貨幣の起源に迫る! 中国で発掘された世界最古の造幣局

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  • author George Dvorsky - Gizmodo US
  • [原文]
  • たもり
貨幣の起源に迫る! 中国で発掘された世界最古の造幣局
Image: H. Zhao et al., 2021/Antiquity|古代の造幣局で生産された布銭

中国河南省の遺跡にある鋳造作業場で、紀元前640~550年頃にかけて造幣が行なわれていたことが分かりました。道具、装身具などに加えて標準化された貨幣も製造されていたこの鋳造作業場は、放射性炭素年代測定によって年代が確認された最古の造幣局となります。

発見された鋳造貨幣は一般的な硬貨とは見た目が異なる空首布(くうしゅふ)と呼ばれるもので、数千年前は貨幣の役割を果たしていました。学術誌Antiquityに掲載された最新研究は、このいびつな形をした通貨を紀元前640~550年頃にかけて製造していた、古代の造幣局の発見について詳しく説明しています。研究を率いたのは鄭州大学の考古学者Hao Zhao氏です。

世界最古の造幣局発見の意義

前述の年代が意義深いのは、中国河南省滎陽市にあるこの鋳造作業場が今や世界最古の造幣局となるためです。従って、人間の歴史の流れを変えた鋳造貨幣の起源に光を投じているのです。

それは誇張ではなく、最新研究の考古学者らは「貨幣を使用できることが、物質的にも観念的にも経済と社会制度を著しく作り変えた」、そして商業的な交換を促すことに加えて、貨幣は「人間社会に富、名声と権力の新たな評価方法をもたらした」とも書いています。しかし彼らが指摘するように、鋳造貨幣の「起源と初期の歴史」と「それらがどんな社会動学の下で発達したかは、依然として議論の的のまま」なんだとか。

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空から見た古代の鋳造作業場
Image: Hao Zhao

最古の鋳造貨幣は中国、リディア王国(小アジア)とインドに遡ります。これらの場所と関係のある古代の造幣局はおよそ同時代のものですが、どこも放射性炭素による年代測定はされていません。そして興味深いことに、アナトリア半島あるいは古代ギリシアの造幣所跡で紀元前400年より前に存在していたと判明しているものはありません。今回の発見があった鋳造作業場「官荘遺跡」は、放射性炭素による年代測定が行われて「年代が確認された、世界最古の造幣所跡」となったのでした。

官荘遺跡はどんなところ?

官荘遺跡は都市遺跡で、中華王朝が台頭する前に存在していた国、鄭の行政の中心地でした。同市は紀元前800~450年頃に存在し、住民は布銭を使っていたことで知られています。

広大な官荘遺跡は同市郊外の工業地帯にあって、非常に系統だっており銅製品の大量生産が可能でした。論文にはこの鋳造作業場からの大量の出土品が記録されています。具体的には貨幣の鋳型(使用済みと未使用のもの)多数、貨幣のかけらと金属の破片、製造廃棄物が詰め込まれた数千もの抗、さらには上流階級が使っていた儀式用の器、武器、馬車用の装具、楽器、装身具、道具など多種多様な青銅製加工品の生産に使われた6000以上の陶製の鋳型、そしてもちろん布銭でした。それ以外にも過去にはるつぼ、ひしゃく、木炭と陶窯のかけらなどが出土しています。鋳造作業場はまず770年頃に稼働し始めましたが、通貨の製造に使われるようになったのは紀元前640年からでした。

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Image: H. Zhao et al., 2021/Antiquity

布銭は計画的に大量発行されていた

研究によれば、「官荘遺跡で用いられていた鋳造技術は定量生産、標準化と品質管理が特徴となっており、布銭の生産が小規模で突発的な実験はなく、むしろ中国の中原の中核地帯において入念に計画と組織化されたプロセスだったと示している」とのこと。

研究者らは官荘遺跡で発掘された布銭2枚を復元。それらの主な成分は銅で、残りは錫と鉛で構成されていることが分析で分かりました。元々の大きさは鋳型によれば高さ14cm幅6cmだったもののが、復元された貨幣2枚は少し壊れていたため高さは11cmとなっていました。

空首布は、農業と園芸に使われていた便利な道具、金属の鋤を模しています。しかし、その薄い刃と小さいサイズからして実践的あるいは実用的な用途はないことがうかがえます。時が経つにつれて、これらの貨幣には価値を示すための文字が刻まれ洗練されていきました。布銭は紀元前221年に始皇帝が廃止するまで数百年間使われていたのです。

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布銭の製造方法を示す図
Graphic: H. Zhao et al., 2021/Antiquity

貨幣の起源が解明されるかも

この鋳造作業場の立地が注目に値するのは、貨幣の起源について何か分かるかもしれないからです。金属貨幣を使うという案を最初に思い付いたのは商人だと主張する考古学者と人類学者もいますが、作業場の立地は市内中心部の行政区につながる門近くで国の役人が関わっていたと示唆しています。「官荘の造幣局の発見は、貨幣生産の開発初期において政治家の影響力の役割を考慮に入れろと気付かせてくれる」と科学者らは書いています。鋳造作業場の起源はまだ分かっていませんが、研究者らが指摘するように「造幣活動は少なくとも、地元政府に認められていた」ようにみえます。

この発見は通貨がテクノロジーのひとつであり、徐々に進化しているということも気付かせてくれます。現在、造幣は新たな形態をとって、富を生成するために様々な暗号通貨のマイナーが電力を大量に消費するサーバーファームを使っています。こうなって来ると気になるのは数百年後の通貨。一体どんな形になるのか分かりませんが、今は最先端を行く暗号通貨が布銭並みに原始的に思えるようになるのでしょうか。

Source: Cambridge Core,

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