「叫ぶ女性のミイラ」は心臓発作で苦しんでいるわけではない

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  • author George Dvorsky - Gizmodo US
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「叫ぶ女性のミイラ」は心臓発作で苦しんでいるわけではない
「叫ぶ」ミイラは3000年前に死んだ女性

その苦しそうな表情から「叫ぶ女性」というあだ名がついた、古代エジプトのミイラがあります。

最新の研究によると、これは彼女が心臓発作で苦しんだ姿が保存されたものだとのこと。しかし、他の科学者らは口がぱっくりと開いたこの姿はただの死後変化だという主張をしており、懐疑的なのだとか...。


頭部は後方に傾き、口は大きく開かれ、そして奈落の底を見詰める虚ろな目…なんとも不気味なミイラです。

エジプトの考古学者Zahi Hawass氏とカイロ大学の放射線学者Sahar Saleem氏はこの3000年前のミイラに関する最新の分析を行ないました。彼らは、この女性はファラオの王女で突然のひどい心臓発作により亡くなったと結論づけています。冠状動脈の重度のアテローム性動脈硬化の兆候、死亡時の姿勢がその理由です。

Hawass氏はエジプトのニュースサイトAhram Onlineに語ったところによると、ミイラとして保存するための防腐処理を施すプロセスで、死亡時の苦しむ体勢が保存されたのだと語りました。

しかし、米Gizmodo編集部が取材した専門家たちはこれを信じていません。議論を始める前に、このミイラについて軽くおさらいしましょう。

どちらにせよ、心血管疾患で命を落とした可能性は高い

このミイラは、1881年にエジプトのルクソールにあるデル・エル・バハリのロイヤル・カシェ(王家の隠し場所)で発見されました。エジプト第21と第22王朝の司祭が墓泥棒から守るため王族の遺体を隠していたのです。このミイラのリネンには彼女が「Meret Amonの王室の娘、王室の姉妹」だと書かれていましたが、多くの王女が同じ名前だったため、あまり参考になりませんでした。女性の素性は謎のまま、「叫ぶ女性のミイラ」と呼ばれる一方で、考古学者らは「正体不明の女性A」として知られていたのです。

興味深いことに、ロイヤル・カシェからはまた別の「叫ぶ」ミイラが見つかっています。こちらは男性で、ラムセス3世の息子ペンタウアーだと判明。ペンタウアーは父親を暗殺する陰謀に関わっていましたが、彼は捕まって首を吊る羽目に。そこで発見された他のミイラたちとは異なり、ペンタウアーは防腐処理をされず、その代わりに犯した罪への罰として羊の皮に包まれました。

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ペンタウアーだと思われているミイラ
Image: Zahi Hawass

一方で女性の叫ぶミイラは白いリネンに包まれていて、Ahram Onlineによれば「丁寧にミイラ化された」とのこと。死因を特定するため、Hawass氏とSaleem氏はCTスキャンを行い、重度のアテローム性動脈硬化の痕跡を見つけました。この女性は60代で亡くなり、首、腹部、骨盤と下肢の動脈の中で血小板が壁を作っていたのです。

これはそれほど驚くような結果ではありません。2013年のLancetの研究が示すように、この時代のエジプトやその他地域のミイラの34%は心血管疾患に苦しんだのですから。

けど、心臓発作に苦しむ姿がそのままミイラ化したわけではないのでは?

しかしこの女性が「ひどい心臓発作に急に襲われて」亡くなり、「それに苦しんだ姿が防腐処理でキープされた」という点に関しては、やや確実性に欠けます。この主張をしているHawass氏が自分のサイトに投稿した主張をもう少し見てみましょう。

どうやら「叫ぶ女性」は脚を交差させている体勢のまま突然死したようだ。死によって、彼女の頭部は右側に傾き、口を大きく開けた。「叫ぶ女性」の死体は、死後硬直が発現するには十分な時間が経つ、死後数時間まで発見されなかったのかもしれないと仮定する。死んだ後に筋肉と関節が硬直することは死後硬直と呼ばれており、死後数分から数時間のうちに始まる。収縮した筋肉が硬くなり、体の腐敗が始まるまで解けなくなる。

我々は、エンバーマーが腐敗や緩解が始まる前に、「叫ぶ女性」の収縮した体をミイラ化したと推測。そのため、エンバーマーたちは口を閉じることや、他のミイラでは一般的である横たわった姿勢にすることができず、それゆえ彼女の死亡時の表情と体勢を保存することになった。CTスキャンではエンバーマーがミイラの脳を取り除かなかったことがわかった。死の直後に頭部が傾いたため、頭蓋骨内に見られる乾燥した脳みそは右側に傾いている。

しかし、死後硬直は2~3日後には解けてミイラ化のプロセスは70日もかかります。これは奇妙な結論に思えます。

そこで、ウェスタン大学のIMPACT Radiological Mummy Database Projectに携わるミイラ研究者Andrew Wade氏に連絡を取ることに。同氏は、「あなたの疑念はもっともです」と述べています。Gizmodoへのメールにこう書いています。

Ronn Wade氏とBob Brier氏が行ったMUMAB(メリーランド大学ボルチモア校のミイラ)のミイラ化実験で判明したように、遺体は死後数日から数週間の期間は動かせる状態のままだろう。単に口を閉じておけるほどアゴ周りの布の巻き方がキツくなかった可能性の方がずっと高い。支えるものがないと、開いた状態になる傾向があるので。これがナトロンの中で乾燥した軟組織の収縮と組み合わさり、アゴがだらんと開くほどの空間を残した。

口が開いている状態は実際、よく見られるもの。Archaeologyの編集者Mark Rose氏はまさにこの問題(正体不明の女性Aの記述アリ)についての素晴らしい記事を2009年に執筆していて、著名なミイラ研究者 故Arthur Aufderheide氏からの秀逸なコメントも掲載されている。

こっちの方が理にかなった説明に見えます。

St. Luke’s Mid America Heart Instituteの心臓専門医Randall Thompson氏にも連絡を取って、彼の意見を聞いてみました。

「我々のグループは300体以上のミイラをCTスキャンしてきましたが、CTスキャンから正確な死因を特定するのはほぼ不可能」とThompson氏。でも死因が簡単にわかることもあるそうで。「首に輪なわが巻かれていたモンゴル人のミイラ」と「胸に矢じりが刺さって大量の干からびた血のようなものがあるエジプトのミイラ」がその例です。

「たまに、博物館のキュレーターとか人類学者がわずかなデータから大それたミイラの話を作り上げることがあるんですよ。私たちのチームは、彼らに誰も反論する人がいないのをいつも面白がって見ています。」とのこと。

主張にある死亡時の姿についてThompson氏は「ミイラの口が開いているのは間違いなく死後変化で、死亡時の苦しんだ姿が保存されたものではない」と語っています。

米Gizmodoはエジプトの研究者らにコメントを求めましたが、回答はありませんでした。返信があればアップデートしますが、ナトロンについての知識を深めつつ待つとしましょう。

Source: Ahram Online, Lancet, Dr Hawass, SciELO, MUMAB, Archaeology, ThoughtCo,