手足がニョコニョコ生え戻るサマランダー(サンショウウオ)。
人間にもあれに近い能力が備わっていることが最新論文で明らかになりました。
軟骨のケガや疲弊を治癒する人体のプロセスが、両生類なんかの再生プロセスとそっくりなんです! 関節炎などの新治療法や「人体再生の基礎研究として役立てば」とデューク大学医学部(米国)とランド大学(スウェーデン)の研究班は期待を膨らませていますよ。
人体に眠るサマランダー
再生動物といえばアホロートル(ウーパールーパーとも)、ゼブラフィッシュ、ビチャーが思い浮かびますよね。再生可能な部位はそれぞれ異なり、たとえばアホロートルは手足、内臓、脳の一部まで再生できることで有名です。人体にそんな力はないし、関節の軟骨の自己治癒能力もあるわけないと、これまでは思われていました。
ところがその限界を解明しようと、研究班が軟骨の中のたんぱく質の寿命を調べてみたら、おしり(股関節)、ひざ、足首で然違うことがわかったんです! 絵にまとめたのがこちら。

「年齢の近い人たちの軟骨のタンパク質を調べたところ、おおまかにひざのほうがおしりより若いことがわかりました。つまり加齢で加わる組織の変化が少ないんですね。参考までに足首の軟骨も調べてみたら、さらに若かったんですよ」 と、論文共著者のデューク大医学部Virginia Kraus教授は米Gizmodoのメール取材で語っています。
意外な共通項
未知の治癒能力は、プロテオミクス法で検出しました。これは少量のサンプルで数千種類のたんぱく質を解析できるというもの。そこから研究班は、軟骨のたんぱく質の年齢が部位によって違うことを把握したってことですね。おしりは老人、ひざは中年、足首は若者という風に。
実はこれ、すごい発見で、再生ニョキニョキ系のいきものに共通してみられる特性なのですよ。みな、つま先とか尻尾の先っぽ末梢の部位ほど組織修復力が高いんでありますよ。
「付属器官の再生研究分野では、基部(内臓など)より末端の組織のほうが再生能力は高いという学説がありますからね」と解説してくれたのは、ウィーンの分子病理学研究所のPrayag Murawala研究員です(論文には参加していません)。
マウスも第1関節で切断すると生え戻るのに、第2関節で切断すると生え戻らないのだとか。「論文で仮説がさらに有力になった」、「過去の研究成果とも一致している」と仰ってます。
いろいろ納得
足首のけがより、おしりやひざのけがのほうが治りにくいことも、これでなんとなく納得ですね。Kraus教授曰く、人工関節置換手術するしかないところまで悪化する確率を比べると、おしりのほうが、ひざより2倍高いのだといいます。さらに既存の研究では、「形性関節症が足首に起こっても、ひどく悪化することは極めてまれ」なこともわかってるんだそう。それもこれも、もしかしたら末端が若々しいおかげなのかも…!
再生の鍵はmicroRNA

再生プロセスを司るのはmicroRNA(miRNA)と呼ばれる分子です。治癒力抜群なことで知られ、進化の過程で多くのいきものに発現しています。「組織再生に欠かせない遺伝子の多く」(Kraus教授)を司り、四肢再生系の動物では特にアクティブです。miRNAは人間にもあります。進化の名残り。もう四肢再生に使うことはないけど、研究では、損傷した軟骨の治癒を助ける働きがあることがわかりました。また、miRNAの作用は部位によって異なり、おしりやひざよりは足首のほうが活発だと、論文には書かれています。
「サラマンダーの四肢再生を司る調節遺伝子が、人間の関節修復の管理中枢にもあるとわかり感激です」と論文主著者のデューク大医学部分子生物学研究員Ming-Feng Hsuehさんはプレスリリースで語っています。「さっそく部内では『体内に眠るサラマンダー』能力と呼んでます」
Kraus教授も、治療への応用には「かなり期待」しているそうです。miRNAは結構、「注入可能」なので、「関節のケガのあとに直接注射すれば治癒力が高まって、変形性関節症の予防になるし、発症してからも悪化を遅らせたり快方に向かわせたりできるのでは」と言っています。また、miRNAとほかの未開拓の成分を掛け合わせて「『分子カクテル』を人体の四肢再生の試みに応用できたら」(論文)と夢は膨らむばかり。
学会の反応
気になる一般の反応ですが、アホロートル(メキシコサラマンダー、メキシコサンショウウオ)の再生能力に詳しいケンタッキー大学のRandal Voss生物学博士は論文について次のように語っています。
「人体にも修復のメカニズムが潜んでいることを示す、タンパク質の代謝回転とmiRNAの発現に関する非常に興味深いデータ。ただ、論文で示された治療は、ケガした関節内で軟骨をまるまる再生するサラマンダーやほかの生き物の修復とはだいぶ違います。(miRNAという共通項があることは)注目に値しますが、miRNAが再生を促進する条件の違いはもっと詳しく調べないと。応用には機能的研究も必要」
一方、アリゾナ州立大学Kenro Kusumi生物学教授は「ビリオンダラー・クエスチョン(1000億円規模の産業を左右する焦点」は、「miRNAを活性化することで関節が再生されて、関節炎の治療に役立つかどうか」だと語り、再生医療分野の研究に大きな影響を与えるだろう、と評価しています。
「人間とアホロートルは進化の過程で4億年前に枝分かれしたはずなのに、共通項がまだたくさん残っている、とわかっただけでも収穫です。なぜ人間の再生能力が退化したのか、謎の解明はまだまだこれからですけどね」
論文を機に、末端にあって体幹にない再生力のメカニズムの研究が進みそうですね。「一番知りたいのは、末端の再生力が、環境と細胞どちらによるものなのか、です。両方かもしれない。そうした謎を解明していけば、再生が人体で可能かどうかハッキリします」とKusumi教授。太古の能力が呼び覚まされて、包丁で指をうっかり切ってもニョコニョコ生える日は果たしてくるのでしょうか…。