希望と、観測装置と、ゴールデンレコードをのせて。
NASAが双子の惑星探査機、ボイジャー1号・2号を打ち上げたのは1977年。それから木星・土星・天王星・冥王星を次々と観測し、去年の11月には1号よりもスピードの遅いボイジャー2号もついに太陽圏を離れることに成功しました。
今、ボイジャー2号は恒星と恒星の間に広がっている星間空間を毎秒約15.65キロメートルのスピードで移動しながら、地球に観測データを送り続けています。人類が作りだしたロボットのうち、人類からもっとも遠く離れた場所で42年間も活躍し続けている屈強な探査機は、星間空間でなにを見たのでしょうか。
太陽圏という船

「太陽圏」って太陽の重力が及ぶ空間かと思ったのですが、違うんですね。
NASAによれば、太陽圏とは太陽から放出されている荷電粒子(太陽風)と太陽の磁場が及ぶ範囲の空間のことだそうです。上の図では巨大な楕円形の膜のように描かれています。そして太陽圏の内側にある青い泡は末端衝撃波面(termination shock)です。
太陽から外に向かって吹いている太陽風は、星間空間から逆方向に吹きつけてくる星間風と衝突します。その衝突する境界面が、末端衝撃波面。太陽風の力はここで大きく削がれ、やがて「ヘリオポーズ(heliopause)」に到達するまでに完全に停止します。ヘリオポーズが太陽圏と恒星空間を分ける境目で、その先には寥廓(りょうかく)たる星間空間が広がっています。
NASAいわく、太陽圏は「星間空間を航行する船のよう」なのだとか。天の川銀河の渦巻きとともに公転している太陽系は、上の図でいえば左側へ進んでいます。太陽とその周りの惑星たちをすっぽりと包みこみ、吹き荒れる星間風や宇宙線からガードしながら宇宙を進んでいる太陽圏は、たしかに勇ましい船のごとき。
さらに、彗星のようにたなびく尾を持っているとも考えられているのですが、これはいままで一度も確認されたことはありません。
太陽圏外から届いたデータ
さて、無事に末端衝撃波面を超え、ヘリオポーズも超えて星間空間へと飛び出したボイジャー1号・2号。
幸いローンチから42年経った今でもなお、ボイジャーに搭載されている観測装置はちゃんと動いています(ボイジャー1号に搭載されたプラズマ観測装置だけは1980年以降使えなくなってしまいましたが)。
2号にはそれぞれ①磁場(MAG)、②低エネルギー荷電粒子(LECP)、③宇宙線(CRS)、④プラズマ(PLS)と、⑤プラズマ波動(PWS)を観測する装置が搭載されており、星間空間がどんな場所なのかを物語る貴重なデータが得られました。
そのデータに基づき、『Nature Astronomy』誌にこのたび一挙に5本の論文が同時発表され、ほぼ予測されていたとおりの太陽圏の姿が浮かび上がってきました。
想定範囲内だったこと
まず、太陽圏内から星間空間への移行にともない、プラズマの密度が20倍増加したそうです。これはボイジャー1号がヘリオポーズを突破した時、すでに科学者たちが推察していた状況とおおむね一致しました。
ボイジャー1号とボイジャー2号は距離にして150天文単位(地球と太陽との距離の150倍)も離れていたにも関わらず、太陽からほぼ同じ距離でヘリオポーズを通過していたこともわかりました。ということは、ヘリオポーズには時間の経過による変化はほぼないと言えそう、とプラズマ科学者のBill Kurth氏は米ギズモードに語っています。
そして、新たな発見も
2012年にボイジャー1号がヘリオポーズを通過した際は、太陽圏のすぐ外の星間空間はプラズマ密度が予想よりも高く、どうやらプラズマがなんらかの理由で圧縮されていると観測されていました。去年ボイジャー2号がヘリオポーズを通過した際には、さらにプラズマの温度が予想よりも高いこと、そしてヘリオポーズの内側でもプラズマの密度が高かったことがわかり、いずれも圧縮説を強化する結果に。ただ、なぜ圧縮されているのかまではまだ分かっていないということです。
さらにNASAによれば、太陽圏が星間空間に漂う船ならば、その船体はところどころ漏れている箇所があるらしいこともわかったそうです。ボイジャー1号は船の舳先にあたる部分を突破しましたが、ボイジャー2号は船の側面を突破。その際、太陽圏からいくらか粒子が漏れ出していることがわかりました。
舳先は強固だけど、側面は意外と浸透性が高いのかもしれないとのこと。これも太陽圏のかたちとなにか関係がありそうです。
さらに、ヘリオポーズを隔てた太陽圏の内側と外側とでは、磁場が並行に並んでいることもわかったそうです。これはボイジャー1号の時にも観測されたことだったそうですが、なにせ一回しか観測できなかったので、果たして普遍的なのか、それともまぐれだったのかは判断できかねる状況でした。
今回、ボイジャー2号が違う場所からヘリオポーズを突破したのにもかかわらず、ドンピシャでおなじ結果が観測されたことには大きな意義があるそうです。
残念ながら、太陽圏の彗星のようなたなびく尾についてはまだ解明されていないようです。
電池が持つかぎり
ボイジャー1号・2号の前人未到の旅は今後も続きますが、寿命が近づいてきているのも事実。残りの燃料をどう効率よく采配するかによってボイジャーの寿命が決まるそうで、すでに科学者たちの間では議論が始まっています。
今の技術を以ってなら、ボイジャーよりはるかに性能の高い探査機を宇宙に送り出せるかもしれません。でも、たとえ明日宇宙に飛び立ったとしても、ヘリオポーズにたどり着けるのは数十年後。
今あるボイジャーを大切にして、機能しているうちにできるだけ多くの観測データを集め、人類がいまだかつて見たことのない星間空間、そして私たちを護ってくれている太陽圏について理解を深めたいと多くの科学者が願っているでしょう。
そして、いずれ燃料切れでボイジャーとの連絡が途絶えてしまったとしても……、もしかしたら宇宙の片隅でだれかがボイジャーのゴールデンレコードを拾ってくれるかもしれませんしね。
Reference: JPL/NASA 1, 2