新海誠、Macの向こうから世界を変えたクリエイターが語る「創作の原点と未来」

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  • author 照沼健太
新海誠、Macの向こうから世界を変えたクリエイターが語る「創作の原点と未来」
Photo: Victor Nomoto - Metacraft

まさに、Macの向こうから世界を変えた人物。

アップルが展開するキャンペーン『Macの向こうから』をご存知でしょうか? Macを使って世界にインパクトを与える活動を行っているクリエイターや、注目すべき学生たちにフォーカスを当てて来た、人気のキャンペーンシリーズです。

先日、有名アニメ作品のキャラクターがMacを使っているシーンを集めた新作が話題となったのも記憶に新しいところですが、その最新作に大ヒット作品『天気の子』や『君の名は。』で知られるアニメーション監督の新海誠さんがフィーチャーされました。

Video: Apple Japan/YouTube

新海監督の最初のブレイクスルーは、Macとともにたった一人で作ったアニメーション作品『ほしのこえ』。大人数での作業が当たり前だったアニメを一人とは思えないクオリティーで成し遂げた作品として業界内外で大きな話題を呼び、個人のクリエイターが自由に活躍できる時代を高らかに宣言しました。

そんな新海誠監督は、まさに『Macの向こうから』に最適の人選ではないでしょうか。

ということで今回、ギズは幸運にも監督にインタビューする機会を得られました。日本映画の興行ランキングを塗り替え、『君の名は。』のハリウッドリメイクも進行している、時代を席巻する稀代のクリエイター新海誠、そのMacとの出会い、現在の愛機、そしてテクノロジーと創作の関係性、宮﨑駿監督への憧憬まで、特大ボリュームでお届けします。

黒いブラウン管に浮かぶ緑の光。それでもコンピューターは未来の象徴だった

── 新海監督はいつからコンピューターを使い始めたのでしょうか?

1973年生まれの世代としてはだいぶ早く、小学校4年か5年生の頃でした。当時すでにMacは発売されていましたが、日本では限られたところでしか使われていなくて、Windowsはまだ出ていなかった頃です。NECのPC-8800シリーズ、富士通FMシリーズなど国産メーカーから独自のコンピューターが何機種も出ている状況で、僕はシャープのMZ-2000というマイナーなパソコンを親に買ってもらい、それから夢中になりました。


── パソコンに興味を持ったきっかけとは?

もはや何がきっかけだったのかも覚えていないんですけど、おそらくアニメとか漫画の影響じゃないかと思います。当時すでに『機動戦士ガンダム』も放送されていたし『ドラえもん』にもパソコンみたいなものが出てきていたので、幼い僕にとってコンピューターは”未来の象徴”のようなものでした。


── 他にパソコンを使っている友だちはいましたか?

いませんでしたね。当時はファミコン全盛期だったのですが、みんながファミコンで遊んでいるときに、僕は自分で本屋さんで買って来たPC専門誌を見ながらプログラミングして遊んでいました。というのも、シャープのMZ-2000はマイナーな機種だったので、あまりゲームソフトが無くて、自分でプログラミングするしかなかったんです。


── 「昔のパソコンでは、自分でプログラムを組んで遊んでいた」とはよく聞きますが、まさにそれですね。どんな使い方をしていたのでしょうか?

簡単なお絵描きプログラムを書いて、それを使って絵を描いたり、楽譜を入力して音楽を奏でさせたりしていました。ディスプレイはカラーではなく真っ黒なブラウン管に緑色の文字が浮かぶだけだし、表現力は限られていたんですけど、文字を入力できるし、単音のビープ音でメロディーは奏でられるし、解像度が低くカクカクしていたけど絵も描けたので、最高のおもちゃだと思いましたね。


── 小学生の時点で、ゲームではなく創作方面で使っていたんですね。

『すてきな三にんぐみ』という絵本が好きだったので、その絵を方眼紙に描き写してX軸とY軸の座標でパソコンに入力して描き、文章を全部カタカナで打って、教科書に載っている好きな曲の楽譜を打ち込み、キーを押すとページがめくれる絵本のようなものをコンピューター上に作りました。


── マルチメディアという言葉が知られるずっと前に、そういった作品を作っていたと。

ファミコンやワープロのような”専用機”と違って、パソコンでは異なるメディアを自在に操れるというのがとにかく楽しくて「この先に未来がある」と思って勝手にワクワクしていたんです。


Macと出会い、直感。「これは自分のための“道具”だ」

── そんな新海監督のMacとの出会いは?

大学を卒業して、ゲーム会社に就職してからです。というのも、10代で夢中になったパソコンからはその後だんだん離れていって、大学生の頃にはワープロを使って論文を書いているくらいでした。

就職活動をしている当時、94〜95年ごろはまさに就職氷河期の最中で、オウム真理教の事件や阪神大震災などがあって世の中も混沌としていたし、自分自身も何をやっていいのかわからなかったのですが、唯一ゲーム会社だけが僕を雇ってくれたんです。「この先、大きく変わっていくんだろうな」という気分で入った日本ファルコムという会社で、初めてMacと出会いました。日本ファルコムの当時の社長だった加藤正幸さんはもともとアップルの代理店をやっていて、会社でも時々スティーブ・ジョブズの演説をプリントした紙が配られるくらいのアップルファンだったんです。そんな会社だからMacが何台か置いてあって、それを触ったのですが、その時の衝撃は今も覚えています。


── それはどんな衝撃だったのでしょうか?

マウスを触ったフィーリングに始まり、UIやフォントの美しさ、コンセプトなど、何もかもがその直前まで使っていたパソコンとは違っていたんです。


── マウスカーソルの動き方は、現在のiPhoneやiPadにも通じる、アップルらしい“UIの手触り”へのこだわりが表れたポイントですよね。

そうです。当時すでにマウスは一般的でしたが、Macのマウスカーソルの動き方は、まるで手と一体化するような感覚がありました。それに、コンセプトとしても、他のパソコンが“自分でいろんな設定を行うことで、なんでもできるようになる製品”であるのに対し、Macはある種の“完結した道具”として売られているとも感じました。これを使えば何ができるのか、そして何ができないのかを全てMacが示してくれていたんです。そこで「これは定規やコンパスと同じように、自分のための“道具”なんだ」だという印象を受け、すぐに好きになり、道具としてこれを使って何ができるのかを考えました。当時すでにPhotoshopも、ワコムのペンタブレットもありましたし、今と環境としてはほとんど変わらなかったんです。


── 自分で最初に買ったMacは覚えていますか?

PowerMac 7600シリーズという、上に別売のディスプレイを載せるタイプの横置きデスクトップです。会社でMacを触りながら2〜3年働いてお金を貯め、97年前後に自分の手の届く範囲にある機種ということで選びました。ワコムのペンタブレットと、 当時まだ10万円くらいしたPhotoshop、そして大きいディスプレイが欲しかったので三菱のモニターも一緒に買ったんですけど、自分にとってはとても大金だったので震えながらお金を下ろして、その現金をソフマップに持って行ったのを覚えています(笑)。


── (笑)。

就職してからどこか旅行に行った記憶は一切ないので、お金は全部パソコンとソフトに注ぎ込んだんだと思いますね(笑)。


仕事漬けのサラリーマン生活に疲弊。切実な想いを胸に、Macで初のオリジナル作品を作った

── そのMacでオリジナル作品を作り始めたのでしょうか?

はい。『彼女と彼女の猫』という5分くらいのQuickTimeムービーを作りました。自分の好きな詩のような言葉と、当時住んでいた埼京線沿いの自分の好きな風景を描いた絵、そして会社の同僚に作ってもらった音楽。その3つを組み合わせたものを作りたいと思って作った作品です。かたちとしてはムービーになっていますが「監督として映像を作りたい」という気持ちではなく、「自分の中にあるものを、外に出したい」という気分の方が強かったです。


── “好きな言葉、好きな絵、好きな音楽を組み合わせた作品”といえば、先ほどお話しいただいた“子どもの頃にパソコンで自作したデジタル絵本”との繋がりが感じられます。「自分の中にあるものを、外に出したい」という動機について詳しく伺えますか?

僕はサラリーマンという経験をしたからこそ「何かを作りたい」という気持ちが強くなったと思っているんです。一応、学生時代も絵を描いたり、文章を書いたりしてはいました。村上春樹など自分が好きな小説を読むのと同じような気持ちで、現実とは少し違う、自分の夢のようなものを曖昧な形に表現していたんです。でも、それは断片でしかありませんでした。そこから、何年間かひたすら必死に働かなければならない社会人になり、毎朝スーツを着て満員電車で通勤し、終電で帰ってくるような生活を送り、学生時代とはずいぶん離れたところに来てしまいました。でも、そういうことを繰り返していくと、疲れて気持ちも荒んでくるし、人間関係などの悩みも増えてきますよね。その中で、切実に「作らなければならない。作りたい。一回何かを外に出さないといけない」という気持ちにさせられたんです。「社会人生活をしていく中で、何かを作らないと、この先の人生しんどすぎるんじゃないか」って。

そして、それは「自分の中にある、溜まっていく澱のような感情を外に出したい」という、とてもプライベートな感情だったので「いろんな役者に声をかけて、仲間で作ろう」という方向には向かいませんでした。そんな時、自然と目の前にあったのがMacであり、Photoshopのようなソフトウェアだったんです。Macがあれば稚拙なものだとしても自分で絵が描けるし、声も自分と最低限の周りの人に手伝ってもらえばいいし、音楽も同僚にお願いできると思って、作品を作り始めました。


── 実際に作品を完成させた時、どんなことを感じましたか?

『彼女と彼女の猫』は拡張子が“.mov”のムービーデータでしかないんですけど、Macの上にある三菱のディスプレイでフルスクリーン再生すると、作品のように見えたんです。まるで短い映画のようにも感じられました。自分の作品が出てきたということが嬉しくて、完成直後は一晩中それをリピートして一人で観続けていた思い出があります。「自分は、こういうことがやりたかったんだ」と、作ったものに教えてもらった気がしました。

そこから徐々に作品を重ねながら、自分が本当にやりたいことや大事にしなければならないものとは何なのかを考えて行きました。人によって、そうするうちにアニメーターや背景美術、あるいは作曲家、演出など、ルートは分かれていくと思うのですが、僕の場合は作品作りの中で“世の中にそれまで存在していなかったものを存在させること”への喜びが一番代えがたいものだと感じたんです。そうしてたどり着いたのが、アニメーションという表現であり、監督という仕事でした。


── 自分が手を動かしてひたすら作ることで、そこにたどり着いたわけですね。

でも、それと同時に、“観客の存在”も影響したと思います。というのも、僕は観客がいなければ作品をここまで作り続けてこなかったと思うんです。これはよく話すエピソードなのですが『彼女と彼女の猫』を作ったとき、下北沢のトリウッドという映画館でかけてもらえることになったんです。そこは50席弱の小さな映画館なんですけど、自分にとっては大きな出来事だったのですごく嬉しくて、会社が終わった後に一人でこっそり劇場に観に行ったんですよ。そしたら観客が誰もいなくて、僕一人だったんです。結構そのことがショックで、かけてくれてる映画館にも申し訳なかったし、館主の大槻貴宏さんに「どうすればいいんでしょう」と相談した覚えがあります。


── 作品を作った喜びの直後に、それを観てもらえない挫折があった、と。

最初は作品を作ることができて高揚感を得ていたんですけど、その先に「観客がいてほしい」という気持ちが強くなったんです。だから次回作の『ほしのこえ』には、“観客に観てもらう映画”として作ったという部分もあります。単純にキャッチーにするために、宇宙やロボットを出して、遠距離恋愛モノにして…って。そうして『ほしのこえ』を作ったら、今度は同じトリウッドに朝から行列ができたんです。ずっと観客が途切れなくて、トリウッドの観客動員数レコードを更新するようなことになりました。

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Image: © Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

── おお!

それもまた僕にとっては大きな出来事でした。上映最終日は終電ギリギリまで繰り返し上映してくれたんですけど、毎回観終わった満員のお客さんがすごく拍手してくれるんです。あの時の「お客さんに喜んでもらえた!」という喜びによって、「次も作ろう」という気持ちになれました。


── まさに成功体験ですね。

ただ、次の『雲のむこう、約束の場所』になると、作ったことに対する反省も出て来るんですけどね。作る前は「すごいものができそうだ」と思っていて、実際に2〜3年かけて右往左往しながらなんとか出来上がり、お客さんも前よりも来てくれるようになったけど、自分としては「本当はこんなはずじゃなかった」という気持ちがありました。そういうふうに「次もっといい作品を作ったら、観客はどう思うだろう?」という繰り返しでここまで来ている部分もあると思っています。だから僕は、自分自身の「作りたい」という気持ちと、作品を届けた時のレスポンス、その両輪で動いているという気がしています。

現在使っているMacは、MacBookとiMac Pro


── 新海監督が現在使っているMacを教えていただけますか?

私物としてはMacBookとiMac Proを使っています。自宅で映像を扱う仕事はiMac Proで、自宅以外で脚本を書いたりテキストベースの仕事をするときはMacBookを使うことが多いですね。そして、スタジオのデスクにはiMacがあります。僕がしているのは映画の仕事なので、スクリーンでものを作るわけにはいかないけど、画面は大きい方がディテールが見えるので、27インチのモデルを使っています。


── iMac Proを選んだ理由は、やはり性能ですか?

いや、黒くてかっこいいからです(笑)。僕自身が3DCGを作っているわけではないので、作品制作においてマシンスペックはそこまでシビアに要求されないんです。iMacを使ってもiMac Proを使っても、ビデオコンテを描く分にはレスポンスはほとんど変わらないですしね。ポスターサイズのビジュアルを扱うときに多少変わりますが、iMacでも十分です。それなのにiMac Proにしているのは、やっぱり“ちょっと買ってみたかったから”ですね(笑)。


── (笑)。一人で作品を作っていた頃と比べ、作業的にスペックが必要なくなってきたと感じられますか?

どちらかといえば、PC全体の性能がもはや細かいスペックを気にしなくていい水準に達して来ていると思います。昔は少しでも良いスペックで快適に作業したいと思っていましたけど、今はそうしたストレスはほとんど無くなっているので、さほどスペックにこだわらなくても十分作れるようになりましたね。


── MacBookに関しては小ささがポイントでしょうか?

そうです。どこでも文章を書けるように使っているMacなので、持ち運びやすさとバッテリーの持ちの良さが気に入っています。もう販売されていない古いモデルですし、そのうち買い換えるとは思いますが、今のところは不満なく使っています。


── ガジェットを扱うメディアとしてぜひ伺いたいのですが、Macに対して使い込んでいくことによって愛着を深めるといった感情はありますか?

初期の『ほしのこえ』とかを作っている頃はボーナスを注ぎ込んだこともあり、かなり愛着があって、少しずつ拡張して使える限りは使っていました。でも、今では日常品化してきていて、新しいものを買うときも、少し高い洋服を買い替えるような気分ですね。おそらく多くの人にとって、スマホもそういう扱いなんじゃないかと思います。買い替えてもデータ自体はクラウドで同期してそのまま使えるので、日常品として“消耗したら新しいものに買い換える”くらいの感覚になってきている気がしますね。それはそれで昔を思い返して「寂しいな」と思うことはありますが、道具としてはよりあるべき姿に近づいていっている気がします。


── もしもの話として、『彼女と彼女の猫』を作るとき、目の前にあったのがMacだったことで、作品がドライブされた部分はあると思いますか?

Windowsを使っていても、同じような作品を作っていたとは思います。でも、もしMacではなくWindowsパソコンを買っていたら、3DCGの方向に進んでいたかもしれないとは思っています。当時、DTPなど2Dの分野ではMacを使っている人が圧倒的に多かったんですけど、3DCGに関してはWindowsの方がソフトウェアが揃っていたんですよね。プレイステーションの普及とともに3DCGが増えてきた時代だったし、僕自身とてもCGに興味があったんですけど、Macで走る3DCGソフトは限られていたので、手描きのアニメーションを作る方向に進みました。そういう意味では、道具が持っている方向性が自分の作品性をある程度規定した部分はあるかもしれないです。


テクノロジーが可能にした、新海誠流“ビデオコンテ先行”の映画作り

── 新海監督は最初からマルチメディア的な、言葉と絵と音を組み合わせた作品を作られて来たわけですが、作品の最初にあるアイディアはそれらを組み合わせたトータルなイメージなのでしょうか? それとも絵、あるいは言葉など、どれかがパーツとして先行しているのでしょうか?

そこは作家によって大きく異なる部分だと思いますが、僕は文章から考えるタイプです。映像として広がりを持ちそうなものを企画の段階でイメージして文章を書き、あらすじのある物語ができた時点でイメージボードを描いて、その文章と絵を企画書にまとめます。そんな感じなので、作品のスタート時はほとんど文字しか扱わないので、その時点ではMacBookだけでほぼ完結していますね。


── 新海監督といえば、絵コンテ以上にビデオコンテを活用した作品作りが特徴です。企画書を書いた後の工程は、脚本→絵コンテ→ビデオコンテと言う流れでしょうか?

今は絵コンテとビデオコンテが同時作業になっています。2013年の『言の葉の庭』までは絵コンテをPhotoshopなどで描き、それをビデオコンテ化していたんですけど、絵コンテ専用ソフトも出揃ってきたので、次の『君の名は。』からはそれを変えました。今は「Storyboard Pro」というソフトを使っているのですが、絵コンテを書いた時点でそのコマが自動的にタイムラインを持つ仕組みのため、最初からビデオコンテで描いているということになります。それをPDF化してプリントアウトすれば、絵コンテとしてスタッフと共有できる仕組みになっています。


── 新海監督のビデオコンテは、監督自らがキャラクターの声を吹き込み、本番さながらの演技をするという特徴がありますよね。

はい。あらすじだけでは映画になっていかないので、台詞の一つ一つをクリアにするため脚本を数ヶ月かけて書き、その後にコンテを描くわけですが、そこで脚本の台詞を自分で喋るんです。なぜそれをするのかというと、実際に発声してみないとキャラクターの気分と台詞が合っているのかわからない部分があるからです。例えば、『天気の子』ではクライマックスに「天気なんか狂ったままでいいんだ」と叫ぶ台詞があるんですけど、本当にそのキャラクターが大声で叫んだときどういう気分がするものなのか、文字だけだと僕はどうしても確信が持てないんです。だから、脚本の台詞を喋ってみて「あれ? こんなこと言わないんじゃないか?」と身体から教えてもらうこともあります。「ここで叫ぶのはおかしいんじゃないか? むしろ叫べなくなるんじゃないか?」とか。そのため一度喋るという工程を入れています。もちろん、自分で喋った方が、観た人に台詞のニュアンスが伝わりやすいという単純な理由もありますけどね。


── 『秒速5センチメートル』以降、新海監督は自身の映画の小説版も執筆されています。そうした小説は映画が完成してから書かれるのでしょうか?

作品ごとに変わってきますね。『秒速5センチメートル』や『言の葉の庭』は映画が完成してから書いたんですけど、近作『君の名は。』と『天気の子』に関していえば、「映画公開のちょっと前に発売したい」とかいろんな人の希望があって、映画制作と同時進行になって来ています(笑)。

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Image: © Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

── ヒットクリエイターならではの悩みですね(笑)。

その場合、映画制作には2年以上の期間がありますが、基本的には後半の数ヶ月で書きます。脚本が出来上がっていて、場合によってはアフレコに入っていることもありますが、自分としてはできればアフレコ収録までに小説を終わらせておきたいという気分があります。というのも、小説というのは一人称の世界で人々の気持ちの積み重ねて進めるものなので、小説を書いておくとアフレコ時に「ここでは、このキャラクターはこういう気持ちで言ってるんです」ということをよりクリアに説明できるようになるんです。これは小説版を書くことで得られる一つのささやかなメリットですね。


── なるほど。確かにそれは映画と同時進行するからこそ得られる強みですね。

ただ、監督としての仕事は基本的にスタジオか自宅で映像に向き合う時間が長いので、文章はスタジオや家じゃないところで書きたいという気持ちが強くなってきます(笑)。だから公園とか、カフェとか、居酒屋とか、いろんなところで書いています。そういうときには小さくて軽いMacBookが便利ですね。

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Photo: Victor Nomoto - Metacraft

テクノロジーが先か、イマジネーションが先か。クリエイターのあるべき姿とは

── 続いてテクノロジーとアニメ表現の関係について聞かせてください。セルアニメの『新世紀エヴァンゲリオン』とデジタル化以降の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』を一つの象徴として比べたとき、デジタルがアニメーション表現に与えた大きな変化は“撮影”と“3DCG”ではないかと思えます。

まさにその通りだと思います。ただ、逆に考えれば、日本の手描きアニメーションの場合には「それくらいしかデジタル技術の導入によって表現が変わった部分はない」とも言えると思います。だんだんとデジタル作画も増えて来ましたけど、基本的には紙が液晶タブレットになっただけだし、彩色など、ほとんど「従来の作業がデジタルになっただけ」です。


── 確かに。

今後、デジタルが表現面でさらにアニメを変えていくとしたら、それはAIによるものではないかと思います。例えば、一枚キャラクターを塗れば残りのコマはAIが自動で塗るようになったり、動画の中割り(動きの開始と終了の中間コマ)を自動で描いてくれるようになれば、これまで手間を考えて避けていた表現が可能になると思います。また、脚本にも同じようなことが言えるはずです。


── 映像は特にテクノロジーの影響を受けやすい表現手法でありメディアだと思いますが、アニメに関していえば、これまで培われて来た手仕事や、人間のイマジネーションの方がまだまだ上位に存在すると思われますか?

いえ、基本的にアニメもそこからは逃れていないと思います。結構、身もふたもないことではありますが、近頃のアニメでは光の粒やレンズフレアなどの表現が多く見られるんですけど、そこには“そういうプラグインがあるから、そういう表現が増えている”という部分が間違いなくあります。楽で見栄えの良い表現があるからそっちに傾くということは、今後も起きるでしょうね。


── そうした“テクノロジーが表現を規定する”ということについて、新海監督はどう思われますか? 例えば『スター・ウォーズ』の最初の3部作(EP4〜6)は”特撮”によって異世界表現を突き詰めたシリーズという側面があり、それに対して次の3部作(EP1〜3)は『ジュラシック・パーク』の3D CGを観たジョージ・ルーカスが「CGを使えば、これまで諦めていた表現が可能になる」と約16年ぶりに始動したシリーズでした。

そうですね。「これができるようになったから、これをやっている」というのは、アニメに限らず、実写映画の分野も含め、常にあると思います。まさに『スター・ウォーズ』のEP1〜3は、フルCGで描かれたジャー・ジャー・ビンクスみたいなコミカルなクリーチャーはもちろん、わけのわからない生き物がいっぱいいる酒場シーンなど、CGによるトライアルがたくさんありましたよね。それは実際に作品の見どころになっているし、僕も好きなシリーズです。そうした「こういうことができるから、こういう作品を作ろう」という気分は、僕の作品にもきっとどこかにあると思います。例えば『言の葉の庭』とか『天気の子』での雨は「CGのアシストでこういう表現ができるから、雨を描きたい」という、技術面からの発想も強かったりします。

ただ、また少し時代が変わって来たのか、『スター・ウォーズ』の新3部作(EP7〜9)では、そうした“テクノロジーが可能にする表現”というテーマは抜けてしまいましたよね。“いかにエンターテインメントとして完結させるか”だったり“キャラクターをいかに愛してもらうか”という、ストーリー面に比重が寄ったと思います。


── テクノロジーが可能にする新たな表現よりも、ファンダムが重視されるようになってきた部分もあるのかもしれませんね。

そこで僕が考えるのは、宮﨑駿さんのことです。宮﨑駿さんは、テクノロジーともファンダムともほとんど無縁の世界でずっとチャレンジされている方だと思うんです。だからこそ、僕は彼の新作を心待ちにしているんですよね。「本当は宮崎さんのようにあるべきなんじゃないか?」という気持ちが、自分の中にはずっとあるんです。


混沌と変化の時代、優れたエンターテインメントはすべてを飲み込む

── 先ほど、以前よりもMacを日常品の一つととらえるようになって来たと新海監督はお話しされていました。ギズモードはテックやガジェットを扱うメディアとして、“テクノロジーは進めば進むほど、意識されなくなる”という点に興味を向けています。監督としては、テクノロジーはもはやそういう“あまり意識されないもの”という領域に入って来ていると感じますか?

簡単に結論が出るわけではないですが、そういう面はあると思います。アニメにおいても、神山健治監督(代表作『攻殻機動隊 S.A.C.』シリーズ)はずっとテクノロジーと人間の関わりをテーマとしながら作品を作ってこられたクリエイターですが、近年の作品ではテクノロジーそのものはテーマの中心から徐々に後退していっているような印象があります。“近未来のテクノロジーを予測し、人間とテクノロジーとの関わりのあるべき姿をエンターテインメントの中で描く”というチャレンジは、だんだん難しくなってきているという気はします。

例えば『サピエンス全史』を書いたユヴァル・ノア・ハラリの次作である『ホモ・デウス』では、データを持っているごく一部の支配層と、自分の意思でデジタルデバイスを使うのではなく、デバイスに指示されるがままにコントロールされて家畜化していく人たち、という二極化が描かれていました。こう表現すると典型的なディストピアのようですが、現実に私たちはそれをディストピアと思わなくなってきているんですよね。実際「スマホに指示してもらった方が便利じゃん」と思うこともありますし、さらには「スマートウォッチをつけて脈拍を診てもらっていた方がいい」など、もはや生存権にも関わってきている部分があります。


── 確かに。シンプルに「便利になったね」で終わりがちな話ですよね。

もはやネットワークから外れたら健全な生存ができなくなっていくような世界にどんどん向かっていますし、僕たちはどこかでそれを心地よいと感じて受け入れ始めています。僕自身はそのことに対し考えている最中で、端的に受け止めるべきか、閉ざしていくべきか、まだ判断できていません。「動物として導いてもらった方が、種全体としてはいいんじゃないか?」とか。テクノロジーに限らず、今はあらゆる領域でみんなそういうことを考えながら試行錯誤していますよね。今回の新型コロナウイルスの件も含めて。…まあ、そういう大きな話につながっていくので、これはこの辺にしておこうと思いますけど(笑)。


── でも、最新作『天気の子』も、二人の少年少女を中心とした物語が表面にありながら、ディテールに目を向ければ格差社会の描写や気候変動があるように、社会的イシューを盛り込んだ作品でしたよね。

確かにそういう要素はあります。でも、ポン・ジュノ監督『パラサイト』や是枝裕和監督『万引き家族』のような、今の社会そのものがテーマとなっている作品とは少し違うと思っています。


── というと?

僕がやっているのはあくまで大衆的なエンターテインメントとしての若者向けのラブロマンスであって、自分自身が観たい“ボーイ・ミーツ・ガールな映画”として作っているんです。

でも、そういう作品を作るにしたって、どうしようとも時代性からは自由になれないんですよね。なぜなら僕自身も、観客も、時代の中で生きているからです。『君の名は。』の頃だって、僕が生きる環境は変わっているし、観客の気持ちも変わっている。だから、今の観客に向けて映画を作ろうとすると、社会的な目線がどこかに入るのは避けようもないし、避けるつもりもないから、自然と入って来るんです。でも、だからと言って「社会派の映画を作ろう」と思っているわけではないというのは、自分の中でははっきりとしているんです。


── なるほど。大衆的なエンターテインメントを作る上で、社会状況が取り込まれるのは自然なことである、と。ちなみに、その一方で、そうした「大衆的なエンターテインメント」の中にも新海監督自身のパーソナルな要素というのは入っているのでしょうか?

入っていると思います。ただ、自分の実体験の投影みたいなものは、作品を重ねるごとに徐々に無くなってきていますね。初期の『彼女と彼女の猫』から、『ほしのこえ』、『秒速5センチメートル』あたりまでは、なんとなく自分の環境を重ねて描いているキャラクターもいたんですけど、自分自身を描くということはかなり減りました。

ただ、それでも、僕が感じていることの片鱗はそれぞれのキャラクターの中に少しずつ宿っているとは思います。具体的には『天気の子』の須賀というキャラクターが言う「どうせ世界なんて最初から狂ってたんだからさ」みたいな台詞には、もしかしたら自分の実感がこもっているのかもしれない。そして自分と歳の離れた若いキャラクターでも、帆高が幸せな状況で言う「これ以上僕たちになにも足さず、僕たちからなにも引かないでください」という言葉に関しても、自分自身の底のようなところから出てきた言葉だという気もします。でも、確実にこれまでの作品と比べ峻別しにくくなっていますね。自分自身でも「これは自分の体験」と言えるほど明快ではなくなってきました。


── そうした変化は、作品の中にオーディエンスの存在や彼らからの期待が入る余地が大きくなっていることの表れでもあるのでしょうか?

自分自身が歳を取ってきたということもあるし、観客のスケールが変わってきたということもあると思います。昔からの観客もいますし、ずっと応援してきていくれている方々の期待もあるし、なんとなく「メジャーだから観てみよう」という人たちまで、たくさんの人が僕の作品を観てくれるようになりました。そして、オーディエンスと一言で言っても、想定されるパーソナリティーは様々です。だから、僕が作品を作るときに思うのは「なんの前提を踏まえていなくても、単純に楽しめる作品にしたい」ということなんです。

MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)のように過去何十作も観たからこそ楽しめるような作品もあるし、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』みたいな前提知識を知らないと意味不明だけど知っていると楽しいという映画もあるじゃないですか。僕自身そういう映画も好きなんですけど、作家としてはいわゆる大衆作品としての映画を作りたいという気持ちがとても強いんです。

何も知らなくていいし、何も踏まえてなくていいけど、映画館で「こんな経験したことない!」と思うような体験をしてほしい。そんな、誰か若い人にとっての“原体験”になれるような映画を作り出せていければ幸せだなと感じています。


── 誰もが問答無用で楽しめる上に、深く入って行くと実はコンテクストが広がっているような…。

それが理想ですよね。「掘ろうと思えば、ここも掘れるよ」っていう形に、できればしていきたいです。キャッチーなものだけで組み立てるのは、それはそれで何作も続けられないですし。だから、もちろん自分なりのテーマは、常にどこか掘り続けていると思うんですよ。ただ、それがいちばんの目的ではない。そう思っています。

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Photo: Victor Nomoto - Metacraft

極端なディテールへの偏執から、禅問答になりかねない漠然とした問い、そしてもしかしたら意地悪かもしれないものまで、こちらが用意した質問に対し、嫌な顔一つせず手を抜くことなく丁寧に答えてくれた新海誠監督。

その言葉の端端から感じられたのは、まず、創作に対する真摯な姿勢でした。サラリーマン時代の苦労があったからこその、切実な創作への欲求。初作品完成の大きな喜びと、それがオーディエンスからの反応を得られなかった深い悲しみ。そして、次作で浴びた喝采の輝き。それらすべてが、今も色あせることなく、彼の中に輝いているように見えました。

そしてもう一つ感じずにいられなかったのは、新海監督が持っているこの世界に対する愛ある視線。「決してきれいなことばかりではない、先行きの見えない世界。それでも、この世界には見るべき美しいものがあり、そして僕たち自身が美しいものを作り出せるはず」という、諦めない眼差し。

そんなクリエイターだからこそ、あの美しい映像を描けるのだと、深く納得がいくようなインタビューでした。

そんな新海監督ですが、取材終了後の雑談において「次の企画がなかなかまとまらなくて、今、自己評価が最低なんですよ」と話されていたのが印象的でした。そう、クリエイターの苦悩は、作り続けている限り無くならない。

どうかこのインタビュー記事に収められた新海監督の言葉が、少しでも未来のクリエイターたちのヒントになれば幸いです。

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