48年前の予測をついに実現、量子スピン液体とはなんぞ?

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  • author Isaac Schultz - Gizmodo US
  • [原文]
  • 福田ミホ
48年前の予測をついに実現、量子スピン液体とはなんぞ?
Image: Kris Snibbe / Harvard Staff Photographer

より安定した量子コンピューター、そして室温超伝導へ。

ハーバード大学などによる研究チームが、48年前に予測されていながら誰も実際に見たことのなかった物質の状態「量子スピン液体」なるものの観測に成功しました。彼らは量子シミュレーターを使い、超冷却したルビジウム原子をあれこれすることで、その状態を実現したのです。この発見は量子コンピューターの仕組みへのヒントになり得るだけでなく、物質が超電導化する環境に対しても示唆を与えられるかもしれません。

48年前に予測された未知の「状態」

物質の状態、または「相」は、固体・液体・気体のほかにもいくつかあります。そういった呼び名は、物質の原子レベルでの構造や性質、たとえば分子の固定度合いや、原子核に対する電子の配置に基づいて決まります。

「量子スピン液体」という状態については、1973年にフィリップ・W・アンダーソン氏がその存在を予測して以来、研究が続いてきました。でも、その研究とは一筋縄でなく、量子スピン液体が「出現した」とか「非常に近い」とか、その「候補」があったとか、ほとんど未確認生物みたいにさまざまな報告がなされてきました。でも今、ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学、オーストリアのインスブルック大学による研究チームが、本当に量子スピン液体を観測したと言っていて、その結果を学術誌「Science」で発表したんです。

「アンダーソンがスピン液体というアイデアを最初に提案したとき、彼はまさに高温超伝導体の説明となるような微視的モデルを探していました」と、この論文主著者でハーバード大学の量子物理学者Giulia Semeghini氏は、米Gizmodoへのメールで書いています。量子スピン液体と高温超伝導体の関係はまだわかっていませんが、その解明につながるモデルが今、開発されたのです。

研究チームは量子シミュレーターなるものを使い、固体の中で起こる物理状態を原子レベルで再現しました。その量子シミュレーターではルビジウム原子219個をカゴメ格子という特殊な配列に並べ、レーザーを使ってそれを操ります。

「この分野にとって、非常に特別な瞬間です」ハーバード大学の物理学者でこの論文の共著者であるMikhail Lukin氏は、プレスリリースで言っています。「未知の状態を理解すべく、それに実際に触れたり突いたりできるのです…誰にも観測できなかった、新たな物質の状態です」

で、量子スピン液体って?

量子スピン液体とは、水っぽい何かがグルグル回ってる状態…ではありません。ここで言う「液体」は、ルビジウムが溶けて液状になってるわけじゃなく、ルビジウム原子の中の「電子スピン」が不安定で一様ではないことを指してます。Lukin氏はSci-Newsの中で、それは「決して凍らない磁石」だと表現しています。

電子スピンが常に拮抗し変化することで、量子スピン液体にある金属は、物理用語的には「フラストレート」された状態になります。量子スピン液体は最も複雑な量子状態のひとつであり、複雑であればあるほど安定します。

「今回編み出された状態はたしかに、量子スピン液体の中で量子もつれの重要な性質を示しているように見えます。まったく素晴らしい!!!」と、アイオワ州立大学とエイムズ研究所の物理学者Robert McQueeney氏はメールで書いています。「今後必然的に行われるであろう研究は、もっと面白くなります。冷たい原子のアプローチは非常に応用しやすく、調節しやすいからです」

物質が十分に冷却されると、凝縮された物質(固体)は通常ごく整然とした状態を取ります。超巨大ブラックホール衝突の追跡から、電子を強力レーザービームに変えての極小構造研究まで、超伝導系が精密科学実験に便利なのはこの秩序があるためです。でも、Semeghini氏らの実験環境を絶対零度よりほんの少し高い温度まで冷却したとき、ルビジウム原子の電子は秩序を拒否してつねに流動する状態、つまり量子スピン液体となったのです。

量子スピン液体で何ができるのか

コンピューターのビットとは定義上バイナリ、つまりオンかオフ(1か0)のどちらかです。量子コンピューターは従来のビットの代わりに、1と0に同時になり得る量子ビット(qubit)を使うことで、大量の計算を短時間で処理できるようになります。

「量子スピン液体に大きく期待しているのは、量子コンピューターのための頑健な量子ビットに使えるようになることです」とSemeghini氏は言います。「量子ビットのエンコードでよく使われる方法は、実は外部のノイズや摂動に対してとても繊細です。量子スピン液体のさまざまな位相状態を使って量子情報をトポロジカル量子ビットとしてエンコードできれば、それは本質的にノイズ耐性のある量子ビットとなる可能性があります」…と、ちょっと専門用語多めで難しいんですが、要は量子スピン液体を使いこなせれば、ノイズに強い量子コンピューターができるんですね。

この研究が最初に進むであろう方向が、頑健な量子ビットの実現、引いてはより高効率な量子コンピューターの構築だとすれば、最終目標は室温超伝導でしょう。それは量子スピン液体を予言したアンダーソン氏が目指していたものであり、超伝導の発見以来、物理学(とエネルギー産業)が追いかけてきた技術です。室温で電子回路から抵抗を除去できれば、エネルギーが熱として失われることがなくなり、既存の電気グリッドを大変貌させられます。他にもたとえばMRIマシンのような医療技術とか、粒子加速器、リニアモーターカーといった、超伝導磁石が今使われている領域もより進化させるはずです。そういった応用で成果を出すにはまだまだ時間がかかりそうですが、まずはその未来に向けて、非常に意味のある一歩が踏み出せたようです。

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