「SIGMA fpという挑戦」はうまくいったのですか?シグマの山木社長に聞いてきた

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「SIGMA fpという挑戦」はうまくいったのですか?シグマの山木社長に聞いてきた
Photo: 小原啓樹

はまっていなかったパズルのピース、それがSIGMA fp。

デジタルカメラの脱構築」というキャッチコピーとともに登場したフルサイズミラーレス「SIGMA fp」。脱構築という言葉はもともと哲学の用語で、Wikipediaでは「古いものを破壊し、新しいものを構築する哲学的な営み」などと紹介されています。非常に挑戦的な印象を受けるワードです。

SIGMA fpの発売から時間が経った今気になるのが「その挑戦はうまくいったのか?」ということ。今回は、SIGMA fpを開発した株式会社シグマの山木和人社長にインタビュー、デジタルカメラの脱構築とはそもそもどんな試みであったのか、そして何か新しいものを構築できたのかをうかがいました。

山木和人(やまき・かずと)


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Photo: 小原啓樹

株式会社シグマ 代表取締役社長。シグマは定評あるレンズメーカーであるとともに、業界でも数少ない「センサーを開発するメーカー」のひとつ。独自のセンサー「Foveon X3」を搭載したカメラには熱烈なファンが多い。2019年、レンズ交換式のフルサイズミラーレスとしては世界最小・最軽量となるSIGMA fpを発売。

技術でカメラがよくなる時代が終わった

── SIGMA fpをどんな風に構想していったのか、教えてください。

山木社長:もともと「これから当社のカメラをどんな風にしていかなければならないんだろう?」と考えていました。当社が「ふつうのカメラ」を作っても、まぁ売れないでしょう。DNAというと大げさかもしれませんが、「他社さんができないことを敢えてやりたい」という意識があります。

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Photo: かみやまたくみ

── 先日、SIGMA fpの開発コンセプトを記したノートがイベントで公開され、「当時デジタルカメラが置かれた状況」や「ユーザーがデジタルカメラ市場に感じていた不満」を踏まえて構想されたことが読み取れました。これらはどのように関わってくるのでしょうか?

山木社長:デジタルカメラは、2000年から2012年頃にかけて伸び続けていました。「技術が進むことで確実にカメラがよくなる時代」があったんです。画素数が増えれば解像度が上がり、解像度が上がると写真がより立体的に見えてきて、今までのべたっとした描写より「こっちのほうが気持ちいいよね」という写真が撮れるようになりました。

ところが、2012年か2013年をピークとして、技術の進歩による差が実感しにくくなりました。メーカーはそれでもスペック重視を続けていて、お客様にとってかなり不満がある状況なんじゃないかと感じていました。

オーバースペックなカメラを使わざるをえない場面があった、と言うのがいいかもしれません。一眼レフやミラーレスに関していうと、高性能だけれど、まだ大きくて重く、気軽に持ち出せない。カメラ好きの方だと、ある場面ではミラーレスを使い、ある場面では一眼レフを使う。別の場面ではコンパクトカメラやスマートフォンを使う──カメラの使い分けがふつうになっていたと思いますが、それでもまだはまっていないパズルのピースがあるのではないかと。

当社の立ち位置を決めるために、技術やマーケットの状況などについて思ったことをメモしては直しを繰り返し、2016年末に完成したのが件のノートですね。

品位あるボディに最高画質を詰め込む

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Photo: 小原啓樹



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開発初期にメカ開発者が作成したラフスケッチ(カメラの構造を大まかに決めるもので、これをもとにデザインを行なう)。コンパクトさと拡張できる構造にするために、箱形にすることはコンセプトの時点で決定していた
Photo: かみやまたくみ


── 先ほど出た「はまっていないパズルのピース」についてもう少し詳しくうかがえないでしょうか?

山木社長:私は一眼レフも使います。そうしたカメラの「ちゃんと構えてしっかり撮れる」という安心感も知っていて、それもすごく好きです。ただ、毎回毎回それはきついなというのもあって。

たとえば、海外出張するときに荷物を大きくしたくないですよね。でも、身軽にしたい状況でも、すごくいい風景だな、フルサイズのセンサーでしっかりと写真を残したいなと思うことはあるじゃないですか。そして、カメラを持ってきていれば…でもあれを持ってくるのは無理だったし…となる。そうしたシーンでも手元にあるようなカメラが欲しかったんですね。

立場上、会食によくお誘いいただくので、そうした席ですっと出してまったく違和感がないカメラが欲しい、というのもありました。少し具体的な話をしますと、当社はLマウントアライアンスを組んでいる関係でライカさんとお付き合いがあります。ライカのオーナーさんとレストランでお食事をすることもあるのですが…彼はMシリーズを持ってくるんですね。Mシリーズなら、上品なレストランで取り出してもあまり違和感がありません。欲しかったのは、佇まいとしてそうした場に馴染み、あまり主張しない、シンプルなカメラ

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参考:Leica M9
Photo: ささきたかし

── SIGMA fpはセンサーがシグマ独自のFoveon X3ではなく、ベイヤーです。筐体も横長だった過去の製品と並べると少し浮いているような印象を受けます。これまでのカメラとのつながりは、どのようなところにあるのでしょうか?

山木社長:そんなに変わったことをしているつもりはないんですよね。私は出張に行くときに使うカメラとしてSIGMA fpを構想しましたが、以前はdpをずっと持って行っていました。dpシリーズも最高画質をコンパクトな形でというコンセプトです。

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Foveonセンサーとベイヤーセンサー、それぞれの特徴
Photo: かみやまたくみ

山木社長:センサーに関しては、出張鞄に入れられるカメラでフルサイズとなると、当然ベイヤーかなという感じです。小さな筐体にはフルサイズのFoveonセンサーは入らないんです。画像処理が非常に重く基板が大きくなり、dpシリーズのように横長になってしまいます。コンパクトなカメラにしたい→使うセンサーはベイヤーになるよね、という順序ですね。

「何が美しいか」という話

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正面には、小さく「fp」のロゴがあるのみ。それも構えると指で隠れてしまう
Photo: 小原啓樹



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メーカーロゴも背面下部に小さく入れられている
Photo: 小原啓樹



── SIGMA fpのデザインというと、ロゴがとにかく目立たないようになっているのが印象的です。多くのカメラでは、目立つ場所にメーカーロゴがあり、プロカメラマンの中には、それを敢えて消す方もいます。何かしらの関係があるのでしょうか?

山木社長:当社の中でもいろんな意見がありました。エンジニアからは、ロゴをなくすことでモデルさん(撮られる人)の意識がロゴにいかない(レンズを見てくれる)とか、ロゴが写真に写り込むことがなくなるといったメリットがあるという意見がありました。

デザインについてはコンセプトを共有したあとは、外部のデザイナーさんと当社のデザインチームにお任せしていましたが、そうしたメリットが今のデザインになった主な理由ではないはずです。「業界の今の常識」が本当に正しいことなのか?と疑ってかかった結果として「いらないよね」となり、そうしたはずです。あまり理詰めの話ではなくて、何が美しいかという話でしょう。

私は、ロゴがべたべたとくっついているものって好きではないんです。製品そのものの造形や材料の質感、表面処理、塗装が生み出す雰囲気──全体の印象で「あれはシグマの製品だね」と思ってもらうことが私たちの目標です。「シグマのロゴがあるからシグマ製品」ではなく、感じられる質感で「シグマらしいね」と言われたい。こうした点についてはしっかり伝えていて、デザインに関わったメンバーもロゴの存在感をほとんどなくしていいと思ったから、こういったデザインが生まれてきたのだと思います。

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Photo: 小原啓樹

新しいものに敏感な人のメインカメラに

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Photo: 小原啓樹

── 発売してからどのような感触だったのかについてもうかがわせてください。SIGMA fpはどのようなユーザーに受け入れられたのでしょうか?

山木社長:「物理的なデメリット(編注:SIGMA fpは電子シャッターのみ。ローリングシャッター現象が起きやすい)を除けば、写真家やシネマトグラファーといったプロにも安心して使っていただけるギア」を目標としてやってきました。そうしたカメラとしてはある程度成功したと思います。

また、今までにないコンセプトのカメラなので新しいモノに敏感に反応される方にご支持をいただけるのではと思ってはいましたが、こちらは予想以上でした。ガジェットが好きな方や、ライフスタイルにこだわりがある方、美意識を強くもっていらっしゃる方のほうがSIGMA fpを強く楽しんでいるというのが私にとっては驚きでした。一眼レフもミラーレスもお持ちで、高性能なカメラを搭載したスマホも使う、いろんなカメラを使いながらその中にSIGMA fpがあるというユーザーをイメージしていたのですが、今申し上げた方たちはメインカメラとして使ってくださっているんですね。

そうした方たちが撮られた写真を見ると、すごくお上手なんですよね。実は写真がすごく好きで、実際にいい写真を撮るスキルもある。それにも関わらず、欲しいカメラがなかったり、自分のライフスタイルにぴたっと合うカメラがないためにやむを得ずほかのもので妥協している、代替しているようなことが多いんだなと、お客様を見て今学んでいます。

「ライフスタイルに合うのか」「人生にどんな意味があるのか」で選ぶ時代へ

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Photo: 小原啓樹

── シグマとして、カメラユーザーの好み、嗜好の変化を感じることはありますか?

山木社長:ありますね。

フィルムカメラの頃ってなんだかんだいって不便だったと思うんです。感度が変えられず、24枚とか36枚しか撮れない。デジタルカメラがでてきて、「新しいもの=便利でいい」という時代になりましたが、今ではもうどの機材を使っても不便さは解消されている。スマホはいつでも持ち出せるけどここぞというときの画質はイマイチとか、一眼レフは画質はいいけどいつもは持ち歩けないとか、バランスのちがいはあるにしてもどれにも満足できてしまう。

これはカメラに限らない話ですが、不便な時代の消費行動は、まず便利なもので満たす。昔は、三種の神器(テレビ・洗濯機・冷蔵庫)をまず揃えました。でも、今のようにどれもある一定以上のレベルになってきたときに重要なのは「そのデバイスが今の自分のライフスタイルに合うか」と「自分が選ぶデバイスが、自分にとってどんな意味を持つのか」といったことだと思うんです。自分が選ぼうとする洗濯機が自分の人生にどういう意味があるのか、メーカーの哲学にどの程度シンクロできるのか、そういう選び方になってきていると思います。カメラでは特に色濃く、選び方もとても変わってきていると思いますね。

変化させつつも、共通するものを感じられるように

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Photo: 小原啓樹

── ちなみに、SIGMA fpについては満足されているのでしょうか?

山木社長:点数で言うと50点くらいです。

── 50点?!

山木社長:カメラ自体はいいのですが、あとはレンズですね。SIGMA fpに合うコンパクトなレンズをもう少し増やさないと、世界観が成立しません。やっぱり標準と、広角、望遠は必要で、そろってくるとシステムとして100点に近いかなと。いろんなシチュエーションにはまりますし、何より自分が使っていて楽しいと感じますから。

── SIGMA fpのレンズの充実は真剣に検討されていると。

山木社長:はい、それに関してはいろいろと開発を進行中です。いずれSIGMA fpに合うものが出てくると認識していただいてかまいません。カメラそのものも発展させていきたいなとは思います。

── 今後、どういった方向性で新しいプロダクトを開発していく構想ですか?

山木社長:シグマらしさやシグマの製品として共通するところがあるモノをやりたいなと。

私は若いときから音楽が好きで、高校生のころから好きなミュージシャンにポール・ウェラーという人がいます。最初はザ・ジャムというバンドで、パンクをやっていました。解散後、デュオを組んでザ・スタイル・カウンシルというユニットを始めます。ものすごくかっこよかったです。音楽だけでなく、ファッションなんかも。当時流行ったフレンチアイビーのようなスタイルでスタイリッシュだったり、わりとジャジーだったり、ボサノバの影響が強かった──パンクからガラッと変わったんです。今はソロになって、正当派のロックに近いことをやっていると思います。

ポール・ウェラーの音楽はそんな風に変わり続けているのですが、昔のものからずーっと聞いていっても違和感がないんですよ。ザ・ジャムのパンクを聴いてからザ・スタイル・カウンシルのジャズを聴き、今のロックを聴いても違和感がない。スタイルは変わっても彼自身、ポール・ウェラーという人が変わらない。哲学が変わらず、共通点を感じられるところがいいなぁと。常に自分のスタイルを壊して変えていく中でも一貫するものが感じられるというのは、さすがです。

メーカーとしてそういうものに憧れていて、製品を変化させつつも何か共通するものを感じられるよう、やっていきたいと思いますね。

Source: 株式会社シグマ