南極の氷の下900mで謎の生物発見。氷点下の海中にたたずむのは…

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  • author Dharna Noor and Isaac Schultz - Gizmodo Earther
  • [原文]
  • 福田ミホ
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南極の氷の下900mで謎の生物発見。氷点下の海中にたたずむのは…
Image: (c) 2021 Griffiths, Anker, Linse, Maxwell, Post, Stevens, Tulaczyk and Smith

なぜか海綿が。

2016年、複数分野をまたいだ研究チームが、南極の巨大な棚氷の下の生態系を解明すべく現地に赴きました。そのうち地質学者のチームは、棚氷の南東にあるウェッデル海の巨大なフィルヒナー・ロンネ棚氷の下の動画を撮影していました。

でも地質学チームにとって、それは残念な結果でした。氷の下900メートルも深く掘り進んだのに、巨大な岩が邪魔して良い地質標本がなかなか採取できなかったのです。彼らは失意の中、ケンブリッジ大学の研究室に動画を持ち帰りました。ほしかったのは動画でなく、棚氷の堆積物標本だったのにと思いながら。

Video: Gizmodo/YouTube

動画に映った謎の生物

でもケンブリッジ大学でその動画を見た生物学者は、思いがけず歓喜しました。棚氷を掘り進むドリルに取り付けたGoProが捉えたその動画には、海綿らしき謎の動物たちが映っていたからです。それは衝撃でもありました。南極で二番目に大きいフィルヒナー・ロンネ棚氷の下の環境は、生命体がほぼ生きられないような過酷なものなんです。温度はつねに華氏28度(摂氏マイナス2.2度)を下回るし、つねに真っ暗です。彼らの発見は先日、学術誌『Frontiers in Marine Science』に論文として発表されました。

サハラ砂漠の真ん中で熱帯雨林のかけらを見つけるようなものです」未知の生物の観察を率いた英国南極観測局の海洋生物学者、Huw Griffiths氏は言います。「そんなものがあるのは、おかしな場所なんです」。

「この発見は、我々が棚氷の下で見つけようとしていたものとは真逆です」と彼は付け加えます。

移動できない海綿動物がなぜかここに

氷の下は住みやすくはないにしても、ダイナミックな世界ではあります。巨大な氷のかたまりの下に入っていた岩は、氷の層が1枚また1枚とはがれるとともに海中に脱落していきます。海の落石は潜水艇など人間にとっては危険ですが、その上にはさまざまな種が住み着いていて、南極海綿もそのひとつかもしれないし、他にももっと謎めいた生物が存在しています。

しかも研究者たちはすぐに、動画に写った生物がフィルター・フィーダーだと認識しました。フィルター・フィーダーとは、水中に浮かぶ物質や食物の粒子をフィルターのように濾し取って食べる生き物のことです。ただこのフィルヒナー・ロンネ棚氷の海綿は、彼らの食料があると思しき外洋から260kmも離れた場所に生息しているんです。海綿は一応「動物」ですが、通常は岩にくっついて生きていて、食料を見つけるために移動することはありません。

「我々は魚や甲殻類のように、自ら移動して食料を探せる動物を見つけることは予想していました」とGriffiths氏。「この動画にある生物は岩にくっついているので動けません。つまり、彼らは食料が来るのを待つしかないのです!」

Griffiths氏は、そんな従来の仮説にはまったく反したこの生物の発見を論文にまとめた主著者です。その論文の内容は「どんな生き物ならエクストリームな環境でも生きていかれるのか」に関して。ただしGriffiths氏らは、この生物たちが生きるのに必要な食料をどう調達しているのか完全に理解してはいません。彼らはこの生物について、今後より理解を深めたいと考えています。

生態系理解から、生物進化の謎に迫れるかも

「まだ限られた観察によるとはいえ、南極海綿動物に関するパズルの重要なピースを発見できたのは素晴らしいです」と、この論文には関わっていないチリ南極研究所の生物学者、César Cárdenas Alarcón氏はメールでコメントしています。「この研究は、レアな生態系の理解のために分野を越えた研究航海を増やすことの重要性を強く示してもいます。それはまた、地球温暖化の影響で棚氷の崩壊が進むと考えられる中、今後起こりうるシナリオを理解していくためにも必要です」。

超低温の海中生物の発見により、スノーボールアース仮説を精査したくなる研究者もいるかもしれません。スノーボールアース仮説では、地球が6億年以上前、地球全体が雪玉になるような厳寒期(最近の氷河期なんて生ぬるいくらいの)を脱するまで、複雑な多細胞生物は存在しえなかったとされてるんです。でも今、エクストリームな環境に適応した謎の生物が見つかっているわけです。ただし、より理解を深めるには、もっと精緻な計画が必要になりそうです。

地球はまだまだ謎だらけ

「我々の疑問に答えるには、これら生物とその環境をつぶさに観察する方法を探さねばなりません。そしてその環境は、氷の下900メートルにあります」と彼は言います。「つまり極地研究者として、我々は新たな方法を見つけて謎の生物を研究し、新しい疑問に答えていく必要があるのです」。

今回の発見が示しているのは、地球上でも普段人間の目が触れていない場所に関して、まだまだ学ぶことがあるということです。でもこの論文にもあるとおり、こうした生態系について研究する機会は今失われつつあるのかもしれません。海水温度が上昇し、南極の棚氷の多くは崩壊の危機に直面していて、フィルヒナー・ロンネ棚氷も例外ではありません。この棚氷が崩れれば、そこに生息する謎の生物も生きていけるかわかりません。そして彼ら生物は、この気候変動で我々が失うであろう巨大な自然界のごく一部に過ぎないのです。

「生物学者たちは、我々がすべての仕組みを理解していると思いがちです」とGriffiths氏は言います。「我々が知るあらゆることに反する何かを見せられると、それが何であれとにかく、わくわくしてしまうのです。」