社会が狂った陰謀論、史上ワースト1は? 識者に聞いてみた

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社会が狂った陰謀論、史上ワースト1は? 識者に聞いてみた

米議事堂占拠で驚くのはまだ早い!?

毎回素朴な疑問をぶつけるGiz Askシリーズ、今回テーマは史上最悪の陰謀論。有識者の回答やいかに?

Jennifer Rice

●ケンタッキー大学で作文・修辞学・デジタルメディアを教える準教授。近著に「Awful Archives: Conspiracy Theory, Rhetoric and Acts of Evidence 」●

昔のアメリカはヨーロッパ生まれの陰謀論が主体でした。フリーメーソンは反カソリックに発展し、イルミナティに変貌を遂げて今も残っています。言わずと知れた反ユダヤの陰謀論も多数あります。

個人的には、こうした陰謀論はいずれも目先が違うだけで場しているだけであって本質のところではみな同じストーリーの焼き直しだと思っています。得体の知れない組織が人間生活のあらゆる面を動かしていてそれはだれにもコントロールできない、というストーリーですね。最近ではQアノン(反証され信用されていないアメリカの極右の陰謀論)がまさにそれでした。

Qアノンが拡散した無力感が人間社会に与えたダメージは計り知れません。ある意味、政治に背を向けるよう誘導したのがQアノンですからね。「人間のあらゆる面を動かす闇の勢力なんてものが実在するなら今さら地方政治に参加したって、投票したって意味ないよね、だってどうせこんなの茶番なんだから」という考え方がまん延して、自分みたいに「投票は国民の義務であり政治参加だって必要だ」と考える人間にとっては、周囲の人たちが次々あきらめて虚構の現実にのめりこんでいくのを見るのは辛い経験でした。変化を起こす力がありながらそれを自分から投げ出してしまってるんですから。

この問題に関しては、かの政治史家リチャード・ホフスタッターが有名な論文を残しています。タイトルは「The Paranoid Style in American Politics(アメリカ政治におけるパラノイア)」。1963年に書かれたものですが、なぜアメリカ人が陰謀論に弱いのか、その理由について新たな視座を与えてくれる本です。アメリカは「don’t-tread-on-me(独立戦争中に蛇の旗とともに広まったスローガン。踏まれたら仕返しする意思表示)」という自由独立と個人主義を貴ぶ国で、それがアメリカの象徴にもなっていますが、これは裏を返せば「自分のものには指一本触れさせない」という凝り固まった考え方になってしまいます。アメリカでは、だれかが自分のものを奪いにくるという強迫観念を目にすることが多いのですが、盗られてたまるもんかとがんばる小さな子どものような立ち位置をずっと続けているうちに、ある種のパラノイアになってしまうんです。

M R.X. Dentith

●「The Philosophy of Conspiracy Theories(陰謀論の哲学)」著者、「Taking Conspiracy Theories Seriously(ガチの陰謀論論考)」編者●

近年米国(と英国)にもっとも大きな被害をもたらした陰謀論という意味では、「大量破壊兵器(WMD= Weapon of mass destruction)の動かぬ証拠が見つかった!」という例の言説でしょう。これを根拠にアメリカは2003年イラクに侵攻しました。

念のため断っておきますが、WMDなんてものは一度も見つかっていません。 国連から出された証拠というのも、第1次湾岸戦争の前後にイラク政府がWMD開発プログラムなるものをやろうとしたのだが潰されたというものでした。しかし時のジョージ・W・ブッシュ大統領(とトニー・ブレア英国首相)の政権は2001年9.11同時多発テロやその後の炭そ菌騒ぎとイラクを結びつける材料が欲しかった。だからこんな時代遅れの根拠希薄な証拠をもとに侵略を正当化する世論を高めることを容認してしまったんです。まったく頼りにならない証拠だと言われていたにもかかわらず。

あれは陰謀論じゃない反論する人もいるかもしれません。「イラク侵攻を共謀した人たちは別に陰謀を企てたわけじゃない」のだし、「単に情報が間違っていたことが招いた悲劇」だとか「ジョージ・W・ブッシュ政権の諜報機関のアセスメントに逆らえない政治的圧力に屈しただけだ」という意見ですね。ただ問題は、WMDが存在するとする”諜報機関のアセスメント”を疑う声はずっとあったのに、どれも単なる”陰謀論”として片付けられていた事実です。このラベル張りは、政府の発表に異議を唱える”陰謀論”のほうが正しいことが明らかになってからも、ずっと世論操作の戦略として利用されていました。これがもとで中東には武力衝突が次々発生。その爪痕は癒えることなく今も各地で目の当たりにすることができます。

Joseph Parent

●ノートルダム大学政治学教授。「American Conspiracy Theories(アメリカの陰謀論)」をJoseph Uscinskiと共同執筆●

白人至上主義の陰謀論。殺された人の数、人生を破壊された人の数において、米国では白人至上主義の右に出るものはなく、それは陰謀論についても同じことが言えます。いろいろなバリエーションがありますが、基本のことろは同じで「有色人種は劣る存在であり、悪の小集団が転覆をはからない限りこの自然の序列は永久に変わらない」というもの。もちろん反ユダヤ、反フリーメイソン、反共の陰謀論も危険思想という点では共通ですが、3つ束にしても白人至上主義の破壊力には及ばないでしょう。奴隷蜂起や奴隷制全廃主義者、有色人種(今は白人とみなされているアイルランド系、イタリア計、東欧系も含まれます)による競争激化、移民の”侵略”まで、白人至上主義ほどアメリカ人を駆り立て、同胞のアメリカ人の攻撃や人権侵害に導くものはありません。ただ、陰謀論すべてを悪者扱いするのは注意が必要です。結果的にプラスになるものもあるし(独立宣言を通しで読むとわかる)、陰謀論のほうが正しかった例もあり(ウォーターゲート事件がいい例)、何かの原因というよりは正当化で広まったものも結構ありますからね。

Kathryn Olmsted

●カリフォルニア大学デイヴィス教授。「Real Enemies: Conspiracy Theories and American Democracy(真の敵:陰謀論とアメリカンデモクラシー)」著者●

陰謀論すべてが危険とは限らないですよ。「JFK暗殺の真犯人は大型トカゲ」と言ったら頭おかしいヤツだと思われはしますが、社会に悪影響を与える悪いヤツと思われる確率は低いですからね。とはいえ、暴力や死を招く陰謀論もあります。そのいい例が、反ユダヤの陰謀論が招いたシナゴーグ乱射事件。危険な陰謀論の人気は高まるばかりで暗くなります。

現在もっとも危険な陰謀論をひとつ選べと言われたら、米国史上もっとも危険な陰謀論になりますが、Qアノンというほかありません。最新の世論調査では米国民のおよそ15%(約5000万人)は信者とのことです。本気で信じている人には、もはやふつうの政治のルールは適用されません。「赤ちゃんを人肉する悪魔教信者の幼児性愛者の秘密結社みたいな党と超党派合意なんてやるだけ無駄」、「あんな党が勝つ投票結果に屈してたまるか」となります。絶対悪とは交渉の余地がないからです。Qアノンの陰謀論を見ていると、さらなる暴力、殺人、民主主義破壊のクーデターが起こりそうで深い憂慮 を禁じえません。

David G. Robertson

●オープン大学宗教学講師、陰謀論も主な研究分野●

米国史上もっともダメージの大きな陰謀論は、1980年代、90年代の悪魔教儀式虐待裁判という説も有力です。あまりにも多くの権威(学会、警察、政府、教会)が事実として受け入れて広めたので、あまり陰謀論の文脈では語られることのない現象ですが、権威を巻き込んだ点を除けば、21世紀の陰謀論と大筋は酷似しています。「幼児虐待の悪魔教信者の秘密結社が(白人プロテスタントの)アメリカンライフを破壊する」というもので、今の陰謀論の原型と見ることもできます。数限りない嫌疑と訴訟(けっきょく長期の有罪確定にいたったものは皆無)に何百億円もの大金が投じられ、無数の児童が身柄保護の名のもとトラウマに追い込まれ、恐怖を煽るカルチャーが定着して福音主義が勢力を増した社会現象で、その影響は今も根強く残っています。悪魔教儀式虐待裁判がなければピッツァゲートもなかっただろうし、Qアノンも1.6の議事堂乱入もなかったはずです。どれも荒唐無けいな話だけど一朝一夕に降って湧いたものではなく、ルーツは厳然とあったんです。

Christine Caldwell Ames

●サウスカロナ大学歴史学教授●

僕が選んだのは米国史に300年の時を隔てて2度登場する陰謀論です。1回目は1692年のセーラム魔女裁判、2回目は1980年代の悪魔教儀式虐待(SRA)裁判です。

どちらもパニックを煽るセンセーショナルなストーリー展開は同じです。「一見なんの罪もない隣近所や地元の人が実は悪魔教信者で、密かに悪魔を崇拝し人身供養までやっている。被害に遭った児童の証言で地獄絵の全容が明らかになった。証言はいずれも信ぴょう性が高い。国が摘発と処分すべき」というもので、ディテールも「飛ぶ」「秘密集会で集まる」「身体的変容が見られる」など使い回しが目立ちます。

セーラムでは総勢19名が絞首刑となり、100名以上が逮捕されました。悪魔教儀式虐待裁判では個人、託児所、保育園が訴訟の餌食となります。特に有名なのがカリフォルニアのマクマーティン保育園を相手どった裁判。刑務所送りになる事例もあり、長い人になると刑期何十年の重刑を言い渡されることもありました。

この陰謀論がひどかったのはいろいろ応用が効く点です。悪魔崇拝パニックは英国と欧州から米国に渡って定着したものであり、「魔女パニック」は中世に広まったユダヤ秘密結社や赤ちゃん殺しの魔女の夜宴(サバト)の恐怖がルーツなのですが、アメリカの風土に合わせてかなり異なるバージョンに進化しています。セーラムはもともと英領マサチューセッツ湾直轄植民地でした。開市のわずか60年後に、新天地で理想のキリスト教義の確立を目指す清教徒の手によって訴訟が起こされた計算になります。1980年代アメリカでも人口のうえではキリスト教が支配的でしたが、悪魔教儀式虐待裁判の舞台になったのはメインストリームから隔離された多様な人種の住む独立自営の工業地帯。つまり法的に宗教の自由が守られている地域がターゲットになったのです。

さらにひどかったのは、どちらも法律やロジック、識者の意見、捜査という、社会的枠組みのなかで醸成された陰謀論パニックだったという点です。セーラムの”魔女”らを糾弾したのは治安判事と裁判官で、ハーバード大を出たエリートも何人か混じっていました。それが公式の法廷という場で糾弾するわけです。SRA裁判では清教徒のエリートに代わって地方判事、セラピスト、 医療の専門家、児童保護運動家、ソーシャルワーカーが法廷に立ちました。窓に石を投げつける破壊行為だけが、陰謀論のバイオレンスじゃないんです。

2つの事例を見ると、ユートピアな夢の国のビジョンに彩られた国でありながら、失敗にぶち当たり、それを受け入れられなくて完ぺきな国を汚す明確な意図をもった悪の勢力を追い求めてしまうアメリカのDNAが透けて見えます。

Sara Lipton

●ストー二―ブルック大学教授兼歴史学副部長●

米国史上もっともダメージが大きな陰謀論は、移民が祖国を優先してアメリカの利益に反することをするというものかと思います。これは手を変え品を変え繰り返し繰り返し出てくる陰謀論であり、19世紀には中国系アメリカ人がこのパラノイアに端を発する外国人排斥運動と差別に晒された歴史があります(LAでは1871年に集団リンチもあった)。第2次世界大戦ではドイツ系と日系アメリカ人が敵国民扱いを受けました(日系人強制収容所はひどかった)。カトリック差別(いろんな時代に起こっている)、ユダヤ系差別(これも。特にイスラエル建国後は勢いを増した)、イスラム教差別(9.11後)、最近ではアジア系アメリカ人差別(COVID-19がらみ)がこれに当たります。

もっとニュースをにぎわせる”派手”な陰謀論はほかにもありますが、このマインドセットは通常、偏見による想定にもとづくものであり、エビデンスもないまま独り歩きするので(というか国家忠誠の証拠があるのにスルーされてしまう)、破壊力は想像以上です。

Peter Knight

●英マンチェスター大学アメリカ学教授。「Conspiracy Culture: From the Kennedy Assassination to “The X-Files(陰謀論カルチャー:ケネディ暗殺からXファイルまで)」著者。Michael Butterとの共著に「The Routledge Handbook of Conspiracy Theories」●

陰謀論は米国史で長年、時代を動かす役割りを演じてきました。独立宣言も有名な序章を過ぎてしまえば、英国王がアメリカ植民地入植者潰しで画策した陰謀の訴えのオンパレード。南北戦争前には両陣営とも敵陣を陰謀の黒幕という目で見ていたし、19世紀には移民排斥運動が続々と起こって被差別のマイノリティと外国人が風評被害のスケープゴートになりました。ダメージの規模的には、おそらくこうした人種差別の陰謀論が米国史においてはもっとも長く続く深い傷を社会に与えたと思います。

しかしながら「陰謀論」という考えが認知され、眉唾ながら、社会情勢をひも解くひとつのアプローチと見なされるようになったのは1950年代になってからのこと。さまざまな社会学と歴史学の専門家が右翼ポピュリズムの台頭に不安を感じ、個人の思惑と世論のうねりの相互作用で歴史が形作られていくと考えるまでになりました。20世紀には、政治を裏のアジェンダや影の派閥、謀議というフィルターを通して解釈することが当たり前になり、裏事情に詳しいことがあたかも情報通の条件のような扱いになります。よって陰謀論で社会がおかしくなるとすればそれは受け入れ側にも問題がある場合(理屈上は)なのですね。その意味では、ここ数十年の陰謀論は因果関係のベクトルが希薄なものが多い傾向にあります。

信じる人の規模で見た場合、代表的なのはケネディ暗殺の陰謀論です。人気がピークを迎えた1990年代にはアメリカ人のだいたい4人に3人までもが陰謀と考えていました。オリバー・ストーン監督による映画化をきっかけに残りの機密ファイルの公開を政府に求める運動が湧き起こりましたが、それを除けば、JFK暗殺をめぐる陰謀論が社会に与えた影響はあまり大きくはありません。同じことは、911真相究明運動や月面着陸偽造疑惑についても言えます。

被害の規模に重点を移すと、世界規模で影響が大きかったのは、1930年代の反ユダヤと、1910年代・1950年代の赤狩りでしょう。米国の反ユダヤの強迫観念はナチスドイツほど悲惨なことにはならなかったものの、マッカーシズムで人生を台無しにされた人は数知れず、共和党、民主主義、信頼、事実の根幹が揺らいだのも事実。Qアノンと大統領選の結果をめぐる「大嘘」はマッカーシズムには遠く及ばないものの、当時の情況と酷似していて不安になりますね。

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