口で「見て」学ぶ。
よりインタラクティブな化学の授業を目指して、口の中に入れられる分子モデルがアメリカで開発されつつあるそうです。アメちゃんぐらいの大きさなので、舌の上で転がしてかたちを感じ取れるほか、グミのような素材でできていて食べちゃってOKなモデルもあるのだとか。
視覚のみではなかなか覚えられないような複雑なかたちをした分子も、口のなかで味わうことによって記憶に残りやすくなりそうですし、視覚障がいを持った子どもたちの学びを促進する効果も期待できそうです。
口は優秀な感覚器官
食べられる分子モデルを開発したのは、テキサス州のベイラー大学で化学を教えるBryan Shaw教授です。Shaw教授のラボでは、ALS(筋萎縮性側索硬化症)などを引き起こす原因となる脳内タンパク質がなぜ突然変異してしまうのか、その複雑なプロセスを紐解く研究を行なっています。その一方で、視覚障がいを持つ高校生がいかに生物化学を効率的に学べるかを研究してきた結果として、今回の食べられる分子モデルの開発に至ったのだそうです。
Shaw教授は自身が開発した分子モデルについて、
視覚障がいを持つ生徒たちに立体画像を把握しやすくする必要性からインスパイアされましたが、口を使って複雑な造形を可視化することはどんな生徒にも有効だと思います。
とメールで説明してくれました。Shaw教授の息子さんは幼い頃に稀な眼がんに罹患し、片目の視力を完全に、もう片方の視力もほとんど失ってしまったそうです。
口は目ほどに物を覚える
Shaw教授率いる研究チームが『Science Advances』に発表した研究論文では、いくつかのプロトタイプを用意し、生徒たちがそれらを通じてどのように生物化学の知識を体得していったかを分析しています。たとえば、同じヘモグロビンでもさまざまなサイズや材質で作ってみたそうです。中にはふつうに店頭で売られているグミキャンディーのようなゼラチン質のモデルもあったとか。食べられない材質のモデルについては、誤って飲み込んでしまわないようにヒモが取り付けられたそうです。
研究を通じてわかったのは、視覚障がいを持っている生徒もそうでない生徒も、モデルを安全に取り扱えたことに加え、口によってその形状を記憶に留められたことでした。

米粒ほどの小さなモデルでも、口の中に入れると舌と唇で複雑な立体画像をイメージできることがわかりました。私たちが使ったのはタンパク質分子の立体モデルでしたが、口だけで異なる分子の違いを判別できる正答率はだいたい85%でした。これは視覚にも匹敵します。舌も目と同じぐらい「見る」ことができるんですね!
とShaw教授は話しています。
目指すは化学学習の普及
Shaw教授の分子モデルを教育ツールとして活用するうえでは、生産しやすい・低コスト・教室での保管場所に困らないなど、いくつものメリットがあるそうです。樹脂性の食べられないモデルの生産コストはひとつにつきたった10セント(およそ10円)。食べられるモデルについてはさらにコストが低くなる反面、樹脂ほど精巧に形作れないためどうしても大きめサイズになってしまうそうです。
今後はさらにいろいろなモデルを開発していく予定で、いずれはテクスチャを変えてみたり、味を加えてみたりしてさらに表現を広げていきたいそうです。将来的に目指しているのは学校の授業で広く使われることにより、たくさんの子どもたちの化学の知識を広げること。視覚障がいを持っている子どもたちに関してはことさらです。Shaw教授いわく、
化学は科学の礎ですが、視覚障がいを持つ生徒たちの学習は長く阻害されてきました。化学の知識なくしてほかの分野の科学については語れません。ですから、この現状を打破する必要がありますし、そのために私たちは最善を尽くしたいと思っています。
Reference: Science Advances