【ネタバレあり】『TENET』を物理学っぽくレビュー。科学的根拠はあやしいけど、カッコいいから許す!!

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  • author Ryan F. Mandelbaum - Gizmodo US
  • [原文]
  • 山田ちとら
【ネタバレあり】『TENET』を物理学っぽくレビュー。科学的根拠はあやしいけど、カッコいいから許す!!
Image: Warner Bros. Pictures via Gizmodo US

※本記事は、映画『TENET テネット』のネタバレを含みます。事前情報なしで同作を楽しまれたい方は、鑑賞後に読まれることをおすすめします。

超難解だけど、なんかハマった!

日本ではリピーターも続出し、メディアやSNSでも話題になったクリストファー・ノーラン監督のSF映画『TENET テネット』(以下『TENET』)。「時間の逆行」と呼ばれる装置が開発され、人や物が過去へ移動できるようになっているという設定なんですが、プロットが複雑すぎて理解が追いつかない…!

そこで、ギズモード・ジャパンは東京工業大学理学院物理学系助教の山崎詩郎先生にお話を伺い、量子物理学の知見から『TENET』を解き明かしてもらいました。詳細はこちらからどうぞ。

また、このたび米Gizmodoは元ギズのサイエンスライターだったRyan F. Mandelbaum氏を召喚し、同じく量子物理学の知見から『TENET』をレビューしてもらっています。

ふたりの話に共通しているのはアツい「ノーラン愛」。以下、Mandelbaum氏のレビューをどうぞ。


「頭で理解しようとしないで」と科学者が主人公に語るシーンがあります。「ただ感じ取ってみて」。クリストファー・ノーラン監督の最新作『TENET』の中で、主人公が最初に時間の逆行について説明を受ける重要なシーンです。

『TENET』に出てくる物理学の概念は、頭で理解できないところも、現実に即していないところも多々ありますが、それでも圧倒的に魅力的な映画に仕上がっています。「SATOR式」と呼ばれるラテン語の回文や、T.S.エリオットの詩『The Hollow Men(空ろな人間)』、旧ソビエト連邦の閉鎖都市など、興味深いモチーフがたくさん盛り込まれているのもツボですね。

僕は物理学者ではないですけど、この映画がいかにリアルな物理学の概念を想像力豊かに解釈しているかわかりますし、すばらしいなとも思います。ノーラン監督の過去作『メメント』、『インセプション』、『インターステラー』と並んで、自分は頭がいいと思っている人同士がお互いに勧め合う映画の仲間入りを堂々と果たしているんじゃないでしょうか。少なくとも、僕自身はめちゃくちゃ楽しめました

時間で挟み撃ち

『TENET』をざっくりまとめると、時間と空間の中で繰り広げられる追いかけっこ、といったところでしょうか。ジョン・デビッド・ワシントン演じる謎多き主人公(おそらくCIAエージェント)が同じくエージェントであるニール(ロバート・パティンソン)の力を借りながら、時間を自由に行き来できるミステリアスな武器商人、アンドレイ・セイター(ケネス・ブラナー)の悪だくみを阻止するべく奮闘する、というのがおおまかな筋書きです。これまでのノーラン作品同様、映画はまずたっぷりと時間をかけて伏線を張るところから始まり、次第に事の関係性が明らかになってきた頃にはすでに映画の終盤にさしかかっているといった塩梅。

時間の流れが一定方向ではないのが本作の特徴なんですが、では悪いやつらをとっちめるために時空を飛び越えてタイムトラベルするのかといえばそうではなく、例の「時間の逆行」装置を利用して時間を逆方向に進んでいくんです。アクションシーンでは時間を巡行している人と逆行している人とが混在していて、彼らが放った弾丸が銃口から飛び出したり逆に銃口に収まったり、爆弾が炸裂したかと思えば逆に飛び散ったかけらが集結して使用前の爆弾になったりと、時間の流れの向きが異なるアクションが並行して展開します

映画の見せ場において最重要となっているコンセプトは「時間挟撃作戦(temporal pincer movement)」。通常の軍事戦略がいうところの挟撃作戦は、敵の前後にまわりこんで空間的に挟み撃ちすることです。ところが『TENET』においての時間挟撃作戦では、決められたある時刻にちょうど同じタイミングでたどり着くように、過去から未来へ、未来から過去へと進みながら敵を出し抜こうとするんですね。

「時間の逆行」装置って?

「時間の逆行」装置に関しては、テクノロジーの描写が非常にあやふやです。知っているのは開発者が作ったことを後悔していたということぐらいで、この装置がどのように開発されたのかを知る手がかりはほかにありません。装置自体についても詳しい説明はありません。映画の中で見るかぎりはホテルの入り口などに設置されている回転ドアっぽい構造になっていますが、それ以上のディテールについては「あまり考えるな」と劇中で複数の人物が主人公を諭しており、同時にそのメッセージは観客席の私たちにも向けられています。

でも、それでよかったと僕は思うんです。なぜなら、あまり難しいことは考えずに迫力の戦闘シーンを楽しめますし、さらに重要なことに、細かく説明されていないからこそもっと踏み込んで議論したい人に物理学の理論で遊ぶ余地を残しているからです。

時間の流れは一定ではない

『TENET』の根底に流れる物理学の概念は時間です。我々の宇宙において時間の流れは常に一方向に体験されるものであって、多方向に進める空間次元とは異なります。ただし、物理学におけるどの運動の法則も、時間の流れに逆行することを禁じてはいません

さらに、普遍的で一定のスピードで進むかのように感じられる時間も、じつは相対的に速まったり、遅くなったりしていることをアインシュタインが特殊相対性理論の中で明らかにしています。特殊相対性理論は時間を空間の一次元と捉え、体験者によって異なる性質を持つものとしています。たとえば、光速に近いスピードで移動している人にとって時間は普通に流れているものの、静止している傍観者の時間は速く流れているように見受けられ、その傍観者が自分よりも速く歳をとっているように見えます。特殊相対性理論が明らかにしたこの時間の性質は、数々の興味深い思想実験やパラドックスを生み出しています。

エントロピーとは

とはいうものの、現実の世界では時間は常に過去から未来へと進んでいます。これは概ねエントロピーによるものです。

「エントロピー」とは物質が持つ性質のひとつで、なにかしらのアクション(化学反応など)が起こるために必要なエネルギーがどれだけないかを表しています。もうちょっと説明しますね。

どんな物理的なシステムにおいても、なにかのアクションが起こるためには秩序あるふるまいをしているエネルギーが必要です。エントロピーが増大すればするほど、この秩序あるエネルギーは失われ、混沌とした無秩序が広がっていきます。

熱力学の第二法則は、いかなる独立したシステムにおいても時間の経過とともにエントロピーは増大するとしています。積み木のタワーを思い浮かべてみてください。密室内で積み木の塔を作ってから放置したら、いずれ塔は崩れ落ちるでしょう。しかし、その部屋に入ることができて、しかも崩れてしまった部分を補修できたとしたら、一時的にエントロピーを減らすことは可能です。しかし、この広大な宇宙をひとつの独立したシステムと見なした場合では、時間の経過とともにエントロピーは増大する一方なので、最終的に宇宙は崩れ落ちる運命をたどります。

熱力学第二法則(エントロピー法則とも)は物理学の法則の中でもある特異な性質を持っています。それは、法則が定めるほとんどの現象に方向性がなく、前にも後にも同様に進めることです。ただし、エントロピーだけは常に一方通行で、時間の経過とともに必ず増大します。ですから、実世界においてはエントロピーの増大が時間の経過を表しているともいえます。

そこで、ノーラン監督は『TENET』の世界において「エントロピーを減少させたら時間も逆方向に進む」という仮定のもと──もっと正確には熱力学第二法則を無効化できたらという仮定のもと、私たちの世界に特殊相対性理論を当てはめてみたらどういうふうになっちゃうんだろうか?という物理学者さえも悩ませる難題を深掘りしているわけです。

もちろん、このエントロピーを逆方向に進行させる(=減少の方向に向かわせる)という仮定は現実世界ではありえません。

反物質と時間の方向性

冒頭で紹介したシーンで主人公にこのエントロピーの逆行について説明していた科学者のローラは、多くは語らずとも放射エネルギーと反物質が関係しているとほのめかしています。

この反物質というのは物理学者の卵たちが実際大学初期の授業で教えこまれる概念で、私たちの世界に存在する物質を作り上げている粒子とは左右対称で真逆の電荷を持っている粒子を指しています。興味深いことに、反物質を表す数学的な知見によれば、反物質は時間を逆行している物質とまったく同等だということが導き出されるんですね。かの有名なファインマン・ダイヤグラムもこのことを表しています。

ファインマン・ダイヤグラム。左から右へと時間軸が進行しています。左側の黒い線は時間に順行してきた電子がなにかにぶつかって陽電子(電子の反物質)となり、時間を逆行し始める様子が表されています。
Image: Public Domain via Gizmodo US

ただし、物理学者の多くは反物質が時間を逆行している物質だとは考えていないようです。数学的にそのような意味にもとれる、ぐらいのことだけなのかもしれませんが、それでも想像してみるとワクワクしますよね。物質が反物質と衝突したらお互い消滅し合うのではなくて、進んでいる時間の方向が逆になるだけだったとしたら…!

実際『TENET』では時間を逆行している人物が自身の反物質的な存在であることを暗に語っています。もし時間を順行している自分と衝突してしまったら消滅しちゃうよ、と脅されているからです。

もちろん、『TENET』の登場人物たちは反物質でできているわけではないでしょう。もしそうだったら、「時間の逆行」装置を出たとたんに物質と衝突し合って、一瞬で消滅するでしょうから。このような事態を回避するために、映画では逆行している登場人物たちにいろいろな道具を与えています。ロサンゼルス・タイムスの記事で物理学者のClaudia De Rham氏も語っていたとおり、逆行している世界でも息をできるようにと酸素マスクを持参しているところは理に叶っていると思います。でも、火が凍らせるっていうのはちょっと納得がいかなかったかな。

量子力学の不可思議な世界

時にあやしげな物理学的描写はさておき、ノーラン監督は『TENET』の中で「量子物理学から導き出せる量子の不可思議なふるまいを私たちのマクロな世界に適用してみたらどうなるか?」という、物理学者も真剣に悩んでいる問題にチャレンジしています。

たとえば、もし物理学の飛躍的な発展に伴ってタイムトラベルが可能になったとして、過去に戻ってあなたのご先祖様を殺害してしまったらあなたはどうなるのでしょう? ご先祖様が生きていなかったらあなたもこの世に生まれないことになるのですから、殺した時点であなたも消滅してしまうのでしょうか?(この思考実験は「親殺しのパラドックス」とも言われます。)

『TENET』の登場人物のニールは、もし殺害してしまったら新たなパラレルワールドに突入するかもしれないと劇中で語っています(そしていつもどおり主人公に「考えすぎるなよ」ともアドバイスしています)。これは量子力学における「多世界解釈(Many Worlds Interpretation )」にあたり、量子の状態が観測されないかぎりは重ね合わせで同時に存在していることから親殺しのパラドックスを次のように解釈します。

ふたつの並行した世界があり、ひとつの世界では祖先を殺したことで私も死に、そしてもうひとつの世界では祖先を殺しても私は生き残る。どちらの世界にいるのかは、自分の状態を計測すれば判明する。

『TENET』はこのような問題と向き合ってきたオッペンハイマー、ホイーラー、ファインマンを含む量子力学界の巨匠たちにもオマージュしています。現在でも量子計算の分野では量子状態に置かれたシステムの半分だけ時間を逆行させようと研究に励んでいる科学者もいるそうですが、これはどちらかというと数学における技術的な側面であって、本当に情報を未来から過去に送る試みではないようです。

量子物理学者も絶賛するノーラン・スタイル

X(旧Google X Lab)に所属する量子物理学者のGuillaume Verdon氏は、『TENET』にはところどころ不正確なところもあるものの、観ていて気にならなかったそうです。

「クリストファー・ノーラン監督の映画の大ファンでね。映像が美しいし、サントラも最高だ。彼の映画を見ると考えさせられることが多くて、パズルを完成させるみたいに謎解きにハマってしまうんだよ」とVerdon氏は語っています。そして、物理学者と同じような難題やパラドックスに挑みつつ、映画作品としての物語を作り上げていくノーラン・スタイルが好きだとも話してくれました。

『TENET』の登場人物たちが繰り返し言っているように、あんまり深く考えなくたっていいんです。もしわかったとしても天才ってわけではないし、わからなかったからって馬鹿だというわけでもない。

映画全体を特殊効果が織りなすひとつの壮大なタペストリーだと思って楽しんでください。その上で、もし興味があったら、映画を観たあとに科学的な知識を補えばいいんです。

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