「大変な状況=大きく変わるチャンス」。
学生に向け、「どこにいてもMacで創造性を発揮できる」というメッセージが込められたAppleのキャンペーン「Macの向こうから - 日本でつくる」。
日本全国、47都道府県であらゆる創造的な活動を行なっている人たちをピックアップするこの企画に登場している一人が、建築家である谷尻誠さんです。
故郷である広島と東京に拠点を持ち移動を繰り返しながら、これまでにない建築を多数生み出しているほか、自身の建築設計事務所SUPPOSE DESIGN OFFICEの社食を誰でも歓迎の飲食店として経営するなど、従来の建築家の枠を超えた活動を見せている谷尻さんに、Macとの出会いやこのコロナ禍に思うことをインタビューしました。

谷尻誠(たにじり まこと) /建築家・起業家/SUPPOSE DESIGN OFFICE Co.,Ltd. 代表取締役
1974年広島生まれ。2000年建築設計事務所SUPPOSE DESIGN OFFICE設立。2014年より吉田愛と共同主宰。広島・東京の2ヵ所を拠点とし、インテリアから住宅、複合施設まで国内外合わせ多数のプロジェクトを手がける傍ら、穴吹デザイン専門学校特任講師、広島女学院大学客員教授、大阪芸術大学准教授なども勤める。近年オープンの「BIRD BATH&KIOSK」の他、「社食堂」や「絶景不動産」「21世紀工務店」「tecture」「CAMP.TECTS」「社外取締役」「toha」をはじめとする多分野で開業、活動の幅も広がっている。



「最初に買ったのはiMac」谷尻さんとMacの関係
──最初に買ったMacのことを覚えていますか?
初期のボンダイブルーのiMacです。インターネットをするためと、「ベクターワークス」というCADソフトを使いたくて買いました。
──Macを選んだ理由とは?
ほぼデザインで選びましたね。Macを置くと家がおしゃれになると思ったので(笑)。それからずっとMacを使っていて、今はMacBook Proの13インチです。昔はMacBook Airを使っていたのですが、スペックが高いMacBook Proもそんなに重さが変わらないと気づいて、Proに移行しました。
──現在は主にどのようにMacを利用されていますか?
PowerPointでプレゼン資料を作るのを中心に、アドビのIllustratorやPhotoshop、あとはExcelやWordです。自分でCADを使う機会はだいぶ減りましたが、最近作った自宅では、基本的な図面はほぼ自分で描きました。それもトラックパッドで(笑)。
──製図やデザインの場合、マウスやトラックボールを使われる方が多いイメージがあります。
移動が多かったので、飛行機の中や新幹線の中で作業がしたくてトラックパッドを使っていたら、今やマウスよりこっちの方が速くなっちゃいました。
Apple Pencilが活躍。谷尻さんのiPhoneやiPad活用術
──他のアップル製品は何か使われていますか?
iPhone 12 ProとiPad Proを使っています。iPhoneとMacはスムーズに同期するので、Macで資料を作ってiPhoneで見ることがありますね。iPhoneから写真をMacに移すのも簡単で便利です。僕は基本的にライカのカメラで写真を撮るので、SDカードリーダーでiPhoneに読み込んで、そこから資料に入れることが多いです。
──iPadはどのように利用されていますか?
図面にApple Pencilで書いてチェックバックすることが多いですね。他には、プレゼンテーションがパワポの紙芝居だとつまらないので、Apple Pencilで絵や文字を書き入れながら話しています。質疑が来たらそれを書き込んで資料をバージョンアップさせることもあります。だからiPadだけじゃなくMacにも手書きできるようにしてほしいんですけどね(笑)。
打ち合わせも、iPadで「GoodNote」というアプリを使ってメモするようになりました。打ち合わせが終わったらそれをすぐSlackに上げて共有するといった流れです。ですので、MacBook ProとiPad Pro両方をいつも持ち歩いています。つい最近iPad ProがMacの外付けディスプレイになると聞いたので、今度からそれを使おうと思っています。
「すぐに身体に馴染む道具」谷尻さんのMacの選び方
──Macによって、谷尻さんのお仕事や活動はどのように変わったと思いますか?
昔は「Macがあればクリエイティブになれる」と思っていたんです。でもやっぱり大事なのは自分だって気づくんですよ。その結果「どうやって使いこなそうか」とがんばり、表現力がついてきたときに初めてMacは自分のものになる。道具ってどんなものでもそうだとは思うんですけど、Macは数あるコンピューターの中でもその流れがスムーズだと思いますね。
──流れがスムーズ?
例えば、僕は昔自転車でレースをしていて、自転車と体が一体化するまですごく時間がかかったんです。でも、それに対してMacは割とすぐに自分のものになると感じますね。説明書を見ずに使えますし(笑)。そして、使いやすいことももちろん大事だけど、それ以上に「使いたい」と思わせることの方が大切だと思います。Macは美しいプロダクトなので、自然と「使いたい」と感じますね。
──使いこなしといえば、Macの設定をカスタムするユーザーも少なくありません。谷尻さんはMacの設定に対して何かこだわりはありますか?
僕は言われるがままデフォルトで使っています。ただ、CPUやメモリなどについては購入時に増やせるだけ増やしてフルスペックにしています。買い物で、「あっちにしておけばよかったな」と思うことって多いじゃないですか? そうならないように。むしろ僕自身のスペックの方が問題になると思っています(笑)。
──フルスペックでの購入は、iPhoneやiPadも同様ですか?
はい。基本的にポータブルかつ性能の良いモデルを購入するようにしています。
「家を建てるのは一生に一軒」という常識を乗り越えたい
──谷尻さんはご自宅を2020年に建てられたばかりですが、現在は別荘を計画しているとか。その理由とは? やはりコロナの影響もあるのでしょうか?
自宅を作り始めた段階で、「次は別荘だ」と考えていたんです。というのも、これから場所を問わない時代が来るだろうと思っていましたし、自分自身も都市と自然を横断しながら生活したかったので。それを可能にするのがテクノロジーやコンピューターだと思うんです。そうしたものを最大限に活用して、遊びながら働きたいなと思っています。
家を建てるのって「一生に一軒が精一杯」みたいな価値観ってあるじゃないですか。でも、そうじゃなくて「何軒も建てられる仕組みを作ったらいいんじゃないかな」と思うようになりました。
──“何軒も建てられる仕組み”とは?
事業化するということです。自宅も貸したり売ったりできるように作ってますし、別荘も事業化するつもりです。そうすれば何軒も建てられますからね。もちろん、事業がうまくいけばですけど。
スリーポイントラインからあえて遠ざかる。谷尻さんの「Think different」

──今回の「Macの向こうから」は、コロナ禍において場所に縛られずにクリエイティブなことをする人たちを祝福するような内容となっています。こうしたいろいろな物事が制限される状況において、谷尻さんが仕事をする上で意識していることはありますか?
みんなの逆に走ること、ですね(笑)。みんなが動きにくい状況ならば、速く動いた方がいい。「コロナで大変だ」ってなればなるほど、そのなかでちゃんとできていれば、さらに価値となります。大変ってことは、大きく変われるということでもあります。例えば、最近は「移動ができない」と言われてますが、実際はそんなことないですからね。
──移動自体ができないのではなく、危険な移動をすべきではないということですもんね。
世の中の情報で自分の動き方を決めるのか、自分の考え方に基づいて決めるのかで、生き方が大きく変わってきます。これからは自分で考えて生きていく時代だと思うので、あんまり他のことに左右されない、そんな考え方が重要になってくると思います。
──谷尻さんのその考え方はどのように育まれたのでしょうか?
実は僕は、もともと世の中の情報に傾くタイプでした。自分に自信がないから、他人の情報に依存していたんです。建築家は大学に行くのが当たり前なのに大学に行っていないし、周りは優秀なやつが多い。それがコンプレックスだったんです。でも、「このままずっと同じことをやっていても、彼らより良い仕事ができる可能性はない」と気付き、自分ができることをがんばった方が人生は豊かになるんじゃないかなと思うようになりました。
──そう考えるようになる具体的なきっかけはあったのでしょうか?
一番根っこにあるのはバスケットボールでの経験ですね。僕は背が小さいプレイヤーだったので、出発地点からすでにコンプレックスがありました。運動能力が高くて背が高いプレイヤーが世の中にたくさんいるなか、「どうせ僕は背が低いんだ」と言っててもプレイスタイルを確立することはできません。そこでスリーポイントラインから1m離れてシュートを打つ練習をしたんです。その結果、誰からもマークされずに自由に打てる場所を自分で手に入れたんですよ。ゴールから1m遠い不利な方法を自ら選んだ結果、圧倒的にチームが強くなった。
そういう成功体験があるからこそ、みんなが言っていることにあまり傾かず、世の中から1m離れて物事を見る癖がつきました。
──まさに昔のアップルのコピーである「Think different」ですね。
人と違うということは個性なんです。人と違うとコンプレックスになりがちなんですけど、「それは個性なんだ」と自分に言い聞かせることが重要な気がしています。
“メールを返す”仕事の重要性
──移動が多く、移動中の作業も多いとのことですが、そうした流動的な環境ではちょっとした連絡業務が疎かになってしまうことも少なくありません。谷尻さんはどのようにこなしているのでしょうか?
とにかく“すぐ返事をする”ということですね。寝かせると忘れちゃうので。「明日やろうは馬鹿野郎」ってやつです。
──反射神経で返事していく、と。
極端な話、自分の仕事は“メールを返すこと”じゃないかと思うくらいです。実際それが大きな部分を占めている気がするので、忘れないようにすぐ返しています。
──“すぐに返事をする”と言葉にすると簡単そうですが、決断力をかなり使うと思います。人間は1日で決断できる量は限られているともよく言われますが、いかがでしょう?
決断量はトレーニングで増えると思いますね。それについては、前に、あるクリエイティブディレクターさんと話してすごく面白いエピソードを聞いたんですよ。ある日取引先の社長に「明日から作業するのはやめなさい」と言われたそうなんです。そして「判断するのを仕事にしなさい。判断が鈍らなければ、会社は絶対にブレないから」と。そこから彼が代表取締役を務める会社はすごく伸びたらしいんです。
──デザインの実作業をやめて判断しろ、と。
そう。「自分で作業をしていると判断が鈍る」と言われたんだそうです。会社の規模が小さいうちは別にいいと思うんですけど、ある一定の判断が要求される状況になった時は、それが正しいのかなと感じましたね。だから僕も、スタッフからつまらない提案が来たときは返事をしないようにしています(笑)。「返事をする価値のあるやりとりをしようね」って。
──(笑)。
コロナ禍の危機で芽生えた、不安の解消と新事業
──コロナの影響によってモチベーションが下がってしまっている学生や社会人も多いと思います。谷尻さんはどのようにモチベーションをキープしていますか?
僕らも、海外のプロジェクトが全部止まってしまい、そのときに「このまま仕事が来なかったら会社は潰れるんだな」と感じました。今のキャッシュであと何年持つのか、計算しましたよ。でもそういうことをしていると、人って不安になるんですよね。ただ、その結果「また独立すればいいんだな」という考えに至りました。独立した頃、売上も仕事も未来も何もなかったけど、ワクワクしていたんですよね。そしたら楽しくなってきちゃって、ふたを開けたらまた違う種類の仕事が来るようになって、やることが増えてました(笑)。
それと同時に、自分が“仕事を頼まれないこと“に不安を覚えているのがわかったので、自分たちで仕事を作る方向にシフトしていくべきだと感じました。そこから「仕事は作れるんだから不安にならなくていいんだ」と思いました。
だから、たとえばスノーボードをしに行ったとしても、近辺の敷地や人の流れの状況を調べたり、物件を探したりして、そこでも狩りに行ってる感じですね。遊びながらも、気になることがあればMacを開いてそのエリアの情報を調べたり、宿泊施設の運営者にいろいろ聞いたりして、すごく効率的です。
──受託だけでなく、自分で事業を起こしたからこそできることですね。
建築家って、事業される方に建物を渡して、すぐにいなくなる仕事なんです。つまり運営のことを知らないんですよ。それなのに一丁前に設計してることに対して「すごくおかしいな」と思っていました。
運営が理解できている人の方が、設計に重みを持たせられると思うので、僕らが自分たちでも運営することで、より設計に信頼を得られるんじゃないかと思っています。
これからのオフィスは、人が集まり、遊ぶ場所になる
──コロナ以降、在宅を仕事する会社員やフリーランスが増えていますが、谷尻さんはご自分の仕事机や仕事環境にこだわりはありますか?
僕は、事務所に自分の席がないくらいこだわりがないんですよ(笑)。ただ、オフィスについては考えるところがあって、これからは働く場所としてよりも、集まる意味がある場所としてのオフィスが重要になってくると思います。すると当然オフィスの作り方は変わってきます。効率性を重視するのではなく、そこでどう遊べるかというのが重要。「集まった方がアイデア出るよね」という作り方にシフトしていくはずなので。
──ある意味では、非効率さが重要になってくるわけですね。
便利すぎると人は考えることをやめますからね。僕も、仕事を「自分の進めやすいやり方」でやらないようにしています。コントロールできる範疇のことしか生まれなくなってしまうと、“予定通り”なので感動するものにならないんですよ。ひとりでぜんぶ作りきらないなど、あえてやりにくい方法を選ぶようにしています。