人類、ふたたび月へ。
NASAが2024年に実現に向けて動いている月への有人宇宙飛行「アルテミス計画」の肝である月面着陸船の開発は、アメリカの民間企業3社に委ねられました。
NASAの5月1日の発表によれば、有人月面着陸船の開発に向けてブルー・オリジン、ダイネティクスとスペースXに合計9億6700万ドルの資金が提供されるとのことです。
資金提供額はばらばら
「アポロ計画以来、有人月面着陸船の開発費を政府から直接受け取るのは初めてのことで、アルテミス計画実行に向けてしかるべく企業と契約を締結したところだ」とNASAトップのJim Bridenstine氏はプレスリリースで語っています。
しかしこの資金は三者平等に配られず、アマゾンCEOのベゾス氏率いるブルー・オリジン社に5億7900万ドル(約614億6000万円)、ダイネティクスには2億5300万ドル(268億5000万円)、そしてスペースXには1億3500万ドル(143億3000万円)が支給されるとSpaceflight Nowは報じています。
Seeing lots of complaints RE SpaceX getting the least lander money. Reality: These are small contracts. Getting a foot in the door for Starship is significant. Allows SpaceX to be judged on execution vs. others for future contracts. Would you like to try and out-execute SpaceX? https://t.co/Outt9INXiZ
— Eric Berger (@SciGuySpace) April 30, 2020
スペースX社の資金がとりわけ少額なのに関して、Ars Technicaの編集者であるEric BergerさんはTwitterでこう説明しています。
スペースXの取り分が一番少ないとたくさん批判されてるけど、現実を見よう。これらはたいして大きな契約じゃない。今回スペースXの「Starship」が選ばれたこと自体に意義がある。実行力が評価してもらえるようになり、今後の契約にも影響する。あなた方がスペースXを上回る実行力を発揮できるとでも?
興味深いことに、ボーイング社の月面着陸機は選定されませんでした。ということは、コンセプトとしても見切られたということでしょうか。
各社のプロジェクトの費用額もまちまち
有人着陸システム(human landing system, HLS)は、宇宙飛行士を指令船から月面へ安全に送り届け、約1週間生命を維持し、また地球へと帰還させる重要な役目を担っています。アルテミス計画では、NASAのローンチシステムとオリオン宇宙船で宇宙飛行士たちを宇宙まで送り届け、オリオンが月周回飛行に入ったら月面着陸船へ乗り換えて月へ向かう、という手筈になるようです。
今回選定された3社に与えられた時間は10ヶ月。2021年2月に契約期間が終了するまでにそれぞれのコンセプトに磨きをかけなければならず、その手助けをNASAの専門職員が各社と連携して行なっていくそうです。契約終了時には、NASAは次の実証段階に進めるプロジェクトを選定し、最終的には1社に絞りこんで月面着陸船の開発を進める予定となっています。
しかし、SpaceNewsによれば、最終選考に残れなかったらすべてが無駄になるわけでもなさそう。今後のアルテミス計画に採用される可能性もあるようです。これは、NASAが月面着陸船に技術的熟練度と安全性を求めるのはもちろんのことですが、同時にコスト面も抑えたいと考えているからです。
経済的な持続可能性という観点から見れば、現在選ばれている3つのプロジェクトはまちまち。NASAは2024年以降にも月面探査を続けるために複数回のミッションを計画しています。今回選ばれなかったからと言って、長い目で見たら今後必要になってくるプロジェクトも出てくるかもしれません。
現段階で選考に残っている3プロジェクトは、それぞれ大幅に異なるデザインアーキテクチャが魅力です。
信頼度が高いがコストも高いブルー・オリジン

ブルー・オリジンのIntegrated Lander Vehicle (ILV、統合型着陸船)は3つのステージから構成されており、ブルー・オリジン社製のニュー・グレンロケットとユナイテッド・ローンチ・アライアンス製のヴァルカンロケットが宇宙空間まで運ぶ予定となっています。ドレーパー、ロッキードマーティン、ノースロップ・グラマンなどの錚々たる企業が開発に協力しています。降下モジュールに限ってはブルー・オリジンが独自に開発するとのこと。
ILVはアポロ月面着陸船にコンセプトが似ており、2024年に人類が月面に到達するためにはもっとも安全なルートだと言えそうです。ただし巨額なコストがかかるため、今後もアルテミス計画を継続していく上では一番持続性が低いかもしれません。
合理性を追求したダイネティクス
一方でDynetics Human Landing System(DHLS、ダイネティクス有人月面着陸船)はオールインワンのモジュールで、着陸と帰還どちらもの機能を備えています。こちらもユナイテッド・ローンチ・アライアンス製のヴァルカンロケットが宇宙まで運ぶ予定。
下請け会社は25社にも及び、シエラ・ネヴァダ・コーポレーションも含まれています。ダイネティクス社によれば、
ダイネティクス流の着陸船は短期的再利用が可能なことから持続性に優れ、民間技術に支えられた頑強な着陸モジュールを備えているだけでなく、すでに飛行実証済みの住居環境・エネルギー・温度調整などのサブシステムも完備しています。キャビンにはクルーメンバー2名が乗船でき、月周回飛行から月面探査、そして帰還までをこなし、月面での滞在もおよそ1週間可能です。代替案として、宇宙服を装備したクルーメンバーを4名まで月面から指令船までの間を行き来できます。
無駄を省いたスマートなデザインですが、残念ながら2024年までには開発が間に合わなさそう。とはいえ、2024年以降のアルテミス計画に再度候補として浮上してきそうです。
そして、従来のモデルを打ち破るスペースX

デザインの複雑性から、3社のうちもっとも開発が間に合わなさそうなのがスペースX。イーロン・マスク氏率いる同社のトレードマークであるスターシップをベースコンセプトとしており、月面着陸も帰還もこなせる完全統合型。テストに手こずっているスペースXですが、先週やっとひとつ重要な関門を突破しました。
従来の典型的な着陸船とは根本的に異なるデザインで(なにをもって「典型的」というかは別として)、着陸時や生命維持システムに高度な技術を要求するとともに、宇宙飛行士を月面に送り届けるエレベーターやクレーン機能も搭載するそうです。
ただし、地球で猛威を奮い続けている新型コロナウイルスの影響もあり、NASAのアルテミス計画は2024年の締切を守れるかどうかは非常に怪しくなってきています。