なんだこれ…古代クジラの化石から無数の咬み傷が見つかる

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なんだこれ…古代クジラの化石から無数の咬み傷が見つかる
Image: Carlos Jaramillo

古代ゴジラ?

翼竜ペラゴルニスとホオジロザメに包囲され、脂の乗った体を噛まれ、舌、頭、ついには骨だけになって海底にホロホロと沈んで200万年余り。パナマのブリカ半島からそんな死闘を連想させる傷だらけのクジラの骨が見つかり、なんなんだこの歯形は!と熱い注目を集めています。

発見したのはJoaquín Atencio教授と教え子のJoel Orocú君、Patricio Pimentel君、Joel君のお父ちゃんのFélix Orocúさん。

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Image: Carlos Jaramillo
化石ハンターのみなさま。赤シャツがパパ、シャベルが息子。あとはプンタブリカ大学とCaña Blanca小学校の子たち

教授から連絡を受けたスミソニアン熱帯研究所の地質学・古生物学研究者のCarlos Jaramilloさんが調査隊を派遣して調べてみたら、くじらと一緒に、サメの牙の化石も付近に見つかり、このほど考古学ジャーナルのPalaeontologia Electronicaに論文が公開になりました。

骨の主はBalaenopteridという、今のザトウクジラやシロナガスクジラが含まれる系統とのこと。具体的な種まではわからないのですが、最後の瞬間はかなりくわしく、わかりました。

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Image: Cortés et al.

「まず驚いたのはそのサイズ。よく調べてみたら、表面に鋸歯状の痕跡があって、これはサメに噛まれた跡なんじゃないかと大騒ぎになりましたけど、確認にはかなり時間がかかりました」

…と、論文主著者でマギル大学レッドパス博物館考古学研究員のDirley Cortésさんは話しています。中には、26個も噛み傷が残った骨もありました。こういう溝、痕跡、エッジの検分は生痕学者の十八番で、凡人の目にはただのひび割れた骨に見えても物語絵巻のような情報量とされます。エモリー大学の生痕学者のAnthony Martinさんの見立てでは、「規則正しい平行線の噛み傷もあって、これはのこぎり状の歯型、つまり一般にサメの歯型と解釈されるものです」とのこと。たぶんそう見て間違いないのかも。

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Image: Cortés et al.

確たる証拠に欠けるため、いちおうコンサバに見積もって、2頭のホオジロザメ状の生き物が貪り食った痕跡かもしれない、と論文では報告しました。歯型の差異から、別の個体と判断されるのだと、ロサンゼルス郡自然史博物館の海洋哺乳類担当学芸員のJorge Velez-Juarbeさんは説明しています。

記事冒頭の描写はイメージであって、実際には生前に食いちぎられたのか、それとも死後漂っているところを狙われたのか、それとも海底に沈んでからなのかもわからないし、サメの種類もわかっていません。

「 鮮新世末期には、現存する動物相が、絶滅した古代種と混じって共存していました。新第三紀の終わりには状況がやや変わり、海で巨大生物の絶滅イベントが起こります」

つまり、360万年~258万年前の海には、今いる生物もたくさん泳いでいたってことですね。ろ過摂食動物のくじらやホホジロザメは沿岸部にいて、現代人もよく知ってるので、古代の海が急に身近に感じますよね。

ちなみに今のサメは、成人のクジラを決して襲わないことで知られます。古代もそうだとしたら、やっぱり死後のご飯だったのかも。Martinさんも「大体の歯形は死んだ肉を食べてできたものです」と言ってますしね。

「歯が骨に当たるということは、もう骨がむき出しか、肉がほとんどない状態ということですから」

発見の位置づけについて、Cortés研究員はメールでこう答えてくれました。

「サメがクジラを餌にしていたことがわかっただけでなく、骨の年代的に見ても、科学的にとても重要な意味をもつ発見と言えます。論文でも述べたように、くじら類、特にヒゲクジラの遺伝子上の多様性は鮮新世から更新世にかけて激減しており、これも海洋巨大生物を襲った世界的なターンオーバーイベントのひとつの例です。今回見つかったような海洋哺乳類の化石は、地球史上もっともクリティカルな時代、鮮新世~更新世の移行期の海の動物相を知るうえで重要な手がかりとなるでしょう」

研究員はブリカ半島の周辺をもっとよく調べてみたいとしています。くじらの化石は全世界から出土していますが、中南米では数えるほどしか前例がなく、ブリカ半島で新第三紀(2300万年~258万年前)の化石が見つかったのは今回が最初。

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白い帽子がDirley Cortés研究員
Carlos Jaramillo

その原因を尋ねると、「中米の太平洋側は新第三期の露出帯がほとんどないし、人口あたりの研究員も少ないですからね」とのこと。なんでもパナマやコロンビアといった国々では、古生物学はまだ生まれたばかりの学問分野で、たとえばコロンビアでは「国民100万人あたり科学者は90人にも満たなくて、古生物学者なんてそのまた一部。絶対数が少ないので、贅沢な生き方ではあるけれど苦労も絶えません。ましてや女ですし」と言ってます。いやあ、なんで生徒のお父ちゃんまでスコップで土掘ってるんだ!?という謎が解けましたね!

「古生物学の世界ではよく、通り道は関係ない、化石がすべてを語る、といいます。一番大事なのはそこ」(Cortés研究員)

何百万年もの昔の物語を宿す化石が、今もどこかでスコップを待って眠っているのかもしれませんね。


*本稿は古生物・考古学ライター、Jeanne Timmons (@mostlymammothsmostlymammoths.wordpress)さんのゲスト寄稿。