過去50年間で最大の「科学的不正」とは?

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  • author Daniel Kolitz - Gizmodo US
  • [原文]
  • Kenji P. Miyajima
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過去50年間で最大の「科学的不正」とは?
Image: Chelsea Beck/Gizmodo

ジャーナリストやクラブのプロモーター、金融業者であれば、詐欺行為は常にギャンブルです。バレてしまった日には、公の場で恥をかかされたり、Netflixのドキュメンタリーや人気のあるポッドキャストで自分の悪行が何度も何度も再生されたりするかもしれませんが、ひょっとするとバレずに逃げ切れるかもしれません。でも、もしあなたが科学者で、再現可能性が基本原則の分野で働いているとしたら、不正行為はまったく無意味です。だってバレちゃう可能性が高いですから。なのに信じられないことに、そのリスクのスリルに身を置いてしまう人がいるものなんです。そんなわけで今回は、過去半世紀で最大の科学的不正行為について科学史家に話を聞いてみました。

気候変動否定にもつながったたばこ産業の「たばこはガンの原因ではない」という主張

ロバート・N・プロクター教授(スタンフォード大学科学史&呼吸器内科)

世界最大の科学的詐欺といえば、たばこはガンの原因ではないと主張した「たばこ研究評議会(Council for Tobacco Research)」でしょう。たばこが死因になるという証拠から目をそらすための巨大たばこ産業の努力は1954年に始まりました。「たばこ以外の何かが癌の原因になっている」と言ってくれる世界有数の大学に在籍していたトップクラスの学者たちに、何億ドルものお金がつぎ込まれました。

27人のノーベル賞受賞者がたばこ産業から金を受け取るなど、すべての主要大学に札束攻撃が行われました。ミシガン大学は最近、その影響でCTRの主任科学者だったクラレンス・クック・リトルの名前を建物から排除しました。この出来事はたばこ産業寄りに科学をねじ曲げた彼の極悪非道っぷりを表しています。優生学についてもかなりひどい考えを持っていたようです。

たばこ産業の欺瞞は、他の分野における科学的詐欺に道を開いたことから、過去最大のものだと言えます。もしも巨大な石油産業が温暖化が起こっているかどうかを調べるために「もっと調査が必要だ」と主張しているとしたら、それはたばこ産業から学んだトリックです。その他にも数え切れないほどの汚染者たちが、このトリックを学んできました。学者を雇って事実を否定し、対策を遅らせ、問題をはぐらかし、賛否双方のバランスをとるために「もっと調査を」と要求するんです。大手たばこ企業は、嘘はいつかバレることを理解していましたが、まさか自分たちの詐欺行為がここまで広く真似されるとは思っていなかったはずです。たばこ以上に致命的な科学的詐欺を挙げるのは難しいでしょう。だからこそ、私たちはこれを「最大の詐欺」と評価できるのです。

「3種混合ワクチンは自閉症と関連がある」と主張した不正研究

キャサリン・A・パンドラ准教授(オクラホマ大学科学史)

私は、アンドリュー・ウェイクフィールド氏と12人の共著者による、3種混合ワクチン(麻疹、おたふく風邪、風疹)が自閉症の発症と関連していると主張した、1998年と2002年の日和見主義的な研究論文を過去50年間で最大の詐欺として推薦します。ウェイクフィールド氏の「ワクチンは自閉症を引き起こす」という短絡的な主張を、科学当局やメディアが厳しく精査もせずに野放しにしたことによって、過去20年間の小児疾患に関するワクチン接種の躊躇が増えたという点で国際的に深刻な結果をもたらしました。新型コロナウイルスワクチンの研究結果を信じない人がいることにもその影響が表れています。

ウェイクフィールド氏の研究は、不正行為が公然と行なわれた例であり、その無法ぶりにギョッとします。この研究には対照群の欠如や非盲検試験によるデータへの依存など、構成に基本的な欠陥があり、またサンプル数の少なさやケーススタディの使用などが、誤った解釈を導き出しました。このような構成から導き出されたデータは示唆的ではあっても、強力な因果関係を主張できるようなレベルではありません。倫理的な問題も認識されず、金銭的利害対立も取り沙汰されないままでした。さらに再現不可能だったため、その後の議論にも繋がりませんでした。こういう方法論的な欠点(学部レベルの研究デザインの入門コースで扱われるようなもの)がある場合、完全に拒絶とまではいかなくても、大幅な修正なしで研究が出版されることはないはずなんです。

自閉症に関する知識の欠如、幼い子どもへのリスクを判断する責任を負う(知識がない故の)親の恐怖、メディアの誇大広告によって助長された問題のあるジャーナリズムの慣行、数十億ドルにおよぶ製薬業界の利益追求に対する世間の疑念などの社会環境の脆弱性が背景にあった上に、ランセットのような権威ある雑誌に掲載されてしまったために、このような研究結果でも日和見感染症のように広がりました。こういった条件を取り除けば不正行為に対する第二の防波堤になり得るのですが、今日もまだ依然として懸念されている分野ですね。

ランセット誌による論文の撤回とウェイクフィールド氏への制裁、そして誤りを見つけるための事後分析は、この出来事によって失った信頼を取り戻すためにとても重要なものでした。しかしながら、この研究の失敗にはさらに大きな問題が潜んでおり、真剣に考える必要があります。不正や誤りによって何百万人もの命に深刻な悪影響を及ぼす可能性がある研究は、優れた研究と呼ばれるために必要な最低限の基準を満たすだけでなく、より慎重なレベルの精査を受けても耐えられるようにすべきなのです。まだ十分ではありません。

異分野間の不正を比較してもしょうがないので、なしということで

フェリシタス・ハッセルマン氏(フンボルト大学ベルリン社会科学部研究助手)

科学的詐欺や不正行為のすべてのケース(さらには疑惑も)は、それ自体が大きな意味を持っています。これらの事件は非常に深刻でストレスの溜まる出来事でもありますし、関係者はとても混乱して苦痛を感じることがあります。告発された研究者だけでなく、過去に彼らを信じ、頼りにして一緒に仕事をしてきた多くの研究者や学生にも、深刻な負の影響をもたらす可能性があります。不正行為で告発され、後に無罪放免になった多くの研究者が、その過程で健康への悪影響を受けたと報告しています。

しかし、私が思いつくような不正行為は、研究の方向性を根本的に変えるほど大きなものではありませんでした。多くの研究者は、科学には自己解決能力があるという強い信念を持っています。たとえ詐欺的な主張がハッキリわかる形で発見されなかったとしても、その後の研究で再現されたり裏付けられたりすることも、生産的なフォローアップの疑問につながることもなく、最終的にはかき消されてしまうだけなのです。さらに詐欺的な主張の多くは、特に奇抜なものでも画期的なものでもなく、その研究そのものを反映するような中途半端なものであることが多いのです。不正な研究の中にも、研究の状況や考えられる結果を非常によく反映していたおかげで、その後の研究で実際に信頼できることが判明したケースもあります(もちろんこれは「そもそも不正な研究とは何なのか?」という大きな問いかけでもあります)。でも、もしも事実だったなら世界の理解を根本的に変えてしまうような主張が含まれているケースは稀です。これもまた、すぐピンとくると思います。例えば紙幣を偽造する場合、肖像画を別人にしたりせずに、できるだけオリジナルに似せて作りたいと思うでしょう。

さらに不正行為は、特定の学術コミュニティとその分野に特化した知識との関係においてのみ大事件になり得ます。仮定の話になりますが、音楽学者がベートーヴェンの作曲様式について知っていると主張していたことのほとんどすべてが不正だったことが発覚したとして、それが音楽学界を根底から揺るがすものであったとしても、がん生物学者が影響を受けることはあまりないでしょう。ある事件が他の事件よりも「大きい」と主張するのは、ある種の知識や研究を他のものよりも優先することを意味します。私はそんなことはしたくありません。


気候変動の科学と政治、環境正義や環境倫理問題を学んだ者としては、やはり気候変動を否定する勢力に道を開いた、たばこ産業の科学的事実に反する主張と、科学的事実を否定できなければ科学そのものや科学者に対する疑惑を一般市民に抱かせればいいというやり方を最大の不正に選んじゃいますね…。