量子コンピューター開発のマイルストーン。音の粒子フォノンを測る「量子マイク」が作動

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  • author Ryan F. Mandelbaum : Gizmodo US
  • [原文]
  • Kaori Myatt
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量子コンピューター開発のマイルストーン。音の粒子フォノンを測る「量子マイク」が作動
Illustration: Wentao Jiang

量子コンピューターの開発がまた一歩前進。

「音」の最小単位であるフォノン(音子)を識別できるシステムが、量子コンピューターの進歩に大きなマイルストーンを打ち立てたと話題です。フォノンの音を聞きわけることができる音量子マイクの誕生とのことですが、これからの進歩に期待できますね。米GizmodoのサイエンスライターRyan F. Mandelbaumの分析の翻訳をお送りします。


何度も論文を書いてようやくこぎつけた

いつの日か、量子コンピューターは普通のコンピューターが成し遂げられないようなことや、普通のコンピューターでは困難なことをやってのけるのかもしれません。でも今の時点ではまったくもって能力に限界のある機器にしかすぎません。たとえば、いまだに量子メモリやプロセッサ間をつなぐ量子インターフェースには満足に使えるようなものが、いまだに登場していないのですから。異なる媒体間の量子情報を動かす方法を見つけることが、世界の研究者たちの目下の関心領域といえるでしょう。

今回、スタンフォード大学の研究チームが、あるシステムについての研究結果を発表しています。このシステムは、量子ビットを使用して小さな発振器でマイクのように最小単位の振動を聞き分けるというもの。量子コンピータの進化における大きな一歩といえるでしょう。

「非常にエキサイティングです。クリスマスイブに最初の測定をしたんですよ」スタンフォード大学の応用物理学教授アミール・サファヴィー=ナエイニ博士が米Gizmodoに語っています。「(第一著者の)パトリシオ・アランゴイズ=アリオラとわたしは2015年にこのシステムについての話をしたんだけど、そのときはまったく方向性が見出せなかった。でも、何度も論文を書いて測定を重ねてやっとここまでこぎつけたという感じです」。

量子コンピューターのおさらい

それでは量子コンピューターとは何でしょうか。従来のコンピューターが(古典)ビットという単位を使って0か1かの状態を行ったり来たりしてビット列の変換で演算を行なうとすれば、量子コンピューターは量子ビット(qubit=キュービット)という単位で計算を行ないます。古典ビットは0か1かといったふたつの状態のいずれかですが、量子ビットの特徴は計算中にそのふたつの状態のあいだをとることができます(測定した瞬間にどちらかの状態に収束)。

また、量子ビット同士を「もつれ」させてお互いの状態を通常ではありえないレベルで結びつけることで、特定の量子ビットの組み合わせを発生しやくさせたり、特定の組み合わせを禁じることもできます。たとえるならば、量子ビットはそれぞれがイカサマ用のサイコロで、振って出る目が奇妙に結びついているようなイメージ。これらの特性により、量子コンピューターは膨大な組み合わせの中から最適な組み合わせを短時間で導き出せるのです(ありあえる組み合わせが多ければ多いほど量子コンピューターに有利)。

量子コンピューター全般における最新の動向は、こちらにまとめています。

量子ビットの情報を聞き取ってくれるマイク

で、今回の研究の話に戻りますと、フォノンは音の単位であり、振動エネルギーの単位でもあります。(これはフォトン=光子が光の単位であり、電磁エネルギーの単位であることに似ています)いずれも量子物体であるため、フォノンも量子力学の法則に従います。とすると、量子ビットの異なる「状態」はフォノンで表現できることが想像できるでしょう。

ただしフォノンの異なる状態を調べるのは非常に難しく、フォノンのエネルギーを測る超超高精度なマイクが必要になります。でも、そんなマイクを作れるようになったなら、量子コンピューターの機能に大きな向上点を付け加えることができるようになるでしょう。量子ビットの情報をフォノンに変換できたら、量子情報を一時的にどこかに蓄えておくことができるようになるかもしれません。またはさらにフォトンへと変換させて、量子リンクへと送ることができるかもしれないのです。

実は、スタンフォード大学でなされていた研究はこれを目指していたものでした。システムが超低温下(マイクロ波・熱・雑音などに邪魔されることのない)環境に置かれていれば、個々のエネルギー単位を特殊なエリアに閉じ込められる小さな発信機を開発。この発振器は超電導量子ビットと繋げられ、読み出しの機械にも接続され、量子ビットと発振器をきっちりチューニングされました。すると、量子ビットの状態と発振器の状態がマッチし、間接的にフォノンの数を測定できるようになったのです。

大きなマイルストーン

これは量子コンピューター分野にとっては、非常に重要なマイルストーンとなるでしょう。いま研究者たちはこぞって超電導量子ビットと機械的な発信器をなんとかしてつなげようと苦慮しています。「今回初めてフォノンの分割を実際に確かめることができました」とイエール量子研究所のディレクター、ロバート・ シェルコフさんが米Gizmodoのインタビューに答えています。ただしシェルコフさんによれば、量子ビットと発振器には強力な相関性が認められるもの、それはコヒーレンス時間を犠牲にしているかもしれず、システムが量子的な作用を保てる時間が短くなるかもしれないとのこと。長いコーヒレンス時間はどんな量子デバイスにも肝心なため、悩みどころです。

とはいえコーヒレンス時間はこれから向上するはずなので、ある程度延びれば今回のような機械的な発振器はいずれ量子コンピューターに新たな機能をもたらしてくれる可能性があります。すでにこういった発振器で量子状態を保存する量子ランダムアクセスメモリを実現する案があるようですしね。

すでに多くの学者たちが、発信機と光学システム間で量子データを移動させる方法や、量子ビットと電磁部品を繋げる方法に関する研究を重ねています。機械的な発振器はこれらの分野間をつなげるリンクの役目を果たしてくれるものとなるはずで、将来の量子デバイスの能力の鍵を握っていると言っても過言ではありません。