わたしたちがフツーじゃないのかも。
地球人は、地球のように海と陸と太陽光に恵まれた環境こそが生命を育むのに最適な環境だと思いがちです。だってそれしか知らないわけですしね。でも、この広い宇宙には地球よりもさらに生存しやすく、適応しやすい環境が存在していて、もしもそれが分厚い氷の下に閉ざされた海だったとしたら?
土星の衛星エンケラドゥスやタイタン、そして木星の衛星エウロパのように凍てついた地表の下に広大な海を隠し持っている(と考えられている)天体は、地球のような天体よりずっと多く存在していると考えられるそうです。さらに、もしそのような海が生命を育むのに最適な環境だとしたら、この広い宇宙のどこかで地球外生命体が生まれていたとしてもなんら不自然ではありません。
むしろ、そういう星にこそ宇宙人のみなさんが住んでいらっしゃるんじゃないか、と惑星科学者のS. Alan Stern氏は考えているそうです。ただし、氷の海の住人は分厚い氷の層に阻まれてほかの世界から遮断されているため、ほかの知的文明と連絡を取り合えない状況にあるとも考えられるのだとか。そうなるともう「フェルミのパラドックス」さえも説明できちゃうので、突飛ではありますがなかなか興味深い仮説ですよね。
氷の下に広がるあたたかい海
「氷の海」と聞くと冷たくていかにも生命を寄せつけなさそうですが、実はエンケラドゥス、タイタン、そしてエウロパの地下海は土星や木星の強大な重力が生み出す潮汐力によって温められていると考えられています。さらに、これらの海では絶えず複雑な化学反応が起きていて、宇宙生物学者の目には生物が存在していてもおかしくない環境に映るそうなのです。したがって、まだ観測されてはいないものの、ひょっとしたらすでに微生物やら青白く発光するサメやらが海の底でうごめいている可能性もあるわけです。

これらの地下海を持つ天体は、いずれも太陽系のハビタブルゾーンから外れているのも興味深い共通点です。
人類が知るかぎり、液体の水は生命に不可欠です。この液体の水が地表に存在できるどうかを左右する条件のひとつが主星からの距離。ちょうどいいところを「ハビタブルゾーン」といって、もちろん地球はバッチリ太陽系のハビタブルゾーン内に位置しているんですが、実は火星と金星もなんです。ところが、現在の火星と金星の地表面に液体の水は確認されていません。このことから、ハビタブルゾーンに位置しているからといって必ずしも海の存在、そして生命の誕生が保証されるわけではないことがわかります。逆に、ハビタブルゾーン内に位置していないからって海が存在できないわけじゃないことも徐々にわかってきています。これらの例が既出のエンケラドゥス、タイタンやエウロパです(タイタンには水ではなくメタンの海が広がっているようですが)。
氷に閉ざされた楽園?
地下海を持つ天体が太陽系内だけでもこれだけ多く確認されているのなら、太陽系外でも同じようにありふれているのではないか?と考えたのが米テキサス州のサウスウェスト研究所に所属する惑星科学者のS. Alan Stern教授です。Stern氏はさらに一歩踏みこんで、これらの地下海が地表面よりも生命に適した環境であり、生命の誕生と維持にアドバンテージとなる可能性をも指摘しています。
なぜ分厚い氷に閉ざされた暗い深い海が、地上面よりもサバイバルに適していると考えられるのでしょうか?
第52回「Lunar and Planetary Science Conference」にて発表された簡潔なレポートで、Stern氏はまず地下海の居住性が天体の種類・軌道の離心率・主星までの距離などの条件に左右されないことを指摘しています。その上で、そもそも地下海が生命を維持するには太陽光すら必要ないと言っていますが、これは「自由浮遊惑星(rogue planet)」と呼ばれる天体にもし衛星が存在していたら、という話。
念のため書いておくと、自由浮遊惑星の存在はすでに確認済みですが、その自由浮遊惑星に惑星が存在しているケースはまだ確認されていません。ただ、自由浮遊惑星は天の川銀河だけでもざっと何千億、ひょっとしたら1兆個は飛び回っているんじゃないかと見積もられていますから、もし衛星を伴っていれば膨大な数の衛星の中のどれかにはエンケラドゥスのような地下海が存在している可能性が高くなり、そのうちどれかには生命が宿っている可能性も高くなるんじゃないか、という推察なんですね。
さらに、地下海は天然の防衛システムにも恵まれています。最長5kmにも及ぶ分厚い氷の層が表面を覆っているので、海の中で誕生した生命は「外部からの攻撃に対する環境的安定性」を保証されており、隕石が降ってこようが、太陽フレアや宇宙放射線にさらされようが、激烈な環境変化や超新星爆発に見舞われようがへっちゃらなはずなのです。
ところが、この分厚い氷のシールドが外部からの観測さえも一切拒んでいると考えられるのが悩ましいところ。分厚い氷の下を覗きたいならば、現時点では想像もつかないような高度な望遠鏡が必要となってきますし、太陽系外衛星を観測する技術も必要となってきます。現在に至るまでおよそ4,300個ほどの太陽系外惑星が確認されているものの、その中から衛星を見つけ出すことはまだできていません。
フェルミのパラドックス
Stern氏の論点をまとめると、「地下海を持っている天体のほうが地球タイプの天体よりも圧倒的に数が多いのだから、生命が存在している確率が高いんじゃないか?」ということになります。さらにStern氏は、もしどこかの地下海に知的生命体が誕生していたら、どのような進化の過程をたどり、どのように氷で閉ざされた世界を認知するのだろうか?という問題についても熟考しており、このように書いています。
もし地下海に知的生命体が生息していたら、彼らは氷に閉ざされた世界の外側を認知しておらず、ましてやその先に広がる宇宙の存在を知らないかもしれません。もし知っていたとしても、その危険に満ちた世界を探検したり、開拓してみたいとは思い難いのではないでしょうか。このような閉ざされた海で発達した文明は、地球のような星で発達した文明と比べると宇宙へ進出していくことに対して不利な立場にいると考えられます。なぜなら、どこへいくにも大量の水を携帯しなければ生存できないからです。
なんだかSF物語の筋書きのようにも読めますね。しかしStern氏が提案しているこのシナリオは、長らく天文学者を悩ませている「フェルミのパラドックス」に解を与えているのも事実です。地球外知的生命体がもし本当に存在しているのなら、なぜあちらから連絡をよこしてきたことがないのだろう?というのがパラドックスの要約ですが、そもそも環境的外因に妨げられて連絡できないのかもしれない、というのです。
地下の海をたゆたう未知の地球外生命体は、あくまで可能性上の話でしかありません。それでも、地球とまったく異なる環境で進化した生命体がどんないでたちをしているのか想像するだけでワクワクしますし(なんとなく深海魚)、もし太陽系内にもそのような閉ざされた世界が存在していたら、いつか探査機を送りこんで確かめてみることもできるんじゃないかって期待してしまいます。
実際、NASAは2030年代にドローン探査機「ドラゴンフライ」を土星の衛星タイタンに送りこむ予定だそうです。もしかしたら、メタンの海の秘密が暴かれる日はそう遠くないかもしれません。
Reference: Universities Space Research Association(PDF)