Amazon大化けの10年。もう誰にも止められない

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Amazon大化けの10年。もう誰にも止められない

配達ありがとう。ご自由にどうぞ」という軒先の差し入れに感動して踊り出すAmazon配達員の動画、もう見ました?

監視カメラRingに残っていた映像を家主が投稿して再生1800万回のバイラルヒット中のものです。

いい話だな~♡と自分も一瞬ホンワカしましたが、Yahooで配達員のKarim Ahmad-Reedさんのこんな言葉を読んで固まってしまいました。

「差し入れのある家なんて初めてでした。あの日は昼ごはん忘れて腹ペコで、喉も少し乾いていたからね」

宅配のラスト・ワンマイル

Amazon社員と言っても、宅配のラスト・ワンマイルの一番大変な部分を担うのは主に非正規雇用の契約ワーカーで、飲まず食わずでサンタ役をがんばって、やっと人のやさしさに触れて小躍りしたら、Amazon Ringのロゴ入り映像でバッチリ会社のPRに使われるという魔展開。Ringは警察と連携して全米監視網を広め、GPS端末を忍ばせた偽の宅配荷物を軒先に置いて見張るおとり捜査なんかにも使われて叩かれているので、イメージアップキャンペーン? と勘ぐってしまいました。

Amazon黄金の10年

10年前はこんなひねくれた考え、浮かばなかったと思います。会社ももっと小さかったし。でも、前年比40%の売上急伸を記録した2010年を境に、Amazonはネット通販から確実に化けました。TV・映画制作スタジオ「アマゾン・スタジオ」が設立されたのも2010年後期で、Amazon株が急伸したのもこの10年のことです。

ジェフ・ベゾスは天井知らずの上昇気流に乗って、あれよあれよという間に世界一の金持ちになり、W不倫離婚で持株の4分の1を妻に奪われて、あれよあれよという間に2位に転落しました。10年前Amazonに1,000ドル投資していたら今ごろは 13,300ドルで、1,232%の驚異的リターンを手にできていた計算ですCNBC調べ)。

ポスト資本主義帝国Amazonのいびつな支配構造に比べたら、石油会社なんて炉端の薪木売りみたいな、かわいいもんですよ。世界のリテールとクラウドを手中に収めたAmazon。ネットを使うたびにベゾスの懐にチャリンチャリンとお金が落ちるのを、もはやだれも止められなくなっています。

買うのをやめればAmazonは消えます。しかしいくら決意してもできなくなった。それがこの10年の変化です。

それはAmazon Primeからはじまった

10年前のAmazonはまだいくらでも替えの効く”ワンノブゼム”のECストアでした。年会費を払えば送料がタダになるAmazon Primeもマイナーで、2005年からあるにはあったけど、2日無料配達の対象品は限られていて、 Amazonプライムビデオもスカスカで、本当に好きな人だけが集まるAmazonファンクラブという感じでしたよね。年会費は2010年当時で80ドル。どう見たって赤字プライスだし、まさか発展の起爆剤になるなんて誰も思ってもいなかったものです。

それがPrimeの爆発的ブレイクで、会社の時価総額が600億ドルから9700億ドル(約106兆円)成長しちゃうんだから、先のことはわからないもの。アメリカは年会費120ドルなので月12ドルの基礎収入になっています。

Prime抜きにAmazonの躍進は語れません。Prime辞める宣言でも書きましたけど、あれって要らないものまで買っちゃうんですよね。コストコと同じ。割引目当てで年会費を払うと、「元をとろう」とする消費者心理を見事に突いたサブスクリプションモデルで、それを支えるのが、福利厚生も手薄な低賃金のギグワーカー(非正規雇用の契約社員)。尿瓶を使うなどして梱包し、飲まず食わずで最速デリバリを実現しています。

Primeは法人所得税を1銭も払わない世界14位の国家

Prime会員は現在1億人余りで、世界14番目の国家に匹敵する規模になりました。Amazonは儲けを投資に回して控除を申告したり、創業以来赤字を7年計上して持ち越したりして、2018年も国に法人所得税を1銭も納めず、1ビリオンドルの税金還付を受け取っています。年率にのべると3%。まじめに法定税率(以前は35%、現在21%)で納税しているウォルマートとはそもそも18%の開きがある二重構造がまかり通っています。

Video: CNBC/YouTube

実店舗はあらゆる意味で勝ち目がない

Amazonが売るものは竿でも桶でも買うイエスマン化の波は書籍・物販の枠を越え、高級生鮮食品、音声認識、ホームセキュリティシステムまで広まり、収集データも多角化しています。スーパーはWhole Foods、音声アシスタントはAlexa、家の監視カメラはRing(米国の場合)。そんなAmazon漬けな日々だと、何を食べ、何を感じ、何回裸で家の中を歩き回っているのかも下手すると把握されちゃって(極秘開発中の手首デバイス「Dylan」は鬱を監視し、暴言を吐くと人間関係を良好にするヒントまで教えてくれるんだそう)、プライバシー上の不安は図り知れません。

もっと怖いのはリテール破壊です。アメリカの街ではまず本屋が消え、おもちゃ屋も消え(巨獣トイザらスも全店閉鎖)、大手量販店が続々消え、かつて隆盛を極めたショッピングモールにはシャッター街の寂寥感が漂い、細々と経営を続ける実店舗も(手にとって気に入るとAmazonで買う)プライスチェックのショールームに使われてしまっています。

リテールの王者メーシーズ百貨店ですら、2015年7月の史上最高値1株69ドルから5年足らずで16ドルまで降下中です。街の顔として花火やパレードを主催している老舗まで消えたら、この先どうなっちゃうんでしょうね…。NY独立記念日Amazon花火大会ってなんか違うと思うよ。…と心の隅ではみな思っているのに、手が勝手にポチる今日この頃なのではないでしょうか。

独禁法捜査、GAFA分割論

Amazonはネットでも攻めの一手で、他社商品を扱うプラットフォームでありながら、自社ブランドで競合する局面が目立ってきました。運営側は個々人の消費データをもとに欲しい商品をおすすめできるので圧倒的に有利です。そのアルゴリズムを悪用して、「人気ブランドそっくりなものを、傘下のブランドに作らせて、検索やおすすめで上位表示している」という非難を受け、米連邦取引委員会(FTC)が反トラスト法違反の疑いでAmazonを捜査しています

何か月経っても途中経過の報告がないので、違反が確定した場合の処分の規模はわかりませんけど、プライバシー違反でFacebookが今年FTCに払った罰金は史上最高額の50億ドル(約5500億円弱)でした、ご参考までに。

「Google、Apple、Facebook、Amazonが強大になり過ぎた弊害だ」として、今年は民主党のエリザベス・ウォーレン次期大統領候補はGAFA分割を公約に掲げています

ロビー活動費の伸びが突出

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左)GAFA各社のロビー活動費の伸び、右)4半期のロビー活動費(単位はミリオンドル)
Image: Financial TImes

しかし相手はAmazon。そんなに易々と分割されるとは思えません。特にトランプ政権になってからは首都にロビー活動費をじゃんじゃん投じ、ロビイスト総勢100人以上がAmazonのために働いていますし、2013年にはポケットマネー2500万ドルをポンと投じて首都のWashington Postまで買収しましたからねぇ…。傾きかけた新聞を救ってくれとキャサリン・グラハムの御曹司から請い願われての社会貢献で、同紙がトランプに目の敵にされてロビー資金が嵩みまくっているという側面もありますが(トランプに愛されているAppleとは好対照)。

第2本社も首都1極に

Amazonは公共事業にも積極的に参入しています。Amazon Web Servicesの公共事業売上高は今年単年で50億ドル(約5500億円)にものぼります。第2本社もNYと2拠点の案は消え、首都DC直近のバージニア北部に先月落ち着きました。NY拠点に予定されていた新規雇用2万5000人は既存17拠点で吸収するみたいですよ? 「バージニア」と聞くとピンときませんが、建設予定地は首都DCから車でわずか15分、政府発注事業のディールが行われる主戦場にいよいよ進出となります。

AWSでウェブを掌握

これだけ政局と深いパイプがあるので、政府が分割に動く公算は低いと思われます。仮に動くとしても、政府に言われて動くのではなく、ベゾスなら自分からマイルールで分割するんじゃないかと…。たとえば小売とAWSの事業を分割するとか。これはそれほど難しくはないというもありますしね。

AWSは、主力のEC事業で開発したデータセンターのインフラの処理力をクラウドサービスとして売れば余剰収入になると気付いて2003年に立ち上げた、いわばオマケです。今は世界最大のクラウドサービスになって、Amazon抜きにはネットそのものが使えないほどの影響力。分社化したら大騒ぎになって、反トラスト法違反の話が霞んでしまうかもしれません。

捜査の方向性が途中で変わることもあるし、実際、FTCは反トラスト法がらみの調査の範囲を今月AWSにまで拡大しています。法解釈では消費者に不利益を出すことが処罰の条件なので、当局がどう判断するかは正直なんとも言えません。

市場を奪う恐ろしいまでのスピード

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アパレルの売上高もメーシーズを抜いてダントツの首位
Image: Bloomberg

消費者の不利益って、定義が曖昧ですもんね。Amazon自社ブランドの一覧を見ると、エンジンオイルから家具まで手広く展開中で、ベストセラー商品やレビュー数が突出している商品も少なくありません。他社が言うように、「消費者の購買データを追跡するだけでなく、人気商品の自社版をつくって売っている」のだとしたら、平等に扱っていると信じ切ることはできません。でも、Amazonは途方もなく強大で、法律は呆れるほどグレイなので、なんだかんだで言い逃れしてきているのが現状です。

米国小売産業全体に占める割合が小さめに見える資料を広報はよく引用していますが、EC市場に占めるAmazonのシェアは40%(EMarketer調べ)で、やっぱり大きい。破壊スピードもすさまじく、AWSは2006年に生まれて2018年にはシェアNo.1になりました。Kindleは2007年に生まれて2018年にeリーダーの84%、電子書籍市場の90%近くを占め、Zapposは2009年傘下に入って、2018年には靴とアパレルの売上高No.1になっています。

不利益かどうかはわからないけど、チョイスが減っていることは確かです。Primeは今年ついに即日無料配達になりましたが、その負担は作業員と契約社員の肩に情け容赦なくのしかかっていてその現実を知ると急がないほうを選んでしまいますよ…。AWSのアマゾン1強では、有事にウェブが全滅してしまうので、MicrosoftやGoogleも必要。Ringも犯罪者を見張るカメラがハックされたら、ただの“のぞきマシン”です。一企業の監視システムに警察が依存して、国家に悪用されたら国民はひとたまりもありません。

AWSのサービス障害でネットが死にかけたのは2017年の出来事で、タイポが原因でした。その後は2018年に数時間起こったきりなので、考えすぎかもしれませんけどね!

物流の破壊者

Amazonの物流網は世界175拠点にまたがり、保管・配送の用地は計1億5000万平方フィート(約422万坪)。空路の輸送網陸路のトラック網、マイカーで駆け回るAmazon Flex宅配ドライバーの契約網を着々と広げ、クリスマスまで残り1週間という胃が痛いタイミングで出店者によるPrimeのFedEx使用禁止令を発動し、「FedEx斬りがはじまった」と物流業界を震撼させています。今日はパートナー、明日は敵。組むも地獄、競るも地獄なり。

Video: ABC News/YouTube

出店者の間で高まる不満

手数料が高すぎる」、「模造品が溢れかえっている」といった不満の高まりにつれ、Shopify、Wix、Squarespaceをはじめとする第三勢力も台頭してきました。みなAmazonに愛想をつかした出店者が流れつくECサイトです。一流ブランドは直販に回帰する動きもあり、Nikeも11月にAmazon撤退を発表したばかりです(アプリとサイトでAWSは使い続けますが)。

WPの記者さんがアマゾンで格安ブランド品を買って鑑定を頼んでみた動画。全部フェイクと判明
Video: Washington Post/YouTube

まあ、どれも焼け石に水で、Amazonの勢いは当分衰える気配がありません。勢力を削ぎたかったら、1)使わない、2)政治家に訴える、3)核シェルターに篭って大貧民の革命のときを待つ、ぐらいかと。

ジェフ・ベゾスは本当はAmazonではなくRelentlessという社名にしたかったそうで、今もwww.relentless.comにアクセスするとAmazonに飛ぶ、冗談のような仕様になっています。Relentlessは「ひたむき、飽くなき追求」の意味ですが、一般には「情け容赦ない、執拗」という誘導ミサイルかピラニアのイメージも強い単語…。ブラックジョークというか、なんというか…。