「人生という不規則なものに意味を見出していかなければならない」。SF映画『Arc アーク』原作者、ケン・リュウにインタビュー

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  • author 傭兵ペンギン
「人生という不規則なものに意味を見出していかなければならない」。SF映画『Arc アーク』原作者、ケン・リュウにインタビュー
(c)2021映画『Arc』製作委員会

人類で初めて永遠の命を手に入れた女性の生涯を描くSF映画『Arc アーク』。今回はその原作者であるアメリカのSF作家のケン・リュウにインタビュー!

ケン・リュウは、2011 年に発表した短篇『紙の動物園』でヒューゴー賞・ネビュラ賞・世界幻想文学大賞の短編部門を制する史上初の3冠に輝いた21世紀を代表するSF作家とも称される人物。Netflixのアニメ『ラブ、デス&ロボット』の第8話「グッド・ハンティング」の原作者であり、また、大ヒットとなった SF小説『三体』の英語版翻訳者としても知られています。

今回は原作となった短篇小説『円弧(アーク)』のストーリーが生まれたきっかけから、小説家や翻訳家として活動を始めた経緯、さらに趣味などについてもお話しいただきました。

映画『Arc アーク』あらすじ:ストップエイジング技術が大きく発展した未来が舞台。遺体を生前の姿のまま保存する「プラスティネーション」の技術者となった主人公の「リナ」は、とあるきっかけで世界で初めて不老不死となる処置を受けることとなり永遠の命を得る。不老不死者の誕生により世界は混乱し、社会が変容していくのと同時に、リナの人生も大きく変わっていくのだった。

ちなみに映画の内容に踏み込んだインタビューなので、ネタバレが気になる方は是非映画を見てからお読みください……!




── 完成した映画をご覧になっていかがでしたか?

ケン・リュウ(以下、リュウ):すごく良かったです。事前に脚本には目を通していましたが、実際に映像になるのはまた別物で、すごく力強いものになっていたと思います。


── 今作にはどのような形で関わったのでしょうか?

リュウ:自分の作品が映像化される際には、自分が直接脚本を作らない場合は、あくまで映像作家の人たちの手助けとなるリソースとして関わるという方針にしています。映像作家の人たちにはそれぞれにビジョンがあり、別の作品を作ろうとしているわけですから、彼らのやりたいようにやってもらうのです。

今作は、たっぷり関わっているわけではありませんが、脚本を読んでそこで思ったことを伝え、何度かやり取りして互いのビジョンを確認し、その上でいくつかコメントしました。


── 今作で特に気に入った場面はありますか?

リュウ:たくさんありますが、特に気に入ったのは「プラスティネーション(注:作中で遺体を美術品とする技術)」の作業過程にダンスが入り、遺体が単なる彫像というわけではなく、動きが加えられたところですね。

小説ではそのような描き方はしていませんでしたが、映画はビジュアル中心の媒体であり、制作陣は画面に映えるセットを作り出してくれました。そして今作の「我々は”関係”という糸によって繋がれることで自分が何者かということが定義される」、「生者と死者は見えない糸で繋がっている」というテーマを、そのセットを使って表現することで非常に力強く、視覚に訴えるものになっていたと思います。


── あのような形で映像化されるとは思っていなかったので、驚きました。

リュウ:小説と映画には表現の場としてそれぞれ強みと弱みがありますが、今作の制作陣は映画がビジュアル中心の媒体であるという強みを活かした素晴らしい仕事をしてくれました。主人公をダンサーにして、冒頭での踊りが後での「プラスティネーション」の作業に繋がるようにしたのは非常に面白いアイデアでしたね。小説では同じようにはいかなかったでしょう。この映画のそういった映像メディアならではの表現が特に気に入っていますね。

Arc場面写真解禁(5)
(c)2021映画『Arc』製作委員会

なぜ人は長生きしたいのか、なぜ若さを保ち生きることに固執するのか

── 原作の小説「円弧(アーク)」のストーリーはどのようなものから着想を得たのでしょうか?

リュウ:まず「プラスティネーション」の部分は、遺体に樹脂加工をして身体の構造を見せるという展示会に行ったのがきっかけですね。ちゃんと同意を得た形で展示されているのかが不透明だったし、例え同意があったとしても死後そのような形になることに同意するとはどういう気持ちなのだろうと不安にさせるものでした。

そして私はテクノロジストなので、一体どのようなテクノロジーによって作り出されているのかが気になって調べているうちに魅了されていきました。

もう1つのきっかけとなったのは抗老化医学について調べたことですね。ただ長寿になるのではなく若さを長く保つという抗老化医学はシリコンバレーを中心に大きな話題となっています。ただ私はその科学的な側面だけでなく、それが持つ象徴性にも興味を惹かれました。具体的に言えばなぜ人は長生きしたいのか、なぜ若者として生きることに固執するのかといったところですね。

そんな「死者を生きていた時の姿で保とうとする」ということと「若さを保つことで死を避ける」というこの2つの発想に隠喩的な関連性を見出しました。

ただ、後者の「永遠の若さ」というテーマは『ドリアン・グレイの肖像』など古くからある様々な物語で何度も語られてきたものなので、SF的なテクニックを使いながら、新しいものにしたいと考えました。

今までの「永遠の若さ」を探し求める物語は一般的に、例えば「永遠の若さの見返りには罪が伴い、最終的にはその罪によって身を滅ぼす」といった警告を与えるような内容で、個人的にはもう陳腐に感じあまり好きにはなれないスタイルでした。

そこで「永遠の若さ」を探し求めることを大枠ではポジティブに描く作品にしようと考えました。そして「永遠の若さ」を手に入れることが選択できる中で、それを選ばないことにする人の話にしようと決めました。

ただ、それは「死があるからこそ人生に意味があるので死を選ぶ」といった陳腐なものではなく、大人になることから逃げ続けてきた主人公が紆余曲折を経て「定められ形で死を迎えたい」という人間にとってある意味で根源的な感情にいかにして至るのか、その選択にはどういう意味があるのかを描こうと考え、生まれたのが『円弧(アーク)』なのです。

Arc場面写真解禁(1)
(c)2021映画『Arc』製作委員会

「いかにして混沌から秩序を生み出すか」

── お話を作り出す時、どういったところから始めるのでしょうか?

リュウ:私はまず「触れることのできるメタファー」から作り始めます。ファンタジーやSFは現実の世界の話であると同時に、現実の世界の話ではないと考えています。それらフィクションでは登場人物は我々が理解できる人間的な感情を持ちますが、彼らが置かれる状況は現実からかけ離れたもので、何らかの意味があります。

しかし、テクノロジストであり、フューチャリストであり、科学を追う者として言えることですが、実際のところ世界は行きあたりばったりです。進化は計画に基づいたものではなく、世界は不確定なのです。

ただ、事が適当に起こり続ける行きあたりばったりな世界をフィクションで読んでもあまり魅力を感じないでしょう。フィクションとは混沌の中から秩序を生み出す必要があり、それは我々がどういう過去を送ってきたかという物語で自分の人生を理解しようとするのと同じことでもあります。

恋人と出会ったり、就職したりといった出来事は、実のところは行きあたりばったりの選択を気づかぬうちにしていくことで生み出されたもので、少しでも選択が違えばまったく別の結果となっていたはずです。

しかし、我々が先の人生を考える時にはこうした偶然の連続とは考えず、未来の道という物語を作りだすわけです。ダンテが『神曲』で人生の半ばを暗い森と表現したように、我々は人生という暗い森をかき分けて、人生という不規則なものに意味を見出していかなければならないのです。

要するに私の物語の基本的な構造は、「いかにして混沌から秩序を生み出すか」であり、それが「触れることのできるメタファー」なのです。

例えば、「母の愛情は子供が見る世界を美しく鮮やかにする」と言えばそれはメタファーですが、それを「触れることができるもの」にして「母親が折った折り紙の動物たちが動き出す」という物語にしたのが、『紙の動物園』(注:早川書房の『Arc アーク ベスト・オブ・ケン・リュウ』に収録)です。

私の物語はすべてこのような、キャラクターが自身の人生に不規則に起こる出来事に意味を見出す手助けをするそうした「触れることのできるメタファー」を考えるところから始まります。

我々は人生を物語的に理解しようとするものなので、フィクションとは読者にそんな理解ができる=触れることのできるメタファーを自分の人生に当てはめるように示唆し、想像させることができる強力な道具であり、結果として人生に意味と繋がりを持たせて豊かにできるものであってほしいと私は思っています。

私の書くSFは「未来を予測したり、人類の行き先を描く」ものではない

── そもそもSF作家を始めたきっかけはなんだったのですか?

リュウ:自然な流れでしたね。大学の卒業後、ソフトウェアエンジニアとしてシリコンバレーの大きな企業で働いたり、スタートアップ企業でも仕事をしていたのですが、その後、ロー・スクールに通って法人顧問弁護士となって、テクノロジー企業の特許関連の仕事をし、いろいろな裁判で鑑定証人を担当しました。

このように人生の大半をテクノロジストとして過ごしてきたので、そのテクノロジーの歴史に関する知識を活かしてSF作家になるというのは本当に自然なことだったと考えているのです。

それと同時に、私の書くSFは「未来を予測したり、人類の行き先を描く」といった一般的にSFだと思われているものではないので、その面で言えば不自然にも思えるかもしれません。

今私はフューチャリスト(未来学者)として未来をどう考えるか、人類に迫る危機はなんなのかといった講演をして世界中を周っていますが、SF小説を書くときにはあまりそういった未来の話にはせず、現在の人間を別の目線で見るものとしています。

我々が一体何者であるかは、我々が何を諦め何を守るのかといった選択を強いられた時に見いだされると私は信じているので、私が書く物語は「今と違う世界であっても、きっと変わらぬと我々が信じる人間の価値観とは一体なんなのだろうか?」といった話のメタファーとなっています。

Arc場面写真解禁(4)
(c)2021映画『Arc』製作委員会

── 中国SFの翻訳もなさっていますが、そちらはどのようなきっかけで始めたのですか?

リュウ:それは仕事ではなく、友達のお手伝いをしているような感覚で始めたものですね。私の小説がいくつか出版されるようになってから、中国でも読まれるようになり、ある時SF作家の陳楸帆(チェン・チウファン。『荒潮』などで知られる)がメールをくれました。

彼は私の作品を気に入り、自分はSF作家だと言うので、私は作品を読ませて欲しいと頼み、送ってもらいました。今の中国でSF作家がたくさんいるとは知らず、現代の中国のSFを読むのはこの時が初めてでした。

素晴らしい作品ばかりで非常に気に入りましたね。そしてちょうど陳楸帆は英語圏で自分の著作を出版しようと、どこかの翻訳会社に頼んだのか英語版を作り終えていて、彼の頼みでそれをちょっと読んでみると、訳がだいぶ硬かったのです。

翻訳は作品の評価を左右する重要なものです。例え原語版が美しいものだったとしても、悪い翻訳はそれを台無しにします。私は子供の頃に日本のゲームをアメリカで遊んだので、質の悪いローカライゼーションがゲームをダメにしてしまうことはよくわかっています。

とにかく翻訳の経験はなかったものの、どうやって物を書くかは知っていたので、「もし必要なら、どうにかこうにかこの翻訳をマシにすることはできると思う」と提案し、翻訳の手伝いをすることになりました。

しかし、これがかなり大変な作業でした。プログラマーにとって、他人が書いた出来の悪いコードを直すのは大変で、そんなことをするなら最初から書き直した方が楽なのですが、この翻訳でも結局同じように、最初から翻訳をし直すことにしました。

まったく未経験で手探りでしたが、本を読み、翻訳者から話を聞いたりして方法を学び、なんとか完成させてアメリカで著名なSF誌である『Clarkesworld Magazine』に掲載することができました。

とにかくそれ以降も同じような形で、仕事ではなくあくまで「ファン訳」みたいな感じだと思っています。例えば『逆転裁判』は当初英語版がなかったので、私はファンが作った英語訳版ファイルを使っていました。まさにそれと同じようなことをしているだけです。

たまたま中国の素晴らしい作家たちの作品を読むことができるので、それを英語圏の読者にも楽しんでもらえるようにしているだけなんですよ(注:とはおっしゃられているものの、ケン・リュウの『三体』の翻訳版は極めて高い評価を獲得しており、著者の劉慈欣は英語が読めるのであれば英語版を読むように勧めているほど)。

ある意味で機械に「永遠の若さ」を与えているのかも

── テクノロジストとのことですが、テクノロジーやガジェットで特に好きなものはありますか?

リュウ:古臭いと言われてしまうかもしれませんが、PSPやゲームボーイアドバンスみたいな携帯ゲーム機が好きで、分解・改造を楽しんでいます。

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その場にあったゲームボーイアドバンスSPを見せてくれるケン・リュウさん

── 後ろにPSPとPS VITAがあるのが気になっていたんですよね。

リュウ:お、わかりますか。後ろにあるのはPSPPSP goPS VITAです。携帯ゲーム機がとにかく好きなんですよ。


── どんな改造をするんですか?

リュウ:古いゲーム機は、ボタンが動かなかったり傷がついていたりするので、そういった外側を交換することが多いですね。あと、例えばゲームボーイアドバンスSPは当初バックライトではなくフロントライトだったので、子供の頃は暗い中では別のライトをつけて遊んでいましたが、今はそれを別のタイプの液晶に交換したりしますね。

あとは充電式のバッテリーを入れたり、良いスピーカーに交換したりする人もいます。ちなみにゲームボーイアドバンスSPだとサウンドチップはノイズが多く入りやすいので、シグナルダンパーを入れて音をクリアにしたりしますね。とにかく、好き放題にいじくり倒して、カスタムメイドの外装と交換したりするのは楽しいです。

要するに古い機械を直してよく動く新しいものにするのが好きなのです。ある意味で機械に「永遠の若さ」を与えているのかもしれませんね(笑)。




『Arcアーク』本ポスタービジュアル
(c)2021映画『Arc』製作委員会

映画『Arc アーク』は現在全国公開中。また、映画の公開に合わせ原作短篇小説を収録した短篇集が『Arc アーク ベスト・オブ・ケン・リュウ』が早川書房から発売中。映画を見たら、小説もチェックして違いを楽しむことをオススメします!


Source: YouTube, 映画『Arc アーク』公式サイト

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