歴史上、もっとも悪名高い科学者はだれ?

  • 9,095

歴史上、もっとも悪名高い科学者はだれ?
Image: Benjamin Currie/Gizmodo

ほとんどの科学者は善人、というか、そう信じたいです。

植物や月、腎臓など科学者たちが研究するものは多種多様。彼らは、日々、実験をしたり、人類の新たな謎を解き明かそうと奮闘しているわけですが、中にはちょっとダークな科学者もいるんです。

たとえば、優生学者、兵器/生物兵器の専門家、企業のお抱え科学者、さらには他の科学者の悪口ばかり言う大量虐殺の専門家(彼らは普通の科学者と変わらないことをしているつもりだと思いますが)など。実は挙げ出したらきりがないほどたくさんいます。

じゃあ、たくさんいる中でも、歴史上もっとも邪悪で極悪非道だった科学者って誰なんでしょう。気になりませんか?

そこで、今回のGiz Asksでは、悪の科学者について調査してみました。と言っても、返ってきた答えはほとんど同じ、もっとも邪悪な科学者はナチスの「死の天使」ことヨーゼフ・メンゲレ博士だ、というものでした。ですが他にも興味深い候補者はいます。

さて、さっそくですが、専門家の意見をぞくぞくと紹介していきますね。

Amir Alexanderさんの答え:ナチスの科学者たち

UCLAの非常勤講師。専門分野は歴史

ヨーゼフ・メンゲレ(1911-1979)よりも邪悪な科学者はまずいないでしょう。その極悪非道ぶりからアウシュビッツでは「死の天使」と呼ばれていたほどですから。

彼は2つの博士号を持っていました。1つはミュンヘン大学で取得した人類学の博士号、二つ目が医学博士号(成績優秀で卒業)でフランクフルト大学のものです。学歴を見て分かるとおり、彼は正真正銘の「科学者」です。

1938年、熱狂的なナチス支持者だったメンゲレは親衛隊(SS)に入隊し、1943年に自らの意向で、アウシュヴィッツ=ビルケナウの絶滅収容所に配属されます。医師である彼の、収容所での主な仕事は「選別」と呼ばれていた作業でした。具体的には、収容所に新たに連れてこられた人間の中から、奴隷としての労働力用に生かす人間を選ぶというもの。ここで選ばれなかった人間(そのうちの多くが、子どもや女性、お年寄り)は選別後、すぐにガス室へと運ばれ殺されました。

この「選別」の作業ですが、メンゲレ以外の収容所で働く医師が行うのを嫌がる中、メンゲレは頻繁にシフトを追加していたそう。さらに、行っている間、彼は親指一本で人の生死を決めながら口笛を吹いていたという証言まであるから驚きですよね。

これだけでなく、ガス室でもメンゲレは、大規模な虐殺の際に使用された毒ガス「ツィクロンB 」の管理を担当していたそう。

続いて、彼の数ある悪事の中でも有名な「調査」ならぬ人体実験について。彼の実験台となった人間の多くが子どもたちで、特に双子には特別大きな関心を抱いていたそうです。実験の目的は、ナチが自然に打ち勝てると「証明」すること。

子どもたちには残酷な実験が繰り返され、多くが苦しみに悶えながら亡くなっていきました。また、中には、亡くなった人の臓器と生きた臓器を比較するために即死させられた子どもたちもいたとのこと。

そして、最終的に用済みとされた子どもたちはガス室へ運ばれ、殺害されました。

戦後、メンゲレはアルゼンチンに逃亡し、西ドイツ当局とイスラエル諜報特務庁が必死の捜査を行いましたが、確保には至らず、1979年にブラジルのベルチガで溺死したことが確認されています。

とここまでがヨーゼフ・メンゲレについてでした。彼ほどの真の悪魔は中々いないのですが、フィリップ・レーナルト(1862-1947)とヨハネス・シュタルク(1874-1957)は取り上げておきたい人物かと。

どちらもノーベル物理学賞を受賞しており、受賞年はレーナルトが1905年、シュタルクが1919年です。加えて、彼らはメンゲレと同じように熱狂的なナチズム信奉者で、人種科学の支持者でもありました。

さらに、2人はDeutsche Physik(ドイツ物理学)運動のリーダーとして、ユダヤ人によって汚染された物理学を再び高潔なものにしようと活動していたことも分かっています。

また彼らは、アインシュタインの相対性理論を酷く批判した人物でもあり、理論が高度な純粋数学に基づいていることから、「ユダヤ人の物理学」「ユダヤ人の詐欺」などと避難していました。というのも、ドイツ物理学の考え方は厳格な経験論を非常に重要視するものだったため、相対性理論はまるで数学的空想のようだと捉えらていました。

最終的に彼らは、ヒトラーの元でキャンペーンを行い、すべてのユダヤ人をドイツ科学界から追いやることに成功しました。さらに、学術研究機関には、常に自らが好む研究スタイルを押し付けていたそうです。

彼らの相対性理論に対する嫌悪感は凄まじく、ユダヤ人ではない物理学者、ヴェルナー・ハイゼンベルクが相対性理論を肯定した際には、彼を「白人のユダヤ人」と呼んだほど。


個人的な話にはなりますが、私の叔母が1944-5年の間に奴隷として、9ヶ月ほどアウシュビッツで生活していことがあります。その間、叔母は何度かメンゲレに会ったそうですが、生き延びて帰ってきています。彼女は、ナチスが勢力を拡大する前、ドイツのフライブルク大学で物理学者として働いていましたが、レーナルトとシュタルクのキャンペーンによって、大学を追い出されました。

Yves Gingrasさんの答え:ヨーゼフ・メンゲレ

科学ディレクター。科学技術観測所に勤務

ヨーゼフ・メンゲレは真の悪魔だったと言えますね。彼は、ミュンヘン大学で人類学と医学を学んだ後に、ナチス親衛隊の一員となり、1943年にはアウシュビッツ絶滅収容所に配属されました。

そして、ここで行われたのが、生きた人間に対する人体実験です。ドイツ人が他の人種よりも優れていることを「検証」する目的で行われたこの実験。

内容は、双子を実験台にして手や足の切断、病原菌の注入、血液を交換するなど、常軌を逸したものばかりです。

さらに、その多くが子どもたちだったこともあってか、実験台となる人は他の人よりも良い環境下で収容され、実験に耐え抜ける体を作らさらたそうです。

しかし、生き延びることができたものは少なく、多くの子どもたちが実験中に亡くなりました。その後、亡くなった子どもたちの体は、解剖されました。

メンゲレは1945年に一度、アメリカ人によって逮捕されていますが、なぜかその時は戦犯とは認められず、1949年には行方をくらましてしまいます。その後、名前を変え、アルゼンチンやパラグアイなどで逃亡生活を続けていましたが、ブラジルで死亡が確認されています。

戦後には、発覚した彼の残酷な実験の数々を踏まえて、ニュルンベルク綱領が作られました。綱領では、このような惨事が二度と繰り返されないように、人体実験における10の倫理原則が規定されました。

Clive Hamiltonさんの答え:水素爆弾の父

チャールズ・スタート大学教授。専門は公的倫理。 「Defiant Earth: The fate of humans in the Anthropocene」の著者、他にも著書多数。

中々やっかいな質問ですね、そもそもどんな基準で悪を定義すればいいのでしょう? 彼らの動機(徳倫理学または義務論と呼ばれている)でしょうか、それとも結果(いわゆる結果論)?

実際には、動機も結果も互いに関係しあっているので、どちらか一方の観点から悪を定義するのは難しいのですが。

どちらにせよ(結果を重要視した方が選びやすいという人もいるかと思いますが)、今回はかなり主観的に選ばせてもらいました。

さっそく、私が選んだのは「水素爆弾の父」であるエドワード・テラーです。彼は核兵器を広めることに尽力し、冷戦を激化させた人物の一人。主戦論者の中でも目立つ存在だった彼は、保守的な政治家からも一目おかれ、アドバイスを求めてテラーのもとにやってくるほどでした。その影響力から、ロシアのどの都市に、最初に核兵器を落とすかを決める会議にも参加したそうです。

また、彼はレーガン大統領の時代に進行していた、宇宙を軍国化する計画の陰の立役者でもありました。加えて、邪魔な山を壊したり、人工的な港を作るなど、民間による核爆弾の使用も熱心に支持していたそう。

少し話がずれますが、1964年のスタンリー・キューブリック監督の映画『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』に出てくる悪の科学者のモデルがエドワード・テラーであっても、あまり不思議ではないですよね。

Robert N. Procterさんの答え:タバコ産業のプロパガンダ

スタンフォード大学教授。専門は科学史と呼吸器学。

悪の科学者と聞いて思いつくのは、ヘルムート・​ウェイクハム博士ですね。

1959年から1981年まで、タバコメーカーPhilip Morris社の科学分野における最高責任者を務めた彼は、タバコ業界で有名な「doubt is our product(疑いこそが商品である)」の一文を生み出した人でもあります。

また、「タバコを吸わなくても癌になる人はなるし、吸っていても癌にならない人はいる、だから、タバコは癌の原因ではない」という利己的な考えを広めた人物でもありますね。そして、そこから、多くの企業などが「もし、商品が癌の原因になっているのなら、因果関係を再定義してみるといい。癌の原因ではないことが分かるから」という謳い文句を使うようになりました。

これだけでなく、1960年にフィリップ モリス社が純度の高いニコチンを製造し始めた際には、クラック・コカイン(コカインの塊)に対抗するためのクラック・ニコチン(ニコチンの塊)の生成も担当もしていました。

さらに、彼は、歴史上もっとも成功した広告キャンペーンとも言えるMarlboro Man(マルボロマン)の制作にも関わっています。宣伝用の映画によると、火の付いたタバコを「a timeless story of heroic men in a world of freedom(時代を超えて読み継がれる、自由の国で生きたひとりの勇敢な男についての物語)」に変える内容だったようですね。

こうして、ウェイクハムは科学をあまり良くない方向へと持っていってしまいました。フィリップ モリス社は何千万ドルもの資金を研究(遺伝行動学などのタバコ産業にとって有益なものに限られますが)に投資していましたしね。

そんな中、1970年にウェイクハムは ジョセフ・クルマン(フィリップ モリスのCEO)への手紙でこんなことを言っています。「今こそ、その時だ。タバコは病気の元になるという批判を完全に否定できる証拠が必要なんだ。」

というのも、この時、Marlboro Man(マルボロマン)のキャンペーンが訴訟の危機に立たされていたのです。そこで、ウェイクハムはドイツのケルンに巨大な研究施設を立てて、実験をすると決断していたのでした。

しかし、19688年にドイツ政府が「嗜好品」の製造のために動物実験を行うことを禁止したため、施設で働いていた研究者の多くはブルッセル近郊へと追いやられる結果となりましたが。

また、ウェイクハムが残酷だったのは人間に対してだけではありません。これは一例ですが、彼は1969年にアメリカのオーガスタやミシガンにあるFort Custer State Home(精神疾患を抱える人のための施設)の医師、ロナルドR.ハッチンソン博士と手を組んで、ニコチンが不安を和らげるのかを検証する実験を行っています。

この時に実験台となったのはリスザル。まず、ハッチンソンはリスザルの頭蓋骨を開いて電極を入れ、そこから電気パルスで電気ショックを誘発。そして、その後にニコチンを注入し、不安が和らぐか検証しました。

この「shock the monkey(サルを感電させる)」と呼ばれた実験ですが、会社のイメージを守るために、極秘とされました。そのため、実験結果を公のものにする際は、必ずウェイクハムの承諾が必要だったそうです。

加えて、タバコによる死亡について、彼は1976年のイギリスのドキュメンタリー「“Death in the West”(西側の死)」に関するインタビューでこう語っています。映画で取り上げられた、タバコが原因で亡くなったカウボーイについて、「どんなものでも摂取しすぎると死につながる。アップスソースだってそうだ」と。これに対して、アップルソースが原因で亡くなった人はいませんが、と返すと「死にいたるほどアップルソースを食べる人がいないというだけだ!」と反論。

映画は、その後、フィリップ モリス社が自社の評判を下げるものだと、イギリスに弁護士団を送り、裁判においてアメリカを含む全ての国での公開が禁止に。さらに、コピーは全て没収され、製作陣は生涯に渡って映画について話すことを禁じられました。映画の断片はインターネットで見ることができますが、全貌が公開されたことはこれまで一度もありません。

悪とは時に、残酷なほどちっぽけだったりします。例えば、人類史に残るほどの非道な文書は、どこかの官僚が喫煙室でタバコを吸いながら、適当に書いたものかもしれません。連続殺人だって、実際に企てた人物は表には姿を見せず、絶対に自分の手は汚しません。つまり、殺人の裏に絡んでいる人の多くは、裁判にかけられずにすんでいるのです。大量殺人は一人で行えるものでは決してないですからね。

ウェイクハムの話に戻りますが、タバコは年間で50万人ものアメリカ人の死因となっています。ですが、「タバコを吸うかどうかは、あくまでも個人の選択」。 ウェイクハムたちはこうして、様々な事実を隠しながら、タバコの害を個人に押しつけてきたわけですね。

タバコがどれだけ悪なのを測る方法は実はたくさんあります。タバコを一本すうと10分ほど寿命が短くなりますし、アメリカにおいて、喫煙による死者は年間で50万人。さらに全世界で見ると、死者の数はその10倍ほどに。

この大惨事を引き起こした張本人がウェイクハムです。仮に、100万本吸うと亡くなると仮定すると、ウェイクハムが生きた1959-81年の間には、4兆本ものタバコが生産されているので、単純計算して400万人のアメリカ人を殺したということになりますね。

もし、これが「悪」でないなら、何が「悪」なんでしょう。

Paul Weindlingさんの答え:ヨーゼフ・メンゲレ

オックスフォードブルックス大学教授。専門は医学史。もっとも最近の著書は「Victims and Survivors of Nazi Human Experiments: Science and Suffering in the Holocause

悪の科学者と聞いた時、もっとも多くあがる名前はナチスの医師であったヨーゼフ・メンゲレでしょう。

彼がアウシュビッツで行った「選別」や人種への異常なこだわりは有名ですからね。「選別」を行ったのは事実で、1944年の5月からで、ユダヤ系ハンガリー人が対象だったとのこと。

ただ、彼が行った人体実験に関しては、認識に少々誤りがあるようなんです。多くの研究で実験台となった双子の数は3000人ほどされていますが、実際には700人ほどだったことが細菌を利用した研究で明らかにされています。

また、1944年12月に研究が終わった際、メンゲレは双子を殺害したとありますが、それも間違い。もちろん保護下にありながらも亡くなってしまった子どもはいましたが、数人ほどです。

メンゲレがアウシュビッツで大量虐殺を行ったことに間違いはないものの、実験のために選ばれた子どものほとんどは生きていました。つまり、実験台の殺害という点では、彼は歴史上で最悪の人物というわけではないでしょう。

Xaq Frohlichさんの答え:ヨーゼフ・メンゲレ

オーバーン大学准教授。専門はテクノロジー史。

「悪」にも色々な種類があるわけですが、やはり一番はヨーゼフ・メンゲレでしょうね。

彼はナチスの医師で、第二次世界大戦中に、アウシュビッツに収容されていたユダヤ人に対し、人体実験を繰り返した人物です。その極悪非道ぶりから、収容者から「死の天使」と恐れられていたほど。

行ったことと言えば、骨と骨とつなぎ合せたり、冬眠療法を試したりなど、人とは思えないようなことばかり。そして、特によく知られているのが、双子に対する実験。彼が独自に持っていた人種に優劣があるという考えを証明するために、実験で体の部位を切断をしたりしていました。

また、虹彩異色症(左目と右目の色が違う現象)にも関心があったメンゲレは、亡くなった人の目を集めることもあったそう。これらを踏まえて、私は動機の卑劣さと人とは思えない残酷さからヨーゼフ・メンゲレを選びます。

戦後、彼が戦犯として逮捕されなかったことには悔いが残りますが、実験が注目されたことで生命倫理のより深い認知につながったことは良かったと言えるでしょうね。

    あわせて読みたい