サルで可能ってことは...。
サルを使った最新の研究によると、脳のある領域へ高周波音波の照射をすると、サルの行動に影響を及ぼすことが分かりました。この研究結果は自由意志の概念を複雑にしそうですが、脳に関する新たな洞察が得られますし、中毒のような病気の新しい治療法を生むきっかけになるかもしれません。
Science Advancesに発表されたこの研究は、パルス超音波でアカゲザルの意思決定を部分的にコントロールできるというものでした。具体的には、スクリーンの左と右に表示されたターゲットのうちどちらを見るかの意思決定に影響を与えていたことが明らかになったのです。
この研究を共同執筆したユタ大学の神経科学者Jan Kubanek氏は、中毒など人間の特定の疾患を手術や医薬品なしに治療できるとして、この非侵襲的手法を活用できると主張しています。しかも、この処置は完全に非侵襲(傷口が残らない治療)なんだとか。
これまでに、超音波でマウスの脳のニューロンを深部も含めて刺激できるということが示されてきました。マウスのニューロン活動を調整することで、彼らの体内のさまざまな筋肉の運動を誘発できたのです。とはいえ、大きい動物においても高周波音波が神経調節作用を引き起こせるのかどうかに関しては他の研究はあまり決定的ではありませんでした。
サルの視点が超音波に影響される
今回の研究は、マカク属のサル2匹における実験です。
この実験では、脳卒中による脳ダメージの影響を調べるときなど、人間の選択行動を研究するために科学者がよく使う実験が実施されました。2匹のアカゲザルを暗い部屋に座らせ頭部を固定し、スクリーンの中央にあるターゲットを見るように教えます。その直後、スクリーンには最初のターゲットの右あるいは左に2つ目のターゲットが、続いてその反対側に3つ目のターゲットが表示されました。サルたちは通常、新しいターゲットが表示されるたびに目をやる傾向にあるのですが、これに抗うよう餌を褒美に訓練されていたのでした。

実験段階では、サルの前頭眼野(FEF、空間的注意と自発的な眼球運動を司る脳の領域)を刺激するために超音波トランスデューサーが用いられました。論文によれば、この実験で使われた手順はすべて「実験動物の管理と使用に関する指針」を忠実に守り、「スタンフォード大学動物実験委員会に承認されていた」とのこと。
研究者らがサルの左の前頭眼野を刺激した際、サルたちは右のターゲットに目をやることが多く、逆の場合も同様でした。この作用は偶然よりも可能性が高く、事前に訓練したにもかかわらず、サルたちが超音波に影響されてターゲットに目をやった確率は倍以上だったのです。重要なのは、この超音波療法を運動皮質(運動を司る脳の領域)に照射しても何の影響も生まなかったという点で、つまり身体的な反射を引き起こしていたのではなく、実際に知覚による選択に影響を与えていることを示唆しています。
「低出力超音波の短いパルスは被験者の選択行動に強力で、制御可能な、そして可逆的な影響を及ぼした」と著者は論文に記しています。
マサチューセッツ総合病院の神経科学者でハーバード大学医学大学院の准教授であるWim Vanduffel氏は同研究をこの分野における重要な前進だと評しています。
この研究に携わっていないVanduffel氏は米Gizmodoへのメールで「この手法の非侵襲的な性質と脳深部構造物を標的として設定できるという事実は動物と人間における原因研究、そしておそらく将来的には患者の治療においてとてつもなく大きな可能性を開く」と述べていました。「どんな開発もそうであるように、迅速な発展の下で、この刺激的な研究ツールで患者が救われるまでには多大な研究努力と時間がかかるだろう」とのこと。
そのうえ、研究で観察された効果は「対象とされた特定の脳の領域において知られている特性と完全に一致する」と付け加えています。同氏は、この研究結果が侵襲的な手法での実験と類似すると語っていました。
アルコール依存症や過食症の治療法に役立つかも
少しだけ疑似科学的にも聞こえますが、人間の耳には聞こえない高音の音波は実際に脳内で身体的な変化を引き起こしています。具体的に言うと、こういったパルスがニューロンの細胞膜を振動させることで近くのニューロンを活性化、それによって関連する反応が生まれるということ。この場合は、サルの左もしくは右にある対象に目をやるという傾向を制御したニューロンになります。
Kubanek氏はプレスリリースで、この手法を使うことで「ニューロンの活動に加えて刺激されたニューロンと隣接するニューロンとの接続性を変えることができるので、調子の悪い神経回路を通常の状態に戻せる可能性がある」のだと説明していました。
確かに脳の特定の回路の神経活動を調整できることは、さまざまな形で役立つかもしれません。病気や症状につながる脳の領域の割り出しなどに一役買う可能性もあります。さらには、アルコールや過食症といった中毒のための非侵襲的で薬物のいらない療法、あるいは強迫性障害の治療への可能性をも開きます。
「脳疾患は患者に何種類もの薬を与えるのではなく、的を絞ったやり方で治療されるべき」とKubanek氏。「しかし、そうするためにはそれぞれの問題の原因に対処する非侵襲的で精密、そして個人化された療法を提供するツールが必要。これは、今に至るまではただの夢物語だった」
すばらしい話ですが、少し立ち止まってみる必要があります。
これらの結果はとても予備的なものであって、その効果は2匹のサルに観察されただけ。科学者たちはこれから、こういった結果を再現して間口を広げて、数ある研究方法の中でも脳の別の領域が超音波を用いた調整ができるかどうかをみる必要があります。こういった療法の長期的な効能ははっきりしていませんが、研究者らは「なんども反復した刺激を与えると神経調節作用を減らすことに気付いた」と論文に説明していました。
Vanduffel氏は、影響を及ぼしている特定のニューロンのメカニズムに関して神経科学者らが学ぶべきことはまだ多く、このような過程はこの技術が人間に用いられるようになる前にもっとしっかりと理解される必要があると語っていました。標的とされた脳の領域への意図しないダメージはあり得るとのこと。
終えるべき作業はまだたくさんありますが、それでもなおワクワクするような研究結果です。ただし、この研究が自由意志を奪うようものだと思っているのでなければの話ですが…。自由意志といえば、そもそも存在しないという説もありました。
いずれにせよ、たった2匹においての研究結果なのでこれをもって「超音波で判断をコントロールできる」と言い切ってしまうには疑問が残るところ。この先、どんな展開を迎えていくのでしょうか。
Source: Science Advances,