量子力学を使って完全に同期するふたつのドラム

  • 27,651

  • author Sophia Chen - Gizmodo US
  • [原文]
  • 山田ちとら
量子力学を使って完全に同期するふたつのドラム
Illustration: J. Bertram/NIST via Gizmodo US

離れていても一緒。

人の髪の毛の直径ほどしかない小さなドラムをふたつ作り、それぞれの振動を完璧にシンクロさせた物理学の研究が話題を呼んでいます。

ふたつのドラムがあたかもひとつのドラムのように振る舞うのは、量子力学で言う「量子のもつれ」によるものと考えられます。アインシュタインをも悩ませたこの奇妙な現象について、今後もっと研究が進めば量子コンピューターの開発にも大きく貢献しそうです。

ふたつのドラムがひとつになる時

ふたつのドラムは、どんな熟練のオーケストラにも、どんなメトロノームにも太刀打ちできないほどの正確さで同一のビートを刻んだそうです。「まるでふたつのドラムがひとつの存在になるよう」だとヘブライ大学の物理学者のShlomi Kotlerさんは説明しています。Kotlerさんはコロラド州にあるアメリカ国立標準技術研究所に在籍中に実験を行ない、研究成果は学術誌『Science』上で発表されました。

Image: Florent Lecoq and Shlomi Kotler/NIST via Gizmodo US

ドラムを「たたく」ためにKotlerさんが使ったのはマイクロ波の光でした。マイクロ波が当たると、アルミでできたドラムの表面はトランポリンのように凸んだり凹んだりして振動します。Kotlerさんはふたつのドラムをモニターしつつ、ひとつのドラムの表面がどの位置にあるのかを計測して、もうひとつのドラムの表面の位置がまったく同じ位置にあり、しかもまったく同じスピードで振動していることを確認したそうです。

ただし、動きの方向だけは真逆でした。ひとつのドラムの表面が凸んでいる時、もうひとつのドラムの表面は凹んでいるといった具合です。イメージとしては、ふたつのドラムの動きをシーソーの両端に例えることもできます。仮にあなたがシーソーの片側に座っていたとすると、あなたが上にいる時は必ず反対側が同じぐらい下がっていますよね。そんなかんじで真逆の方向に動くのですが、シーソーの両端が動く速度はひとつの物体であるからして完璧にシンクロしているのです。

「不気味な遠隔作用」

Kotlerさんの実験では、ふたつの別々に存在しているドラムがあたかもひとつのシーソーの両端のようにふるまったのだそうです。これが物理学者が「量子のもつれ」と呼んでいる現象で、ふたつの別々の物体が「もつれる」ことにより、ひとつの運命を分かち合うことを指しています。ということは、ふたつの物体がどれだけ遠く離れていようが、もつれてさえいればお互い瞬時に影響を与え合い得るんですね。ですから、もつれ合った物体のひとつが地球に、もうひとつが海王星にあったとしても、そのうちのどちらかに干渉すればもうひとつにも瞬時に同じ影響を与えられると言われているわけです。

量子論に取り組んでいた当時のアインシュタインは、この現象を「不気味な遠隔作用(spooky action at a distance)」と呼び、その作用について懐疑的だったとする話は有名です。しかし、アインシュタインのそんな心配をよそに、過去数十年の実験結果からは量子もつれがリアルに起きていることが裏付けられつつあるのです。

これまでにも18個の光子をもつれさせて、ひとつの光子の状態をほかの17個の光子の状態と連動させる実験が成功しています。また、まったく違う種類の物体をもつれさせた例もあります。その実験で使われたのはKotlerさんが作ったドラムみたいなモノと、セシウム原子が100万個ほど集まった粒子の雲。ドラムの振動に干渉することで、セシウム原子のスピンを変えることに成功したそうです。

Kotlerさんの実験は、絶対零度より100分の1度だけ高い温度に保たれた冷凍庫の中で行なわれました。これ以上の温度下ではドラムの振動にランダムな動きが生じてしまい、完璧なシンクロニシティを達成できないからだそうです。では、ふたつのドラムを具体的にどのようにしてシンクロさせたのかというと、ふたつのドラムをそれぞれワイヤーでマイクロ波を蓄えた回路につないだそうです。回路が特定のプロトコルに従っていずれのドラムにもマイクロ波を伝達すると、ふたつのドラムが同調し、もつれ合うのだそうです。

量子の世界から現実世界へ

このように、量子のもつれは実証実験を通じてリアルに起こっていることが確認されつつあります。そして徐々に大きな物体同士をもつれされる試みも始まっています。量子力学理論によれば、どんな大きさの物体であろうともつれることが可能なはずだからです。

しかし、これまでもつれが観測されてきたのはあくまで原子単位のレベルでのこと。今回Kotlerさんが実験に使ったドラムは日常的なサイズ感から言ったらたった十数ナノメートルしかない極小モノなのですが、原子の数から言ったら一兆個分もあるかなりスケールの大きいモノだという点で突出しています。だからこそ、「この実験は量子レベルの世界と私たちが暮らす実世界との境界線を押し広げたのです」とカナダのサイモンフレイザー大学の物理学者・Kero Lauさんは説明しています。

未来のキュービット

Image: Florent Lecoq and Shlomi Kotler/NIST via Gizmodo US

さらに、今回Kotlerさんが行った実験は単に科学的好奇心を満たすだけではなく、実世界においても量子コンピューターの分野において大きな貢献が期待されています。量子コンピューターとは、キュービット(量子ビット)と呼ばれる最小単位の記録装置を使い、情報を1か0かにはっきりと分けてしまわずに確率として保存するシステムです。量子コンピューターにおいては、キュービット同士がもつれ合っていないと正常な論理演算が成り立ちません。

Kotlerさんが今回もつれさせることに成功した小さなドラムは、情報を表面の動きとして保存することができれば、ひょっとしたら未来のキュービットとして使えるかもしれないそうです。

量子力学的なモノとしてのドラムは、表面の動きが常に特定の位置にあるわけではありません。むしろ、その位置は確率としてしか存在していません。ちょうどコイントスをした時に表が出るか、裏が出るかは絶対的ではなく、実際はどちらの確率も存在している状態であるのと一緒です。同様に、ドラムの表面も凸んでいるか、凹んでいるかの確率がどちらも同時に存在しています。量子コンピューター開発者がこのドラムの表面の凹凸を情報に置き換えることができれば、1=凸、0=凹、そしてその間の状態すべてを確率として表現できるのではないかというわけです。そして、ここが重要なんですが、ドラム同士がもつれ合っていることにより、コンピューターとしての論理演算が可能になるのです。

このドラムを使って別々の量子コンピューター同士をつなげることもできるかもしれない、と先出のLauさんは話しています。たとえば、ふたつの超電導量子コンピューターの間に位置する中間接点として使えるかもしれません。超電導量子コンピューターは情報をマイクロ波としてエンコードするので、その情報をドラムの振動として保存できるかもしれない、というのです。一度ドラムの振動として保存された情報は、そこからまたマイクロ波に変換して別の場所にある量子コンピューターに送ることもできるでしょう。このようなネットワークが量子インターネットを構築することだっていずれ可能になるかもしれません。

奇妙な装置が奇妙な原理を解き明かす

Kotlerさんが開発したドラムがなぜここまで期待されているのかというと、ボタンひとつで量子もつれが起こるようにセットアップされているから。「ボタンを押せば、もつれるようになっています」とKotlerさんは説明しています。過去にも同じようなドラムを扱った量子もつれの実験はあったのですが、Kotlerさんのシステムほど一貫性のあるものは初めてなのだとか。

Kotlerさんによれば、ふたつのドラムがもつれの状態にあるのは200マイクロ秒(1マイクロ秒は100万分の1秒)。普通の感覚ではあっという間ですが、量子コンピューターの世界なら200マイクロ秒あればドラムを操作し、演算を行なうことも充分可能なのだそうです。ですから、今後の研究はいかにその200マイクロ秒間にもっと手の込んだプロトコルを実行できるかに注力するそうです。

Kotlerさんの研究は量子コンピューターの開発に貢献していると同時に、いかに量子コンピューターの開発が量子力学についての知見を深めているかも物語っています。「量子コンピューターの開発と量子力学の発展は切っても切れない関係にあります」とKotlerさん。今後もKotlerさんたち研究者が量子もつれのような「奇妙な」量子現象を使って新しい装置を開発していく毎に、量子力学そのものの「奇妙さ」の謎が紐解かれ、徐々に奇妙ではなくなっていくのでしょう。

Reference: Science

ドラム式量子コンピューター ほしい?

  • 0
  • 0

シェアする

    あわせて読みたい