なぜ宇宙に物質があるのか? ニュートリノの謎にせまる壮大な地下実験

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  • author Ryan F. Mandelbaum - Gizmodo US
  • [原文]
  • 山田ちとら
なぜ宇宙に物質があるのか? ニュートリノの謎にせまる壮大な地下実験
Illustration: Jim Cooke (Gizmodo US)

地下実験室で繰り広げられる壮大なドラマ。

スケールの大きい科学実験にはスケールの大きい装置がつきもので、ニュートリノ物理学もご多分にもれません。

日本が誇るスーパーカミオカンデは、地下1,000メートルの深さに5万トンの超純水をたたえる宇宙素粒子観測装置です。宇宙から飛んでくるニュートリノが水と衝突する際に放つ光を1万3000個の超高性能光センサーが捉え、ニュートリノの軌跡をたどリます。

スーパーカミオカンデの活躍もあり、日本はニュートリノ研究において世界を牽引してきました。さらに、スーパーカミオカンデの後継器であるハイパーカミオカンデの建設が2020年2月12日から始まり、2027年には始動する予定です。

しかし、ライバルのアメリカも負けてはいません。今後のニュートリノ研究の切り札となるDUNE実験装置を2017年からすでに建設中で、ハイパーカミオカンデに先行して2026年には実験を開始します。DUNEは地下1,500メートルの深さに4万トンの液体アルゴンニュートリノ測定器で、世界最大規模。

ハイパーカミオカンデも、DUNEも、ニュートリノの性質の全容解明を目指しています。果たして、どちらが先にニュートリノの謎を解き明かすのか。

米GizmodoのMandelbaum記者がDUNEについて詳細にレポートしています。長めですが、よかったら最後までおつき合いください。


138億年前のこと。宇宙は想像を絶するほど激烈な爆発によって誕生しました。

爆発が生み出したエネルギーからまず粒子が出現し、そしてその「悪魔の双子」とでもいうべき反粒子も出現しました。粒子と反粒子は鏡に写したように瓜二つですが、正反対の電荷を持っています。粒子には必ず対となる反粒子が存在しています。そして、粒子と反粒子が衝突すると、光を放出してどちらもあとかたもなく消えてしまいます。

宇宙が誕生して間もない頃、ほとんどの粒子は反粒子の手にかかって消滅しました。なかには消されずに残った粒子もありました。それらの粒子は物質を形作り、物質は恒星として輝きだし、惑星となり、銀河となり、やがて人間となりました。

そして、その人間たちは考えました。まったく同じであるはずの粒子と反粒子とでは、なにが違うというのだろうか?なぜ物質は残り、反物質だけ消えてしまったのだろうか?

または:なぜわたしたちは存在できているんだろうか?

ニュートリノとは

これらの謎を解き明かすべく、多くの物理学者たちに注目されているのがニュートリノです。

ニュートリノは宇宙にもっとも多く存在している素粒子ですが、電子の100万分倍以上も軽く、電荷をもたず、ほかの物質とはほとんど反応しません。

宇宙線が地球の大気と衝突してできる大気ニュートリノ、太陽の核融合反応から絶えず発生している太陽ニュートリノ、そして遠い昔にビッグバンや超新星爆発から放出された超新星ニュートリノがあり、常に地球にふりそそいでいます。毎秒10兆個以上が人間の体をすり抜けているのですが、わたしたちにはなんにも感じられないし観測することもできないので「ゴースト粒子」なんて呼ばれることもあります。

「小さなニュートロン」

今でこそ注目を浴びているニュートリノですが、もともとは理論的な穴埋めとして仮定された存在でした。

ベータ崩壊で放出されるエネルギーの連続性を説明するために、物理学者のヴォルフガング・パウリが初めてニュートリノの存在を予言したのは1930年。原子核が電子を放出するとき、同時に質量も電荷も持たない粒子のかたちをとってエネルギーを放出する必要があります。この理論上の粒子をパウリは当初「ニュートロン」と名づけました。

ところが2年後、物理学者のジェームズ・チャドウィックが原子核内にもっと質量が大きい中性な粒子を発見し、こちらも「ニュートロン」(今でいう中性子)と名づけられます。

混乱を避けるため、イタリアの物理学者、エドアルド・アマルディとエンリコ・フェルミが、パウリの「ニュートロン」を「ニュートリノ(イタリア語の接尾辞をつけて”小さいニュートロン”の意)」と呼び始めたことが定着し、現在の名称になったそうです。

ニュートリノをついに発見

1956年に世界で初めてニュートリノを発見したのはアメリカの科学者、フレデリック・ライネスとクライド・コーワンでした。彼らはニュートリノを発見しただけでなく、反ニュートリノが陽子と衝突して中性子と陽電子(電子の対となる物質)を放出する現象も観測し、ノーベル物理学賞を受賞しています。

それ以降も様々な実験が行なわれ、ニュートリノの性質が明らかになってきています。

ニュートリノには電子ニュートリノミューニュ ートリノ、そしてタウニュートリノの3種類が存在し、それぞれに反粒子も存在することがわかっています。ミューニュートリノは米ブルックヘブン国立研究所で発見され、ミューニュートリノよりもさらに重いタウニュートリノがフェルミ研究所で発見されたのは2000年になってからでした。

標準模型のほころび

そして研究が進むにつれ、ニュートリノの謎も明らかになってきました。

1970年代に、アメリカの物理学者レイモンド・デイビスはニュートリノを定量的に検出する実験を始めました。宇宙線の干渉を避けるために地下1,500メートルの深さに設置した巨大なタンクを、615トン分のテトラクロロエチレン(ドライクリーニングなどで使われる合成物)で満たしてニュートリノの量を測定した結果、なぜか予測していた量の3割しか検出できませんでした(これは後にニュートリノ振動のしわざだったことが判明)。

1998年にはスーパーカミオカンデの実験で大気ニュートリノが移動しながら変化することが確認され、さらに2001年にはカナダのサドベリー・ニュートリノ天文台が太陽ニュートリノにも同様の現象が起こることを確認しました。

この現象は「ニュートリノ振動」と呼ばれ、宇宙の成り立ちを解明するヒントになるかもしれないと期待されています。

ニュートリノ振動が起こるためには、ニュートリノには必然的に質量が備わっていることになります。ところが、これは「ヒッグス粒子」などの存在を的確に言い当ててきた素粒子物理学の標準模型の予測に反するものでした。

「ニュートリノには質量があると想定しているニュートリノ振動は、現在実験で確認されている中で唯一、標準模型で説明できない現象です」と米Gizmodoに説明してくれたのは、米ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校のChang Kee Jung教授。

Jung教授のように、標準模型の限界が見えてくれば、標準模型が説明できないダークマターなどについても理解が深められるかもしれない、と考える物理学者は少なくありません。標準模型では質量ゼロと考えられているニュートリノに実際には質量があるのなら、この理論のほころびからまだ解けていない宇宙の謎を解く鍵を手に入れられるかもしれない、というのです。

日本がリードしてきたニュートリノ研究

なぜ宇宙には反物質よりも物質のほうが多いのだろうか?

なぜわたしたちは存在できているんだろうか?

ニュートリノ研究を通じてこれらの謎を解き明かすことは、物理学における今世紀最大の挑戦と言えますし、間違いなくノーベル賞級の貢献につながります。ニュートリノ研究の高みを目指して、今、アメリカと日本は激しい競合関係にあります

世界で初めてニュートリノの観測に成功したのはアメリカのライネスとコーワンでしたが、超新星ニュートリノを世界で初めて捉えることに成功したのは日本のカミオカンデでした。1987年に超新星から飛来したニュートリノ11個を観測し、研究リーダーだった小柴昌俊教授は後にノーベル物理学賞を受賞しました。

さらにその後、スーパーカミオカンデでの観測により、ニュートリノが移動しながら異なる種類に変化する「ニュートリノ振動」という現象が発見され、同時に極小ながらも質量があることが確認されました。この偉大な功績を称えて、梶田隆章教授にもノーベル物理学賞が授与されています。

アメリカはDUNEに賭けている

物理学の歴史をふりかえってみると、ここ数十年間にわたって新しい粒子や素粒子の発見が相次ぎ、宇宙のことが徐々にわかってきています。しかし、今盛んになりつつあるニュートリノ天文学はまったく未知の世界。アメリカは、その未知の世界を解明するべく、巨額の資金を投じて挑んでいます。

20億ドル(約2000億円)をかけて建設中のLBNF/DUNEニュートリノプロジェクトは、たとえ答えが出るのに数十年かかったとしても、超新星ニュートリノを道しるべに宇宙の謎に迫ろうとしています。と同時に、アメリカをニュートリノ研究の最先端に導く狙いもあります

「今、量子物理学界に大きな変化が訪れていると感じています」と米Gizmodoに話してくれたのは米フェルミ研究所の副研究室長を務めるJoe Lykkenさん。

長い間、量子物理学者たちの仕事は新しい粒子を作り出すことでしたし、その功績が讃えられてノーベル賞も授与されてきました。

たしかにそれは素晴らしいのですが、科学者としての原点に立ち返ってみると、やはり我々の仕事は宇宙の根本的な原理を解き明かすことなんじゃないかと思うんです。

やるべきことは、すでに存在が知られている粒子のリストにさらに新しい粒子の名を連ねることではなく、今宇宙に存在している粒子がどのような法則により作り出されているのかを解明することではないでしょうか?

DUNE実験とはなにか

量子物理学の実験装置には大がかりなものが多く、コストコほど巨大な倉庫内にカラフルな機材が設置され、そこからパイプやらワイヤーやらが全方向に突出しているような光景も珍しくありません。

そんなだから、ジュネーブのCERN(欧州原子核研究機構)内に設置されているDUNE測定器のプロトタイプを初めて見たときは、ちょっと殺風景すぎるぐらいの姿が印象的でした。

「DUNE」とは Deep Underground Neutrino Experiment の略。プロトDUNEは、家の大きさぐらいある赤い鉄製の箱がふたつ、地下深くに埋められています。僕が見に行ったのは2017年でしたが、後にこのプロトDUNEの測定器にはそれぞれ725トンの液体アルゴンが注ぎ込まれました。

ニュートリノはほかの物質とほとんど反応せずに透過してしまうので、実験で検出するのは至難の技です。その点を克服したニュートリノ測定器は、巨大な器のようなデザインコンセプトのもとに作られています。

カミオカンデのように超純水を使った測定器の場合、降ってきたニュートリノが水の原子核や電子と衝突すると、電子が水中での光速度より速く進むために光を発します。その光を超高性能光センサーが捉え、ニュートリノの動きを測定します。

DUNEのように液体アルゴンを使った測定器の場合は、ニュートリノがアルゴンの原子核と衝突し、電離電子やイオンを生成します。器内に設置された電荷収集用のワイヤーからの電子信号を継続的に読み出すことで、粒子の飛跡を直接観測できる仕組みとなっています。

作業台に立ち、CERNの物理学者、Stefania BordoniさんとプロトDUNEの全貌を見下ろしてみると、この巨大な箱でさえ現在アメリカで建設中のDUNE検出器に比べたらほんのミニチュアのようなものだとよくわかります。

CERNのプロトタイプは、設計どおり建設できるか、そして2種類ある検出技術が機能するかどうかを試すために作られました。ゆくゆくは米サウスダコタ州のサンフォード地下実験施設内にプロトDUNEをはるかに凌駕するDUNEが建設され、2026年には実験が始動する予定です。

CERNのプロトDUNE。
Photo: Ryan F. Mandelbaum (Gizmodo US)

DUNE構想の誕生

DUNEの開発には紆余曲折がありました。

はじまりは1999年。3日間にわたる「次世代核子崩壊実験およびニュートリノ検出器ワークショップ」が開催され、ニュートリノ物理学コミュニティが集いました。理論家も研究者も同じ場所に集まることで、ニュートリノ研究のその先を見据えてみよう、という試みでした。

ここで、科学者たちはスーパーカミオカンデよりもさらに規模が大きく、技術的に優れているニュートリノ測定器について熱く語り始めます。このアイデアはその後数年かけてより現実的なものになり、物理学者カルロス・ルビア提案による単相の液体アルゴンを使った検出器、またはルビアの息子アンドレ提案による気体と液体アルゴンの両方を組み合わせた検出器のデザインなどが検討されました。

ほかにも既存の地下施設にニュートリノ検出器を設置するプロジェクトを推進する物理学者グループがいくつも現れたため、全米科学財団(NSF)が公募をかけ、最終的にサンフォード地下実験施設に決定するところまで話が進みました。ところが残念ながらNSF理事の認可が降りず、DUNE構想は一度頓挫するハメに陥ります。

DUNEと同時期に建設が検討されていたのが国際リニアコライダー(ILC)でした。莫大な経費を要するプロジェクトだったのですが、こちらも最終的に認可されなかったため、大規模プロジェクトの予算枠に空白が生まれました。

ちょうどその頃になって、米科学技術政策局と米科学アカデミーがニュートリノ物理学の重要性を再認識し始めたのです。2003年のレポートには、

地下実験施設なら、ニュートリノの根本的な性質や素粒子を支配している力についてより理解を深め、また宇宙を形成していると考えられているダークマターの実態を解き明かす次世代の学術研究を促進できると考えられる。昨今におけるニュートリノについての新たな発見、新しい論説や技術の発展、そして米科学界をリードできる人材をもって、そのような施設を建設する時が満ちたと言える

と書かれています。

Photo: Ryan F. Mandelbaum (Gizmodo US)
米イリノイ州のフェルミ研究所で開発中の陽子加速器(テスト版)。

これを受け、米エネルギー省はDUNEの建設を決定。2007年からサンフォードの地下実験施設の建設が始まりました。時期を同じくして、サンフォードから1,300キロ離れた米イリノイ州のフェルミ研では長基線ニュートリノ実験施設(Long Baseline Neutrino Experiment, LBNE)のデザインプロセスも始まりました。

DUNEがアンテナなら、LBNEは発信源。LBNEでは加速した陽子を物質にぶつけることで強力なニュートリノビーム(電荷を逆にすれば反ニュートリノビーム)を作り出します。これをDUNEめがけて発射し、サンフォード の地下1,500メートルに設置されたニュートリノ検出器で計測するのです。ニュートリノがフェルミ研からサンフォードまでの長距離を移動している間に、ニュートリノ振動により種類が変化することが期待されています。

ふたつの施設の間に十分な距離があることから、ニュートリノと反ニュートリノにおけるCP対称性の破れも観測できるだろうと期待されています。

もしフェルミ研の加速器で作り出されたミューニュートリノがサンフォードの検出器に到達する頃に電子ニュートリノに変化していたならば、そしてもし同じようにフェルミ研から送られてきた反ミューニュートリノが反電子ニュートリノに変化する割合いや速度が違っていたら、それこそCP対称性の破れの確固たる証拠となります。

問題は、電子ニュートリノがちゃんと検出されるかどうかもわからないという点でした。

中国の消失実験

2012年になると、ニュートリノ振動についてかなりの知見が蓄積され、振動現象を定義する振動パラメーターも解明されつつありました。

とりわけ混合角θ12(太陽ニュートリノの振動パラメーター)とθ23(大気ニュートリノの振動パラメーター)は「極めて精度よく決められて」いたものの、3つめの混合角θ13は直接的な測定がまだできておらず、謎に包まれたままでした(T2K実験のウェブサイトによる)。

「θ13がもしゼロだったら、ミューニュートリノが振動により電子ニュートリノに変化する可能性はほぼゼロだということを意味します。実験でミューニュートリノを飛ばしても、電子ニュートリノはほぼ検出されないだろう、ということです」と説明してくれたのはDUNEで働く物理学コーディネーターのElizabeth Worcesterさん。

ちょうどその頃、中国の深圳市郊外で行われたニュートリノ実験では、6つの検出器が消えたニュートリノを測定していました。

「消失実験」では、特定の種類のニュートリノだけを生成し、離れた場所で検出される同じ種類のニュートリノの数を数えます。中国の実験では電子ニュートリノだけを数え、その結果からθ13の数値を割り出すのが目的でした。

果たして2012年4月に発表された実験結果は、当初予測されていたよりもはるかにすばらしいものでした。電子ニュートリノの消失が確認されただけでなく、θ13の数値が意外にも高かったのです。この結果を踏まえて、アメリカの科学者たちはフェルミ研からDUNEに向けてニュートリノを飛ばしてもニュートリノ振動が起こると確信できました。同時に、1,300キロといういまだかつてない長距離を移動中にニュートリノ振動が起これば、より精密にCP対称性の破れも検証できるだろうとも期待されました。

「あまりに明白な実験結果だったので、わたしたちみんな有頂天でしたよ」とWorcesterさんは当時の喜びを語っています。

日本の出現実験

一方で、日本のT2K実験は中国実験の逆でした。

「T2K 」とは「Tokai to Kamioka」を略したもの。茨城県東海村にあるJ-PARC大強度陽子加速器から特定の種類のニュートリノを発射し、スーパーカミオカンデでそれとは異なる種類のニュートリノが飛来する数を測定しました。もしこの異なる種類のニュートリノの個数がゼロではなかった場合、東海村から神岡町へ移動している間にニュートリノ振動が起こったことを意味します。

実際、T2K実験はニュートリノ振動を観測し、世界で初めてニュートリノのCP位相角に強い制限をつけることに成功したと同時にCP対称性の破れを95%の信頼度で示唆しました。

アメリカの巻き返し

このように世界中でニュートリノ気運が高まる中、アメリカのニュートリノ物理学コミュニティも着々と夢の実験施設を実現するための準備を行なっていました。

2014年にはフェルミ研のLBNEプロジェクトが国際的な共同開発に発展し、その共同開発がDUNEとも結びついてLBNF/DUNEニュートリノ実験と呼ばれるようになりました。

DUNEの建設はもう始まっています。サンフォードの地下では採掘作業が進んでおり、最終的にはエンパイアステートビルディング2個分の土砂を運び出すことになっています。もともと鉱山だったサンフォードの施設は、換気システムが老朽化しているため大幅なアップグレードも必要となっています。

一方、フェルミ研では陽子加速器のアップグレードが進行中。コンクリート塀の影に隠れた倉庫では、全長250メートルの「Proton Improvement Plan II (PIP II)」と呼ばれる陽子加速器が長い電車のように連なり、随所にパイプやワイヤーの渦、共鳴装置や磁石が散りばめられています。陽子はこのPIP IIからフェルミ研の既存している粒子加速器に送られ、やがて強力な陽子ビームとなってからニュートリノを生成します。

生成されたニュートリノはまずフェルミ研に設置されている前置ニュートリノ測定器を通過します。そこから地中に潜って1,300キロ先のサンフォード地下実験施設へ向かい、DUNE測定器を通過します。CP対称性の破れを実証するには、ニュートリノと反ニュートリノがこれらふたつの測定器によって正確な数や構成を把握されることが要となります。

LBNE/DUNE実験の可能性

実験が開始すれば、LBNF/DUNEはアメリカの究極のニュートリノ実験施設として広く高エネルギー物理学に貢献することが期待されています。

ニュートリノと反ニュートリノとの間にニュートリノ振動の差があるのかを実証できるだけでなく、ニュートリノの質量に関するもうひとつの謎も解けるかもしれないからです。

その謎とは、質量です。ニュートリノは3種類あると同時に、3つの質量があると考えられています。ところが、この質量は種類によってきれいに分類されているわけではないようなのです。質量の数値はそれぞれどのぐらいなのか、比べるとどのぐらい違うのか。まだ答え切れていないこれらの謎が解明されれば、宇宙の初期に素粒子がどのように振る舞っていたかを垣間見えるそうです。

さらに、最近の研究からは4種類目のニュートリノである「ステライルニュートリノ」の存在が予言されています。このニュートリノは「右巻き」であるためにほかのニュートリノとの弱い相互作用を感じませんが、混合する性質を持っていると予測されています。

それに、もしラッキーなことに近々銀河系内で超新星爆発が起こったら、DUNEは超新星ニュートリノの測定にも貢献できるはずです。

Photo: Ryan F. Mandelbaum (Gizmodo US)
電車のように連なるPIP II陽子加速器(テスト版)。

真相解明は程遠く

これだけの苦労を重ねていざLBNF/DUNE実験を開始しても、「なぜ宇宙には反物質よりも物質のほうが多いのか?」という根本的な問いの答えを見つけるまでにはまだまだ時間がかかりそうです。

「もしDUNEでCP対称性の破れを測定できたとしても、正しい方向に前進しているという確証に過ぎない」とDUNEのPR担当でシカゴ大学教授のEdward Blucherさんは説明しています。DUNEの高い精度を持ってなら、ニュートリノと反ニュートリノの振動に違いがあるかを詳細に描き出せます。日本のT2K実験が示唆した95%の信頼度を上回れるかもしれません。

それでもCP対称性の破れだけで物質と反物質の違いを証明できないのは、1967年に物理学者のアンドレイ・サハロフが提案した「サハロフの3条件」を満たせないから。CP対称性の破れに加えて陽子崩壊、またはニュートリノ自体の崩壊などの現象も確認できない限り、どうして物質だけが残ったのかを説明することはできません。なので、物理学者の探究はCP対称性の破れ以降もまだ続かなければいけないのです。

さらに、すべての3条件を証明できたとしても、宇宙の進化論との統合性がなければ意味がない、とダラム大学のSilvia Pascoli教授は指摘しています。

未知なる世界との境界線

「わたしたちはなぜ存在しているのか?」。

この問いに答えるためには、今後数十年かかるかもしれません。知ること自体不可能なのかもしれません。ひょっとしたら宇宙には最初から物質のほうが多かったのかもしれません。

でも、わからないことだらけの宇宙だからこそ、LBNF/DUNEは輝かしい魅力を持っています。物理学者たちは、大いなる宇宙の謎を解くために、現段階で開発できる最高品質のマシンを投入して果敢に挑戦しているが、生きているうちに答えは出ないかもしれない。こういう壮大な目標があってこそ、人間は己の存在価値を見出せるのではないでしょうか。

「わたしたちの多くは、宇宙の起源とつながっているような壮大な問いが魅力的だったから物理学を選んだんだと思うんです」とDUNEのWorcesterさん。「でも、壮大な問いばかりには目を向けてはいられません。だって、日常的に一番時間を費やすのは学生が書いたコードがエラーになったとか、そのエラーをどうやって直すのかといったことですから」と笑って話してくれました。

どんなに大きな問題に立ち向かっているのであれ、その実態は日常的な小さなエラーや科学的に興味深い発見の重なりで、それらが蓄積されていくことでニュートリノ検出器という巨大なツールを作り上げ、じわじわと宇宙の謎解きに迫っていくのです。

LBNF/DUNE実験装置は、EUのCERNのように国際的な共同研究を育んでいくでしょう。日本のハイパーカミオカンデとも競合しながら、お互い独立してCP対称性の破れを観測することで科学的な発見をより確固たるものにするはずです。そして、DUNEを建設するために使われた技術は他分野でも応用され、たとえばがん治療に粒子加速器を導入したり、量子コンピューターの開発にRF空洞の技術が役立つかもしれません。

究極的には、DUNEもハイパーカミオカンデも素粒子物理学の標準模型にほころびがないかチェックする役目を担っています。CERNでヒッグス粒子が発見されたのは2012年のこと。標準模型がその存在を予言していましたし、多くの物理学者にとって発見は驚きではありませんでした。

でも、ニュートリノに関しては誰も見当がつかない手探り状態です。いくら大きな装置を作り出したからと言って、必ずしも探している答えが見つかるかどうか定かではありません。

LBNF/DUNE実験が今後どんな発見をするのか。その発見の先には、わたしたちがまだまったく知らない世界が広がっています。ニュートリノ物理学は、今まさに、深淵なる未知の世界の崖っぷちに立っています。

Reference: 文部科学省, Hyper-Kamiokande, The T2K Experiment

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