ゲームの可能性が広がり続ける今、ゲーム音楽のオリジネーターは何を思うのか?
1980年より任天堂のサウンドエンジニアとして、『スーパーマリオランド』『テトリス』『ドクターマリオ』など名作ゲームの音楽を多数手掛け、チップサウンドをゲームミュージックとして世界に広げたオリジネーターのたなかひろかずさんは、ゲーム音楽以外に今年25周年を迎えるゲーム『ポケットモンスター』のアニメ版主題歌『めざせポケモンマスター』をはじめ、約20年にわたり、ポケモン作品の作曲、編曲を手掛けてきたことでも知られています。
そんなたなかさんのもうひとつの顔として知られるのが、アーティスト“Chip Tanaka”としての顔。Chip Tanakaとしては、2017年に自身初となるアルバム『Django』、2020年7月にセカンドアルバム『Domingo』と2枚のオリジナルアルバムをリリースしていますが、今月11月17日に、ファン待望のサードアルバム『Domani』を発表。
イタリア語で「明日」「未来」を意味する言葉をタイトルに冠した本作は、コロナ禍、環境問題などが渦巻く2021年に自身の未来と世界の未来を重ね、変わるもの変わらないもの、存在の儚さ、夢などをテーマにした作品で、チップチューンをベースにしながらも多彩な音世界を展開する14トラックで構成されています。
新型コロナウィルス感染拡大によって、制作期間中はたなかさん自身も行動が制限され、ほぼ自宅生活を繰り返すなかで作業が続けられたといいます。
今回は、そのような状況下でのアルバム制作話やインスピレーションについて伺いつつ、たなかさんがゲーム音楽のオリジネーターとして約40年間ゲームと関わり続けてきた中で感じたゲームの進化、そして、ゲームとの親和性も高いメタバースに対する見解などについてもお話を伺いました。
新作のコンセプトは「砂漠のサボテン」
──Chip Tanakaとして3枚目となるアルバム『Domani』をリリースされますが、このアルバムはどんなことがきっかけで制作されたのでしょうか?
たなか:前作は、過去を振り返り、ノスタルジーを抱くことをテーマにして、アルバムのジャケットも深海と宇宙がシンクロしているようなイメージにしていました。今回のアルバムでは、それとは対照的に明るく元気で躍動感があるアルバムにしたいと思っていました。
以前は若いアーティストと一緒に都内や海外のイベントにも出演して、そこで得たエネルギーが作品作りに反映されることが多かったんですが、コロナ禍でそういう機会もなくなってしまったことが、今回のアルバムを制作する上で、 いつもと大きく異なる点かと思います。
──コロナ禍はアルバム制作にどのような影響を与えたのでしょうか?
たなか:必然的に自宅で過ごす時間が長くなりました。そして、その時間を利用して、昔から好きだったレコードで古いロックや民謡 、クラシックまでを聴くようになり、しばらくそういうことを続けていると、自分がそれまでアクティブに活動していた頃とはまた違った風に音楽を捉えるようになったことに気が付きました。そんな中、3枚目のアルバムを作りたいという気持ちがずっとあったので、キッカケとして自分の手元にあったデモ曲を改造することから始めました。
ただ、躍動感のある曲調を目指したはずが、コロナ禍のムードも関係してか、一番最初にイメージしていたようにバーッと光を放つ感じにはならなくて(笑)。どうしようかなと思っていたところ、ふと「コロナ禍で世界中の人が困っているけど、砂漠のサボテンはこの状況をどう思っているんだろう?」というイメージがふと頭に浮かびました。それがきっかけとなって、"砂漠のサボテン"というアルバムのコンセプトが生まれました。
そのとき、別に環境問題を考えてるわけではないけれど 、「人間はコロナ禍で大変な思いをしながら生きているけど、サボテンだって過酷な環境で、同じように大変な思いをしながら生きているはず(笑)。そもそも“人間が、別の生き物が暮らす場所に勝手に足を踏み入れたことで未知のウイルスが拡散し、結果、自分たちを苦しめることになった”というような、今回のパンデミックはある意味人間のせいなんじゃないのか、とか、今回のアルバムは、そういったコロナ禍で感じたさまざまなことがキッカケになってます。
──アルバム制作時にはほかにどんなことからインスピレーションを受けられたのでしょうか?
たなか:"砂漠のサボテン"のほかには、砂漠繋がりでフェネックという砂漠のきつねが登場する『星の王子様』の著者のサン=テグジュペリからもインスピレーションを受けました。
パイロットだったサン=テグジュペリには、飛行機で空を飛んで砂漠に不時着するみたいな話があるのですが、それが今回、自分がイメージした"砂漠"と繋がりました。それと、サン=テグジュペリは空に憧れ 「空を飛びたい」という気持ちを持ち続けてました。そのイメージと、さっきのサボテンの世界のようなイメージを自分の中でごちゃまぜにしながら、1曲ずつ曲を増やしていきました。
今回のアルバムのジャケットをデザイナーさんに依頼する際に「サボテン」「黄昏の色」「花火」の3つの要素をデザインに配してほしいとお願いしたのですが、その中でも花火は僕にとって「未来」とか「儚さ」とシンクロするイメージです。この3つの要素と、ほかのインスピレーションやイメージとを繋げながら制作していきました。

ゲーム体験の変遷。そして、価値観を変えるコンテンツとは
──80年代からゲーム音楽を手掛けるなど、これまでゲーム業界と深く関わってこられましたが、これまでの約40年間でゲームはどのような体験へと進化したと思いますか?
たなか:これは僕がよく言うことですが、ゲームの進化=コンピューターの進化に乗っかってるんですね。 コンピューターの処理スピードが上がったことで、ゲームのハード的な制約の部分での進化が起きたり、あと進化という意味ではやっぱりインターネットの登場、普及は大きかったと思います。
昔のゲーム機は、自宅に一台、1人か2人で遊ぶってことでしたが、携帯ゲームが登場しインターネットに繋がるようになったことで、ゲームの体験価値が大きく変わりました。だから、ゲーム自体が変わったというよりは、ハードの質が向上したことでゲーム体験自体もどんどん変化し広がっていったんだと思います。
それとみんなが繋がれるようになったことで、共通の感覚が増えていったのでは?と言うことも感じます。つまり、「指が切れたら痛い」「イチゴは赤い 」みたいな、人々が持つ共通感覚のなかに、「スーパーマリオで遊んだ」とか、同じ感情を即座に共有できる環境が増え、共通の体験が増えたこと、そういう小さな積み重ねも長い目でみると大きな変化につながっているのでは?とも感じたりします。
「ある共通の意識は、ネットワークの中で臨界点を超えた時に一気に広がる…」みたいな「百匹目の猿」という話があるのですが、そういったシンクロニシティのような感覚が、今はインターネットを通じて、ゲームからビジネスの話にまで広がっているのではと感じたりもしてます。
──現在、ゲームはメタバースとも関連性が高いコンテンツだと言われていますが、今後、クリエイター目線で見た時にメタバースはどのように発展していくと思いますか?
たなか:この先の未来については正直わかりませんが、さっきも言ったようにメタバースといっても、基本的には何かしらのテクノロジーの集大成であって、それを通して人の感覚に語りかけるものだと思います。その意味では、ゲームやエンタメはわかりやすい活用事例ですが、メタバースがテクノロジーを利用した領域のものであれば、教育や医療など社会貢献の分野にも活用できると思うので、エンタメ以外の部分でももっと発展していってほしいなという想いはありますね。
特に日本はこれから、どんどん人口が減っていくと言われているし、もしかしたら近い将来、世界的な食糧難に陥るようなことだってあるかもしれない。そんな可能性が少なからずある中で、「メタバース、すごい!」と言って、エンタメの領域だけ盛り上がるのはどうなんだろ?と。
例えば、今回のコロナ禍で政治や行政の対応なんか見てると僕らがネットの世界を通じて感じ学んできた感覚とは明らかに違います。そのギャップをものすごく見せつけられました。この国のITリテラシーは極端に低い。そして、そのような問題を抱えつつも、何を基準にして、それをどう変えていったかわからないのもまた、今の日本の問題だと思いますね。なのでメタバース以前に、国全体の新しい技術に関する底上げをどうしていくのか?という課題の方が大事なのでは?と思ったりもします。
──ボケモンの3DCGモデル、ゲーム、アプリ開発も手掛ける企画制作会社クリーチャーズの代表取締役社長としても活躍されていますが、経営者目線で見た場合、今後どのようなイノベーションやプロダクトが発表されると、メタバースやそれに関わるコンテンツが普及していくとお考えでしょうか?
たなか:これは難しい質問です。こんなものでは?というイメージが浮かばないです(笑)。クリーチャーズの仕事は、ポケモンに関連したものが多いのですが、その中で思うのは、まず子どもたちにとって魅力的な商品であること、次にその内容が親世代も納得できる内容であること。当たり前のようで大事なポイントだったと感じています。任天堂のコンテンツやポケモン商品の様々はすべてこの点をクリアしていると思います。親と子の間で共通の認識、価値観が共有されるコンテンツはジャンルに関係なく強く、息の長いものに成長する確率が高いと感じます。
今ポケモンがコンテンツとして強い理由は、ファースト世代にあたる30代前半が、今の世の中で中心的存在になってることだと思います、かつ親になり家庭をもってる可能性も高いです。この世代には世界的な影響力を持つアーティストやミュージシャンがたくさんいますが、彼らはみんな子どもの頃にこぞってポケモンで遊んでいた世代。今年ポケモン25周年を記念したトリビュートアルバムがリリースされましたが、そこにはポスト・マローンのような世界的なアーティストも参加しています。彼らが子どもの頃に遊んだものを、今また違う方法で表現することで、今の子どもたちにとっても「すごい!」となり、それがまた広がっていく。そういった世代を超えた繋がりが、今のポケモンにはありますね。

──ゲームから生まれたチップチューンは、今では若手のクリエイターも多くなっている反面、オリジネーターがその影響下にあるシーンに入っていくことはあまり見かけません。それについてはどうお考えでしょうか?
たなか:それに関しては、実際現場でゲーム音源使ってゲーム制作に関わった人と、チップチューンに興味を持ちゲーム音源で独立した音楽作品をする人とはスタンスがまったく違うと思います。音楽を制作するという楽しみは似てるかもしれませんけど。チップチューンとしてゲームボーイを使って作られている音楽は、当時のファミコンにはない音質も出せるし、そのローファイで荒い音色を大音量で鳴らせる魅力は絶大だと思います。個人的にはそういうアーティストが世界中にいて楽しんでいること自体は嬉しいのですが、わざわざ自分がそのシーンに入ってまでもう1回やりたいとまでは思わないですね(笑)。
──でも、たなかさんはそのシーンに最初に入っていったイメージがあります。
たなか:あーそうですね。確かに「まず、そこに入ってみて…」という気持ちは最初はありました。
以前「若い人たちが、渋谷のクラブでそういうイベントをやっているから」と友人に勧められて見に行ったことがあるのですが、そのときそこで盛り上がっている若い人たちを見て、思わず涙が出そうになったことがあったんですよ。そのことと、新木場ageHaでゲーム音楽の大きなイベントが開催され、自分が作った昔のゲーム音楽をリミックスしライブ出演したことが今の活動に繋がっています。
ゲーム音楽は、あまり曲調を変えすぎると、ゲームファンが嫌がることはわかっていたので、リズムだけ強くしたり、目立たないように シンセを足したりとか、大音量でも印象が変わらないように工夫しました。でも、ゲームボーイだけでやれと言われると、今はちょっとつらいです(笑)。
──クリエイター活動を開始されて以降、業界にはさまざまな変化が訪れることになったかと思いますが、業界のベテランとして、若手のクリエイターにアドバイスするとしたら、どのようなアドバイスをされますか?
たなか:仕事は世の中に与えたサービスあるいはモノの「質と量」が、そのまま受け取る報酬につながります。なのでまず 「自分の強み、弱みを理解したうえで、自分は何ができるのか?」をしっかり考え、「自分の仕事は誰かの役に立っているのか?」ということに対してもちゃんと答えを持ち自覚しておくことが大切だと思います。 これはエンタメに限らずこの2つはどんな職種の人に対しても言えることだと思います。


『DOMANI』Chip Tanaka(2021.11.17 Release)
Photo: Victor Nomoto(METACRAFT)