この戦いは歴史に残るかもしれない。
巨星AppleおよびGoogleを相手に「フォートナイトの乱」を展開するEpic Games。プラットフォームを迂回した直接決済方式を実装したことでiOS App StoreとGoogle Playストアから『フォートナイト』は抹消されました。Epicはその対抗措置として「独占禁止法違反」を旗印に訴訟を起こしています。ある意味、勇気ある下克上と言えなくもない…かな。
一連の騒動はEpic Gamesの筋書きどおり?
裁判も判決もまだ何も始まっていない今の段階では、あくまでEpicがプラットフォーム側の措置に不服申し立てをした、というかたちですが、一連の動きを見る限り、Epic Gamesが「対Apple闘争」に入念に準備を重ねていたことは間違いありません。最初の一撃は、『フォートナイト』のゲーム内バーチャル通貨“V-Bucks”をApp Storeを経由せずに販売開始したと公表したことです。
規約違反を理由にAppleとGoogleが『フォートナイト』アプリをApp StoreとGoogle Playストアからそれぞれ削除するやいなや、Epic Gamesは即座に「独占禁止法違反」だと両社を告訴。かつてAppleがIBMの独占体制を批判して作ったCMのパロディ動画まで事前に用意するという周到さに背筋がうすら寒くなった方もいたのでは。ちなみに、EpicはGoogleへの一撃となる風刺動画は作っていないので、同社が本丸と狙うのはあくまでAppleだと思われます。
動画も訴状も、一朝一夕にできるものではありませんから、ここまではAppleとGoogleがEpic Gamesの描いた筋書きにのせられてしまったのでしょう。問題は、さてこれから何が起きるのか、ということです。
『フォートナイト』は稼ぎ手ではあるが、争点はそこじゃない
両社にとって『フォートナイト』はドル箱、と言えるのでしょうか?モバイルアプリ専門の統計マーケティング会社Sensor Towerの統計によると、過去30日間の『フォートナイト』ダウンロード件数はiOSで約240万件。App Store経由の消費額は全世界で4,340万ドル(約46億1660万円)。
Google Playでのインストール数は210万件とAppleに拮抗していますが、収益については340万ドル(約3億5870万円)にとどまっています。
今回フォートナイトを出禁にするまでは、Apple、Googleともに収益の30%を手数料として受け取っていましたので、『フォートナイト』というアプリ1つから30日あたりAppleが1,300万ドル(13億7150万円)、Googleが100万ドル(約1億560万円)ほど得ていたことになります。ちなみに、残りの70%はEpic Gamesに入っていたわけで、こちらもかなりの額ですね。
しかし、今回のバトルが「お金目的」だとは考えにくい気がします。もちろん、お金は大事。でも、現時点でそれが最大の問題、ということではなさそうです。
Epic 側は「デベロッパーみんなのための戦い」
アップルの広報担当者は米Gizmodoに対し、以下のコメントを発表しました。
「本日、Epic GamesはApp Storeのガイドラインに違反する、という残念な一歩を踏み出しました。このガイドラインはユーザのためにストアの安全性を維持する目的で設計され、すべての開発者に等しく適用されています。結果的に、『フォートナイト』アプリはストアから削除されました。Epicは、Appleによる審査および承認を受けない機能をアプリ内で有効化しました。これは、デジタル商品やサービスを販売するすべての開発者に適用されるアプリ内決済に関するApp Storeのガイドラインに違反することを明示的に意図して行われたものです」。
「Epicは10年にわたってApp Storeにアプリを提供しており、Appleがすべての開発者に提供するツール、テスト、配信など、App Storeエコシステムの恩恵を受けてきました。EpicがApp Storeの利用規約とガイドラインにすすんで同意し、App Storeでのビジネスに成功したことを嬉しく思います。事業利益を得た彼らが今、特別待遇を推進しているものの、当社のガイドラインがすべての開発者に平等な競争条件を構築し、すべてのユーザに安全なストアを作っているという事実は変わりません。我々はフォートナイトがApp Storeに戻れるよう、Epic Gamesと協力して違反を解決するために全力を尽くします」。
厳密にいえば、Epicは特別待遇を求めているわけではないのですが、Appleはあえて曲解する姿勢を見せています。もちろん、『フォートナイト』がらみの収益で30%のマージンが免除されればEpic Gamesの利益になります。しかし、同社は自分たちだけでなくすべてのデベロッパーにとって利益となるよう、Appleに対してポリシーの全面的な見直しを要求しているようです。
Epicのデジタルストアでは手数料は一律12%
Epic Gamesはこれまでも長きにわたって、開発者を公正に扱うよう強く求めてきました。これは、同社独自のビジネス手法にも反映されています。Epicは、ゲームおよびメディア開発ツール”Unreal Engine”を無料で提供し、そこで製作されたゲームなどのインタラクティブ製品の生涯総収入が100万ドルを超えた場合にのみ、5%の手数料を受け取っています。
また、同社のデジタルストアで公開されているゲームについて、当社の手数料は一律12%。UnrealEngineで製作されたゲームをEpic Gamesストアで販売した場合、同社の規約では「Epic Gamesストアを経由した売上に関しては、Epicの12%の中から賄わせていただくものとします」とされています。
Epic Gamesのトム・スウィーニーCEOはこのところ、AppleのApp Storeポリシーにも声高に反対を表明しています。
AppleがApp Storeから『フォートナイト』を排除すると決定した件に関する最新のFAQで、Epic Gamesは次のように述べています。
Appleは、ユーザが開発者から直接ソフトウェアをインストールできないように、消費者のiOSデバイスを意図的に妨害しています。ただ、PCやMacでは通常どおり実行可能です。iOSからWeb経由でのソフトウェアをインストールことは可能ですが、企業以外のユーザには許可されておらず、これが意図的な戦略であることがわかります。
Appleは、直接的なインストールを遮断することで、消費者にApp Storeの使用を強制し、ゲーム開発者に決済処理サービスを使用するよう要求しています。ソフトウェアのインストールにおける消費者の選択をブロックすることで、Appleはあえて課題を作り出しています。そのソリューションから利益を得ているのです。
Epicの立場は、WebやWindows、Macを含むすべての汎用コンピューティングプラットフォームの標準と同様、すべてのモバイル開発者と消費者が、より安価な決済プロバイダを選択する権利を持てるように、というものです。私たちは、業界全体ですべての開発者にスマートフォンにかかわる慣行が見直され、全面的な変革が起きることを期待します。それが、消費者により大きな価値と選択の自由をもたらします。Appleに『フォートナイト』のブロックを解除していただけるよう期待します。
AppleとAmazonが手数料減額の密約をしたことが議会で問題に
先日、米国下院の反トラスト小委員会が議会調査を実施したところ、AppleはAmazonと特別契約を結び、Prime Videoアプリの初年度手数料を通常の半額にあたる15%に減額していたことが明らかになりました。これにより、Appleが「相手次第では」、プラットフォーム税の減額取引に前向きな姿勢を見せることが暴かれてしまいました。あくまでAppleが見初めた相手限定、ということで。Epic Gamesの大がかりな下克上は、独占禁止法調査官に油を注いだはずです。
非営利公益団体Public Knowledgeの法務責任者を務めるジョン・ベルグメイヤー氏は米Gizmodoに、「Appleは6月にホワイトペーパー上で、“30%はそれほど高くない”と主張しました。しかし、これは主にアップフロント(アプリダウンロード時の売上など)について語られたものであり、Epicが問題視しているのは、(ゲーム内購入など)進行中のトランザクションの30%です。」
アップフロントには、本やアルバムといったメディアの、いわゆるワンタイム購入も含まれます。Appleはここからも30%のロイヤリティを受け取っています。
App Store内での2019年の総売上額は約4,130億ドル(約43兆5919億4350万円)。そのうち大部分が物理的な商品と関連サービスで、デジタル商品および関連サービスの収益はそのほんの一部(610億ドル)です。もちろん、その中にはフォートナイトのゲーム内通貨“V-Bucks”購入といった、マイクロトランザクション(少額取引)も含まれています。
ゲームは無料、アイテムを追加購入という「主流」
公平のためにいうと、今や『フォートナイト』をはじめ、多くのゲームに欠かせない機能であるマイクロトランザクションに関しては、多くの論争が起きています。通常、ゲーム自体は無料で、キャラクターをカスタマイズするための特別なスキン(キャラクターの衣装)や武器はゲーム内通貨を現金購入して入手する、というのが一般的なモデル。
ゲームの収益化モデルは短期間で大幅に変化し、ゲームを無料配信し、その後オプションを追加販売する、というスタイルが今ではるかに容易。とはいえ、他にもマネタイズ手法は存在します。Moor Insights & Strategyの戦略アナリストであるアンシェル・サグ氏は、「アプリ内広告の収益化にはじめて成功したのがGoogleで、有料アプリを通して収益を得た最初の企業がApple」だと説明しています。
「みんなが手を汚している、というのが現実です。しかし、パンドラの箱が開かれた今、ゲームにかかるコストに対して消費者側が期待を抱いています」とサグ氏は米Gizmodoに語りました。
マイクロトランザクションはある種の搾取であるとも考えられます。それは、ゲーム本体の価値以上の金額をいとも簡単に消費できてしまうから。しかし、ビジネスモデルとしては(特にモバイル業界で)マイクロトランザクションが効果的であることは明らかです。AppleとGoogleは自らゲームを製作することなく、そのビジネスモデルに参戦しているわけです。
Appleは他プラットフォームにロイヤリティは払っていない?
理論的には、Epicがアプリ内の自社課金システムを無効化し、すぐにでもApp Storeに復帰することは可能です。ただ、今回問題になっているのはApp Storeなどのプラットフォームに戻るか否か、ではありません。すべてのアプリ内トランザクションで30%のロイヤリティが発生する、という原則そのものが問題なのです。
ベルグメイヤー氏は、「Appleがこのシステムを構築したことで、開発者との間にあらゆる種類の競合が発生し、顧客第一・製品第一とするインセンティブが損なわれています。短期的な収益確保が重視されています」と語りました。
「AppleはAndroidやWindowsにもアプリを展開しています。しかし、“AndroidにApple Musicを公開するのに、Googleにはいくら払っているんです?”なんて誰も単刀直入に聞いたりしません。Windowsには2003年からiTunesがありますが、AppleはMicrosoftにいくら支払ったと思いますか? 払っていませんよ」
ダウンロードされたアプリの基本的な機能を見ると、それがiPhoneだろうがWindowsのPCだろうが、楽曲を購入する手順に違いはありません。使用するプラットフォームにかかわらず、ユーザが支払った代金は、使用するプラットフォームにかかわらず、直接Appleに送られます。ゲームも同様です。
NetflixはApple税を回避してもバンされなかった
一方、プラットフォームとしてのAppleはSpotifyといった音楽アプリに対しても、いわゆる「Apple税」を要求します。Netflixは昨年、iOSユーザをiPhoneのブラウザからNetflixにサインアップするようリダイレクトするという、30%のApple税を回避する賢策に打って出ました。もちろん、これはApp Storeのポリシー違反でしょう。AndroidのGoogle PlayストアでもNetflixは同様の措置をとっています。にもかかわらず、AppleとGoogleのいずれもNetflixを出禁にはしていません。
Appleはガイドライン3.1.3(b)で、こうした行為を禁止すると明記しています:
「iOSユーザをApp内課金以外の購入方法に直接または間接的に誘導したり、他の購入方法について発信する情報を通して、ユーザがApp内課金を利用する意欲を低下させたりすることは禁止されています」
『フォートナイト』は過去にもGoogleとけんかしていた
ベルグメイヤー氏が以前言及したように、Epic GamesとGoogleがバトルを展開したのは今回がはじめてではありません。Androidユーザはある時期、Epicのウェブサイトからフォートナイトを直接ダウンロードし(通称「サイドローディング」)、スマホにゲームをインストールしていました。これは、Epic Gamesによる30%のプラットフォーム税への抵抗でした。しかし、ユーザへの負担が大きすぎることから結局Epic側が折れ、『フォートナイト』はGoogle Playストアに返り咲きました。
今回、ストアから再び『フォートナイト』が消えたことで、Androidユーザはもう一度サイドローディングに頼らざるを得なくなりました。それでも、アプリのインストールは可能。一方のAppleは、iPhoneユーザにアプリのサイドロードを認めていません。Epic Gamesが問題提起したことで、独占禁止問題に決着をつけるときが来たのかもしれません。
稼ぎ頭のゲームは他にもたくさんある。けど…
ゲームの収益という観点から見ると、『フォートナイト』はAppleやGoogleにとって大きな収入源というわけではありません。Sensor Towerから米Gizmodoに提供されたAppleとGoogleの合算データによると、主要人気3タイトルの収益は『ロブロックス』が6,400万ドル(約67億5,440万円)、『キャンディクラッシュ』が9,800万ドル(約103億4,390万)、Pokémon Goは1億5,600万ドル(約164億6,580万円)にのぼっています。
3つのゲームの総収益は3億1,800万ドル(約335億6,800万)。これを単純に2分して30%ずつAppleとGoogleが受け取ったと考えると、両企業はこれら3つのゲームで1カ月に4,770万ドル(約50億3,520万円)を稼いだことになります。大きな視点で見れば、他のゲームと比較してEpic Gamesとの問題はAppleとGoogleにとってそれほど痛手はないはずです。
しかし、たとえAppleやGoogleにとって経済的損失が大きくなかったとしても、Epicには勝算があるのでしょう。
プレイヤーのゲーム愛はEpicを支援する
「Epic Gamesにとってこれ以上のタイミングはありません」とサグ氏は言います。「『フォートナイト』は今も世界で最も人気のあるゲームで、その人気ゆえにユーザはAppleよりEpic側につくでしょう。人はゲームに強い愛着を持っていますから」。
彼の説はあながち間違いではありません。たとえば今から15年前、人気ゲーム『スターウォーズギャラクシー』がニューゲームエンハンスメント(New Game Enhancement)という大規模アップデートを実行したところ、ゲームの根幹がひっくり返ってユーザが大混乱するという悲劇が起きました。ゲームが人々に及ぼす影響というのは、意外と大きいのです。
この騒動を機に、米国やEU当局も動く可能性がある
サグ氏はEpic Gamesによる「フォートナイトの乱」最大のポイントはタイミングだと確信しています。Epicによる訴訟が追い風となり、法務省がさらに強力な独占禁止法違反がらみの訴訟を起こす可能性があるのです。ご存知のとおり、EUもまたAppleには独禁法違反の恐れがあるとして、本格的な調査を開始しています。
サグ氏は、Apple側が折れる可能性は低く、何らかの強制力が働かない限り、Epic Gamesと合意することはないと見ています。Epicもまた『フォートナイト』で相当稼いでいますから、屈服することはなさそう。同社が今回の騒動を前々から計画していたなら、尚更です(そしておそらく、そう)。となると、いよいよAppleとGoogleが自身のポリシーを変更する時がきたということでしょうか。当局が本格的に動き出せば、自ら改訂をすすめるよりも不利な条件でそれを受け入れることになりかねませんから。
「世界はAppleとGoogleがグローバルなエコシステムを名乗ることを認めてしまっています。彼らは今、門番のようなもの。2社による複占です。追加の規制がなければ、この複占状態がどうなるのか、私にもわかりません」
第1ラウンドはEpic Gamesに軍配があがったとするなら、今後AppleとGoogleのストアポリシーに煮え湯を飲まされた Facebookや Microsoftといった企業が独自の訴訟を起こしてEpicの下克上に参戦する可能性は大いにあります。独占禁止法の捜査がすすみ、Epicがハイテクの巨人たちを狙い撃ちにする今、2社を巡るバトルは急転直下の展開を迎えています。激しい銃撃戦となることでしょう。
本件に関して米GizmodoはGoogleにコメントを求めていますが、いまだ返答はありません。