映画『ドリーム』のNASAの数学者、キャサリン・ジョンソンさん101歳で死去。彼女が関わった数々のミッション

  • author Ryan F. Mandelbaum - Gizmodo US
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映画『ドリーム』のNASAの数学者、キャサリン・ジョンソンさん101歳で死去。彼女が関わった数々のミッション
Image: NASA/Sean Smith

NASAの数学者であり、2016年の映画『ドリーム』のモデルにもなったキャサリン・ジョンソンさんが2月24日、101歳で亡くなりました。

ジョンソンさんは1918年8月26日、ウェストバージニア州ホワイト・サルファー・スプリングズの教育熱心な一家に生まれました。当時、その地域の公立学校は8年生以降のアフリカ系アメリカ人への教育を行なっていなかったため、ジョンソンさんが勉強し続けられるよう、一家は学業期間中だけ同州のインスティテュートに引っ越すことに。彼女は1937年、18歳の時にウェストバージニア州立大学を首席で卒業しています。

ジョンソンさんは教師と主婦業でしたが、1953年からNASAの前身であるアメリカ航空諮問委員会(NACA)のラングレー記念航空研究所にある誘導とナビゲーション部門で、数字を処理する「計算係」として働き始めます。NACAは1935年から女性計算係を雇い始め、第二次世界大戦中にアフリカ系アメリカ人の女性を雇い始めていたのでした。

スペースシャトルプログラムや火星へのミッションにも貢献

彼女の役割はロケットを周回軌道に打ち上げる複雑な軌道の計算で、アメリカ人が初めて宇宙に出た、1961年のアラン・シェパードの宇宙旅行の軌道などが含まれていました。

NASAのプレスリリースによれば、「その昔、彼らがカプセルをある特定の場所に投下したいと言って、開始地点を計算しようとしました。そこで私は『私に計算させて。いつ、どこに着陸させたいか教えてくれたら、逆算して落とすタイミングを教えるから』と言ったんです。それが私の強みでした」と語っていたそうです。

テクノロジーが進歩するにつれ、フライトはさらに複雑化して、NASAは軌道の計算に電子コンピュータを使うようになりました。ジョンソンさんはその計算結果の確認を行ない、さらに自身もコンピュータを使うように。アメリカ人として初の周回飛行を行なった、かの有名なフレンドシップ7ミッションでジョン・グレン氏は、コンピュータの数値を信用しなかったため、彼女はコンピュータによる軌道の計算を確かめたのでした。そして1969年には、ニール・アームストロングが月面を歩く姿を見たのです。これには、彼女の仕事も貢献していました。ジョンソンさんは1986年までラングレーで働き続け、スペースシャトルプログラムや火星へのミッションに取り組んでいました。在任中には、26本の科学論文を共同執筆しています。

しかし、ジョンソンさんの貢献はつい最近まで、世間に知られていませんでした。オバマ元大統領が2015年に彼女の功績に対して大統領自由勲章を授け、マーゴット・リー・シェタリーが『Hidden Figures: The American Dream and the Untold Story of the Black Women Who Helped Win the Space Race(邦題:ドリーム―NASAを支えた名もなき計算手たち)』を出版して映画化されてから、ジョンソンさんのことが知られるようになったのです。2016年、NASAのラングレー研究センターのコンピュータ研究センターは、キャサリン・G・ジョンソン計算研究施設と名付けられました。

彼女の功績の裏に残る問題点

先駆者として彼女の実績があるにもかかわらず、未だにアフリカ系アメリカ人のSTEM教育におけるハードルは存在します。アフリカ系アメリカ人の物理学者の数は未だに少なく、物理学において学士号を取得するアフリカ系アメリカ人の学生の割合は、2006年以降増えていません。彼らは大学で環境と経済的な問題に直面することが多く、歴史的なブラックカレッジや大学の物理学部は財政面において全体的な減少に見舞われています。

「キャサリン・ジョンソンさんは、宇宙科学と天文学への壁を破る貢献が認識されるまで、長い間待たなくてはならなかったヒーローです」とニュー・ハンプシャー大学物理学の准教授Chanda Prescod-Weinstein氏は米Gizmodoに語っています。「科学界が彼女の功績を隠してきた習わしから教訓を学んで、アフリカ系アメリカ人の女性たちが締め出され押し出されてきたあらゆる習わしを積極的に探し出してくれればと思います。今こそ彼女の貢献を思い出す時ですが、彼女が象徴する偉業を評価して、計算と夜空が好きなアフリカ系アメリカ人女性の夢を叶えるために科学者らがすることを見つけ出す時でもあります。彼女がドアを押し開いたにもかかわらず、多くの人々がそこを通り抜けるために未だにもがいています」とのこと。

宇宙研究に興味を持つどんな生徒であれ、不当な障害抜きに情熱を追い求められる日が来ますように。

ジョンソンさん2008年にこう語っていました。「私はラングレーで探し求めていたものを見つけました。リサーチ研究者のすることだったんです。33年間、喜んで毎日仕事に行きました。朝起きて、仕事に行きたくないと言ったことは一度もありません」。


Source: NYT, Visonaryproject.org, NASA(1, 2,),

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