡単になりました。DeVriesさんは何回も強調していたんですが、上で見たような家に住む人たちをこの状況に追い込んでいる一番の要因は、社会経済的格差なんです。

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右のゴキブリは希少なアルビノのように見えるかもしれませんが、これは最近脱皮して殻を脱いだばかりの個体です。数時間もすると、左のゴキブリと同じようにカラフルになります。
Image: Ed Cara -Gizmodo US

トコジラミもゴキブリも、ターゲットを差別しません。夜にペットフードを出しっぱなしにしていれば誰でも、自らゴキブリのリスクを招いていることになります(DeVriesさんいわく「研究室でのゴキブリ飼育方法がまさにそれ」です)。トコジラミも、吸い付く相手がトップ1%の大金持ちだろうが残り99%だろうが、気にしません。でも貧困の中にいる人は、市販の殺虫剤だろうが専門業者だろうが、害虫駆除の手段を買うことができないのです。

僕がDeVriesさんから渡されたジェル状の毒餌を注意深く設置している間、彼は自力でゴキブリ対策する場合の大まかなコストを説明してくれました。本当に深刻なケースでは、家中に毒餌をまく必要があり、1回に15〜20ドル(約1600〜2200円)、それが数週間に1回必要になります。それくらい大した金額じゃないと思われるかもしれませんが、殺虫剤スプレーなら3〜4ドル(約330〜440円)、くん煙剤なら10ドル(約1100円)程度と、一見もっと手軽な方法もあります。

問題は、スプレーやくん煙剤といった手軽な手段は、もう効かないことです。その原因は、多くの害虫が殺虫剤への耐性を身に着けてしまったこと、そして製品設計の問題です(スプレーもくん煙剤も、ゴキブリが住んでいる狭いすき間にほとんど届きません)。

DeVriesさんが勧める毒餌にもある程度は耐性ができてしまうのですが、毒の材料とか配合をローテーションすれば、なんとか効果を保てるそうです。でも多くの人はそんなこと知らなかったり、毒餌を買えなかったり、ましてプロの業者なんて手が届かなかったりするので、スプレーやくん煙剤を使ってはほとんど効果を感じられずにいます。そのあげく、ゴキブリと共存することを学んでしまうのです。

トコジラミに寄生された人はもっと悪い状況にあります。トコジラミは20世紀末、化学兵器によってほとんど絶滅したのに、今それが効かなくなっています。

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トコジラミの餌やり器具。通常は照明を落として、暗い寝室での宴を再現します。
Image: Jeff Camaratti/Getty Images -Gizmodo US

20世紀半ば、殺虫剤のDDT(家庭や農作物に使われています)がトコジラミをほとんど全滅させました。1970年代にはほとんどの国でDDTが使用禁止になりましたが、ピレトリンという別の成分から作られる家庭用殺虫剤でも十分トコジラミを殺すことができました。でも一方でトコジラミたちは着実に進化して、薬剤への耐性を身に着けていきました。DDTもピレトリンも、虫の神経器官を同じように攻撃します。この耐性の原因になったふたつのシンプルな変異は、今は野生のトコジラミのほぼすべてに見られます。さらには今プロの害虫駆除業者が使っている新しい殺虫成分、たとえばネオニコチノイドのようなものに対する耐性を起こす変異も現れ始めています。

ゴキブリと違い、トコジラミに対する毒餌またはそれに相当する効果的な対策は、まだ開発されていません

「この問題は、ひとりで解決できるわけがありません。でももしどうしてもひとりで解決するとしたら、ごくたまにそれが可能になった人もいますが、そのためには信じられないほどの時間と、勤勉さと、ほとんどパラノイアのようなしつこさが必要です。多くの人は、そういった生き方を望んでいません」とDeVriesさんは言います。トコジラミを自力で駆除しようとする人の多くは、対策と名乗るものをネットで買ったり家で自作したりして時間を無駄にしてしまうのですが、中には家を火事にしてしまうこともあります。

でも、トコジラミの対応方法がまったくわかってないわけじゃありません。トコジラミ被害の再来にあたって、DeVriesさんのような研究者と駆除業者たちが協力し、よりよい発見・駆除の方法がここ10年で開発されています。その方法とは、犬の嗅覚を使った発見、熱処理、マットレスのカバー、処置後のフォローアップチェックと、殺虫剤を組み合わせたものです。でもこれだけ手の込んだ処置は数千ドル(数十万円)もかかるので、賃貸住宅ならその住人も家主も払いたがらないはずです。

しかも大きな集合住宅では、トコジラミが住んでいるすべての部屋で駆除しなければ、駆除されなかったトコジラミが再結集してまた増えてしまう恐れがあります。

「なので多くの人が、プロの業者に頼めないような状況に追いやられています。彼らは問題と共生せざるをえなくなるのです」とDeVriesさんは言います。「ひどいものです。生き方として、受け入れられるべきではありません。でも残念ながら、それが受け入れられてしまっているのが現状です。」

そのため、ゴキブリとかトコジラミのいる生活に耐えているのは、低家賃/低所得者用住宅に住んでいる人であることが多く、今回僕らが訪問した人たちはみんなそうでした。このテーマの研究はまだ少ないのですが、2016年に米ニュージャージー州で低所得者向けアパートメント43カ所に住む2500人以上の人を対象に行われた調査があります。それによると、調査対象のアパートメント1棟ごとに平均12%の部屋にトコジラミがいて、その割合が30%に及ぶケースもありました。一方ゴキブリは、低所得者向け住宅ではほとんどどこにでもいました。

不快なだけじゃない害虫の負の影響

この害虫の多さは意外じゃありませんが、心身の健康にはマイナスです。ゴキブリは喘息などアレルギー疾患の原因になり、特に小さな子どもには影響があるし、ゴキブリが食品を汚染することで腸チフスやコレラなどの病気が起こりえます。トコジラミの場合、問題はもう少し複雑です。

トコジラミと病気の関係は長いこと研究されてきましたが、全体的にはまだ説明しきれていません。が、あくまで実験ベースですが、トコジラミがその遠い親戚のサシガメと同じように、シャーガス病という病気を起こす寄生虫を媒介しうるという結果が出ています。シャーガス病というのはたいていは重い症状を起こしませんが、中には慢性疾患となって心臓などの異常につながることがあります。でも今のところ、それが現実世界で起こるかどうかの証拠はありません。

が、DeVriesさんは、問題はトコジラミそのものではなく、空気中に漂うトコジラミのフンにヒスタミンが多く含まれていることではないかとする研究を発表しています。ヒスタミンは、通常は体を外敵の侵入から守るために体の中で生成されていますが、これを定常的に吸入することでアレルギー症状を起こしたり、それを悪化させたりといった影響があるのではないか、とDeVriesさんは考えています。

現時点で彼が示しているのは、トコジラミに寄生された家では空気中のヒスタミンレベルが高いこと、そして駆除した後でもかなり高いレベルを維持していることだけです。でもトコジラミのヒスタミンに長い間さらされた人がどうなっているのかは、まだわかっていません。

「これほど高いヒスタミンレベルのケースは、人が寝ている場所にこれほど近い家庭の中では、見たことがありません」とDeVriesさんは言います。

彼いわく、正直そもそも空気中のヒスタミンを研究する理由が、今までありませんでした。ヒスタミンは一部の食べ物の中にも含まれていますが、他のものがヒスタミン源になることを示すものがありませんでした。2015年になってようやく、トコジラミがフェロモンと同じようにヒスタミンを出しているという研究が公開されたんです。

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トコジラミを扱う準備をする、NCSUのSaveer Ahmedさん。
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もしDeVriesさんの仮説が正しければ、貧しい人とそうでない人との間の健康格差の理由も説明できます。ある推定によれば、貧困線以下で生活する人は、中流家庭よりぜんそくにかかる確率が50%高くなるとされています。またその確率は、黒人やヒスパニックの家庭でも高くなっています。彼らはぜんそくやアレルギーの薬に手が届きにくく、そのため彼らの子どもはアレルギーが原因で学校を休んだり、救急治療を受けたり、さらには死亡の確率さえも、人口全体より高いそうです。

DeVriesさんは新学期からケンタッキー大学に移籍しますが、この研究はこれからも続ける予定です。「僕が特に取り組んでいること、そして次のポジションでも続けていくことは、環境的正義、または社会的正義という考え方です。それは、お金やリソースがないからといって、生活のどんな面でも不利になるべきではない。特に健康面では、という考えです。」

永遠の隣人たち

DeVriesさんのような都市昆虫学者は、地域の人と親しい関係を築いていくことが多くあります。NCSUのチームでは、低家賃住宅地域に戸別訪問して、フィールド研究への参加と引き換えに彼らのサービスを提供しています。他にも地域の人を対象に教育プログラムを開いて広くコミュニティと接し、害虫駆除業者などとのつながりを作っています。ときには、助言を求める電話を受け付けることもあります。

「それは単なる仕事の一環というだけではありません。リスクを特定し、すべての人に提示することは、社会的責任なのです。僕らは害虫のことを知っていて、すべてオープンになっています」DeVriesさんは語ります。

NCSUチームの訪問先には米国外出身の人も多いのですが、DeVriesさんたちはその人たちに他では見られないような敬意のある態度で接していて、特にSantangeloさんはなるべく相手の言語で話そうとしていて、その様子にも感動しました。というのは、ゴキブリとかトコジラミがいる家に住んでいると、汚いとか近寄りたくないといった目で見られがちです。トコジラミのせいで病気になるかどうかはわかっていなくても、そのせいで友だちが急に離れていったり、不安や孤独感の原因になります。トコジラミの寄生が自殺の引き金になったと見られるケースもあります。実際にトコジラミがいなくても、いるかもしれないという不安からさまざまな過剰反応を起こしてしまう人たちもいます。であれば、実際ゴキブリやトコジラミが自宅にいることがわかったとき、その問題をひとりで抱え込んでしまう人が多いのも仕方ありません。

こうした恥の感覚、または偏見には、もちろん根拠がありません。まずトコジラミは夜を中心に活動して昼間は動きが鈍いので、人から人に伝染ることはまれです。またDeVriesさんによれば、米国でトコジラミ寄生が起こる率は、21世紀に復活を遂げてから後、頭打ちになりつつあるというデータもあります(ただしチャバネゴキブリは相変わらずそこらじゅうにいます)。

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ゴキブリという種は世界最大のサクセスストーリーのひとつで、これまで3億年も存在し続けています。上はママゴキブリと、その卵がおよそ50個入った袋。
Image: Jeff Camaratti/Getty Images -Gizmodo US

ゴキブリとかトコジラミのリスクを下げる方法はあります。たとえば洗濯物の管理に気をつけるとか、ホテルに泊まるときに荷物をしっかり閉めておくとか、キッチンを清潔に保つとかいったことです。でもこれらの害虫は、生きることに長けているからこそ何億年も存在し続けているんです。そして歴史上どんな人間の集団も、宗教も、階級も、害虫をよそ者のせいにすることはあっても、その寄生から免れることはできませんでした。

害虫の問題は、人間の問題です。そしてそれを効率よくコントロールするには、コミュニティ全体で取り組まなきゃいけないんです。だからDeVriesさんたちは「統合害虫管理(integrated pest management、IPM)」というアプローチを提唱して、政府と家主、そして住人が協力し、可能な限りベストな方法で害虫問題を積極的に発見・解決していくことを提唱しています。IPMメソッドを実践した研究では、たとえば低所得者向けアパートメントで管理スタッフが定期的に毒餌ジェルを置いたり、住人にトコジラミやゴキブリへの対応法を教えたり、殺虫剤あり・なしの方法をあわせて建物全体でシステマチックにトコジラミ駆除したりといったことで、寄生を劇的に減らすか、完全になくすかできました。

でも本当のハードルは、そしてDeVriesさんがこれからの長いキャリア全体で越えようとしているのは、「害虫駆除には最初はコストがかかるけど、長い目で見ればその価値がある」ことを、十分な数の人に納得してもらうことです。

「トコジラミ問題を本当に解決するには、自分たちだけでは不可能で、家一軒ごとに解決していくことはできません」とDeVriesさんは言います。「我々はコミュニティをターゲットとして、あらゆる場所にいるトコジラミを駆除しなくてはいけません。でなければ、我々はトコジラミを個別に駆除し続けることになるでしょう。永遠にね。」

Source: NYTimes NIHThe Baffler

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