最初から買う気なんてなかったんじゃ…。
Tesla社イーロン・マスクCEOが8日夕、「4月に440億ドルで買収することを提案したが、あの話はなかったことにしてくれ」とTwitter社Vijaya Gadde最高法務責任者(CLO)宛てに書面で通告を送り、買収撤退の意向が正式になりました。
6月上旬からマスク氏が騒いでるように、「Twitterはスパムアカウントが5%未満だというけれど、もっと多いと思われる、これは買収提案時には知らされていなかったことであり契約違反だ」というのがその理由です。
これに対しTwitterのBret Taylor会長は次のようにツイートして、CEOもこれをリツイート。法的手段も辞さない構えであることを明らかにしました。
「双方合意した条件と金額で買収は行なう。法的手段に訴えてでも契約は履行してもらう。デラウェア州衡平裁判所ではきっと勝訴するものと確信している」
SlackやTwitterなどで買収のことをうかつにコメントしないよう全社員にメールで法務顧問から警告も回り、全力の応戦態勢です。
ハーバードの教授の所見
気になるのは裁判の行方ですが、ハーバード・ロースクールのJesse Fried教授は「取引は取引。そんなに簡単に反故にできるようなものではない」という穏当な見方です。米Gizmodoからのメールにこう答えていますよ。
「資金が十分あるのであればTwitterは予定通り買収しなければならないし、氏には潤沢に資金があるように見える。撤退は狭き門となるだろう」
「今回の契約と契約締結後のTwitter側の動きを見るかぎり、デラウェア州の法廷がマスク氏に”違約金なしの買収撤回”を認める可能性は極めて低い」
株暴落
でもまあ、この3か月で株価をとりまく状況はかなり変わっています。
今は市場暴落でテック銘柄は軒並み下落傾向にあるわけですが、買収破綻のニュースを通告前日の木曜に報じたのはWashington Postで、金曜Twitter株は5%下落。週明けの月曜にはさらに11.3%下がって32ドル65セントになってしまいました。マスク氏が提示した1株54ドル20セントからは段違いの開きがあります。こうなると是が非でも売るなり違約金10億ドルを頂戴するなりしないとTwitterとしても収まりがつきません。今回も「本契約は全株主の最善の利益に資するもの。当社としては契約通りに取引は実行し、買収契約を履行していく構えだ」と米Gizmodoからの取材に答えていますよ。
マスク氏は筆頭株主になって以来すっかりオーナー気どりで、タウンホールミーティングで社員からの質問に答えて、プロダクト開発に助言したりしています (「TikTok風にしようぜ」など)ので、そういうのだけ見ると教授が言うように単なる値引き交渉の一環と見ることもできるし、「裁判沙汰になるとTwitterもコストがかさむし、値引きで示談に応じるのでは」(教授)という展開も大いにありえます。しかし先月から氏は口を開けばTwitterの悪口です。見通しは暗いと言わざるをえません。
なんせ買収を提案した4月4日には1145ドル45セントだったTesla株も今や703ドル3セント(月曜終値)。Twitter買収資金の半分はTeslaの持ち株を担保に借りる融資…。32ドル65セントのもの(Twitter株)を54ドル20セントで全株まるまるお買い上げ。しかも頼みのTesla株は1145ドル45セントだったものが703ドル3セント。買収契約後に1.1兆円分Tesla株は売ったマスク氏ですが、思った以上に高いハードルになってしまいました。
こうなると、こっちも売るのをやめるなり違約金10億ドルをセーブするなりしないと首が回りません。マスク弁護団も必死なんでしょう。買収撤退通告には次のような”契約違反”がむちゃくちゃ細かく盛り込まれていますよ…。
不満1:スパム、フェイクのアカウントのデータが足りない
6月から散々イーロン・マスクに言われてTwitterも内部データの開示に応じたんですが、それでもまだあのテータがない、このデータがない、契約違反だ、と言っています。
1)2020年10月1日以降の1日あたりの全世界のmDAU(収益化可能な1日あたりのアクティブユーザー数)データ
2)mDAU対象グループ抽出のデータ(スパムおよびフェイクのアカウントの監査で使用するmDAU対象グループが、四半期報告に使用されるmDAU対象グループと同一か否かなど)
3)2022年1月30日および2022年6月19日の週の各日の対象グループ抽出プロセスの各ステップ
4)mDAUサンプル監査の契約担当に提示される証拠資料やその他のガイダンス
5)TwitterのADAPツールおよび契約担当が使用するTwitterのADAPツールおよび社内ツールすべてのUIの情報
6)mDAU監査のサンプル抽出情報(抽出された各アカウントを審査した契約担当とQA担当を識別する匿名化された情報、それぞれが名乗る役職、「侵害された」とラベル付けされたアカウントの現ステータスなど)
さらにスパムやフェイクのアカウント停止措置でTwitterが使う手法に関するデータもない、とマスク氏はカンカン。
不満2:財務状況の資料が少ない
Twitter買収の資金調達の参考になる資料。これもないそうです。
たとえば財務モデル、2022年予算、改定後のドラフトプランや予算、ゴールドマンサックスのバリュエーションモデルの「写し」など。最後の資料については、役員会プレゼン資料最終版のPDFしかもらえなかったというのがマスク弁護団の主張です。
不満3:APIアクセス、クエリ制限
8つのTwitterデベロッパーへのアクセスが最初提供されなかった、という不満。
文句を言って初めて提供されたんですが、渡されたAPIには「クエリ制限」がかかっていて思うようにデータの解析ができなかった、こっちもマスク氏が2回文句言って初めて提供されたんだそうですよ。
不満4:幹部解雇、レイオフ、採用凍結
社員が減って、買収提案したときとは様相が著しく異なってしまった、これも厳密には契約違反だというんですね。
解雇された幹部というのは、5月にクビになったプロダクト部門総括のKayvon Beykpour氏とレベニュー部門総括のBruce Falck氏のことです。さらに買収撤退通告の前日に採用担当チームの30%がレイオフされた件にも言及。果ては自分から辞めたデータサイエンティストのトップ、サービス部門VP、プロダクト管理VPのことにも触れられているんですね。
自主退職については買収に絶望して辞めた社員も少なからずいるような気がするのですが、いずれにしても「保護者の同意もなしに事業運営の変更を断行した」(マスク弁護団)と激おこです。
イーロン・マスクのフォロワーも過半数はスパム
ちなみに最大の争点であるスパムカウントですが、イーロン・マスク氏のフォロワーはスパムやフェイクが7割か5割と推測され、マスク氏ひとりが垢バンになるだけでボットもごっそり減ると言われているので、「5%ぽっきりなわけがねえ!」と氏が自信たっぷりに憤るのも無理からぬ側面が。
買収提案と同時に保守系議員のフォロワーがどっと増えて、買収撤回と同時にどっと減ったりの奇妙な動きの謎も裁判になれば解決するのではないでしょうか。