ポストコロナ時代の人間関係とは? 専門家に聞いてみた

ポストコロナ時代の人間関係とは? 専門家に聞いてみた
Image: Benjamin Currie/Gizmodo US

今年の3月以降「この状況がすべて終わったら」という言葉を何度聞いたでしょうか?

数十億回くらいでしょうか、最近ではそんな言葉も聞く機会が減ってきたような気がします。この状況がすべて終わることはないという事実を、みんなが認識し始めているからです。

私たちは、精神的にも、経済的にも、大きな打撃を受けました。もちろん、ワクチンの開発と効果には大きな期待を寄せていますが、そんなに一気にたくさんの事を解決できるわけではありません。ワクチンが普及したとしても、安心して外出できない、以前のような人付き合いができない…といった人たちによる、嘆きの記事がたくさん見られる未来がすでに想像できます。ほぼ確実に一部の人々にとって、このパンデミックの後遺症は、公共の場での生活を耐え難いものにするでしょう。

今回の米ギズモードのあらゆる疑問を専門家にぶつける「Giz Asks」シリーズでは、この新しい社会の現実が、今後どのようなものになるかについて、専門家に聞いてみました。数年後には元に戻るという方もいれば、全く別の世界になるだろうという方もいて、もちろん答えはひとつではありません。


Rebecca Adamsさんの意見

(UNC グリーンズボロ 社会学部教授)

「このパンデミックを乗り越えた後でも、多くの高齢者は、距離を保って接触を維持するようになるでしょう」

最終的に、このパンデミックが人間関係にどのような影響を与えるか考えるためには、すでに、このパンデミックが人間関係にどのような影響を与えているかを調べるのが最善の方法です。

私は高齢社会の人間学の研究者であり、主に高齢社会の友人関係やコミュニティの研究をしています。私自身も定年を目前に控え、今回のパンデミックについては、自分の老後のリハーサルのようなものだと考えています。このパンデミックについては、言うまでもなく悪い事がたくさんありました。良かった点があるとすれば、私と同年代(もしくは年上)の人々が新しい通信技術を使って、より多くの人たちと交流できるようになったことです。例えば、Zoomのソフトウェア開発のおかげで、3〜40年ぶりの友人とオンラインで時間を過ごすことができました。私の高校の同窓会もZoom化しています。パンデミックに襲われる前は誰も予想していなかったでしょう。

私が「友情」の研究を始めたはるか昔の1970年代後半は、友達ではなく家族だけが重要だと考えられていました。しかし現在、特に年齢を重ねるにつれて、友情は、健康的な生活のための重要な要素であることがわかってきました。

私自身、移動能力が限られたり、(COVID-19のせいではなく)私を取り巻く社会が狭くなっていく前に、Zoomやその他のテクノロジーがより一般的に使われ、より良いものが開発されていくというのは、心強くあります。

このパンデミックを乗り越えた後でも、多くの高齢者は、距離を保って接触を維持するようになるでしょう。そして、それは彼らにとって(あるいは私たちにとって)良いことであると言うべきでしょうか?

Adil Najamさんの意見

(フレデリック・S・パーディー・スクール・オブ・グローバル・スタディーズ学長、ボストン大学 国際関係学・地球環境学教授)

「この半年間、誰とも握手していないことで、自分の人生は悪くなったと言えるでしょうか?」

「アフターコロナ」の世界はありません。すでに新しい世界はここにあります。今、まさに我々の新しい習慣は構築されています。この「嵐」が過ぎ去った後には、我々は以前のように外に出て、元通りになると考えるのはナンセンスです。我々は「一時停止状態」にいる、いつかそこから抜け出すことができる…という風にはならないと確信しています。

10年後には起きていたであろう変化が加速しています。例えば自宅から食料品を購入することは想像以上に簡単になりました。楽しいこともあります。新しい習慣を定着させようとするZoomやInstacartのような企業にとっては、経済的なインセンティブがあったことを忘れてはいけません。

そしてこれは、何もかもが昔のように戻らない、ということでもありません。我々は永遠に家に引きこもっているわけにはいきませんし、できないでしょう。しかしこのコロナ時代に、私たちが開発している新しい習慣は、未来の習慣になると思います。ワクチンがあろうがなかろうが、もう2020年1月には戻れないのです。

習慣を生み出すことは難しく、そして破ることは難しい。再び我々は握手をすることはあるのでしょうか? それとも新しい非接触の挨拶の方法を開発するのでしょうか。この半年間、誰とも握手していないことで、自分の人生は悪くなったと言えるでしょうか? 実際はそんなことはないと思います。

現時点では、我々は昔に戻りたいと思っているかもしれません。でも3月の頃を覚えていますか? 1月は?

そんなに良くなかったんじゃないでしょうか。我々は、トラブルは一切なく、皆が幸せな世界に今も昔も生きていませんでした。我々は今、新しい世界を創造できるチャンスにあります。私は昔の世界に戻りたいかどうかわかりません。3月に残してきたものよりも、私は今よりも良い世界を望んでいます。

Robin Dunbarさんの意見

( オックスフォード大学 進化心理学 名誉教授)

「数年後には元の生活に戻るでしょう」

数年後には元の生活に戻るでしょう。過去に起こってきたパンデミックに基づけば、最初は人々は少し慎重になるでしょうが、症例や死亡者が減少するにつれて、人々は徐々に以前と同じようなことをするようになっていくでしょう。

今は誰もが在宅勤務の新しいワークスタイルについて語っていますが、それは続かないと思っています。人々は、1990年代から2000年代にすでに試みられていた事をすでに忘れてしまっているようです。在宅勤務でしばらくは、通勤の必要がないので、1時間遅く起きて子供を学校に送ったり、昼食後にゴルフをしたりするのはとてもいいことです。

しかしほとんどの人にとって、特にはじめて働く若い世代の人にとっては、仕事は社会生活そのものです。若い世代の人たちは、もっと仕事に没頭したがるようになります。また企業側も、在宅勤務状況では効率的に労働力が維持できないことに次第に気づき始めるでしょう。なぜならその企業の存在意義や目的を見失い、 (従業員は)コミュニティへの帰属意識を持たなくなり、代わりに生活目的を持ったコミュニティへの帰属意識を持つようになります。

そしてあなたに聞かれる前に答えておきましょう。デジタルメディアでは(実際に対面することとの)違いを生むことはできません。Zoomは、対面での交流と同じ感覚を持つようになるには、今よりもずっと優れていなければなりません。バーチャルビアハウスは本物のビアハウスではありません。(ドイツの)バイエルンの人はすでに知っていると思いますけどね。

Nicole Vincentさんの意見

(シドニー工科大学 学際イノベーション研究 上級講師)

「なぜ私たちは未だに普通に戻りたいと(思うの)でしょうか?「普通」とは、虐待的で、冷酷で、不公平で、有害で、極めて不潔でした」

パンデミックが終わったら、生活はどうなるのでしょうか?それはもちろん!我々の生活は普通に戻ります。私は皮肉を言っているわけではありません。それは苦しいこともあるでしょう。我々を瓦礫の中から掘り起こすには、時間と犠牲、そして痛みを伴い、それが終わったら、紀元前時代の粉々の工芸品を偶然見つけるかもしれません。しかし、物事は最終的にはウイルス以前の状態に戻るでしょう。

私の心を打ち付けるのは、なぜ、我々は未だに「普通」に戻りたいのかということです。「普通」とは、虐待的で、冷酷で、不公平で、有害で、極めて不潔でした。我々は全員ストックホルム症候群を患っているとでもいうのでしょうか?それとも前代未聞のストレスレベルのせいでコルチゾールレベルが上がって、我々の記憶力が低下したのかもしれません。

もしそうだとしたら、私の手を握り記憶の世界を散策してみましょう。そしてその関係を思い出し、その「普通」が我々に何をしてくれるのかを想像してみましょう。

風邪やインフルエンザにかかってしまったにも関わらず、体を引きずり何とか仕事に行こうとしていたことを、覚えていますか? 何十年もの間、無慈悲な勤務環境が新型コロナウイルスの蔓延と変異を助長してきました。風邪薬やインフルエンザ薬を飲んで症状を抑え込み、(薬によって)ポジティブな気持ちにすらさせてくれるおかげで、実際には病人でかつ周囲に感染させる可能性が高いにも関わらず、人々は仕事に向かっていました。

このパンデミックは医学的な問題として捉えられているため、医学的な解決策を模索し続けていますが、看過されているのは、我々の愛する「普通(の生活様式)」が、ウイルスを助長するために貢献してきたという、医学的ではない多くの因果関係です。

人類滅亡の弾丸をかわすために、今すぐ冷静になって、永久に「普通」を捨て去らないといけません。そろそろパンデミック後の世界で生きたいと願うふりはやめましょう。それらは、無邪気で、無害で、因果的に不活性です。我々はその状況下にあり、それが我々の窮状を最も正確に説明することができます。一度この状況に沈みきってしまえば、その後、医学的なフレームへの固定観念を払拭し、この複雑な状況を構成する因果関係の範囲を解明しはじめることができます。

しっかり現実を把握した後に、その因果関係の要因(例えば通勤ラッシュなど集団過密状態を作り出し、ウイルスが山火事のように広がるのを助長すること)を知り、効果的なCOVID-19の戦略を策定し始めることができます。このパンデミックと戦うためのとてつもない重荷のほぼ全てを、医療関係者や健康専門家の肩に負わせるのではなく、我々の命を救うために献身的に取り組んでいる信じられないほどの人々が、異常な率で彼らの命を主張しています。我々の命を脅かす「普通」への渇望から、緊急に助けを求めるべきです。

ワクチンや治療法、そしてパンデミックの前の生活に戻ることができるようにとに希望をつなげるだけでなく、ワクチンを見つけようが見つけまいが、人類滅亡のを回避する道を歩んでみてはどうでしょうか?

Srividya Jandhyalaさんの意見

(エセックビジネススクール経営学科准教授)

2つの、全く異なるシナリオが考えられます。最初のシナリオは、パンデミックで挑戦してきたことがが薄れ始めます。世界中の政府がウイルスをコントール下に置くことができるようになります。ワクチンは有望視され効果を発揮します。旅行や物理的な距離のガイドラインが緩和されます。政府の大規模な景気刺激策が効果を発揮し、経済は(恐れいたL字型ではなく)V字型またはU字型に回復します。

地政学的緊張が一段下がると、国境を越えて、ヒト、モノ、アイデア、サービスの交流が再開するか、あるいは加速します。このシナリオ状上は、生活はパンデミック前の時代のようになる可能性が高いでしょう(より楽観的でさらに良くなる)。

一方で、パンデミックはグローバル化と自由経済秩序への挑戦を加速させます。政府は制限を半永久的なものと見なしています。旅行の制限や検疫規則は緩和されるかもしれませんが、国内でも国外でも、なくなるということはありません。経済回復は遅いです。貿易紛争はエスカレートし、国をまたいでより大きな分裂が起こります。このようなシナリオでの社会生活は、パンデミック前の時代とは大きく異なるものとなるでしょう。旅行は時間的にも金銭的にも高コストになるため、旅行をする人は少なくなります。地元の農産物がブームになりますが、環境への配慮ではなく、遠くの農場から食品が空輸されることが難しくなっていくからです。サプライチェーンは再編成され、製品を選択することと品質が制限されるかもしれません。

また人々は、国や世界をまたぐことができる格安航空券に頼れなくなるため、地元での社会的交流を深めることに投資をするかもしれません。

最終的にパンデミック後の生活は、誰にとっても同じではないでしょう。向こう側の社会生活は、生活経験と、広範な経済的・政治的状況の組み合わせを反映していくことになるでしょう。このパンデミックは、それを意義のある形に変化させてしまうかもしれないし、波紋を起こすだけかもしれません。

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