この機会に音楽を作ってみたい。そんな方のために。
外出自粛状態の中、新しいことに挑戦しているとの声をよく耳にします。ぜひその選択肢の中に「音楽制作」を入れてみてはどうでしょうか?
今や音楽は、「Macがあれば作れてしまう」どころか、iPhoneで作ってしまうミュージシャンもいる時代。
そこでギズでは、シンガーソングライターとして自宅スタジオを拠点に音楽制作を行い、世界各国でライブを行っているアーティストであるMaika Loubté(マイカ・ルブテ)さんに取材を行いました。
つい先日もスペインのオンラインフェスに出演した彼女は、どのように音楽を作り始め、どんな機材で活動しているのでしょうか?
歌の上手な友だちに歌ってもらうため、音楽を作り始めた

──マイカさんが音楽を作り始めたのは、いつ、どんなきっかけからでしたか?
マイカ・ルブテ(以下、マイカ):中学校2年生くらいの頃、同じクラスにすごい歌の上手な女の子がいて、その子に歌ってもらおうと思って曲作りを始めました。私は、父親がクラシック好きなのもあって小さい頃からピアノを習っていたんですけど、その一方でポップスに憧れを持っていて、自己流で作りました。
──作曲方法に関しては、ピアノの練習を重ねる中で自然と「こうやれば曲が作れる」と理解していったのでしょうか?
マイカ:そうですね。最初は何かを真似していたとは思うんですけど、独学です。録音をやり始めたのもその頃で、「もっとビートを入れてみたい」と思い始めて、録音機能もついているオールインワンのシンセサイザーを親にねだって誕生日に買ってもらったんです。鍵盤でドラムを叩いて、デモ音源として歌の上手な友だちに渡していました。
──当初からプロデューサー気質というか、自分で録音したい思いがあったんですか?
マイカ:音楽をやっている友だちがあんまりいなかったんですよ。周りにドラムをやっている子やギターをやっている子がいたら「バンド組もうよ」って感じだったと思うんですけど、いなかったので「自分で曲を作ってみよう」と。
歌の練習に準備をかけた。自らアーティスト活動を始めるまで
──自分自身の曲として音楽を作り始めたのはどういったきっかけで?
マイカ:もともと、作ることには興味があったんですけど、自分で歌を歌おうとは思っていなかったんです。でも、親の都合でよく引っ越していて、ちょうど周りに歌い手がいなかったタイミングに、「自分でやろうかな」と始めてみました。
──バンドがいないから自分で全部作り、ヴォーカルがいなければ自分で歌う、と。
マイカ:そう。けど私、本当に歌が下手で、人に聞かせるのが恥ずかしかったので、長いこと曲をため込んでいたんです。そこから4年くらい練習を重ねて、徐々に自分が納得いく歌が録れるようになって、ようやく曲を発表できるようになりました。
──その頃はどんな楽器を使っていたのでしょうか?
マイカ:アナログシンセを集めて使っていました。ちょうどその頃、引っ越した場所の近くにハードオフがあって、アナログシンセがいっぱい売っていたんです。今では信じられないくらい安いんですけど、Roland (ローランド)Juno-106とかが1万5千円くらいだったんですよね。

テクノロジーの進歩によって、機材の選択肢は広がっている
──2020年現在、アナログシンセを中心に制作していたその頃と使用楽器は変わりましたか?
マイカ:私はいろいろ楽器を使うんですけど、最近は新しいものはとくに買っていないですね。アナログシンセを買い集めていた頃はあんまり良いソフト音源がなくて、「アナログシンセじゃないとこの音は出ないな」と感じていたんですけど、この8年間くらいでアナログをシミュレートする音源やプラグインに音の良いものが増えたんですよ。だからマシンに対するこだわりはあまりなくなり、フラットになりました。ソフトもマシンもそれぞれ良さはあるので「選択肢が広がった」と感じています。
──DAW(編注:Digital Audio Workstaion、パソコンを使った音楽制作システムのこと)は、何を使っていますか?
マイカ:ちょうど最近、ずっと持っているのに使っていなかった「Ableton Live」をようやく使うようになりました。もともと「Logic Pro」を使ってたんですけど、ソフトとしての構造だけじゃなく、鳴っている音も全然違っていておもしろいですね。Abletonは作りやすいと思います。
──ソフトを変えた理由は?
マイカ:ずっと同じシステムの中で作っていると、マンネリしてくる部分があるんですよね。Logicは横長のタイムラインに従って作るソフトですけど、それありきで曲を作るようになるので、いったん変えてみたいなと思ったんです。LogicとAbletonそれぞれの世界でやりやすいこととそうじゃないことがありますね。
でも、Abletonに乗り換えたわけではなく、“自分が何を作りたいか”にフォーカスして、それに合わせてソフトを選べるようになった感じですね。例えば、ビートのない、シンセと歌だけの一発録りみたいな曲ができたときは、Logicを使って録っています。
音楽を作ることで得られる、たくさんのもの

──マイカさんがこれまで音楽を作るにあたって重視していることはありますか?
マイカ:“自分がその曲を聴いた時、あっという間に時間が過ぎるかどうか”が、私の中で重要なポイントなんです。聴いている途中でも何かを待っているような気分になったり、別のこと考えている自分がいたりすると、「この曲はちょっと違うのかな」と思います。音楽は時間そのものだと思うので、いかに濃い時間を作れるかは昔から意識しているところで、自分がその曲を完成させたいかどうかの基準になっています。
──そこまで“時間”にこだわる理由とは?
マイカ:ちょっと音楽とは離れてしまうんですけどいいですか。“時間の流れ”って、個人的に常に疑問に思っていることでもあるんですよ。「時間という概念自体が、生まれた時からすでにあるシステムでしかないんじゃないか?」って最近は思っているくらいで。時間って「過去→現在→未来」っていう直線で捉えがちですけど、未来っていうのは想像でしかなくて、過去も記憶があるからこそ存在しているもの。そう考えると、この直線は嘘なんじゃないかと思うんです。
まあ、こうして言葉にすると、哲学的になっちゃうし、迷宮入りしそうになるので、私もあまり深く考えないようにはしているんですけど(笑)。でも、その曲を聴くことでどういう時間の過ごし方が作られるのかは、自分がその曲を好きかどうかに関係している気がします。
──楽曲それぞれに違うテーマや込められた想いはあるけれど、音楽を作ること自体がマイカさんの根底にある“時間に対する興味”の表現にもなっているんですね。
マイカ:そうかもしれないです。
──音楽を作っていてよかったなと思うことを教えていただけますか?
マイカ:たくさんありますよ。自分で曲を作っていて、タイムトリップしているときの喜び。あの気分は、自分としては他のことでは味わえないです。それを感じる限りは、音楽を作ることをやめられないなと思いますね。単純に音楽に夢中になって没頭して酔っ払っているだけだとは思うんですけど(笑)、でも、それで酔っ払っていたいですね。
あと、面識のなかったアーティストから「めっちゃいいやん。何か一緒に作ろうよ」と言ってもらって、実際に新しい曲ができた時には、DNAが“細胞分裂”しているみたいな感じがして「これも一種の営みだな。生きているな」って感じます。
音楽を作るのはすごく楽しいですし、シンプルな機材でいくらでも作ることができる、“最高の無形物”だと思います。今こそみんな内なる要求を、音楽を作ることで満たしたらいいんじゃないかと思います。
オンラインフェスに出演する気分は? コロナ以降の活動について
──現在、緊急事態宣言に伴う外出自粛状態にありますが、マイカさんの作品制作や生活に影響は出ていますか?
マイカ:もともと家に引きこもって作っているタイプなので、そういう意味においてはあんまり影響はないですね。自分の時間をたくさん取れるので、より制作に集中できているかもしれません。
でも、お客さんを前にしてライブをやっていた時と、今オンラインでライブをしている状況を比較すると、同じ空間に人がたくさんいる=エネルギーのやりとりだったんだなとすごく意識します。どんな小さなハコでも、大きなスタジアムでも、同じように「あれは特別な経験だったよな」と思います。
──マイカさんは先日スペインの「CUARENTENA FEST」にオンライン出演されましたが、オンラインでのライブは、演奏している側としてはどんな気持ちなのでしょうか?
マイカ:目の前にお客さんがいないので、空中に向かって訴えるような気分ですね(笑)。自分で、誰か一人そこにいるような感じを想像してやってます。最初はお客さんのコメントをリアルタイムで見られるようにしようと思ったんですけど、そんな余裕はなくて、結局演奏が終わってから遡ってコメントを読みました(笑)。
──先日、新曲のアートワークの素材のために「日常の写真」を募集していたようですが、これについて教えていただけますか?
マイカ:新曲が「自転車」をテーマとした曲なんですけど、この曲を作り始めた頃はただ「自分は、自転車がすごい好きだなぁ」と思いながら、日常の延長として作った曲なんですよね。でも、今この曲をリリースするとなると、その「日常」がすごく重みを持っているように思えたんです。
──まさに、誰もが“日常”を見つめ直している時期だと思います。
マイカ:私にとって自転車が日常であるように、たくさんの人たちがそれぞれの時間の流れの中で、別の日常を持っているんですよね。それはまるで車輪が回っているようなもので、そしてそこには「ずっと続いていくだろう」という希望的観測がある。でも、そこに安心感があって、生活があって、人生がある。そういうものを表現したいと思い、盛大な実験として、コラージュするための写真を募集してみました。
たくさん集まった写真を見ていると、いろんな人の人生を覗き見しているような気分になって、「見ていいのかな?」っていうものもあったんですけど(笑)、想像力がかき立てられてすごくよかったです。

音楽を作ってみたい人たちへ。おすすめ機材紹介
──コロナ禍にマイカさんが新たに導入された機材などはありますか?
マイカ:まだ届いていないんですけど、最近小型のプロジェクターを買いました。天井に映画を投影したり、パフォーマンスの時にはVJみたいにしたりできるから、あったら楽しいんじゃないかなと思って。
──最後に、「音楽を作ってみたい」と思っている読者に向けて、具体的におすすめの道具を教えていただけますか?
KeyStep(Arturia)

iLoud Micro Monitor(IK Multimedia)

iRig Stream(IK Multimedia)

マイカ:AirPodsも、作った曲をチェックする時にあると便利です。シェア率が高いイヤフォンなので、これでチェックするとどんなクオリティーで楽曲ができているかが分かりやすくなると思います。あとはもう、Mac一台あれば事足りるんじゃないかと思いますね。
──MacはGaragebandも最初から入ってますし、これひとつで完結する魅力がありますよね。
マイカ:あとはネット環境さえあれば、誰でもリリースまでできますからね。
──レーベルと契約しなくてもデビューできるのは、昔と大きく違う点ですね。
マイカ:そう、まさに転換期だと思います。もちろん以前から、ネットがあれば誰でも曲をリリースできたんですけど、こういう状況だからこそ、より一層重要さを増してますよね。

Maika Loubté(マイカ・ルブテ)
シンガーソングライター、トラックメイカー、DJ。幼少期から10代を日本、パリ、 香港で過ごす。リサイクルショップでビンテージアナログシンセサイザーに出会ったことをきっかけに、ポップスとエレクトロニックミュージックを融合させた、現在のスタイルで音楽制作をはじめる。
2019年に配信されたシングル「Nobara」は、Googleの国内CMにもタイアップ曲として起用。Netflixにて全世界配信中の アニメ「キャロル&チューズデイ」にも楽曲提供・歌唱で参加。
これまでに、agnès b、Mercedes Benz、STUSSY WOMEN、Gapなどのブランドとのコラボレーションや、台湾、中国、香港、 韓国、タイ、フランス、スペインでライブを行うなど、国内外で 活動の幅を広げている。
Edit: Sachiko Toda