3DCGは現代の新たな絵筆かも。
ネット世代のシンガーソングライター長谷川白紙さんのインタビュー音声を映像化した、スペースシャワーTV企画作品『長谷川白紙Q13』。全13問の受け答えに、まったく異なるテイストの映像が組み合わされた斬新な映像作品です。
その映像制作を手掛けた映像制作集団・釣部東京と、映像クリエイター平井秀次さんに、本作の制作プロセスやそこで使われている技術やガジェット、そして3DCGの可能性についてインタビューしました。

「わかる/わからない」の境界を攻めた作品
──スペースシャワーTVからの制作依頼時点では、どのような注文があったのでしょうか?
松永:「長谷川白紙さんのインタビューは顔出しNGで音声のみなので、その音声に映像をつけてほしい」というものでした。その時点で「実験的な企画を期待している」と言われていたので、楽しそうだなと思いましたね。
──釣部東京+平井さんというスタッフ構成の理由は?
松永:最初はスペースシャワーTVさんから釣部東京にオファーをいただいたのですが、全13問のインタビューにそれぞれ映像をつけるとなると尺が長くなるので、これまで一緒に仕事をしたこともある平井にお願いすることにしました。彼はモーショングラフィックから3DCGまでオールラウンドに色々できるし、1人で完パケできるのが強みですね。以前から知り合いで「釣部東京に入らない?」と誘ったこともあって、それは断られましたけど(笑)。
平井:その時は、なんとなくぬるっと流しましたね(笑)。
──(笑)。本企画は13個の質問に個別の映像をつけた作品ですが、全体を貫くコンセプトはありましたか?
松永:これまでの白紙さんのインタビューを拝見したうえで、僕らの中に「長谷川白紙さん=わかりそうでわからない人」というイメージがありました。それと同時に「本人もすべてを理解されることは望んでいないんじゃないかな?」とも思いました。そこで、わかる/わからないの境界線を攻めていく作品がおもしろいのではないかと考えました。
渡部:でも長谷川白紙さん本人に企画をプレゼンしたところ、白紙さんはとても冷静な視点を持っていて「自分としてはこの方向で大丈夫ですけど、観る人はこれで大丈夫ですか?」と、ご本人が一番客観性も持たれてました(笑)。

映像クリエイションの中で活躍するiPhone
今回はiPhoneのLiDARスキャンアプリとフォトグラメトリの粗いモデルを組み合わせたものをガイドにしてモデルを制作したので、かなり時短になりました。#長谷川白紙Q13pic.twitter.com/SMKLmkxVzi
— 釣部東京 (@tsuribu_tokyo) December 22, 2021
──いくつか気になるパートについて質問させてください。まずQ1はLiDARとフォトグラメトリを使用した作品だそうですね。
松永:はい。銭湯に取材に行ってスキャンした素材をもとに、3Dモデルを作りました。
渡部:雑談レベルでLiDARスキャンについてはよく話していたのですが、仕事で使ったのは今回が初めてでした。
──LiDARは近年iPhoneの一部モデルにも搭載されていますが、専用のLiDARスキャナーを使ったのですか?
松永:iPhone 12 Proです。
渡部:「iPhoneすげー」って言いながら銭湯でスキャンしてました(笑)。結局3Dモデリングはしたんですけど、アタリとしてかなり正確なデータが素早く取れましたね。
──庵野秀明監督やスティーブン・スピルバーグ監督など、大作映画の現場においてもiPhoneカメラを活用するクリエイターは珍しくありません。みなさんも仕事でiPhoneを使うことはありますか?
松永:iPhoneを使うことはもう特別ではないですね。POV(一人称)っぽい映像を撮るときなんかそのまま完パケに使えるし、iPhoneで撮った動画を合成に使うこともあります。でも、シネマカメラと比べたら画質やルックも全然違うので、用途に応じて使い分けます。綺麗な絵で撮ってグレーディングもちゃんとやりたい場合は、やっぱりシネマカメラの方が良いですね。
平井:iPhoneはLiDARスキャンのためだったり、市民の目線を再現するためなどの演出意図に沿った映像を撮るためだったり、便利なツールとして捉えられればいいのかなと思っています。「iPhoneだからダメ」みたいなことはもう誰も思っていないんじゃないでしょうか。
渡部:最近のiPhoneは「映画も撮れる」みたいな方向に向かっているけど、iPhoneで映画を撮る必要性は感じていなくて…どちらかというと、おもしろツール的な方向で選択肢を広げてほしいと思いますね。
松永:でも、カメラとしてiPhoneの手ブレ補正は本当にすごいなと思いますね。
平井:走ってる映像を撮っても、ジンバルいらないもんね。

ゲームエンジンだからこそできる、ハイコンテクストなCG表現
Q2の映像はゲームの世界で白紙さんに出会って話を聞くという内容だったので映像自体もゲームエンジンで作ってしまおうと思い、UE4で作ったゲームを画面キャプチャするだけというラフな作り方をしました。AEでグローかけたりUI付け足したりしていますが基本はゲームキャプチャ映像のカット編集です。 pic.twitter.com/mtGXAy1sd6
— ヒライ (@shujihirai) December 30, 2021
──Q2はゲームっぽい画面が特徴的な作品ですよね。
平井:長谷川白紙さんがゲームのNPCみたいな感じで記憶の世界の中にいて、プレイヤー主観でインタビューの回答を聞く映像にしたいと思いました。そういうゲームの世界を具体化するために、映像自体もゲームのエンジンで作っちゃおうと思って「Unreal Engine」で制作したんです。
──「Unreal Engine」で制作すると、具体的にはどの辺がゲームっぽくなるのでしょうか?
平井:わかりやすいところではカメラワークですね。「Unreal Engine」はゲームのコントローラーで操作できるので、実際にゲームプレイするようにカメラを動かして映像を撮影しました。
──たしかに。プレイヤーが操作してるっぽいカメラワークになっていますね。
松永:CGソフトであのカメラワークを再現しようとすると、逆に大変なんですよ。
──以前『龍が如く』的な映像を実写で再現したツイートがバズっていましたが、ゲームのカメラワークって独特ですもんね。
平井:あれをコントローラーでそのまんま再現した感じです(笑)。今回13個の映像をバラバラに見えるようにしたいという意図もあったので、こういう“普段とは違う作り方”を意図的に採用してカオス感が強く見えるようにしています。
渋谷でゲームあるある再現してみた pic.twitter.com/dk5KH6kUgM
— がんそ (@KaoruGans0) August 5, 2020

3DCGを「バーチャル撮影スタジオ」として活用
──Q5は全13問の中でも特に抽象的な印象を受ける作品です。

渡部:長谷川白紙さんの過去のインタビューでジョン・ケージに言及されていたので、ジョン・ケージが提唱していた、絵などを配置した楽譜「図形譜」から着想しました。実写の白紙さんやイラストの白紙さんをひとつの映像に入れるという、ビジュアルのアイデア先行で作った映像です。
──これは3Dではなく2Dの映像でしょうか?
渡部:3DCGの空間上に机を用意し、そこにオブジェクトを置いて、真上から横にスライドしながら撮影していきました。
──3DCGソフト上に仮想スタジオを作るという発想なんですね。
松永:はい。そこで撮影するような感覚、あるいはスケッチするような感覚ですね。
渡部:釣部東京は実写で映像作品を撮ることも多く、みんな実写のしんどさを経験をしているので、だからこそ3Dの手軽さに向かうんだと思います(笑)。
松永:実写は辛いから(笑)。撮れてなかったりもするし。
平井:実写よりも3DCGでやった方が、トライ&エラーもしやすいしね。
──Q4は特撮的な映像に仕上がっていますね。
村上:これは長谷川さんが以前「Vtuberになりたい」とツイートしていたのをお見かけしたので「それを映像で叶えてあげたい」という思いと、「特撮っぽい映像を作りたい」という自分の欲望を一緒に実現した作品です(笑)。
松永:これは国土交通省が主導して日本全国の都市を3Dモデル化した「PLATEAU[プラトー]」というプロジェクトが配布したデータを使っています。そうしたかなりリアルなデータと、Vtuber的な質感の白紙さんとの違和感がおもしろい仕上がりになっているんじゃないかと考えています。
──長谷川白紙さんがビルを覗き込むカットがとても可愛いですね。

村上:あそこは『ウルトラマン』を参考にしてます。
松永:『ウルトラマン』『シン・ゴジラ』『エヴァンゲリオン』『キングコング』を見ながら作ってましたね(笑)。実際に作ると、特撮っぽい画面の作り方の勉強になりました。特撮作品でミニチュアを作ってきた先人の工夫を3DCGで追いかけた感じです。

自然と行き着いた表現方法が、3DCG
──今作には2Dや実写映像などバリエーション豊かな作品が集められていますが、基本的には3DCGが中心にあると思います。3DCGのメリットはどこにあるのでしょうか?
松永:やっぱりスピード感ですね。既存のアセットもあってそれを組み合わせられるので、イメージした画を素早く描くことができます。
平井:僕は、トライ&エラーのしやすさが大きいです。実写では現場が動き始めると取り返しがつかないですけど、3DCGだと実際に画を作った後に「やっぱりやめる」って決断もしやすいですから。特に今回の場合、オーダー時から「実験的な内容にしたい」という企画骨子があったので、トライ&エラーはたくさんできた方がいいと考えていました。
──平井さんはもともとモーショングラフィックを得意とされているクリエイターだと伺っていますが、3DCGについては「これからは3Dもやっておこう」という意識で始めたのでしょうか?
平井:いや、そういう使命感があったわけではなく、単純に興味本位でした。そして実際に3DCGをやってみたら2Dのモーショングラフィックの方にも活かせるとわかってきて、自然と表現の幅が広がりました。
──最近「以前の3DCGソフトはプログラミング的な知識が必要だったけど、今のソフトは直感的に触れるようになってイメージが作りやすくなっている」と聞いたのですが、それは本当ですか?
松永:Blenderのようなフリーかつ使いやすいソフトが普及して、誰でも手軽にCGが作れるようになったと思います。
渡部:チュートリアルもYouTubeにたくさんあるので、それに従って操作していると同じようなものが作れる。そういう、なぞっていればある程度のものが作れる世界になっていますね。
松永:CGが特殊技能じゃなくなってきているのは、間違いなく感じます。そうなると、綺麗なものを作れる人は既にたくさんいるので、僕らとしては「何を作るのか」で勝負をかけることを意識したいと思っています。平井に限らず、釣部東京も、もともとCGの専門家だったというより色々やってきたうえでCGに行き着いた、みたいなところがあるので、その強みは活かしていきたいですね。
高橋:逆に3DCGの映像が多いからこそ、「そうじゃない作品が欲しいな」と考えて、僕が担当したQ11は実写で作ったんです。アイデアソースについての質問だったので「ソースといえば料理だろ」と発想し、可愛くてちょっとグロテスクな部分もある料理番組風の映像にしています。
──たしかに。3DCGでの表現の中に実写や2D映像が入ってくると、とても新鮮な感じがします。3DCG表現が当たり前になればなるほど、従来の表現も使いどころが出てくるのかもしれないですね。

リモートワークでコラボレーションを加速するための秘訣
──ブレストでアイデアを出し合い、質問ごとに担当を分けていったという本作のワークフローは、個人制作とコラボレーションの中間のような印象を受けます。作業は主に対面で行ったのでしょうか?
松永:いえ、今回は撮影と取材以外はフルリモートでした。
平井:打ち合わせも全部Google Meetでしたね。
松永:Meetの画面共有で全然できちゃったので、コミュニケーションさえちゃんと取れれば、対面もリモートも関係ないと思いました。どっちにしろパソコンの前にいますからね。むしろ、誰かの家に集まって作業すると結局ダベッて終わるし……(笑)。
──「ビデオ会議だと上手くいかない」という悩みを抱えている組織も多いと思うのですが、何かコツはありますか?
渡部:僕らの場合、作ったものを投げて、それに対して忖度ない意見をもらえるのがいいですね。
松永:そのタイミングで会話に参加できていない場合、朝起きた時に30件くらい「右がいい」「いや、左がいい」みたいなやりとりの履歴が残っている感じですね。
──フランクにやりとりできる“チーム感”が大きいんですね。
松永:そうですね。気楽に連絡できる関係性というのが大きい気がします。「今、ご飯中かもしれないからやめておこうかな」とかを気にする間柄だと、自然と疎遠になってしまって、リモートだと難しいかもしれないです。
平井:「夜分にすみません……」みたいな感じだとね(笑)。
松永:「聞いてもいいですか?」みたいな遠慮があるとね……。
平井:ちょっとしんどいですね(笑)。

Photo: Victor Nomoto(METACRAFT)
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