腸内細菌と認知障害:腸脳相関のメカニズムは想像以上に奥深そう

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腸内細菌と認知障害:腸脳相関のメカニズムは想像以上に奥深そう
Illustration: Elena Scotti (Photos: Wikimedia Commons)

脳トレも大事だけど菌活もね。

腸は数百兆個もの細菌の棲み家。細菌は消化吸収、免疫はもちろん、脳の働きも助けます。

メンタルや認知にも影響するらしく、最近はアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患を含めた認知障害に果たす役割の研究も盛ん。腸脳相関が明らかになれば原因解明、ひいては早期発見、新たな治療につながるのではと期待が持たれています。

神経変性疾患は神経細胞を徐々に蝕んで殺し、知能や動きが鈍る病気。ここ30年は世界中で高齢化が進んでものすごい勢いで増えているわけですが、これといった解決法も治療法もないまま、大勢の人たちがアルツハイマー病やパーキンソン病といった認知障害に苦しんでいるのが現状です。

原因は遺伝子、環境、年齢、生活習慣など考えられますが、ほとんどの場合、ピンポイントで特定できないのが医師たちの悩みです。腸と関連があるとなれば、腸内微生物の役割の解明に乗り出す人が出るのも当然の流れといえます。

胃腸不良と関連がある認知障害といえばパーキンソン病が有名なので、ほとんどの研究はパーキンソン病がメインだけど、それ以外の神経変性疾患(アルツハイマー病、ALSなど)と腸内細菌の関連性に関する研究も少しずつ現れてきました。

腸と脳じゃ距離遠くない?

腸内細菌の大半はバクテリアで、これが神経系(認知や動作、知覚、呼吸などの無意識の働きを司る部位)との司令伝達に直接的または間接的に関わっています。微生物と脳を双方向でつなぐのは脳腸軸と呼ばれる部位。ここを通して神経や化学作用で脳に影響を与えるんですね。

たとえば、神経伝達物質、脳の分子メッセンジャーといった脳が使う化学物質を合成する、なんてことも腸内細菌はできちゃう。腸と脳はだいぶ距離あるように感じますけど、腸内のバクテリアくんは腸壁から血管に吸収されて、血のめぐりに乗っかって脳に出稼ぎに出るんですね〜はい〜。

腸内細菌は免疫細胞と相互作用も可能でありまして、免疫細胞のシグナル伝達経由で間接的に脳に影響を与えるほか、末期神経変性疾患ともなると多孔質な血管からにじみ出るように免疫細胞が脳に浸透するため脳に直接影響を与えることも可能。

なんか思った以上に密な関わり具合なわけですが、具体的に腸の菌が脳にどんな作用を及ぼすのかは不明で、今後の研究が待たれるところらしいですよ? 「当然のことながら疑問視する向きもありますからね」とエモリー大学のTimothy Sampson生理学助教授。ボルドー大学のJan-Pieter Konsman神経芽疫学研究員も「比較的新しい分野なので、よくわかってないことが多いんです」と言ってました。

実際、最近になるまで、腸脳相関研究は患者と健常者の細菌叢を比べる程度の研究しか行われてなくて、細菌叢の内部構造まで踏み込む研究はあんまりなかったみたい。「脳との相互作用を解明したいなら、まず細菌叢を分解して調べないと」とシドニー大学のMaureen O'Malley微生物研究哲学研究員はコメントしています。

腸脳相関分野でパーキンソン病が注目されるワケ

ただ、この5年は細菌叢研究に取り組むグループも出てきており、病気と関連のありそうな微生物と分子の特定を進めています。わけても注目なのがパーキンソン病です。これはパーキンソン病特有の運動障害が出る何年も前に、便秘などの胃腸不良が起こるため。

「そもそもジェームズ・パーキンソン医師が、最初に“振戦麻痺”(後のパーキンソン病)と診断した当初から、主な特徴として難治性便秘が挙げられていたぐらいですからね」(シェフィールドハラム大学のLynne Barker認知神経科学准教授)

げにパーキンソン病と腸とは切っても切れない関係。腸脳相関はずっと公然の秘密だったというわけです。

パーキンソンの人は細菌叢が違う

研究の現場では、検便で細菌遺伝子を検分して腸内細菌のおおよその組成を割り出すということをやっているわけですが、それで明らかになったのは、パーキンソン病の人とそれ以外の人とでは細菌叢が異なること。この違いはほかの影響(食事など)に左右されることなく起こっていることがわかりました。

「もっとも鶏と卵のどっちが先かと一緒で、病気になったから細菌叢が変化したのか、細菌叢が変化したから病気に影響したのか、どっちが先なのかはよくわかっていませんがね」とSampson助教授。

一応これに関しては、メイヨークリニック細菌叢研究プログラム共同ディレクターのPurna Kashyap医学生理学教授率いる研究チームが行った小規模な実験があります。実験のなかで教授のチームは、運動機能障害の発達に腸内細菌が「必要」なことをパーキンソン病のマウスモデルで実証。腸内菌のないマウス(バクテリアや菌類、ウイルスが体内からも体表からも検出されないマウス)には運動機能障害は一度も起こらなかったのです。

パーキンソン病患者さんの身体を死後調べると、脳内にαシヌクレインが溜まって、レビー小体というタンパク質の塊ができているのはよく知られたことですよね。マウスとラットを使ったさまざまな実験では、腸内細菌の大腸菌がこのα-シヌクレインのタンパク質の塊とよく似たタンパク質を作ることが示されています。また、Sampson助教授が行った、α-シヌクレインを過剰発現するよう操作したマウスの実験でも、こうした腸内細菌タンパク質が脳内のα-シヌクレインの堆積と運動機能障害の両方を悪化させることが示されていたりします。

もちろん動物実験は動物実験であって、人体で同じことが起こるとは限らないとO’Malley研究員は念押ししていますが、それでも実験内容については「示唆に富む成果であり、もっと実態に即したモデルを構築するヒントになると思う」と言ってました。

アルツハイマー患者さんの腸内菌は種類が少ない

一方パーキンソン以外の神経変性疾患(アルツハイマー病など)で、腸内細菌叢に異常が生じるのではないかと調査に乗り出すグループも出てきました。

ベータアミロイド斑と呼ばれるタンパク質の塊は、アルツハイマーの脳細胞に機能障害を引き起こす怖いものなわけですが、これについても腸内細菌がなんらかの役目を担っていることがアルツハイマー病のマウスモデルで示唆されています。

「無菌状態に置いたマウスにはそれほど多くのアミロイド斑は発現しません。これひとつとっても、細菌とアルツハイマー病発症の間になんらかの関連性があることがわかります」(ウィスコンシン大学マジソン校Barbara Bendlin医学部教授)

Bendlin教授のチームが人体研究の出発点で行ったのは、アルツハイマー病の患者さん25名と健常者25名の検便です。これで腸内細菌を分析したところ、患者さんのほうが細菌の種類が少なく、菌によっては数も異なることがわかったんだそうですよ?

さらにアルツハイマー関連のバイオマーカーと腸内細菌叢との間になんらかの関連性がないかも調べてみました。すると「腸内細菌叢と脳脊髄液バイオマーカーとの間には確かに関連性があり、それは無症状の人からも検出された」のだそう。「要するに、このような腸脳相関はおそらく物忘れが始まる前から存在するものと考えられる」(Bendlin教授)のだといいます。

ALSは発症する「前」に腸内細菌に異変が起こる

ALSと腸内細菌との関連性に関する調査も進んでいます。

ALSは徐々に筋肉が衰えて、自分の意思で体を動かすことが難しくなっていく進行性の病気です。口や喉に症状が表れた場合は、会話や食事、自力での呼吸が困難になるケースもあります。スタンフォード大学医学部神経内科で腸・脳軸を専門とするEran Blacherポスドク研究員のチームが、人体にALSを誘発すると考えられている遺伝子変異のマウスで実験してみたところ、ALS発症「前」に腸内細菌叢に異変が起こっていることが確認されたのです。この異変がALSとなんらかのつながりがあるのではないかとBlacher研究員は言ってましたよ。

調査ではまた、特定の腸内細菌によって生成される分子でマウスの病状が変わることも確認されました。マウスにその腸内細菌のプロバイオティクスサプリメントを投与したところ、 分子ニコチンアミドの生成量が高まり、症状改善が見られたんです。ニコチンアミドには細胞経路(ALSに関連があると考えられている)に必要な化学物質を生成するという働きがあります。

「マウスに特定の菌を処方することで、病気の進行や発症を変えることができたのはそのためです。本当に驚きでした」(Blacher研究員)

Blacher研究員が少数の患者グループを対象に行った予備調査の結果も、「ALSの人はALS以外の人に比べ、ニコチアミドメタボリズムに必要な細胞遺伝子の便中含有量が低い」という実験で導き出される結論に符号します。患者さんたちは血液と脳脊髄液のなかにある二コチアミド含有量も低いことがわかりました。

「ALSを治療できるとか、人体で病気の進行を遅らせることができると言うつもりはありません」とBlacher研究員は慎重に言葉を選んでいますけど、もっと大規模なフォローアップの研究が行われれば、ALSという難病のメカニズムの解明が進んで、治療のツボも見えてくるのではないでしょうか。

腸脳相関の解明はまだこれから

期待は膨らむばかりですが、経変性疾患における細菌叢(マイクロバイオーム)の役割は今も謎多き分野でもあります。Barker准教授のグループでは目下、小規模な調査で得たデータの解析を進め、パーキンソン病患者さんに一般的なプロバイオティクスを投与することで、細菌叢の組成やQOL(生活の質)が変わるかどうかの確認中。先の研究とはスタンスを変え、大枠の変化ではなく菌種ごとに細菌叢の実態に迫る研究を進めているみたいですよ。

まあ、神経疾患を細菌で治す治療法の確立からは程遠いのが現実。腸活や食餌で症状が和らぐことがわかったとしても、それは治療じゃないし。仮に腸内細菌と認知障害に関連性があるとわかっても、ほかにも病気の原因になることはいろいろ考えられるので、そのなかでの位置づけも考えなければなりませんしね。

「脳につながるメカニズムの解明はまだなので、そちらがはっきり片付くまでは、効果的治療法の開発はムリ」とBendlin医学部教授は言ってました。

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