棋士が感じたAIの強み。
「コンピューターが勝つのはあと10年先」といわれていた囲碁の世界で、人間が敗北を喫したのは数年前。将棋においても、すでに人間がコンピューターに勝つことは難しいと認識されています。
しかしそれでも、失うことを恐れず果敢に立ち向かう棋士がいました。IBMのWebメディアMugendai(無限大)には、2016年にあの羽生善治名人を破って20代目の名人となった佐藤天彦九段が登場。コンピューターとの戦いについて語られていました。
「勝つのは難しい」と感じた対局前。佐藤九段も驚いたコンピューター将棋の指し手
佐藤九段は、2017年の「第2期将棋電王戦」において、現役名人としては初めてコンピュータ将棋ソフトの「Ponanza(ポナンザ)」と対戦したことで話題となりました。
しかし終わってみればPonanzaの2戦全勝。佐藤九段からすれば「完敗」といえる結果でした。
ともすれば、触れられたくない過去にも思えますが、インタビュー中で佐藤九段は率直に「あの日」を語っています。
1988年生まれの佐藤九段は、子どもの頃から将棋ソフトで遊んでいたそうで、コンピューターとの対局に抵抗感はなかったといいます。しかしその分、ソフトのレベルがどんどん上がっていくのを感じていたそうで、実は対局前から「人間である自分が勝つのは難しいだろう」と思っていたそう。
Ponanzaとの対局について「やはり強かった」と笑いながら、以下のように振り返っています。
指す手の正確さの精度が非常に高かったですね。(中略)ここまで見透かされるのか、いや、こんな発想もあるのか、と驚かされる場面もありました。老練な棋士が指すような手もあれば、人間の発想ではなかなかたどり着かない手もあったりして、学習や経験に裏打ちされた印象を受ける部分とどこからその発想が生まれたのかわからない部分が絶妙に混ざり合った指し方が非常に興味深く思われました。
最大の強みは「感情的にならない点」。コンピューター将棋の何がそれほどすごいのか

佐藤九段はまた、コンピューター将棋の強さについて冷静に分析しており、その最も特徴的な点を「感情のバイアスがかかっていない点」だと指摘します。将棋に対しまったく先入観のない視点を持ち、人間の経験では到達できなかった正解を見つけ出すというのです。
実はコンピューター将棋の進化によって、それまで妙手(非常に有効な手)だと思われていた手が、実は疑問手(少し形勢を悪くする手)だったと判明し、将棋界に衝撃が走ったことがありました。
佐藤九段はこれについて、特に逆転劇などではそのインパクトから指し手を「いい手」だと思い込んでしまうためではないかと指摘。どうしても感情が先行してしまう人間に対し、どんな指し手にも冷静に対処できることがコンピューターの強みだと語り、個人的な意見として「より客観的で大きな視野が持ち込まれた点は将棋界にとって良いことだ」と感じているそうです。
もう勝つことは難しいかもしれない。それでも人間同士の将棋には魅力がある
佐藤九段も認めるように、将棋において人間がコンピューターに勝つのはもう難しいかもしれません。しかし、人間同士の対局が廃れることもまたないでしょう。「人間が指す将棋の魅力」について、佐藤九段は以下のように語っています。
今お話しした内容と矛盾するかもしれませんが、勝ち負けだけに縛られない情緒的な部分や物語性はやはり人間にしか持ちえない強みだと思います。今後、コンピュータ将棋ソフトが益々高性能になっていくことは間違いありません。(中略)思わず身を乗り出す仕草や眉間に刻まれるしわ、額に汗をにじませる様子には、棋士ひとりひとりの情熱や葛藤がこめられています。観ている方が一喜一憂しながら感情を共有しやすいのは、同じ人間である棋士の指す将棋のような気がします。
コンピューターと人間。それぞれの将棋は「対立すべきではなく、補完し合うもの」と語る佐藤九段。インタビューでは、ソフトが高度になるにつれ、人間が思考停止することの危険性も指摘していました。

自らの敗北も冷静に分析しつつ、コンピューターと人間の未来まで見据える佐藤九段。さすがとしか言えません。
他にも、佐藤九段が考える将棋の魅力や、勝敗に振り回されないメンタルコントロールなど、将棋ファン以外も必読のインタビューの続きは、Mugendai(無限大)よりお楽しみください。
Source: Mugendai(無限大)