CONTAX、ライカ、ローライフレックス。富士フイルム 上野隆さんはカメラをこう選ぶ

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CONTAX、ライカ、ローライフレックス。富士フイルム 上野隆さんはカメラをこう選ぶ
Photo: 照沼健太
富士フイルム 光学・電子映像事業部 営業グループ統括マネージャー 上野隆さん

あの人の人生ベストカメラって?

ギズモードジャパンのカメラ特集さよなら、プロっぽいカメラ:僕らはカメラをこう選ぶ。カメラのスペックばかりを追い求めるのではなく、自分の感性に訴えかけるカメラを選ぶ醍醐味について深掘りしています。

背面の液晶モニターを隠してしまった「X-Pro3」の登場で、2019年大きな話題になった富士フイルムのXシリーズ。4月28日にはボディ内手振れ補正やバリアングルモニターを装備したもう一つのフラッグシップ「X-T4」が発売されます。そんなXシリーズの産みの親の一人が、富士フイルムのデジタルカメラ商品企画を手掛けている上野 隆(うえの たかし)さんです。

上野さんは大のフィルムカメラ好き。Xシリーズに関わるまでは、理想のフィルムカメラが100点だとしたら、当時のデジタルカメラは30点ぐらいの印象だったんだとか。

そんな上野さんの3台の「人生ベストカメラ」を見せてもらいました。カメラを作る人は、カメラをどう選び、どう愛しているのでしょう。そして、ご自身が商品企画に携わるXシリーズはどんな想いで作っているのでしょうか。

Video: ギズモード・ジャパン/YouTube

「大好きな電車を所有する」ためにカメラを手にした

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Photo: 照沼健太

──上野さんのカメラとの出会いについて教えてください。

幼稚園児のころから、電車が大好きないわゆる「鉄ちゃん」だったんです。それで小学2年生の頃に、父親のキヤノネットというカメラを借りて、東京駅とか上野駅で寝台特急ブルートレインなんかを撮ったんです。それがカメラとの出会いですね。

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Image: キヤノン
キヤノネット

──小学2年生とはかなり早いですよね。

そうですね。父親に教えられるまま一生懸命シャッターを切りました。後日、現像から上がってきた写真を見て、自分がこの目で見てシャッターを押したものが見事に全部写ってたんです。それがすごいうれしくて。「あのとき見たものが、東京駅へ行かなくても毎日見れるんだ」というのが新鮮で、そこで一気にはハマりましたね。

──では最初は電車を記録するためにカメラを持ったのでしょうか?

そうです。本物の電車って所有できないじゃないですか。車は頑張れば所有できるけど、電車は結局所有できない。でも、やっぱり好きなものは毎日見たいという思いが自分にはあって、それで「あ、写真に撮ればいいんだ」って思いました。そこから「いつかは自分のカメラが欲しい」と考えるようになりましたね。

「見た目」から入るカメラ選び

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Photo: 照沼健太

──上野さんが自分で使うカメラを選ぶ上でのポイントがあれば教えていただけますか?

まずはやっぱりデザインが自分の好みかどうかですね。ソフィスティケートされた(洗練された、上品な)流線型のものよりも、ちょっと武骨で、機能を積み上げていったらそれがたまたま形になりましたっていう感じの、機能美が感じられるものが好みです。

あとは材質です。いろんな素材がありますけど、金属の冷たい手触り感や、色との親和性が重要です。例えば「真鍮だったらブラックペイントが似合うよね」とか「チタンは素材色を生かしたほうが似合うかな」とか。もちろん、それも含めてデザインなのかもしれないですけど、そういうマッチングの美しさに惹かれます 。

そこから先は「じゃあ。レンズはどうなの?」とか「操作性は?」っていう方向に考えます。

──見た目の部分から入ることが多いんですね。

あとは、共感できるかどうかですね。そのカメラが生まれた背景だとか、つくった人の考えたコンセプトだったりポリシー。そういうものに共感できるかどうかが、カメラ選びの醍醐味じゃないかと思いますね。

見た目から入り、写りに惚れたCONTAX

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Photo: 照沼健太
CONTAX RTS II

──では上野さんの人生ベストカメラ、1つめの「CONTAX RTS II」について教えてください

いわゆる新生CONTAXのフィルムカメラです。これはカールツァイスとヤシカが提携して作ったRTSというカメラの2代目です。

まず形がシンプルですよね。フェルディナント・アレクサンダー・ポルシェがデザインしたといわれる初代RTSのボディーデザインを基本的に継承していて、ちょっとヨーロッパ調というか、単純にかっこいいなと思いました。

あとはファインダーですね。オートフォーカスではなくマニュアルでピントを合わせるためのファインダーになっているので、他の多くのカメラと比べて明るくて大きいんです。一度これを体験すると「もう他には戻れないな」と感じます。一眼レフ機を使うとしたらこのRTS IIを持ち出すことが多いですね。

──CONTAXのカメラは他にも使われていたのでしょうか?

実はこのRTSIIって、私が手にしたCONTAXの中でも一番最後に使うようになったカメラなんです。もともと私がCONTAXを使うようになったのは1996年か97年。当時RXというカメラがあって、それがすごくかっこいいと思ってCONTAXを使い始めたんです。

──やはりデザインがポイントですね。

要するに見た目から入ったわけなんですけど、使ってみたらカールツァイスレンズの写りがすごかったんです。現像したポジフィルムをルーペで覗いた瞬間「なんだこりゃ!」って思ったくらい。とにかく色再現とか立体感とかぼけの柔らかさがすごかったです。

そこから先はもう「とにかくツァイスレンズが付いてればいいや」みたいな感じに変わって、RXをサブ機として、RTS IIIや、AXにいったりもしました。

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Photo: 照沼健太

──後継のRTS IIIを使っていたのに、なぜRTS IIに戻ってきたんですか?

当時はまだフィルム全盛だったんですけど、だんだんデジタルカメラが出てきていました。モータードライブ(フィルム巻き上げを自動化して連写ができるようにするアクセサリ)を使って36枚撮りフィルムを1分や2分で撮り切ってしまうような撮り方は、もう時代に合わないなと思ったんです。

そこで、じっくりと1枚ずつフィルムを手で巻いて使いたいと考えたので、この80年代製のRTS IIに戻って使うようになりました。

最初は買って後悔したライカ

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Photo: 照沼健太
ライカMP

──続いて、ライカのフィルムカメラですね。

これは2005年に新品で買った「ライカMP」というカメラです。2005年ですから、だいぶデジタルカメラが伸びている最中ですね。「もしかしたらフィルムのライカを新品で買うことができなくなるんじゃないかな」と思い、一生に一度ぐらいは新品でちゃんとライカを買いたくて購入しました。幸い、今でもこれは現行品なんですけどね。

──2020年現在、新品で買える数少ない機械式フィルムカメラですよね。

そうなんです。「バースイヤーライカ」といって、自分の生まれ年のライカを買う儀式がライカ好きの間ではあるんですけど、自分の年だとだいぶ昔のカメラになっちゃうんですよね。それなら「子供の生まれた年に買って、その子供をずっと撮っていくためのカメラがあってもいいな」と思ったんです。そのためには途中で壊れて撮れなくなってはいけないので、ライカの機械式なら一生使えるだろうって。

──特別なタイミングでライカを買うのってなんかいいですね。

そうなんですよね。最初にライカを買った日を今でも覚えていて、1999年の12月25日なんですよ。1900年代最後ですし、クリスマスなんです。単なる言い訳なんですけど、たまたま寄った中古カメラ屋さんで「1990年代も、1900年代も終わるし、今日はクリスマスだし買っちゃおう」って(笑)。

──ずっとライカは気になっていたんですか?

いや、周りでライカブームが起き始めた頃で「なんでお前はライカを買わないんだ」って言われてたんですけど、全然興味なかったんですよ。96年からCONTAXを使っていて、完全な一眼レフ派だったので「レンジファインダーはフレーミングも緩いし、モータードライブも基本つかないし」って。

──それなのに。

ええ、それなのに。なんで買ったのか、自分でもよく覚えてないんですよね(笑)。もう完全に感性ですよね。

──理性がない買い方ですよね(笑)

しかも買ってむちゃくちゃ後悔しましたからね。思った通りに撮れなかったので。ファインダーから見えるのはレンズを通した像じゃなく、素通しだから、フレームから切ったはずのものが写真に入っちゃってるし。二重像を合わせるフォーカス方式も、それに神経質になり過ぎてることもあって、シャッターチャンスを逃しちゃったり。非常に気に入らない写真が多かったんですよ。

──あらら...。

ちょうどその頃、仕事で繋がっていた写真家の先生方や一般の方々も基本的にオートフォーカスの一眼レフを使っていました。「視野率100%のファインダーでしっかりフレーミングし、ノートリミングの写真を撮るべきだ」って感じだったんです。

それに対して、ライカのカメラにはそういうところが全然なくて、力が抜けてるような感じすら受けていました。

でも、ある友だちに、CONTAXで撮った写真を見せたら「窮屈だ」って言われたんです。「すごい打算的な写真に見える」って。その時にダメもとで、ライカで撮ったスナップを見せたら、なんと絶賛するんですよ。

──自分ではピンと来ていなかった写真ですよね?

そうです。自分ではもう全然いいと思っていませんでした。でも友人は揚げ句の果てに「これは本当に上野が撮ったのか? さっき見せてもらった写真とは全然違う」って言うんです。どこが違うのかと聞いたら「本当に“見た目の延長”みたいな感じで、『作品を撮ってやるぜ』っていう意識が見えない。上野が見てきたシーンがそのままそこに写ってるような感じがする」って。

その時点でライカを買って1年くらい経っていたんですけど、そこで初めてライカを買った後悔が消えたというか、買って良かったのかなって思いました。

そうして、だんだん写真の面白さが分かってきました。確かに別に私はコンテストに応募するわけでもないし、人に褒められるために写真を撮ってるわけでもないので「自分の好きなように撮ればいいんだ」って思えたんです。そこにライカが持つ機械としての精緻感、シャッターや巻き上げのフィーリングの素晴らしさが加わって、これを毎日持ち歩いてシャッターを切ることがどんどん楽しくなっていきました。

ほんとうに一番好きなカメラ「ローライフレックス」

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Photo: 照沼健太
ローライフレックス 2.8F

──そして最後がこちらですね。

ローライフレックスですね。これは2.8Fっていうタイプで、デザイン等から判断して60年代後半のモデルだと思います。もう有無を言わせぬ美しさ、ありません? 実はすべてのカメラで何が一番好きかと聞かれたら、私はこれなんです。

──これが一番ですか。

最初はローライフレックスもまったく興味なかったんです。でも、有名なカメラマンがいっぱい使ってるじゃないですか。ブルース・ウェーバー、リチャード・アヴェドン、エド・ヴァン・デル・エルスケンとか。そういう人たちがローライで撮った写真が、圧倒的にかっこいいんですよ。

──ローライには”写真”から入ったんですね。

写真から入りましたね。「ローライで撮るとどうなるんだろう」っていうのが知りたかったんです。そこからいつか買おうと思っていたんですけど、確か2004年か2005年ぐらいに、このローライフレックスを買いました。

──使ってみていかがでしたか?

それはもう、ライカの不自由さなんてはるかに超えるぐらい不自由ですね。まず、被写体を見るレンズと写真を撮るレンズが違うので、その距離の差だけパララックスが絶対出るんです。そもそもウエストレベルファインダー(カメラの上からスクリーンを覗き込むファインダー)ですから左右は逆像ですしね。最初は水平もとれませんでした。

でも、このたたずまいの美しさと、レンズが素晴らしいんです。やっぱりこれもカールツァイスレンズで、すごく柔らかいんですね。当社のPRO400Hなどの柔らかい描写のフィルムと、このレンズを使って撮ると、もう本当に”ザ・フィルム”っていうような、階調の広い滑らかな写真になるんです。カメラそのものもいいし、撮れる写真もいい。「自分の理想のカメラはここだったかも」っていう感じですね。

──こうしてお話を伺っていると、CONTAX、ライカ、ローライフレックスそれぞれを選んだ理由は違えど、あんまり機能性の話は入ってこないですね。

そうですね。でも、この3つに共通してるのは「最後は写り」ってことだと思います。だから、見た目からカメラに入っても「あ、これを使い続けよう」っていう結論を最後に出してくれるのは、レンズですね。例えば、当然ハッセルブラッドなんかも好きで使ってますけど、最後にハッセルとローライを分けたのはレンズの写りだと思います。

上野さん、カメラが傷つくのって気になりますか?

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Photo: 照沼健太

──ちなみに上野さんって、カメラとか道具を使い込むごとに傷ついていくことに関してはどう考えられていますか?

私はダメなんですよ。今日持ってきたカメラを見ていただくと分かると思うんですけど、どれも新品同様に近いですよね。

──すごいきれいですよね。

革ケースも使っている間は絶対に外さないですし、ストラップの留め具部分の内側にはわざわざセーム革も張ってます。別にここで傷つくわけじゃないんだけど「この革ちょっと信用できないな」と思ったので、革の上からさらにセーム革を張って、いかにソフトにボディーに当てるかっていうことをこだわってます。そして、こっちのCONTAXも、パーマセルテープを貼ってストラップで一切傷が付かないようにしています。

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Photo: 照沼健太

──すごい!

それくらい自分はカメラに傷が入るのが許せないんですよ。カメラだけじゃなくて、車も自転車も、自分の好きなものは全部そうです。10年たっても新品同様っていうのがコンセプトです。

──X-Pro3でデュラテクトコーティングを採用したのも、「カメラに傷を付けないように」という思いから来ているのでしょうか?

そうです。腕時計の分野からデュラテクトコーティングなら傷が付かないというのを知っていたので、これをカメラに使えればこんな苦労しなくてもいいのかなと思ったんです。

──チタンを採用したことについては?

チタンは、やっぱり軽くて強いという素材の魅力が大きいですね。チタンがカメラに使われるようになったのは、ニコンさんのF2チタンあたりからですかね。オリンパスさんだったらOM-3やOM-4、CONTAXはT2、T3、G1、G2など、そういう単純なマテリアルとしての憧れもありました。

──なるほど。

それと同時に、デジタルカメラっていうのはライフサイクルが短いせいもあって、なかなか外装にコストを掛けにくいプロダクトなんですけど、X-Pro 3開発チームのみんなが「長く使ってほしい」というコンセプトを持っていたんです。たぶんもう、10年後に「この性能じゃ写真なんか撮れないよ」っていう時代ではないんですよね。きっと10年後にもX-Pro3で十分いい写真が撮れるはず。だったら長く使ってほしい。そんなメッセージの1つがチタンを使って堅牢にしようというところに現れています。

Xシリーズに対する想い。そして理想のカメラについて

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Photo: 照沼健太

──その富士フイルムのX-Pro3、そして新製品であるX-T4についてお聞きしたいのですが、上野さんが感性で選ぶとしたらどちらのカメラを選択されますか?

感性なら絶対X-Pro3ですよね。感性でX-Pro3、理性でX-T4。たぶん誰に聞いてもそうなると思います(笑)。

──上野さんがデジタルカメラであるXシリーズに携わるとき、意気込みとしてはX-Pro3のような「フィルムカメラの良さを受け継ぐカメラを作ろう」というマインドがあったのでしょうか?

正直言うと、2010年の自分の感覚としては、フィルムカメラの好きなカメラが100点だとしたら、デジタルカメラは30点ぐらいだったんですよ。それをなんとか70点以上に持っていけば、デジタルカメラも愛せるんじゃないかなっていう思いは漠然とありましたね。

でも、そもそもカメラって、たかが1人の社員の自由にはできませんから。私がそう思ったからX-Pro3みたいなカメラができたわけではなく、あくまでみんなで作ったものなんです。だから、単に自分の中の意気込みです。

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Photo: 照沼健太

──そんな上野さんが、X-Pro3に点数をつけることはできますか?

80点は軽く超えていると思いますよ。特にProシリーズはPro1、Pro2、Pro3と全部関わらせてもらって、本当に好きなカメラたちですし、その辺のフィルムカメラよりもよっぽど思い入れもあって、十分に自分としては愛すべき道具になっていると思います。

──もし上野さんが、好き勝手に一人でカメラを作れるとしたら、どんな製品を作りますか?

変な話ですけど、Pro2、Pro3ぐらいから、すごく満足しちゃってるところがあるんです。むしろPro3なんかは「よく作らせてもらったな」と思います。チタンで、デュラテクトで、Hidden LCDで、手ぶれ補正も入ってない。さらに世の中的にはAPSセンサーなのに20万円以上するようなカメラです。だからハードウエア的には、本当に今やってるXシリーズで自分としては全然不満もないです。

もちろんお金を湯水のように掛ければ、いろんなダイヤルの材質やフィーリングなど、もっと良くなっていくんですよ。でも、それで50万円や100万円のカメラになっても、正しいことともあまり思えないですし。

究極なのは、写真を見た人が「自分もこんな写真が撮りたいな」と思うような画を出してくれるカメラじゃないかと思いますね。小型軽量で、徹底的に画がいいカメラ。それをできるだけ安くつくる。やっぱりそれが理想なんじゃないですかね、カメラづくりを仕事にする者としては。


ボディ内手振れ補正やバリアングルモニターを装備した「X-T4」は店頭予想価格20万4500円前後、シルバーモデルが4月28日発売、ブラックモデルは5月下旬発売です。