遺伝子をワープロのように書き換える。新遺伝子編集技術「prime editing」が登場!

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  • author Ryan F. Mandelbaum - Gizmodo US
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  • 山田洋路
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遺伝子をワープロのように書き換える。新遺伝子編集技術「prime editing」が登場!
Image: Shutterstock

検索と置換が使える遺伝子エディター。

人気の遺伝子編集ツールCRISPRですが、難なしというわけにはまいりません。新しく開発された遺伝子編集技術では、CRISPR最大の欠点いくつかを克服したようです。

遺伝子編集技術の理想は、まるでシンプルにパーツを書き換えるかのごとく、遺伝コードを迅速かつ正確に編集できることです。CRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)一塩基エディターといった新しい遺伝子編集技術は理想に近づいてはいますが、間違った箇所に余分なDNAを追加する(off-target効果)など、まだまだ意図しない副作用を引き起こす可能性をはらんでいるんです。

ブロード研究所(Broad Institute of Harvard and MIT)の研究者は、彼らの開発したprime editingと呼ばれる手法が、より正確に、よりoff-target効果も少なく編集が行えることを報告しています。研究者らは同手法が、いつかテイ=サックス病鎌状赤血球症など、多くの有害な遺伝病の治療法になるかもしれないと考えています。

CRISPR/Cas9とprime editingはハサミとワープロ

DNAは、生物の外見や機能を決定する設計図で、タンパク質でできた二本鎖、遺伝コード4文字に対応する4つの分子から構成されています。

DNAを利用するにあたっては、一時的に鎖をほぐしてRNAと呼ばれる一本鎖のコピーを作成します。CRISPRシステムは、酵素(もっとも頻繁に使用されるのがCas9という酵素)によってこのRNAをプログラミングすることで機能します。プログラムの中身はRNAという形で対象となる生物のカスタム遺伝情報に基づいて行なわれ、Cas9は、ターゲットとなる対を成すDNA鎖の切断すべき箇所に送られます。その後、細胞本来のDNA修復メカニズムがDNAを修復します。このとき、研究者が仕込んだ新しいRNAが組み込まれるか、カットされた材料が削除されるのです。

この方法は大規模な編集には適していますが、正確な編集を行う際に問題が発生する可能性があります。間違った箇所でカットしたり、意図した以上のDNAを挿入/削除する可能性があります。研究者は、こうした二本鎖切断を回避する、正確な遺伝子編集技術を求めていました。

また、一塩基エディターは個別の分子を編集できますが、できることが限られているうえDNAを挿入したり削除したりはできません。

「CRISPR/Cas9やその他のプログラマブルな核酸分解酵素がハサミ、一塩基エディターが鉛筆だとすれば、prime editorはワープロみたいなものです。標的DNA文字列を検索し、編集済みのDNA文字列に正確に置き換えることができます。」

論文の責任著者でブロード研究所の教授のLiuさんは、記者会見でそう述べました。

prime editingの流れはこんなかんじ

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遺伝子編集での検索と置換(上図)

・prime editorは、DNA鎖に切り込みを入れるCas9酵素(CRISPRでは二本鎖切断だったのに対し、一本鎖切断に修正されたもの)と、新たなDNAを生成できる逆転写酵素(RNAテンプレートからコピーされたもの)を含む複合物です。


・作られた「pegRNA(prime editing guide RNA)」は、DNAのCas9が切り込みを入れる箇所にprime editorを送ります。


・pegRNAは、2つの特別な部品を備えています。1つは新たなDNA文字列の追加準備として、切り込みを入れたDNAと結合するセクション。もう1つは、望みの編集内容を翻訳したRNA文字列です。


・pegRNAから標的DNAに向けて、編集済み文字列が送られます。そして、逆転写酵素がRNAを読み取り、対応するDNA文字列を生成して切り込みの端にくっつけます。


・細胞内の核酸分解酵素が自然に備わった修復メカニズムにより、DNAの古いセグメントを切り取り、新しい文字列を遺伝子情報に貼り付けます。


・現段階では、対になった鎖のうち片側だけが編集済みで、もう片側は未編集の状態です。


・ミスマッチを解消して編集されたDNAを永続的に設置するために、別のガイドRNAによてprime editorを誘導。未編集の鎖に切り込みを入れさせます。


・切り込みを検知した細胞は、編集済みの鎖をテンプレートとして使用しこれを修復します。これにて編集完了となります。


研究者は、まずCas9を無効化し、「逆転写酵素」と呼ばれる酵素と融合させました。無効化されたCas9は、システムにどこを切断するかを伝え、2本のDNA鎖のうちの1本のみに切り込みを入れます。ここでガイドRNA鎖(後の編集に必要な追加部品も備えています)が、Cas9に検索すべき場所を伝えます。

次に、逆転写酵素がガイドRNAの一部をコピーし、DNAの切り込み部、ゆるんで垂れ下った端にくっつけます。これを受けて細胞がDNAを修復。古い垂れ下がり部分を取り除きます。

最後に、Cas9+逆転写酵素タンパク質が、DNA鎖の未編集側に切り込みを入れ、細胞が新しい遺伝子の材料を組み込んだ鎖全体を修復する…といった流れです。

病原性遺伝的変異の約89%を補正できる

Nature掲載の論文によると、研究者はこの技術を使用して175回の編集を実施し、他の編集技術と同じようにテスト用のヒト細胞を用いて、テイ=サックス病および鎌状赤血球病を引き起こす遺伝的問題を修正することができました。著者らは、この手法は原則として「これまでに知られているヒトの病原性遺伝的変異の約89%を補正する」ことができると記しています。

CRISPRや一塩基エディターを出し抜く気はありません

prime editingがCRISPRや一塩基エディターよりも優れている、または劣っている、ということではありません。それはただ異なっています。

「それぞれの”技術”には、もれなく長所と短所があります。私たちは、編集手法3つのクラスすべてが、人間の治療と農業の基礎研究と応用に役立っているか、あるいは(将来的に)役立つことになると予想しています。」

この新しい手法は確実に大評判となるでしょう。「この技術はゲノム編集だけにとどまらず、より一般的なライフサイエンスにおいても、細やかなサイズの正確な編集を、迅速かつ効率的に行う能力を人々に提供し、非常に大きなインパクトを与えると考えています。」

論文をレビューしたチューリッヒ工科大学の生物工学の教授Randall Plattさんは米Gizmodoにそう語っています。

ただ彼は、同システムは依然としてランダムな編集をもたらし、Cas9システムよりも物理的に少し大きく、そしてわずかに効率が悪いと指摘しました。

それでも同システムが、意図しない結果を減らして、より良い遺伝子編集を探るための重要なマイルストーンであることに変わりありません。prime editingは、いつの日か致命的な病気の治療法を提供し、精密遺伝子編集の倫理に関する議論をさらに活発なものにするでしょう。