今年のノーベル生理医学賞は「細胞が酸素レベルを検知するメカニズム」を明らかにした3人の研究者に

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今年のノーベル生理医学賞は「細胞が酸素レベルを検知するメカニズム」を明らかにした3人の研究者に

5つあるノーベル賞のうちの第一弾。

2019年のノーベル生理医学賞は、米英3名の研究者に贈られるそうです。

ノーベル賞委員会は10月7日にスウェーデンのカロリンスカ医科大学にて生理医学賞受賞者を発表し、アメリカ人のウィリアム・ケリン医師とグレッグ・セメンザ医師、そしてイギリス人のピーター・ラトクリフ医師3名が共同受賞に輝きました。

酸素が足りているかいないかを細胞レベルで検知するメカニズムを解き明かした功績を称えられ、総額約100万ドル(およそ1億円)の賞金を分かち合うことになります。

セメンザ氏の発見

今年の受賞は数十年間の努力の結晶でした。

動物の細胞がエネルギーを作り出したり、生命を維持するためには酸素が不可欠であることがわかっています。ですが、細胞が実際どのように酸素量を検知しているのか、そしてもし低酸素状態に陥った場合どのように対処しているのかは長い間謎のままでした。

謎解きのはじまりは1992年にさかのぼります。受賞者のひとり、グレッグ・セメンザ氏(現在は米ジョンズ・ホプキンズ大学所属)率いる研究チームは、細胞が低酸素状態を検知した場合に作り出すエリスロポエチン(EPO)というホルモンを発見しました。

ノーベル賞委員会のプレスリリースによると、エリスロポエチンが増えると赤血球が作られるそうです。赤血球の役割は酸素を運ぶことですから、よりたくさんの酸素が運ばれてくるようになり、低酸素状態が緩和されるわけですね。

続・セメンザ氏の発見

さらに、セメンザ氏はエリスロポエチンの産生をうながす低酸素誘導因子(HIF)というタンパク質を発見し、命名しました。

HIFは転写因子で、転写(必要な情報をDNAからRNAへ写し取るはたらき)を制御する役割を持っています。HIFの場合、エリスロポエチンの転写のみを制御します。しかも、血液中の酸素濃度が高ければHIFは分解されて機能しなくなるのですが、酸素濃度が低い場合にだけEPOの転写を促すメカニズムが働いていることもわかりました。

ラトクリフ氏の発見

そのころ、大西洋の向こう岸のイギリス・オックスフォード大学では、ラトクリフ氏も独自にHIFを発見していました。そしてセメンザ氏もラトクリフ氏もそれぞれ別々の研究を経て、HIFは腎臓のみならず体中の細胞に存在していることを発見しました。

ケリン氏の発見

3人目の共同受賞者、ハーバード大学メディカルスクールとダナ・ファーバーがん研究所のがん研究者、ケリン氏は、フォン・ヒッペル・リンドウ病(VHL病)という遺伝性疾患を研究していました。この病はVHL遺伝子の変異によって引き起こされ、がんに罹るリスクを格段に高くしてしまいます。

ノーベル賞のプレスリリースによると、ケリン氏はVHLのはたらきががんの進行を遅らせることを発見。

さらにケリン氏は、変異VHL遺伝子を持ったがん細胞はあたかも低酸素状態になったかのごとくふるまうのに、その細胞に正常なVHL遺伝子を注入するとエリスロポエチンが産生されなくなることもつきとめました。

どうやらVHLがHIFと関係しているようだと気づいたケリン氏の研究の甲斐もあり、後にラトクリフ氏がとうとうVHLとHIFが直接関係性を持っていて、VHL遺伝子がないかぎりは普通の酸素濃度でもHIFが分解されないことがわかりました。

そして、最後の謎を解いたのは…

なんだか小難しくなってきたので、いったん初心にかえりましょう。細胞はどうやって酸素濃度を検知しているのでしょうか?

酸素が足りている状態だと、VHLがHIFを分解させます。HIFはエリスロポエチンの産生をうながしません。

酸素が足りていない状態だと、VHLがHIFを分解させるはたらきが鈍くなり、HIFがエリスロポエチンの転写を行うためにエリスロポエチンが増え、赤血球が作られて酸素が運ばれてきます。

ここまではわかったものの、酸素の量がどのようにVHLの動きに影響しているかは謎のままでした。

最終的にこの謎を解いたのはケリン氏とラトクリフ氏でした。2001年にふたりはまったく同じタイミングで、しかも同じ学術誌『Science』上で、酸素そのものがHIFと化学反応を起こすことで一部の構造を変え、VHLがくっついてHIFを分解させることを発表しました。

がん、脳卒中などの治療に光

三人の発見は、医学、生理学やスポーツ科学などの分野において大きな影響を与えそうです。低酸素状態に陥りやすい脳卒中・慢性腎不全・心臓まひなどの疾患に対しての治療を強化するだけでなく、がん治療にも大きく貢献できると期待されています。

受賞の舞台裏

ケリン氏、ラトクリフ氏とセメンザ氏の研究が一体となって解き明かした細胞の驚くべきメカニズム。三人そろっての受賞を知らされた各氏の喜びは格別だったと、ノーベル賞委員会のトーマス・パールマン氏は発表の記者会見で述べていました。

でも受賞の舞台裏では、時差のせいでちょっとした混乱もあったようです。

受賞を知らせる電話が鳴った時、イギリスにいるラトクリフ氏はすでに出勤してオフィスに在席していましたが、同時刻のアメリカは明け方。セメンザ氏は就寝中だったそうです。ロイター通信によれば、ケリン氏に至っては初めの何回かの電話は間違った番号にかかってしまい、受賞の知らせが遅れたのだとか…。

それもこれも、あとで振り返ってみれば受賞に際するビックリドキドキ度を高めてくれた楽しい思い出となるのでしょうか。

ノーベル賞受賞の発表は、今週まだまだ続きます。次はどんなドラマチックな受賞ストーリーが展開するか、楽しみですね。

Reference: The Nobel Prize