ビッグ・ブラザーに見られてる…?香港デモが警告するプライバシーの行く末

  • author Frederike Kaltheuner - Gizmodo US
  • [原文]
  • 山田ちとら
ビッグ・ブラザーに見られてる…?香港デモが警告するプライバシーの行く末
G20で香港の問題を取り上げるよう訴えるデモ。
Photo: Getty Images/ Anthony Kwan / 特派員

未来はすでに現実になりつつあります。悪い意味で。

香港で巻き起こっている大規模デモは、容疑者の身柄を中国本土へ送りかえせるよう「逃亡犯条例」に手を加えようとした香港政府に対し、市民が街を埋め尽くして抗議したものです。

そのデモで、ある奇妙なことが起こりました。デモに参加した人たちが地下鉄に乗車する時にICカードを一切使わなかったのです。

ICカードを改札機にくぐらせる代わりに、人々はわざわざ券売機に並んで現金で切符を購入していました。なぜ…?

どうやらデモに参加したという痕跡を残したくなかったようなんですね。

デモ参加者は紙の切符を買った

香港に行ったことがある人なら「オクトパス(八達通)」と呼ばれるICカードがどれだけ普及しているかはご存知だと思います。私(米GizmodoのFrederike Kaltheuner )も2017年に香港で開かれたプライバシーカンファレンスに参加した際、記念品としてオクトパスカードをもらい、フェリーに乗ったりコンビニで買い物したりとあれこれに使いました。

オクトパスカードを使わずに紙の切符を求めると、不便などころか値段も高くなってしまいます。それなのに、デモに参加した人はなぜICカードを使うことがそんなにも不安だったんでしょうか?

駅の券売機に人が並ぶなんて通常ありえないこと。立ち聞きした会話から察するに、デモに参加したことが履歴に残るのを恐れて、みんなICカードを使うのをためらっていたようです。

これは香港に限ったことではありません。

いまや世界中の警察や情報機関がひそかに公共スペースにおける通信監視を行っています。デモが勃発した時だけでなく、私たちは常にリアルタイムで監視されているのです。監視の対象は広がりつつあり、さらに、新しい技術が編み出されるたびに監視の手段が変わってきています。

利便性の代償

最新技術を駆使すれば、遠隔操作で目につかないスパイ活動をするなんてことは日常茶飯事。 携帯電話の基地局をよそおった「IMSIキャッチャー」は、そこにたまたま居合わせた人々のメールの中身、通話の内容、インターネット通信の履歴などを傍受していますし、顔認識システムを搭載した無数の監視カメラの前では人は歩く身分証明書のようなものです。無害に思える公共のWi-Fiネットワークですら、通過する人を追跡するのに使うことができます。

このような強力なツールを前にして、地下鉄の乗車履歴をICカードでトラッキングされることなんてあまり重要ではないとすら思えてきます。(オクトパスカードのほとんどは無記名なのですが、使用者のクレジットカードにリンクされているため過去には警察がこのクレジットカード情報を使って容疑者を割り出したケースもあります。)

券売機に長蛇の列ができた香港での光景は、わたしたちにある真実をつきつけています。それは、プライバシーの侵害は時間差を伴うリスクだ、ということ。

データ資本で動いている今の世界において、日常的にテクノロジーに触れて暮らしている私たちは、事情が変わればそれらのテクノロジーに提供されたデータよって身の危険にさらされるとも限りません。逆に言えば、ふだんの生活のなかでは搾取されているデータの代償に気づけないのです。

未来のプライバシーが危ない

私たちのほとんどは、街中の監視カメラにとらえられた自分の映像データが顔認識システムによって事件の容疑者と照らし合わされていてもまったく気づかないでしょう。世界で一二を争う大規模アプリが、個人情報をサードパーティーにリークしたところで知る由もありません。そして、もし街から街へと移動する私たちの足取りが驚くほど精密に記録されていたとしても、それはふだんの生活の中で特に不利益な結果を招くことはないでしょう――ある日とつぜん、状況が変わってしまうまでは。

通常、データのやりとりを行うシステムは軒並みユーザーの使い心地がいいように設計されています。2017年にアメリカで放送されたVISAのコマーシャルでは、不器用に硬貨を扱う観光客のビジュアルに『現金って、まどろっこしい』という文句をかぶせていました。

便利なデジタル技術がこの種のまどろっこしさから解放してくれたんだから、個人情報の流出なんて大したことないじゃないか、とまで思えてしまうように作られています。

しかし、これはあまりにも危険な誤解です。プライバシーの侵害は目に見えず、その害はほとんどの場合先の未来に持ちこされ、社会的弱者ほどより大きな被害を被るからです。

政府を相手取ってデモを起こした瞬間から、公共交通機関さえも監視と制圧のために利用されるデータの宝庫となりかねないのです。

消せない残像

あなたが今は若くて健康で(ラッキーなら!)国民健康保険に守られていたとしても、明日から社会福祉制度が縮小されたら民間保険に加入せざるをえなくなるかもしれません。そしてその民間保険会社は、あなたのスマホアプリに記録されている気分や体調、ネットで購入した薬剤、セラピストに通う頻度など、あなたに関するあらゆるデータを収集するかもしれません。

実際このような情報は常に監視され、売られ、共有されています。これらが蓄積されて、ネットの世界にわたしたちのドッペルゲンガーを作り出しています。そのドッペルゲンガーがいつ私たちに牙をむくかはわかりません。すでに不利益を被っている人々がたくさんいるのも事実です。

匿名性の死

テクノロジーに関していえば、未来はすでに現実になりつつあります。ただし、その分配は必ずしもフェアではありません

プライバシーという名の侵略されがたい領域が下級市民に提供されたことは未だかつてない

このようにサム・アドラー=ベル氏が米メディア「The New Inquiry」に書いたように、古くから存在していた不平等が新しく、そして予期しないかたちで現代社会に現れ始めています。

顔認識システムはその顕著な例と言えるでしょう。顔認識の精度が高いのは白人か男性の場合だけ。それ以外の人にはエラーが出る確率がずっと高くなります。顔をピッと認識してもらって支払いを済ませる便利さは、自分の顔を正確に認識してもらわないことには始まりません。そもそも、どんなに便利な顔認識システムでも、自分の顔が指名手配犯と間違えられてしまっては百害あって一利なしです。利益を享受できないどころか、反体制活動家やジャーナリスト、不法移民にとって、顔認証システムの氾濫は匿名性のはく奪を意味するのです。

プライバシーは人権である

では、私たちは一体どうすればいいのでしょうか。

これからはプライバシーを個人の問題ではなく、人権問題として捉えていく必要があります

更なるデータ化が進んでいく社会において、普段から使っているデバイスやアプリなどのサービスに提供する個人情報が将来私たちに仇をなさないよう、対策を練っておかなければなりません。「プライバシーバイデザイン」のような新しいシステムエンジニアリングのアプローチは一から個人情報を守るための環境を作り上げるために非常に有効と言えるでしょう。

ビッグ・ブラザーはすぐそこに?

もっとも重要なのは、ジョージ・オーウェルの小説『1984』に出てくるような技術的な全体主義は免れられないかもしれないという危機感を持つこと

いま私たちにできること、それは、顔認証システムなどのパワフルな技術を開発する企業、そしてそれらを使う行政機関を厳しく統制し続けることです。

民主主義国家を守るためとの大義名分のもと、いま世界中の政府機関が新しい通信監視技術を導入しています。しかし、これらの技術を統制する法的な枠組みがないかぎり、逆に民主主義そのものが崩壊しかねません。

けっして新しい技術を導入するなと言っているわけではありません。技術を統制する明確な枠組みなしでは、そして個人情報を適切に管理するなど、個々人の継続した努力なしでは、プライバシーを守りぬけないことを自覚しなければなりません。デモに参加するときにいくらマスクをつけても、オクトパスカードを拒否しても、あなたのデータはすでに読み取られているのです。

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